第百十二話*《十一日目》トレースの行方
ということでですね!
私、キース、フーマ、マリーの四人で遺憾ながらまたもや村長の屋敷にやってきたのですけど。
前に来たときと同じく、門番のエルフはやはり日本式な鎧を着ていて、違和感がすごい。
これを呪いと言わずなんというのだろうか。
「すみません、洗浄屋のトレースが朝に配達に来ていると思うのですが、もうこちらを出ていますか?」
「トレース? ……あぁ、あの猫耳の兄ちゃんか」
トレース、哀れ。
ヒョウの獣人なのに、いつも猫と間違われている。
なんだろう、トレースってあんまりヒョウっぽくないというか、鋭さがないから?
「そういえば、朝に中に入って戻ってきてないな」
「中に入って探してもいいですか?」
「あぁ、いいよ。屋敷の中には入ってないと思うけど、そうなると庭なんだが。ここの庭、妙に広くて色んな生き物がいるから、気をつけて」
「はい、ありがとうございます」
気になることを言われたけど、門番はそれ以上のことは言わず、私たち四人はこんな感じであっさりと中に入ることが出来た。
「さて。どこを探しますか?」
屋敷の敷地に入り、しばらく真っ直ぐ進み、門番から見えないだろうと思われるところまで移動してから口を開いた。
「お姉さま、それよりここには色んな生き物がいると言われましたけど」
「言われたわね」
「ペットでも飼ってるのでしょうか」
「……そんな言い方ではなかったわよね」
「リィナ、二日目の動画で配達に来たのって」
「うん、ここだよ」
「なるほど」
ラウを連れ出したのって二日目だったのか。フィニメモを始めてから思っていたより日数が経っていたのね。
……その割には世界樹の村から離れられてないのはどういうことなのかと。
いえ、他の村にも行ってるけど、拠点が世界樹の村のままってのがですね。
ま、まぁ、それはともかく。
「生き物が気になるけど、とりあえず……えと?」
中に入れたのはいいんだけど、どこに行けばいいの?
前に来たときはトレースに着いていったからどこにいったとか、ましてやそこにたどり着くまでの道程なんて覚えているわけなく!
「リィナの動画で届け先として行ったのは……。あぁ、たぶんここ、だな」
フーマは私が渡した動画を思い出し、それから行き先を特定したようだ。さ、さすがフーマだ。
「トレースはそこに持って行ってるはずだよな?」
「一度しか来てないけど、たぶんそうだと思う」
「では、とりあえずそこに行ってみよう」
フーマの先導で屋敷をぐるりと回るように歩く。
武家屋敷の横に広がる西洋風な庭がやはりミスマッチだなと思った。
「お庭は洋風なんですのね」
「それね、なんでもアラネアのところで聞いた魔術師がここにも来ていたらしくって、屋敷に呪いをかけたみたいなの。ラウはそのとばっちりを受けてブラウニーなのに座敷わらしみたいな見た目になってるみたい」
「そうだったのですね」
フーマを先頭にして、私とマリーが並んで歩き、私の真後ろにキースがいるという謎の隊列になっている。
フーマについていくと、前にトレースと来た場所にたどり着いた。
「おお、ここだ! さすがフーマ」
「あー……。これ、キースのおかげだから」
「キースさんの?」
振り返るとキースは私の真後ろにいたらしく、肩がぶつかった。
「おっと」
キースは私の行動が読めなかったみたいで、驚いて腕を掴まれて、そのまま抱き寄せられた。
「危なっかしいな」
「ぅー」
ほんと、キースに対してセンサーさんが仕事してくれない!
「ちなみにキースが一番後ろなのは、俺が道を間違えたり、後ろから敵が来た場合にすぐに気がついてくれるからだっ!」
いやそれ、そんなにドヤッて言うようなことなの?
「そうだったのですね。なんでお姉さまと手を繋いで歩かないのかしらと思っていましたわ」
「マリーちゃん……」
手を繋いでって、私ってそんなにふらふらしそうに思われてるのかしら。心外だ。
「んで、ここからどうする?」
「え……と?」
まず、トレースがここに来たのか確認するでしょ?
来ていた場合は……と。
そんなシミュレーションをしている時間があれば、ここで働いている人をつかまえて聞くのが早いっ!
ということで実行しようとしたのだけど、そうだった、今、キースの腕の中にいたんだった!
「リィナ?」
「あい」
「なにをしようとした?」
「トレースの行方をここの人に聞こうかと」
「分かった」
あっさりと解放されたのだけど、キースが納得すればあっさりなのね。
ということで、自由の身になったので聞こうかと周りを見回したのだけど、私たち以外、だれもいないのですけど?
うーん。
そういえばここまでに来る道で感じたのだけど、微妙に荒廃してるような気がしたのよね。
それはなんとなくという感覚の問題だとも言えたかもだけど、前は裏道にもかかわらず綺麗に掃き清められていた道の端にごみが落ちているという、見落としがちなところだったりだけど。
「それにしても」
キースはそう言って、ぐるっと周囲を見渡してから続けた。
「空気が澱んでるな」
空気が?
「リィナ、前に来たときはどうだった?」
「どうと聞かれても。……んと、さっき通ってきた道ですけど、前はゴミひとつ落ちてなかったのですけど」
「今日はあったと? ……確かにあったな」
ゲーム内なのにそんな細かいところまで再現されているのかと驚きがあるけど、でも、ここに暮らしているNPCがいるのだ。
彼らはここで生きている。
そう思うとなんといえばいいのか。すごく不思議な気持ちになってくる。
「リィナがシェリとラウを連れ出した結果が出ているな」
「ぅ」
「だが、それは自業自得だろう」
ラウを働き手の頭数に数えていいのかという疑問はともかくとして。
ま、まぁ、ラウは『浄化』というスキルで場を浄化することもあったから、もしかしたら隅々まで綺麗だったのかもしれない。
シェリが掃除などなどの雑務をふたり分くらいはしていたのだろう。なので、働き手を一応、二人も同時に失ったのだ。
あるいは。
シェリとラウがこの敷地内のすべての掃除などを担っていたとすると、ラウのようなスキルがなければここを保つのは難しいのかもしれない。
──という考察はこの際はどうでもよくて、ですね!
「なんでだれもいないの……」
「もしかしなくても、人手が足りないからトレースさん、つかまってるとか?」
「そっちの線もあるのか」
トレースとキースが横並びになっているところは見てないような気がするけど、キースと同じくらいの身長だったと思う。
男手に欠けていれば、ちょっと手伝ってと言われているのか。
ちなみに、フーマもかなり成長していて、高身長のキースと並んでいても遜色ない。マリーも背が高いし、あれ、もしかして私ってオルとラウと同じ小っさい組なの?
いやいや、平均身長のはず! 周りが大きすぎるのだ!
よし、人がいないのなら、呼ぶまでだ!
大きく息を吸ってぇー。からのぉ。
「すみませぇーん!」
私がいきなり大声を出したからか、三人がビビっている。
キースとマリーは分かるけど、なんでフーマまでそんなにびっくりしてるのよ。
「リィナ?」
「はいにゃ?」
「今の声、どこから出ている?」
「どこと言われましても、ちょっと頑張って大きな声を出しただけですよ?」
私の返答に納得がいかなかったようで、キースは私をジロジロと観察した後、あちこちをペタペタと触っていた。
それで分かるとは思えないんだけど?
「……なにも仕掛けられてなかった」
「なにかってなんですか」
「拡声器とか?」
んなもん持ち歩いていたらヤバくない?
いや、そもそもがここはフィニメモ内だし、もちろんリアルでも持ち歩いてないです!
なんてやっていると、奥からバタバタと人がやってくる足音がして、出てきたのは……。
あの、村長らしき人、だった。
えぇ、なんでこの人が出てきたの?
それもだけど、ものすごい形相でこちらをにらんできているのが怖いのですけど。
トレースの件がなかったら、「あ、いえ、なんでもないです」と言って帰っているレベル。
私の後ろにいたキースが前に出てきそうだったので牽制した。
「今のはっ?」
「あ、はい。私、です」
村長らしき人は私を見た後、後ろにいる三人を見てから私に視線を戻した。
シェリとラウを返せと言われたらどうしようと思っていたら、キースが口を開いた。
「ここに洗浄屋の者が朝に配達に来たと思うんだが」
「洗浄屋……? はて、それはだれかね」
なにこの態度の違いっ!
「おまえでは話にならない。分かる者を出せ」
ぉぅ、はっきり言い切っちゃうのか。
「しょ、少々お待ちを……」
そう言って、村長らしき人は私たちに顔を向けたまま下がっていった。
「器用だな」
「ぅ、うむ」




