第百四話*《十日目》キースを放置すると危険
お昼過ぎから狩りをしていたのだけど、時間を見ると夕方を過ぎてそろそろ夕飯の時間だ。
『一度、ログアウトして休憩とご飯にしませんか?』
私の提案に、マリーたちはモンスターをすべて倒してからこちらを見た。
『いつもならHPとMP回復で何度か休憩を入れるのですが、今日はHPは癒しの雨があったからですけど、MPがなぜか減らないから休憩を入れるのを忘れていましたわ』
おいいいっ!
マリーが忘れていたのならともかく、伊勢と甲斐っ!
私が伊勢と甲斐をジロリとにらむと、ふたりそろってびくぅ! とビビってるのですけど、なんでっ?
『私も声を掛けなくて悪かったわ』
でも、お目付役まで忘れてるとはっ!
『申し訳ないでござる』
『かたじけない』
伊勢と甲斐のふたりはしょぼんと肩を落としていた。
『……まぁ、楽しかったのは確かだから。でも! 休憩は定期的に取りましょう!』
『ふふっ、お姉さまがお兄さまみたいですわ』
『へっ?』
『わたくし、夢中になるとそれしか見えなくなるんです。でも、お兄さまがいつもいいタイミングで声をかけてきて、今みたいに休むように言ってくださるのです』
あの! キースと一緒とは。
ま、まぁ、そういう些細だけど重なれば大きな差になる部分が似ているから、惹かれた部分もあるのだろうし。
そういうことにしておこう。
……………………。
ちょ、ちょっと待って?
あまりのことにスルーしたんだけど、MPが減らない……だとっ?
とりあえず、適当なところに座って……と?
『椅子でござる』
『あ、ありがとう』
伊勢がインベントリから椅子を取り出してくれたので、ありがたく座った。マリーも同じように座っている。
『マリーちゃん』
『はい』
『さっき、MPが減らないって言ってたけど』
『減らないというより、回復時間が短縮されて、しかも回復量がいつもよりあったのです。なので減ってないように見えたのです』
むむむ?
なんかまた、やらかし?
『イロン?』
『なにか?』
『MPが減らないって』
『うむ。それは仕様です』
キリッとイロンがそう言うのだけど。
だから! 仕様といえば許されるとでも思ってるのっ?
『システムさんのやらかしぃ!』
『それは我が持ち主がいるからかと』
『えっ、巡り巡って、結局は私のせいなのっ?』
『そういうことだっ!』
イロンが言い切ったけど、システムさんは私になにをさせたいのですかっ?
『ちなみに、MPが回復しているのは、癒しの雨の仕様だ』
『癒しの雨、怖い……』
『癒しの雨が降っているエリアでモンスターが死んで死体が消えるとき、モンスターが持っていたMPがプレイヤーのMPに変換されるようになっているのだっ!』
『それって最初からついていたの?』
『ついていた。そもそもが「癒しの雨」だぞ? 体力だけ癒やされるのは不自然だろう』
言われてみればそうなんだけど、ほら、説明が……ねぇ?
『洗濯屋、恐ろしい子……!』
ってまぁ、私なんですけどね!
『とにかく、セーフゾーンでログアウトしましょう』
セーフゾーンを探すと、すぐ側にあった。四人が入っても余裕がある広さだ。
『ここで立ってログアウト?』
『それしかないでござる』
『実は何度か外でログアウトしたことがありますの』
この間、外では初めてと言っていたけど、キースの手前、そう言ったという。
ま、まぁ……うん、そうね、それがいいと思う。
ちょっとどきどきしたけど、……というかだ、キースには私の居場所が筒抜けだけど、ま、まぁ、いっか!
どきどきしつつ、ログアウト。
……すると、ですね。
現実世界では、かなり不機嫌な麻人さんが真横にいた。
「楽しそうだな」
「ぅ?」
「ずいぶんと移動していたようだが?」
「あー……、うん。……うにゃあ」
猫さんで誤魔化そう!
「オレが毎回、それで誤魔化されるとでも……っ」
「にゃあ?」
「ぐっ」
後ひと押し?
「莉那、今すぐ寝室に行くのと、夕飯、どっちを取る?」
「な、なんなの、その二択っ!」
「選択権を与えただけマシだと思え。オレはどちらでも構わないが?」
「私は構いますっ! お夕飯、食べたいですっ!」
麻人さんには猫は危険、と。
いえ、分かっているのですけど! 簡単に誤魔化せるから、つい……!
「では、食べながら報告してもらおうか?」
「ぅー……」
あ、夕飯ということは、陽茉莉がこっちに来る? ということは楓真も来るのか。
でもでも、あちらのふたりは久しぶりに会うし、ふたりきりでラブラブしたいかもだし?
と悩んでいると、ぷにっと頬を指で押されて慌てて顔を上げると、麻人さんがさっきより不機嫌な顔でこちらを見ていた。
「な、なんですか?」
「いつまでそこにいる」
「え……、あ、はい」
慌ててVR機から出ると、腕を掴まれて引き寄せられた。
「あ、麻人さん?」
「……やはり寝室に」
「わーっ! 待って、待って! 夕飯っ!」
「それなら」
と腰を引き寄せられ、唇をふさがれた。
麻人さん、それならってなにっ? な、なにこの大人なキスっ!
窒息するっ! 死ぬっ! 麻人さんの色気と物理的な呼吸困難で、死ぬっ!
必死に腕を叩こうとしたけど、力がまったく入らない。すがるような、しがみつくような状況になって、苦しい……!
ようやく唇を離されて、大きく息を吸うと、笑われた。
「だれのせいでっ!」
「オレ」
「っもう!」
それでようやく麻人さんの機嫌が直ったようだ。
「なんですか、いきなり」
「……リィナがいなかったから」
「私ならここにいますけど?」
「さっきまで、オレのそばにいなかった」
もしかしなくても。
「拗ねてますか?」
「……莉那はオレがいなくても楽しそうだな」
「な、なんでそこで拗ねてるんですか」
「今までリィナがいなくても楽しかったのに……。なんでだろうな、リィナがいないってだけで、楽しくない」
「麻人さん、それ、失礼ですよ」
「……分かっている」
この人、本当に分かってるの?
「麻人さん」
「夕飯の後は、リィナたちを探して追いかける」
「ぇ……」
「なにか不都合でも?」
不都合はありまくりDeathよ!
なんたってセーフゾーンでログアウト!
さらには、狩りの仕方がバレたらヤバいで済まないような気が。
あ、そもそも楓真に動画を渡したら……って。
「楓真もフィニメモに復活したのなら、私の動画、要らなくね?」
「見られたらなにか不都合でも?」
わあぁぁあっ!
そうだった! 麻人さん、無駄に鋭かった!
「いっ、いえ、な、なんでもアリマセン」
「ふぅん? では、見せてもらおうか?」
そうこうしてると、陽茉莉と楓真が部屋まで来て、とりあえず先延ばしにすることは出来た。
「陽茉莉も正直に今日の狩りについて報告してもらおうか」
「え……と。そ、そうですわね。お姉さまのバフがとても強力でして! どこまで通用するのか試したくなりまして、ね?」
「そ、そうそう!」
って、なんで必死になって取り繕わなければ?
「分かりました、キースさん」
「お姉さまっ?」
「そんなに見たいのなら、見ればいいっ!」
スマホからNASに繋ごうとして……。
「あああ! ここ、おうちじゃなかった!」
「いや、莉那の家だろ」
「ゃ、そ、そういう意味ではなくてDeathね!」
「殺すな」
「ここにはNASがないっ!」
「茄子ならさっき食べただろうが」
「麻人さん、ボケすぎ! ぅぅぅ、私の、たくさんの動画が入ったNASを持ってきてもらうの、忘れてたぁ」
最近はフィニメモからログアウトしたら自動的にNASに動画をアップするように設定をしていたのよね。
ここに移動してから設定を見直してないんだけど、この場合、どうなってるの?
「ナスって、共有ストレージのNASか」
「そうですよ。それ以外になにがあるっていうのですか」
「なんでローカルのストレージではないんだ?」
「え……と。まず、うちにはなぜか容量がほぼ無制限のNASがあったのと、VR機から接続が簡単だったからという理由で……」
「NASは俺が犯人」
「犯人って。楓真が?」
「動画の編集用に買ったんだが、思ったより使い勝手が悪かったんだよ」
なのでうちに設置したらしい。
それは知らなかった。
「NASはどうにか回収する。それまでは」
「うちにあるストレージを使えばいい」
「……あいにゃ」
「莉那」
「な、なんでしょうか」
「オレと一緒にさっきまでの動画を見ようか?」
むちゃくちゃご機嫌な麻人さんが怖いですっ!
陽茉莉、すまぬ!
それから麻人さんが後ろから抱きつくような形で動画鑑賞会が始まり、私はその間、麻人さんに過剰接触という名の苦行のせいでほとんど記憶がない。
うぅ、麻人さんを放置すると大変と言った楓真の意味がようやく分かりましたDeath、廃。




