第百十三話*《十一日目》伴侶の呪いとナチュラル巻き込み
しばらく待っていると、事情が分かっている人が出てきてくれたけれど、トレースは配達の荷物を渡すとすぐに帰っていったということだった。
うーん、これは困ったぞ。
「行方不明のままで」
「キースさんはそれでいいかもDeathが」
「殺すな」
「シェリが悲しむのは見たくないです!」
トレースも色々と残念なところがあるけれど、基本は気のいいヤツなのだ。いつの間にか消えていた、はやなのです。
「私は少しここの庭を探しますから、三人は帰っていいです」
「リィナが探すのなら付き合う」
「……キースさん、無理して付き合わなくていいですよ」
ムッとしてそういえば、フーマが慌てた。
「キース、ちょっと」
「……なんだ」
フーマはキースの腕を掴んで端に寄ると、なにかキースに伝えていた。
「お姉さま、わたくしはフーマさまと洗浄屋に戻っていますわね」
「あい」
「トレースさんが見つかったら、お昼休みを取ってから狩りにいきましょうね」
「……あいにゃ」
マリーはふんわりと笑うと、私に抱きついてきた。
そういえばマリーにも接近センサーさんが働かないのだけど、なんでっ?
ということを悩んでいたら、マリーが頭を撫で撫でしてきた。
「お姉さまはお姉さまが思ったままに行動していいのですよ」
「……うん」
「お兄さまが怖くてつい顔色を窺うなんてしなくてよいですからね?」
トレースの件でそれは痛感した。
キースに言われるがままプレイしていたら、トレースがこの世界から消えてなくなり、あのとき……と後悔することになるかもしれないのだ。
たかがゲームのデータじゃないかと言われたらそうなんだけど、それでも会話をしたり、一緒に配達に出掛けたりしたのだ。
私に洗濯屋の職業が割り振られ、この世界に降り立った瞬間から。
彼らは私と繋がることで生を受けた、と言っても過言ではないと思う。
説明が難しいのだけど、データだった彼らが私と繋がったことで私の中で生きているといえばいいのだろうか。
だからこのままトレースが見つからず、フィニメモ内で消されたならば──私たちからすればそれは死ぬと同義語──いくら私の中で生きているといっても会えないのだ。
とはいえ、疑問が。
フィニメモは膨大なプレイヤー数を抱えながらも鯖はひとつだという話だ。
他のタイトルだと鯖を複数抱えていて、鯖が違うと会うことはない。いわゆる疑似? 平行世界なのだ。
なので日本でのフィニメモは私たちがいる鯖のみ。ゆえにNPCもユニークな存在となる。
こういったオンラインゲームでの葛藤というか謎というか悩みというか。
スタンドアローンなら分かるのだけど、オンラインゲームはプレイヤーの数だけ進行度に違いがある。
プレイヤーがふたりいて、同じようにクエストを受注したとする。プレイヤーAはクエストの条件を満たしてクリアしたけれど、プレイヤーBは条件を満たせていないためにクリアしていない。
これが繰り返しのクエストならば特に悩むことはないのだけど、一回制のクエストだとプレイヤーAは問題を解決してクリアしているのに、プレイヤーBの目線では問題が解決していない。
同じ空間を共有しているのにかかわらず、だ。
もちろん、こうしなければプレイヤーの数だけユニーククエストを作成しなければならないわけで……。
んと?
あれ? 同じクエストだけど、同じ空間、同じ時間軸にいるけど、重なっているだけで平行世界……?
な、なんかいつものごとくそれてきているけど、あれ? ラウとシェリはプレイヤーの数だけいるってこと?
むむむ?
フーマはキースに伝えたいことを伝えたようで、ふたりそろって戻ってきた。
うんうん、これは絵になるね。スクショがはかどる。
「それにしても、なんでキースとリィナは似てるんだ」
「え、どこが似てるのっ?」
「この際だから言っておくが、おまえらふたり、へそ曲げるなよ?」
「別に曲げてないし」
「曲げてるだろうが! ……まぁ、今回は完全にキースが悪いんだがな」
「…………」
キースは言い返すことをせず、無言だ。
「リィナは女神なのだから、相手が生きてる人間だろうが、ゲーム内のNPCだろうが、一度でもかかわれば困っていたら同じように手を差し伸べるということをキースには説明しておいた」
「さすがお姉さまですわ。わたくしだったら出来ませんもの」
お節介といえばそうかもだけど、それはフーマも似たようなところがある。
「キースもそこを承知のうえだと思っていたんだが?」
「……そうなんだが」
「それに俺と一緒にいて、分かっていると思っていたんだがな」
「フーマの場合はアドバイスをするまでだろうが。リィナは自ら飛び込んでいく」
「飛び込むというか、巻き込むというか?」
「これは明らかに飛び込んでるだろうが」
「そうでもないぞ。リィナがいるから発生したともいえる」
「私のせいなの?」
私の問いにフーマは大きくため息を吐いた。
「高確率でそうとしか思えない」
「根拠は?」
「まず、二日目の突発クエストだが、これは明らかにプレイヤーがこの屋敷に踏み入れたことで発生した全プレイヤー対象の一回のみのクエストだと思われる」
「いわゆるユニーククエストってこと?」
「突発クエストは基本はユニーククエストだ」
「な、なるほど?」
「そして、そのクエストをクリアしたリィナの報酬はラウとシェリだ」
「経験値とお金もあったけど」
「それも含めて、だ」
ラウとシェリってクエスト報酬だったのか。
なんか人身売買みたいでやだ。
「で、今回のトレース行方不明事件だが、これはラウとシェリを獲得したユニーククエストに由来している」
「なんで言い切れるの?」
「それはだな! βテストで散々その手のクエストが俺たちに発生したからだっ!」
そう言って、ちらりとキースを見た。
キースはその視線を受けて、うなずいている。
「……残念なことに、ゲーム内でも『伴侶の呪い』は有効なようだ」
「えと? もしかしなくても、私のせいではなくて」
「うちの『伴侶の呪い』のせいではあるが、リィナがいなければ発生していないと思われる」
「……なるほど?」
巡り巡って私なのか。
それまでずっと無言であったイロン(いたのですよ!)が口を開いた。
「さすが我が持ち主。なんでも巻き込みますな」
「イロン?」
「ナチュラル巻き込みは我が持ち主のパッシブスキルっ!」
ぉ、ぉぅ?
えと、方向音痴、探し下手、ナチュラル巻き込み?
これらが私に標準で搭載されていると?
「だからこその『洗濯屋』っ!」
「そういうことか、なるほど」
フーマ、そこで納得しないでっ!
「オレがリィナに惹かれたのは、巻き込まれのせいか」
「お姉さまが魅力的だからですわね」
キースもアレだけど、マリー、それはないからね?
「ということでキース。おまえがいくら抗っても無駄だということは分かったよな?」
「……オレの家の呪いといえる『伴侶の呪い』とリィナのナチュラル巻き込みのせいでどう転んでも避けられない、と」
「そういうことだ」
「となると、フーマ。マリーと」
「分かっている! 相手がキースからマリーに変わっただけだってことをっ! キースとでも乗り越えられたのだから、マリーとでも耐えられるっ!」
が、頑張れ、フーマ!
「分かったのなら、キース。今後、リィナの選択に文句は言うなよ」
「……分かった。文句は言うかもだが、止めることはしない」
キースの理解を得ることが出来たので、良かったとしよう。
……いろいろと引っ掛かることはあるけど、そこはもう無視っ!
キースの気持ちが変わらないうちに行動するべしっ!
ということで、私とキースはトレースの行方を探ることになった。




