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刻の乙女と天の華  作者: 稲葉千紗
2018-12-21

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始まりの夢

 心を捧げたいと思った方がいた。

 けれど彼の方は、の心を受け取ってくれなかった。


 ――あなたはまだ幼いのだから、もう少しよく考えなさい。


 そう言って頭をなでてくれた優しい手はとても暖かくて。

 やっぱりこの方について行きたいという思いが強くなった。


 ――大きくなったら、お側においてもらおう。


 ずっと、そう考えていたのに。

 その方はある日突然いなくなって。


 置き去りにされたボクは、今でもこの気持ちを持て余している。




 気がついたら、闇の中に、はいた。

 暗すぎて、周囲の様子どころか自分の体すらも見えない。


 でも、混乱はしなかった。


 普通の人ならばパニックを起しかねないその空間に、あたしは心当たりがある。


夢殿ゆめどのだよね」


 生きとし生けるもの達の「夢」が集まる始まりの地。

 あたしたちにとっては、夢を媒介に意識をつないで術を行使する際に訪れる場だ。


 普通は術者が自ら望んで降り立つんだけど、ごく稀に呼ばれたりもする。

 今のあたしはおそらく後者。

 ついさっきまで晶の部屋にひいてもらったお布団の中にいたのだ。

 呼ばれなかったらこんなところに来るはずがない。


 脳裏によぎるのは、先ほど聞こえた声だ。

 高すぎず、低すぎない。心地よいテノールだったと思う。

 少年というには落ち着きがあって、青年というには幼さを残している、不思議な音。


 大切な人において行かれて、迷子になったのだろう。

 きっと誰にも相談できず、ひとりで抱えていたに違いない。

 そんな声ならぬ声が、あたしの意識と同調していた。


「まさか、こんな状態で夢渡りをするとは思わなかったけど、これも運命ってやつかね」


 夢を渡れる術者は、実はそう多くない。

 しっかりとした訓練を受けていないと、取り込まれて帰ってこれなくなるからだ。

 人知を超えた力を忌む風潮が強い平成の世にそんな人材がゴロゴロ転がってるとは思えないから、あたしが呼ばれるのはきっと自然な流れなんだと思う。


「まだまだ未来には帰れそうにないしね。人助けも悪くないかな」


 この時代の存在に恩を売っておくのも悪くない。

 そう思って、あたしは意気揚々と足を踏み出す。


 本当ならあたしを呼んだ人の元へと続く道が存在するはずだった。

 結論から言うと、そんなものはなかった。


「……へ?」


 今まで、幾度も夢を渡った。

 あたしにとっての夢殿は、自宅の庭ともいえるほどに身近な場所で。

 だから、油断をしていたのかもしれない。


 けれど、それでも、だ。


「なんで、あたしは、落ちてるの!?」


 踏み出した先に足を乗せる場所がないなんて一体どうしたら予想できるだろう。

 そんな事態、聞いたことすらない。


 闇の中、あたしの体は、まっさかさまに落ちていく。

 上も下もわからないくらいに暗いから、もしかしたら落ちていくと言う表現は正しくないのかもしれない。

 ないのだが、あたしは落ちていると認識していた。


「やめてねー。このまま硬い何かと激突するとか本当にやめてねー。ショック状態になってもあたしを助けられる人はたぶんここにいないからねー」


 夢渡りは霊体で行うものだから、ここで大変なことになっても肉体に損傷はない。

 でも、精神に受けるショックが体に影響を及ぼさないわけではないのだ。


 それは修行を開始すると同時に教え込まれる「キホン」の「キ」で。

 弟子の修行に付き添う師が何よりも気を配る部分なわけで。


 つまり、何が言いたいかというと。


「やばいやばいやばいやばいやばい……!」


 あたしが、とんでもなく、危険な状態に、あるってゆー……。


「早く目を覚ましなさいよあたしの体……っ!」


 もはや自分に対する八つ当たりとしか思えない叫びを残して、あたしは落ちていく。




 終わりがないと思われた自由落下は、結局あたしの気が遠のきかけた頃に終わった。


 ぽすん。という音と共に受け止められる感覚。予想に反して軽やかな着地だった。


「……誰?」


 声が聞こえた。

 一度聞いたら忘れられないほどの涼やかな美声が、耳元に落とされる。

 あたしは驚いて、かたく閉じていた瞼をものすごい勢いで押し上げた。


 最初に見えたものは、透き通った琥珀。

 次いで、あたしが認識できたのは人間離れした恐ろしいまでの美貌だ。

 だから。


「……あべ、かざか、と、もうします」


 名を名乗ったのは条件反射だった。

 ものすごく頭の悪そうな発音になったのは仕方がないと思う。美人さんって罪深い。


「ねぇキミ、簡単に名前を教えてはいけないって、教わらなかったの?」


 ずっと眺めていたい麗しのご尊顔は、あたしが名前を口にすると同時にとても恐ろしいことになった。

 冷たい笑みを浮かべて首をかしげる彼の頭の上、月光色に輝くプラチナブロンドからは三角の耳がのぞいている。

 形は、おそらく狐。つまりはそういう事で。

 冷汗が止まらないあたしは最後の悪あがきとばかりに、尾の数を確認する。


 見つからなかった。


 尻尾のない狐。つまりは空狐。

 御先神みさきがみを務めた天狐が、さらに長い時間を生きてたどり着く最終形態ってやつだ。

 現役を退いているから位こそ天狐よりも下だが、神通力は比べるのがばかばかしい程に強いといわれている。

 なんで伝聞系かっていうと、希少すぎて情報がないからだ。伝承の中でさえ、めったにお目にかかれない。


 ……これ、完全にダメなやつじゃん……!


 あたしはあたしを殴りたくなった。


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シリーズ作品「実りの神子と恋の花」本編完結しております。
すべてのベースとなるお話です。読まなくても大丈夫ですが、読んでおくとニヤニヤできます。

実りの神子と恋の花
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