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刻の乙女と天の華  作者: 稲葉千紗
2018-12-22

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8/9

本が読めないお姫様

「やっぱそう簡単には見つからないよね」

「まぁ……こんな所に名前が転がってるわけないよな」


 時刻は夕刻。あたしと真言まことは稲荷信仰の総本山で古文書をあさっていた。

 さすがは津守つもり。電話一本でここまでこれるのだから、すごい。

 ちなみにあきらは博物館とか、郷土資料館の方をあたってくれている。

 神社よりもそちらの方に顔がきくといっていたけれど、何者だろう。


 ……屋敷の規模からして只者ではないと思ってたけどね。


 どうやら、あたしはとんでもない人に保護されたらしい。

 間違いなくどっかの有識者のお嬢さんなのだろう。

 失礼な事をしていなければ良いな、と自分の行動を振り返っているあたしの手に、真言が巻物を落とす。

 宇迦之御魂神うかのみたまのかみと表題がついたそれを開けば、第一神使しんしの欄に「葛の葉」と書かれていた。

 歴代の御先神みさきがみを記した巻物のようだ。


「色々と有名な君の先祖でさえ、通り名と位しかわかるものがない」


 先に目を通していたのだろう。真言が肩をすくめる。


「そうね、あたしの実家にある資料の方が役に立つかもしれないレベルだわ」


 広げた巻物を丸めながらあたしも息をついた。

 神様の資料は多くても、神使の情報はそう残っていない。

 神社なのだから当たり前なのかもしれないのけれど、ならばどうしろと言うのか。


「あとは晶の方がどうなってるか、だな」


 沈みゆく太陽を眺めながら真言が腰を上げた。

 人と接する機会の多い御先神ならば、民間伝承が残っているかもしれない。

 そこに一縷の望みを託して、あたし達は帰路につく。




「聞いて、風花かざか


 その夜、宮森邸に帰ってきた晶が殊勝な顔であたしを呼んだ。

 あたらまってなんだろう。首をかしげるあたしの横では、なぜか真言が視線をそらしている。

 気づきたくない何かに気づいてしまった、そんな顔をしていた。

 もちろん、あたしにはそんな姉弟の事情なんてわからない。


 おとなしく続きを待てば、晶はそっとスマホを差し出してきた。

 開いているのはおそらく、画像管理アプリ。

 促されるままに覗き込んでみると、そこには大量の、おそらく古書と思わしき写真があった。


「私に昔の本なんて、読めるはずがなかったのです」


 す、と晶があたしにスマホを握らせる。

 一瞬、何を言われたのかあたしには理解できなかった。

 真言が頭を抱えてしまったから、かろうじて何かとんでもない事を言われたのだなと判断がついただけ。


「……そういや晶は読書が大嫌いだったな」

「そう! 現代文も眠くなる私に古文が読めるわけがない!」

「威張るな!」


 どうやらこの双子は周囲を置いてきぼりにするのが特技らしい。

 またもや置いていかれたあたしは手の中のスマホに視線をうつす。

 資料館でしか見たことのなかった、1000年前の旧式のスマホ。

 けれど、直感で操作できるように設計されたというそれは、なるほど、初心者でも使いやすい。最低限の知識があればなんとなくで操作できなくもない。


 ポチポチと画面をタップして、画像をあさる。

 古い資料の撮影許可など、よくぞとれたものだ。

 感心すると同時に、恐ろしくも思う。おそらく晶は、あたしが思っている以上に権力者に近い。

 絶対に敵に回したくないな、なんて考えを頭から締め出す様にあたしは古い文字を読み解いた。


「鍛冶屋の狐、狐の女房、狐と月、ごんぎつね……は童話ね」


 おそらくは、狐の伝承を中心に集めてきてくれたのだろう。

 たまに狼やら蛇やらなんやら混ざっているが、これを撮ったのは古語が読めないと豪語する晶である。現代文も怪しいと双子の弟も言っているし、仕方がない。

 あたしも知っているいくつかの有名な言い伝えと、時折混ざってるおとぎ話。

 その中に、気になるものを見つけた。


「……うつたのやまの、しろぎつね?」


 うつた山と呼ばれる地には、美しい白狐が住んでいる。

 雪の降る夜にのみ現れる、月の光を宿した狐。

 ひと目見ることができれば、その者には福が訪れる。

 けれど代わりに、心を失うだろう。


 おそらくは、古い言い伝え。雪の夜に外出をしてはいけないと幼子に言い聞かせるための、作り話。

 けれど、あたしはなぜかその話がとても気になった。

 心を失うから外出してはいけない。それならば、理解できる。

 では、なぜ福が訪れるなどという一文があるのだろうか。

 心を失うことが、幸せに繋がるとでもいうのだろうか。


「……どこの地域の話よ」


 気になったあたしはブラウザを開いて「うつたやま」と検索する。

 ……検索結果に、ストレスが原因とも言われる病の名が並んだ。まるであたしが患っているかのようだ。

 どれだけの人が心をむしばまれているのか、とてもよくわかる。平成、怖い。


「……風花、はやまったらダメだからね?」


 いつの間にかあたしの背後にまわった晶がそっと肩に手をおいて。

 その隣では、真言が憐みの眼差しであたしを見ている。


「いや、違うから。違うからね?」


 あたしは首を振って、画面を切り替える。

 うつた山の伝承を見せれば、真言は目を見開いて、晶は首を傾げた。


 うんうん唸っている晶を放置して、あたしと真言は明日の予定を決めていく。

 今日はもう遅いから、詳しく調べるのは明日で良い筈だ。


 ひとまず解散して、あたしは今日も晶の部屋に布団を敷いた。

 真言は自分の部屋に戻るそうだ。養子に出ている彼に自室があった事に驚いたけれど、これだけ広い家なのだから持て余している部屋はたくさんあるのかもしれない。そのひとつを息子に残すことくらいはきっと造作もないのだろう。


 一人納得して眠りに落ちたあたしは、この日も夢を見た。

※古書の撮影には特別な許可とか諸々の決まりとか気を付けなければいけない事があります。良い子は真似してはいけません。

※「うつたやま」は、実際にぐー●るさんで調べました。けっして病をネタに使うつもりではありません。

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シリーズ作品「実りの神子と恋の花」本編完結しております。
すべてのベースとなるお話です。読まなくても大丈夫ですが、読んでおくとニヤニヤできます。

実りの神子と恋の花
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