第百十六話*《十一日目》キースは実は不器用なの?
水色の猫のフェリスは私の肩というか首というか、そのあたりを定位置と定めたようだ。軽快な動きで肩にのぼってきて、マフラーのように首に巻き付いた。
暑っ苦しいということはないけど、思ったより毛がゴワゴワしてあまり心地よくない。
「フェリス、ちょっと一度、降りてくれる?」
「やだにゃあ」
むぅ。
ふくれっ面をしていると、キースがなぜか頭を撫でてきた。温かいを通り越して熱い手だけど、なんだかとても落ち着く。その手にスリスリと頭を寄せると、フェリスごと抱きしめられた。
「……キースさん?」
「リィナ、かわいい」
「はい、そこ。イチャついてないで帰るぞ」
「あのね! だれのせいで探しに来たとっ!」
「はいはい、オレが悪かったです!」
トレースの若干ヤケ気味のお詫びに、思わずキースと顔を見合わせた。
◇
洗浄屋に戻ったらすでに十三時を過ぎていたので、私とキースは慌ててログアウトして、お昼を食べた。
それにしても、と藍野家で食事をしていて思うのだけど、味付けが母に似ているのだ。
いや、逆なのかも?
母は一時期、なんらかの事情で藍野家で暮らしていたようだから、その時に料理を教わっていた可能性もある。
真相はともかくとして。
私としては大変に満足なので、変わらないでほしいのです!
お昼を食べて、少し休んでからフィニメモにログインをしようとしたところ、麻人さんがストップをかけてきた。
ちなみに、先ほどまでベッドの上で麻人さんに抱きしめられていた、というのを付け加えておこう。
「莉那、ちょっと待て」
「んにゃ?」
「……この後におよんで、新しい返事……だとっ?」
「?」
麻人さんはぐぐぐ、となにかに耐えた後、咳払いをしてから口を開いた。
「今日の夕飯はいつもより早くなると聞いている」
「早く、ですか?」
「楓真と陽茉莉も呼んで、身内だけの結婚祝いをするから本家に来るように言われている」
「にゃ、にゃんだってっ?」
「陽茉莉にも連絡がいっていると思うので、もしかしたらフィニメモにはログインしていないかもしれない」
「……準備のことを思ったら、ログインしている場合ではないような気がするけど……。フェリスのことが気になるので、少し見てきます」
「それなら、オレもいく」
ということで、せわしないけどログインっ!
で。
ログインするなり、イロンとフェリスに飛びつかれたのですが、なにごとっ?
「我が持ち主いいいい」
「待っていたにゃん」
イロンは私の腕にすがりつき、フェリスは当たり前のように首に巻き付いてきた。
「……………………」
なんと申せばよろしいのでしょうか。
無機物と動物にもててもうれしくないDeath。
そのままで部屋を出ると、隣の部屋からキースも出てきた。
ほぼ同時にログインしたのだから会うのは想定内ではあったけれど、部屋を出るタイミングまで合うとは思わなかった。
「おまえら、リィナに引っ付きすぎだっ!」
「えぐえぐ。この変な生き物に絡みつかれて怖かったのですよ!」
「やはりリィナの肩は落ち着くにゃあ」
う、うん。
にぎやかですね、はい。
「そうだ、フェリス。あなた、かなり汚れているから洗ってあげる」
「うー。遠慮したいにゃあ」
「洗わないのなら、リィナの肩に乗せないぞ」
キースはそう言って、フェリスの首根っこを掴むと、ペリペリと剥がした。
「にゃーっ!」
「リィナの肩に乗りたいのなら、きれいに洗ってもらえ」
「……それが条件なら、仕方がないにゃあ。我慢するにゃ」
ということで、洗浄屋の衣服の洗い場に行ったのだけど、オルとラウがたくさんの洗濯物を洗っていたため、またもや二階に戻ってきた。
うーむ、どうするか。
建物内の見取り図を見ていると、どうやらかなり広い浴室があるようなので、そちらへ行ってみた。
引き戸をあけると、脱衣所があった。
この広い浴室って、プレイヤーのためなのか、NPCのためなのか。
どちらにしてもフェリスを洗うのにもってこいだ。
服は着たままで……と。
濡れても乾燥で乾かせばいいからね!
「それにしても、フェリスは水の中に住んでるのに、洗われるのはやなの?」
「いやに決まってるにゃあ」
「なんで?」
「あのあわあわのがいやにゃ」
あわあわのって、石けん?
「やなのは分かったけど、ちょっと我慢してね。すぐに終わらせるから」
洗い場に行き、フェリスを床に置いて、まずは癒しの雨でフェリスを濡らし、洗浄の泡で泡まみれにした。
「手伝おうと思うのだが、なにをすればいい?」
「え……と。私は頭から洗うので、キースさんは尻尾をお願いします」
「尻尾は優しくするにゃあ」
「分かった」
フェリスは思っていた以上に汚れているようで、洗浄の泡の一度の泡では泡立たない。二回、三回と追加して、ようやく泡立ってくれた。
だけど、どこから出てくるのかってくらい、黒いのですよ!
「もー! なんでこんなに汚れてるのっ!」
「仕方がないにゃあ。赤髪の子にいつも洗ってもらっていたけど、リィナが連れて行ったからしばらく洗ってもらってないからにゃあ」
「ぅ」
私のせいか。
「でも、ラウの代わりに洗ってあげるから! しかもキースさんも洗ってくれ……て……。キースさん?」
「……なんだ」
「な、ど、どうしてフェリスではなくてキースさんが泡だらけにっ」
「それはリィナが泡を追加しまくったからだっ!」
泡立たないなぁと思って追加したのだけど、泡立たなかったのではなくて、キースに泡がかかっていたからだと分かった。
のだけど。
「キースさんって実はどんくさかったりします?」
「ふははは、よく分かったなっ!」
どんくさいというより、おっとりしているというのが正解なのだろうか。
なんでもそつなくこなしそうなのに、実は違っていたり、見た目とのギャップがすごい。
でも、私としてはそんなところが、その……。
「わ、私は、その、好き、ですよ?」
「っ!」
目の前のキースが固まっているのを見て、思ったことが声に出ていたことに気がついた。
あっちゃー、やっちまった……。
「リィナ、早くフェリスを洗うにゃあ」
「あ、ごめん! 洗うから!」
フェリスの無粋な割り込みに、だけど今は助かった。
周りに散らばった泡も集めて、フェリスを洗っていく。
チラリとキースを見ると、無表情でフェリスの尻尾を丁寧に洗っていた。
うーん、これは後から怖いってヤツ?
ま、まぁ、それはその時に考えよう。
フェリスは一度洗いでは汚れが落ちきっていなかったため、二度、三度と洗ってようやく綺麗になった。癒しの雨で泡を洗い流した後、乾燥をかけて、最後に浄化をしたら、毛がきらきらと輝いた。
洗っているうちに私も泡だらけになったので、キースとともに泡を流して乾燥で仕上げた。
「さて」
イロンもついでに洗っておいたのだけど、アイロンって洗う必要があるのだろうか?
……ま、まぁ、いいや。
「今日はこれから現実で用事があるからログアウトするね」
「ぇ」
「ぇ、って言われても」
「そ、それならばせめて! せめてわたしをインベントリに片付けてからっ!」
「いいの?」
「いいのですぅ! この水色のもさもさと残されたら!」
もさもさとはいうけど、フェリスは先ほどきれいに洗ったため、変に固まっていた毛もさらさらになっている。しかも毛の長さはかなり短くなっている。
今も変わらずに私の首に巻き付いているけどね。
「……それなら、と」
イロンの柄を手に取り、インベントリに片付けた。
「では、フェリスはどうするの?」
「フェリスはこの部屋にいるにゃあ」
「分かった。時間が取れたら夜に来るから」
「にゃあ」
それだけ伝えて、ログアウトした。




