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刻の乙女と天の華  作者: 稲葉千紗
2018-12-21

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土地神を探して

 あたしが流れ着いた地には、ありがたい事に神社がたくさんあった。

 昔の文化も色濃く残っていて、神事もきちんと行われているらしい。

 それは清らかな神域の空気が教えてくれる。


 けれど悲しいかな。そこにあるのは微かな神気の残滓だけ。奉られている神様ほんにんの気配は無い。

 おそらく年に数回行われる神事の時に少し顔を出す程度で、あとはずっと異界にいるのだろう。


 騒がしすぎるのだ。


「観光地、ってやつかな」


 街は人であふれかえっていた。

 おそろいの制服をきているグループに、観光マップ片手に談笑するグループ。

 海の向こうから来たと思われる訪問者もたくさんいる。

 おそらくあたしの視界に映る大半が、この地の住民じゃない。


 12月も半ばなのだろう。

 赤と緑に染められた街は賑やかだ。

 本来の土地神をほったらかして異国のお祭りに夢中なのはさすがにどうかと思うけれど、そのゆるさがあったからこそ避けられた争いがある事も確かで。


「まぁ、そのうち気付くからいいのかな」


 言っても仕方がない。異界への扉が開かれる時代が来れば、いやでも思い知るはずだ、とあたしは知らんぷりを決め込んだ。


 あちらこちらからシャッターを切る音が聞こえる。

 大きな飾りの前で、スマートフォン片手にはしゃいでいる様子を見れば、この時代でもSNSが流行しているだろう事が想像できた。

 未来も昔も、1000年たっても世界は大して変わっていない証拠だ。


「何が楽しいんだか」


 情報を共有する、と言いうのはとても大切なことだ。

 共通の話題があると会話も盛り上がりやすいし、楽しいというのもわかる。

 けれど、あたしはSNSってやつがあまり好きではない。


 誰でも情報を発信することが出来る場だからこそ、一人ひとりは簡単に埋もれてしまう。

 とにかく目立とうとして、手段など選ばない人間は、残念ながら腐るほどに存在していて。

 彼らにとっては、自分の行動で傷付く誰かがいるかもしれない、なんて事はどうでもいいのだ。


 一度負った心の傷が、癒えることはない。

 見知らぬ誰かが勝手に撮ってSNSに載せた、幼いあたしの写真がインターネット上から消える事がないのと同じように。


「もっと、山の方に行かなきゃダメかな」


 ざわつく心をなだめながら、あたしは足を動かす。

 この時代のお金なんて持っていないから、どこかに行きたいのならば歩くしかない。

 幸いな事に、あたしの靴には歩行補助機能がついているから、まぁなんとかなるだろう。


「人が少すくなそうな場所で、しっかりとした神域が残っているところ」


 道路のすみにある観光マップを見ながら、あたしは行き先を探す。

 有名な観光地はダメだから、なるべく小さな文字で書かれたマイナーな神社がいい。

 駅から離れていて少しぐらい不便なくらいがちょうど良い。

 神域が残っているかどうかはあたしの直感頼りになるけれど、この手の事は得意だから問題ないと思う。


「ああ、ここが良いかもしれない」


 地図の下のほう。南の方角にある神社に目をつけて、あたしは踵をかえす。

 すれ違う人達がおどろいた様な表情であたしを見た。


 仕方がない。

 季節は真冬で、道行く人々が温かそうなコートに身を包んでいる中、あたしだけが軽装なのだ。


 長袖のブラウスに、細身のパンツ。

 一応上着としてベストを着ているが、平成の世でこれが上着に見える人はいないだろう。

 あたしの服は、デザイン的にはこの時代と似ていても性能がぜんぜん違う。

 体感温度調節機能がついているから寒くない、と言ったところで理解されるわけがない。


 コートって重いじゃん? 夏だって肌を隠したいじゃん? とかいう理由でガンガン進化して行った服飾の歴史は未来を知る者の目線から見ても「どうしてこうなった」という魔改造しか存在しないのだから。


「早く未来おうちに帰りたい」


 突き刺さる視線を意識の外に追い出して、あたしは歩く速度を上げる。

 あまりにも周囲を遮断したから、だからあたしは気づけなかった。


 好奇の視線ではない。観察するような、その眼差しに。




 赤い鳥居をくぐると同時に空気が変わり、神域に入った事がわかる。

 観光名所でもある有名な神社の領域だ。

 祭神だって錚々たる方々がそろっている。

 でも、あたしが目指している神社はここではない。

 目的地はこの奥にある。


 神域を通過させていただくから礼儀だけはしっかり守るけれど、目指すのは山の上だ。


 人通りの多い参道を抜けて、わき道にそれる。

 そうして石造りの鳥居が見えてきた所で圧を感じた。


 うまく表現できないけれど、なんというか、空気が重厚感を帯びている。

 体にかかる抵抗が違うのだ。どっしりとしていて、それでいて密度があるとでも言えば伝わるだろうか。


 肌に感じるピリピリとしたものは、おそらく神気。それも、高位の存在が放つ特有のものだ。

 神殿を覆うように展開された神域結界が、緊張感をはらんでいた。


 ——いらっしゃる。


 とくりとくりと脈打つ心臓をなだめながら、あたしは丁寧に腰を折る。


 ゆっくりと呼吸を数えて、許しを待った。

 けれど、最奥にある気配に変化はない。


 じっとりとした視線は感じるから、もしかしたらあたしを試しているのかもしれない。


 これでも安倍の末裔だ。

 人ならざるものと対峙する時の作法は幼い頃から叩き込まれている。


 が、安倍はどちらかと言えば妖の調伏を得意とする家系で、神との対話は津守に敵わない。

 あたしが知る時代では色々な壁が低くなっていて、作法も比較的似たり寄ったりになっていたけれど、この時代は違ったのかもしれない。


 機嫌を損ねたのだろうか、と不安を感じた頃、背後から声をかけられた。


「そこの神は、動かないよ」


 おどろいて振り向けば、あたしとそうかわらない年頃の娘と目があった。

 つややかな黒髪を、赤い組紐くみひもでポニーテールにしている。

 切れ長の瞳が凛とした雰囲気の美人さんだ。

 とは言っても彼女には、うつくしいより、かっこいいという言葉のほうが似合う気がする。


「私は宮森みやもりあきら。名前を聞いても?」


 隠世かくりよの作法をしる、迷い人のお嬢さん。


 続いた言葉に、彼女がこちら側の人間である事を知った。



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シリーズ作品「実りの神子と恋の花」本編完結しております。
すべてのベースとなるお話です。読まなくても大丈夫ですが、読んでおくとニヤニヤできます。

実りの神子と恋の花
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