第百話*ふた組の夫婦
再度の臨時メンテナンスに入ったけれど、それは二時間で済んだ。
その間に……まぁ、リアルであれやこれやと!
慌ただしかったし、二時間で終わるわけもなく!
陽茉莉たちは一足先にログインしたようだし、フーマと合流して久しぶりに逢瀬を楽しんでいるのだろう。
フィニメモ内はきれいな場所が多いらしいからね!
私はまだ行ったことがない場所が多いですけど。
んで、臨時メンテナンスが終わった後までかかったこととはなにかと申しますと。
入籍と指輪の交換式ですよ!
別にそんな急がなくてもいいじゃないと思ったのだけど、どこから話を聞きつけたのか、依里さんが来て、今すぐ入籍してこい! と。
のほほんとした姿しか知らなかった私は、依里さんの剣幕にビビった。
麻人さんは知っていたのか、特に変わりなく私の手を取るとそそくさと外に出て、そのまま車に押し込まれた。
ちょーっとっ?
「莉那、これに署名しろ」
そういって渡されたのは、婚姻届。
私の名前を書く場所以外はすべて埋まっていた。
用意周到ですね……。
「署名をしたら、役所に向かう」
「あ、はい」
言われるままに署名をして、用紙を麻人さんに返した。
……ところでハッとした。
「ぇ、あれっ?」
「どうした?」
「ゃ、今の、婚姻届?」
「そうだが」
「署名したけど」
「そうだな。オレと結婚するのだから」
「…………こ、これでよかったんですっけ?」
「これ以上ないくらいよい」
麻人さんはこれ以上ないくらいに機嫌がいい。
そ、それならいいの、かな?
なんか、流されたような気がしないでもないけど、いいか。
婚姻届を提出して、それからまたもや藍野の本家に連れて来られた。
そこには陽茉莉と楓真がいた。
「あれ? フィニメモをしてたのでは?」
「よ、久しぶり」
「さっきぶり?」
「さっきはゲーム内だろうが」
「そ、そうね。それより、私の質問!」
私の言葉に、陽茉莉が笑みを浮かべて答えてくれた。
「フィニメモはまだログインしてませんわ。わたくしたちも先ほど、籍を入れてきましたの」
「おめでとう!」
「ありがとうございます。お兄さまとお姉さまもおめでとうございます」
「うん、ありがとう」
「それで、今からここでお父さまと上総お兄さま、それからお義父さまとお義母さま立ち会いの下、指輪の交換式をしますの」
場所は前に通された上総さんのお仕事部屋。
今日は部屋の真ん中に白い台が置かれていて、そこに依里さんと父と母がいた。上総さんは三人の後ろにひっそりと立っていた。
「それでは、麻人、莉那ちゃん」
「はい」
「はい」
さすがの猫さんも空気を読んでくれた。
「末永く幸せが続く未来を」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
麻人さんが指輪を受け取り、私の指へ。指先だけでも麻人さんの熱を感じて、顔が赤くなったのが分かった。
そして次は私の番。
指輪を取り、麻人さんの指にはめようと思うのだけど、ぷるぷるして、上手くはまらない。
静かに見守ってくれている麻人さんの指が震え始めたので顔を見ると、必死になって笑いを堪えているようだった。
「……麻人さん」
「悪い。莉那があまりにもかわいくて」
「…………かわいい要素はどこにもありませんけど」
むしろ、恥ずかしい!
すると、それまでずっと黙っていた上総さんがくすくすと笑い始めた。
「陽茉莉もかわいいけど、もう一人の妹もかわいいね」
う、激しく恥ずかしい!
右手だけで指輪をはめようとするから無理なわけで!
麻人さんの左薬指をグイッとつかんで、指輪を指の先に入れて勢いで押し込んだ。うん、入ったね!
「力技だな」
「入れば問題ないっ!」
私たちのやり取りを見て、みんなして笑っている。
めでたいことだからね、みんなが笑っているのがいい。
次は楓真と陽茉莉だった。
二人ともスマートにこなしていた。
ぅ……。
それから記念写真を撮ったりして、とても幸せな時間を過ごすことが出来た。
「麻人」
帰り際、上総さんが麻人さんを呼び止めた。
それから上総さんは麻人さんになにかを伝えていた。
その内容を聞いて、私の顔を見て、上総さんを見て、それから楓真と母を見て、なにか納得したのか、うなずいていた。
もしかしなくてもこれ、例の「知らない幸せ」案件?
それなら、見なかった振りをしよう、うん。
父と母もいつの間にかいなくなっていた。
私たちは車で麻人さんの家に戻った。
しばらくすると、楓真と陽茉莉がやってきて、おやつを食べた。
「楓真、改めてお帰り」
「ただいま」
「それにしても、イギリス赴任は半年もなかった?」
「ぎり半年ないくらいだな」
「あわただしかったわねぇ」
「そうだが。……でも、本音を言えば、よかった」
「よかった?」
「莉那から送られてくるフィニメモを見てたら、日本に帰りたくなった」
「ホームシックかぁ」
麻人さんと陽茉莉は姉弟の会話を聞きながら、お菓子を食べたりお茶を飲んだりしている。
「それに、麻人を放置してると、なにをしでかすか分からないからな」
「オレかよっ!」
「あれ、麻人さんもやらかす人なの?」
「実際、やらかしてるだろうが」
「? なにを?」
「ほぼ初対面の莉那に結婚を迫るし、家に連れ込むし!」
「あー……。そっち」
それと、と楓真は続ける。
「仕事では莉那を呼んだらしいし」
「それね……」
「莉那もリアルでもやらかしなんだから、そばに呼んだら辞めさせられて当然だろうが!」
「え?」
「えっ、て自覚なしっ?」
「私、こっちでもやらかしなの?」
いやいや、そんなことないはず。
「単体では問題ない。ところが、なぜか麻人とそろうと、後から後から問題が湧き出るんだよな」
「なんで楓真はそんなことを知っているの?」
「それは俺が麻人といると起こるからだっ!」
なんでだろうね?
「それなら、もしかしなくても、会社で女性が集まってきて騒動になったのは?」
「二人がセットでいたからだろうな」
なんということでしょう!
「昔から、藍野の家には『伴侶を得るとまわりが騒がしくなるが絆が深まる、問題ない』という文章が残っている」
「藍野家の特性かよっ! ……って、ちょっと待て。『伴侶を得ると』? なぁ、麻人。つかぬことをおうかがいしますが」
「なんだ?」
「まさか俺のこと、伴侶と思って……ない、よな?」
「どうだろうな」
ちょ、尊い回っ! 麻人さんっ!
「お兄さまでも楓真さまは渡しませんわ!」
「あぁ、やるよ」
楓真が物のように扱われている……!
「やるって」
「陽茉莉、心配するな。楓真とはプラトニックだ」
「うぎゃあ! やっぱり尊い回は麻人さんのせいだった!」
まさかのまさか、麻人さんは楓真と恋愛的な好きな気持ちで付き合っていた!
ふ、楓真は出来る男だから、男に惚れられても仕方がない……よ、ね?
それが麻人さんってのが大変に複雑なのだけど。
「肉体の男女はプラトニックな場合は関係ないだろうが」
「そ、そうなのかもですけど」
たまに麻人さんが分からない。
急に不思議ちゃんになるのよね。
麻人さんの楓真に対する感情って、恋愛ってより友情に近いと思うけど、友情も行き過ぎると恋愛に見えなくもない、かも。
ま、まぁ、いいや。
「そ、そういえばフィニメモだけど」
「あぁ。フェラムからメールが来ていて、BANされた人たち全員、復旧出来たし、AIも元に戻したそうだ」
「よかったぁ」
「リィナとのお揃いが消えていたら、世界を呪うところだった」
怖いからっ!
「あと、フェラムからログインしたら連絡してほしいと」
「はーい。……あれ? 麻人さん、いつの間にフィニメモにログインしたのですか?」
「してないぞ。フィニメモに登録しているメールにフェラムから送られてきた」
なるほど。
「それでは、そろそろログインしますか?」
「そうだな」




