第百八話*《十日目》乾燥って怖い!(女子的には特に!)
アラネアに掛かっているデバフ・無抵抗が切れるまでに倒してしまえば問題ないと気がついたリィナリティです!
よぉっし、乾燥でアラネアのHPを吹き飛ばすぞぉ!
「『乾燥』っ!」
どうやらMPをマックスまで投入すると、残量の半分と、無抵抗というデバフが付与されるようだ、ということに気がついた。
では、そうではない場合はというと。
まず、ゲージの半分までMPを注入した場合、相手によりだけど、HPが削れる。
そりゃあそうだろう! と思うかもだけど、いや、そもそもが乾燥って攻撃手段なんだっけ? である。
乾燥というくらいだから、水分を乾燥させるスキルなのだろう。
本来は洗濯した衣類に使用するスキルだけど、別に乾燥させるのは衣類に限らないよね、というのにシステムさんが気がついて、戦闘でも使えるスキルにしたのだろう。
なので、戦闘に使える、というのは後付けに過ぎないのではないか、と。
それで、戦闘に使う場合、システムさんは素直に体内の水分を乾燥させるだけではつまらないと思ったのか、はたまた他の理由があったのか、そこは不明だけど、MP量に応じて乾燥させる量をコントロール……。
コントロール……。
コントロール?
え、乾燥の割合をコントロールして、なにかあるの?
とっさには思いつかないけど、なんらかの理由があると思われる。
んで、だ。
このスキルのいやらしいところは、内側から、というところだと思う。
一見するとなんのダメージを負ったように見えないのだ。だけど良く分からないけどダメージを負っている、と。
掛けられたことがないから分からないけど、体内の水分が減っても、痛いとか痒いとか、そういったものは感じないと思うのだ。
だけど確実にダメージがある。
これってとっても怖い。
分からないというのは、恐ろしく怖い。
そもそも分からないものを認識できるという時点で、怖い。
分からないものに害を与えられているという状況を思い浮かべてほしい。
原因がわからなければ対処もとれないのだから、未知のものへの恐怖と、対応策も思いつけず、色んな恐怖が襲ってくる。
モンスターもAIを搭載しているのかどうかは分からないけど、知能を持つ生物になればなるほど、乾燥って怖いスキルだと思う。
では、このアラネアさんはどうなのかというと。
今まで破格のダメージを加えてきたけど、ヘイトを稼いでいる気配はまったく……ないことなかった!
洗濯屋という職自体のデフォルトヘイト値が高いのだ。さらにスキルもダントツでヘイト値を稼ぐものらしい。
癒しの雨なんてデタラメな範囲だし、回復スキルってだけでヘイト値が高いものね。災厄キノコのとき、一直線でこっちに来ていたのを思い出した。
癒しの雨は欠かすことの出来ないスキルなので、開幕すぐに使用している。
そのおかげで、アラネアが蜘蛛を呼び寄せる度にMPが回復していて、MPにHPにと気にせずにガンガン戦えている。
私が洗濯屋でなければ取れない戦法ね。
「おのれおのれおのれおのれえええっ!」
アラネアが狂ったように叫んでいるけど、まだデバフ・無抵抗が切れていないため、反撃が出来ない状態のようだ。
とはいえ、このデバフが有効なのは残り三十秒ほど。
それまでにアラネアのHPが砕け散ってしまうのが早いのか、デバフが切れるのが早いのか。
いや、なにがなんでも勝つっ!
ということで、MPを注ぎ込んで……。
「『乾燥』っ!」
アラネアのHPが減り、蜘蛛を呼び寄せられたのを確認して、続けて──。
「『乾……そ……?」
詠唱の途中で止まったのは、なんと!
乾燥にも再利用待機時間があったのだっ!
……知らなかったっ!
くっと唇を噛みしめて、拳を握り締めて地面をにらんだところで、キースが声を掛けてきた。
「リィナ?」
「ディレイが……っ!」
「あぁ……」
私の一言で、状況を理解してくれたようだ。
くぅ、あと少しのところだったのに……っ!
「あと十秒だぞ」
「う……っ」
ディレイってどうやって確認するんだっけ?
う、それを知るより、十秒の間に……っ!
MPをできるだけ多く、だけどマックス手前で止めて……。
これで使えなかったら、普通に戦うしかないっ!
「『乾燥』っ!」
ヤケ気味にそう叫んだ途端、アラネアのデバフが切れた。
そして……。
乾燥の再利用待機時間がギリギリで終わってスキルが打てた!
のだけど。
もちろん、アラネアのHPを削ったのだけど、ほんのミリ単位で残ってしまったようだ。
ぐぅ。
「トドメをっ!」
ようやくデバフが解けたアラネアは怒り狂っているようで、目をつり上げて私をにらみつけている。
ひぃぃぃ、超怖いのDeathがっ!
えーっと?
た、短剣取り出して残りのHPを削る?
いや、私のことだから、これだけ大きなアラネアでも外す未来しか見えないっ!
んと、で、では、どうするっ?
必死に考えるけど、なにも思い浮かばないっ!
そもそも、こんな切迫詰まった状況でなにか思いつくなんて機転の利く脳みそはしてないっ!
えと、もう一度、乾燥?
う、うむ、それしかないっ!
攻撃手段がひとつしかないって、辛いかも。
ちなみに、アラネアは相変わらず蜘蛛を呼び寄せているため、マリーたちはそちらに手を取られている状態だ。
「お姉さまっ!」
とはいえ、マリーはきちんと私がアラネアにターゲットされていることはしっかり認識している。
それでは、キースはというと、私を後ろから軽く抱きしめているだけだ。
いざとなればキースがなにかするかもだけど、いつもそれを宛てにしていても駄目だと思うので、よしっ、MPは全快、乾燥のディレイは……。
うん、分からんっ!
駄目元で……。
乾燥を使おうと思って、アラネアに視線を向ける。
MPゲージは……と?
出てこない……だとっ?
「え、なんでっ?」
「リィナ、どうするんだ?」
後ろから明らかに笑いを含んだ声で質問されたけど、今はそれに答えている暇などないっ!
えーっと、えーっと?
「我が持ち主は、わたしのことを忘れているようである」
いや、イロンがそこで主張してきても!
あんたなんて武器に……。
「ん?」
待てよ?
イロンを使ってアラネアに殴りかかっても大したダメージは与えられないだろう。
だけど、だ。
セットされる炭を投げつけるとか?
「えーいっ、ヤケだっ!」
なにもしないで殴られるより、抵抗したうえで殴られた方がマシっ!
ということで、私の横でふよふよ浮いているイロンの柄を掴み、ローブの袖にイロンを向けると、思惑どおりに炭がセットされた。
後ろからキースが抱きついているから動きにくいけど、そこは無視して、と。
「アラネア、これでも喰らえっ!」
右下から斜め上に向けて、イロンを振った。
イロンのヒシャク部分に入っている炭は綺麗な放物線を描いて、アラネアに……。
「届いた?」
「うぎゃぁぁ! 熱いっ!」
ノーコンは卒業できたようだ。アラネアの身体の部分に炭が一部だけ乗っかっていた。
炭が熱くてアラネアの動きが止まった。
よし、この隙に……。
「『浄化』っ!」
って、あれ?
乾燥のつもりが、なんで浄化?
なんで言い間違えたのか分からないけど、乾燥を追加で掛けようとしたのだけど……。
「待つのだ、我が持ち主よ」
「なんで?」
「アラネアをよく見ろ」
イロンに促されてアラネアを見ると……。
「うぎゃああああ!」
アラネアは複数の腕で女性の頭部分を抱えて悶えていた。
その姿はかなり引く。
あの蜘蛛の細い腕が数本、女性の頭を押さえているようにも見えるのだ。かなり怖い。
それよりも、だ。
え、なんで? 浄化でダメージ?
あれ、浄化ってデバフ解除だよね?
そもそも浄化はプレイヤーか汚れている場所にした効かないのでは……?
「リィナ、どうして浄化を使った?」
背後のキースが聞いてきたけど、私だって明確ななにかがあったわけではないので答えられない。
「うーと。なんでか言い間違えまして」
「言い間違え?」
乾燥と浄化を言い間違えるなんてだれも思わないだろう。
間違った当人でさえなんでか分からないのだ。
「……なるほど。リィナは本能的にここで使用するスキルは浄化が正しいと分かっていたと」
「本能的って……。人をそのあたりにいる野生の動物みたいな言い方をしないでくれませんか」
ムッと言い返すと、なぜかキースが頭を撫でてきた。
「それでこそオレの伴侶だ」
うん、意味が分からないDeathっ!




