第百十九話*《十一日目》キースはリィナの扱いを覚えた!
楽しい宴は終わりを告げ、私たちはおうちに帰ってきた。
お風呂に入って──例のごとく麻人さんと一緒にっ!──、寝る準備をして、フィニメモにログインっ!
ログインするなり、するするっと忍び寄る影。
え、なにっ?
と思っていると、私の身体を這い上り……首に巻き付いてきた!
「ぎゃぁぁぁぁっ!」
「どうしたっ?」
私の悲鳴を聞いて、隣の部屋の麻人さんが駆け込んできた。ドアを開けてすぐに電気を点けてくれた。
「ひぃ。く、首にっ!」
「首? おい、フェリスっ」
「なんだにゃあ?」
「……フェリス?」
恐る恐る、下を向くと、見覚えのある水色の毛と水色の澄んだ瞳。
そこには、水色の猫のフェリスがいた。
「な、なんだ、フェリスか」
「ですにゃあ」
「も、もう! びっくりさせないでよ! 暗いから分からなかったんだからっ!」
「ごめんにゃあ」
ひとつ、ため息を吐いてからキースを見た。
「ごめんなさい、ログインするなり暗闇の中でフェリスに首に巻き付かれてびっくりしたの」
「それならよかったが。……この部屋、ベッドがもうひとつあるんだな」
「え? ……あれ? 前からあった?」
「そっちのはフェリスとイロンのベッドにゃあ」
「フェリスはともかく、イロンのベッドって」
とそこで、イロンをインベントリに入れていたことを思い出した。イロンを取り出すと、なぜか勢いよくフェリスに飛んでいき、ヒシャクの部分でフェリスの頭に攻撃していた。
ちょっ?
「我が持ち主をいじめるのではない!」
「イロン、痛いにゃあ」
「痛くしたのだから、当たり前だっ!」
頼もしいけど、イロン、きみはあまり頑丈に出来ていないことを自覚してほしいな。
「今度からこちらの部屋でログイン、ログアウトする」
「へっ?」
「なにか問題でも?」
「……あると言えばある、ないと言えばないです」
「では、ないということで」
う、うむ?
いつものことではあるけど、強引に決まってしまった。
……ま、まあ、別に困らない、はず?
「それでは、とりあえず台所に行きますか」
フェリスは当たり前のように首に巻き付き、イロンは私の肩の辺りをふよふよ浮いている。
キースは室内だというのに、手を繋いできた。
「さすがに室内で迷子は」
「リィナならあり得るからな」
「ぅ」
どうしてだろう、言い返せないっ!
特になにか話すこともなく、台所に到着、と。
「こんばんは」
「あぁ、来たのかい」
台所にはクイさんはもちろん、ウーヌス、トレース、ドゥオがいた。お子ちゃまふたりは寝ているようだ。
「フーマとマリーは?」
「来てないね。伊勢と甲斐はさっきまでいたけどね」
ということは、狩りは無理?
……いやいや、ひとりでもいけるはず!
「もう夜遅いけど、大丈夫なのかい?」
「あー……」
思ったより時間が遅いのは、お風呂で時間を食ったからですっ! なんて言えない。
「狩りは……止めた方がよい?」
「短時間でも稼ぎたいのなら止めないが、あまりオススメはしないな」
「となると?」
クイさんがいて、私がいて、キースもいる、となると、料理を教わるってのも考えたんだけど、こんな時間に作っても食べるのは……。って、食べてもゲーム内だから関係ない?
「クイさんに料理を教えてもらう?」
「それも大切だが、リィナ、クイさんに聞きたいことがあったのでは?」
はて? クイさんに?
しばらく考えた後、思い出した。
そうだ、洗濯屋のスキルについてだっ!
「クイさん、料理も教えてもらいたいんだけど、その前に洗濯屋のスキルについて聞きたいことがあるのですよ!」
「なんだい? あたしで分かることなら答えるよ」
意気込んで聞こうとしたのだけど、そこでなんと質問をすればいいのか考えていなかったため、止まった。
「リィナは今、質問を考え中のようだ。少し待ってくれ」
「それなら、お茶でも淹れるかね」
キースに肩をつかまれて私の席に誘導されて、椅子が引かれたので座る。キースは私の横に椅子を持ってきて、お茶を持ってきたクイさんに、
「今日からオレの席はリィナの横だからな」
「はいはい。ほんと、リィナ大好きは分かったよ」
「そりゃあそうだ。なんたってリィナはオレの伴侶だからな」
そんなやりとりを後ろに聞きながら、クイさんがお茶を置いてくれたので目線だけでお礼をして、器を手にした。
ふんわりと熱を感じながら、質問を……というより、なにを聞こうと思ったのか、ということから思い出そうとしたのだけど。
はて、なんだっけ?
アラネアと戦っているときに思ったこと、なんだけど。
……………………。
思い出したっ!
「クイさん、質問ですっ!」
「なんだい?」
「クイさんは『乾燥』を使えますよね?」
私の質問に、クイさんは少し悩んだ後、答えた。
「使えるかどうかという質問なら、使えるよ。ただ、リィナが望む答えは、たぶん、あたしは持っていない」
と先回りでの解答だった。
私がなにを聞きたいのか、クイさんにはお見通しだったようだ。
「『使い方次第では一人で戦えるようになる』と言ったのを覚えているかい?」
クイさんの質問に、小さくうなずいた。
「本当のことを言うと、そう言ったのは、あたしの経験ではなく、知識として言っただけなのさ」
「知識として……?」
「そう。スキルの説明、といえばいいのかね」
そのスキルの説明でいいから欲しい私としては、クイさんに詰め寄った。
「スキルの! 説明! くださいっ!」
私の血相に、あのクイさんが引いていた。
その様子を見ていたキースは私の手を掴むと、きつく握ってきた。
「ぅにゃあ?」
「リィナ、少し落ち着け」
「これが落ち着いてっ! うにゃあぁぁぁっ」
今度は首を撫でてくるとはっ!
ちょ、フェリスがいるはずなのにっ! こんなときに役立たないとは! フェリスめっ!
「悪いことは言わない。いいから、少し落ち着け、な?」
キースが耳元で囁くような声でダメ押しと言わんばかりにそんなことを言ってきたら、もう駄目である。動けません、はい。
「落ち着いたな。良い子だ」
そう言って頭まで撫でられれば、すっかり大人しく。
キース、怖い。
「さ、さすがだね、キース」
一連のことを見ていたクイさんは、さっきとは別の意味で引いていた。
あれ、これって、NPCまで引かせる夫婦ってこと?
お似合い、お似合いって?
…………。
「そ、それで、だけど」
「あいにゃ」
「乾燥の説明、だね」
「あいにゃっ! お願いしまっ……ふにゃぁ」
だから、キース! 変なところで首に触れないでっ!
「フェリスも私の首、ガードしてよっ!」
「無理だにゃあ。キースの手、気持ちいいんだにゃあ」
ここにもキースの手に陥落している人……違う、猫がいた。
「キース、もっとフェリスのこと、撫でるにゃあ」
「おまえを撫でてなにかメリットがあるのか?」
キースの冷たい声、久しぶりに聞いたような気がする。
「フェリスが気持ちいいにゃあ」
「断る」
「にゃんだってぇ!」
しょんぼりするフェリスはかわいそうだけど。
「キースさんの手は私のものなので駄目ですっ!」
って、あれ?
「リィナ?」
「はいにゃ!」
「手とは言わず、オレを丸ごとリィナに捧げるぞ」
「え……っと?」
「はいはい、イチャつくのは後にしてくれないかね」
「あ、はい」
クイさんの呆れた声に本来の目的を思い出した。
「それで、クイさんっ!」
「あー、乾燥、ねぇ。……あたしはあまり乾燥は得意ではないんだよね」
そう前置きをしてから、クイさんはスキルの説明をしてくれた。
「乾燥の基本的な使い方は、リィナも知ってのとおり、衣類の乾燥に使う」
「にゃ」
「それを応用して戦闘に使えるようにされたのさ」
「え、乾燥は最初は戦闘で使えなかったの?」
「使えなかったよ。おかげでバフを覚えるまではお荷物状態さ」
ほほぅ。それは辛い。というか、私が想像した出来事が起こっているぞ?
「そんなこんなで、洗濯屋になる人が激しく減ってね……」
「…………」
「この世界ではバッファーに対して激しく厳しいんだ」
「そなの?」
「あぁ。洗濯屋は純粋なバッファーではなく、オールマイティだけど、それも最近になってそうなった、というくらいだ」
オールマイティ……。
そ、そうね。
乾燥を覚えるまでは大変かもだけど、覚えたら無双だもの。
「そいえば、バッファーは別にレア職ではないって聞いたけど」
「あぁ、レア職ではないね。ただ、この職を得るには、少しばかり大変かもしれないね」
フェラムが言っていたのと同じなのか。
「まぁ、そんな辛い時代があったけど、今ではこの職を選んだことを誇りに思うし、感謝もしている」
「おぉ、さすがはクイさんっ」
「この職でなければ、リィナ、あんたに会えなかっただろうからね」
「……って、私っ?」
「そうだよ。リィナ、ありがとう」
そう言って、クイさんは笑った。
「え、な、なんでっ?」
「フーマとキースが助けてくれなければ、あたしもこの世界から消えていた。それだけではなくてね、リィナが洗濯屋というユニーク職を得なかったら、あたしたちみんな、消えていたからさ」
「え……」
前にウーヌスから聞いてはいたけど、私がフィニメモをやっていなかったら、やっていても洗濯屋を得るためのトリガーを引いていなければ────。
「だから、洗濯屋のみんなはリィナに感謝してるのさ」
キースが優しく頭をポンポンとするから、涙があふれてきた。
「ほら、リィナ」
キースが優しく両手を広げ、私を抱き寄せてくれた。
キースの肩に顔を埋めて、あふれる涙を擦りつけた。
「なんて……なんて理不尽な世界なんだろう」
私の呟きに、キースはまたもや優しく頭を撫でてくれた。




