表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/38

少年と逃亡

悪魔に借りた魂で何とか先輩を引き離した俺は、またしても商店街に戻って疾走していた。

 走るにはやはりこちらの方が都合が良いし、うまく行けば先輩を撒くこともできる。

 

 気分は三枚のお札を操る昔話の坊主である。

 ただし追ってきているのは絶世の美女だ。捕まったらひどい目に遭うのは変わらないが。


 このまま逃げきれる。

 そう思った俺だが、前を向き直すとそこには俺の進路を塞ぐような人の列が出来ていた。

 しかも奴らは一様にピンク色の法被を身に纏い、ムカデ人間かのようにお互いに密着している。


「げぇ!?」


 こんな寂れた商店街に行列のできる店があったか!?

 悲鳴混じりに考えるが、足を止めるわけにはいかない。


 代わりに俺は、悪魔へと叫んだ。


「2番! すり抜けの魂!」


「かしこまりました」


 それに応え、悪魔が即座に魂を手渡す。


 これはそう、何時しか夕と買い物に行ったときにバーゲンセールで使ったすり抜けの魂である。


 先ほど庭師の魂でも使ったが、こういった不測の事態に対し、俺もある程度使う魂をリストアップしてきたのだ。


 ともかく悪魔から魂を受け取った俺は、それを口から飲み込んだ。

 いい加減胸が痛いのと、ついでに行列のできる店と思い浮かべた途端空腹感が沸いてきたせいだ。


「うご、ご、ご!」


 魂を飲み込むと、胃の附が焼ける感触がする。

 満腹とはほど遠い感触だが、痛みに関してはもう満杯だと体が訴えている。

 さすがに、これ以上魂を摂取するのは、キツい。

 

 しかし、ここを超えればもう逃げる必要は無くなるはずだ。

 

 自らの目の前に幻の人参をぶら下げて、俺という馬体は人垣の障害物へとつっこんでいった。


「失礼!」


 一言謝った俺が、法被姿の男と男の間に横向き万歳で入り込む。

 ぴったりと密着しているはずの男達を、俺の体は幽霊か悪魔のようにすり抜ける。


 しかし自らが幽鬼ではない証拠に、列の反対側に抜け出たこの体には男の尻と股間という最悪の感触が刻まれていた。


 そしてーー。


「おや?」


 万歳して通り抜けたはずなのに、俺の両手には男達の持ち物が握られていた。

 すり抜ける際にスリ取ってしまったようだ。

 やはりこれはすり抜けではなくスリの魂じゃないかしら。


 考えつつ、狼狽した様子の男達に両手の持ち物を手早く返そうとした俺だが、そこでおかしな事に気づいた。


 俺の両手に握られていたのは、お子さまが砂場で砂を掘る手持ち道具。

 要はシャベルだったのだ。


「……あれ?」


 尖った物を渡すときは、刃の方を自分に向けてという美鶴さんの教育もあって、礼儀正しく相手に柄を向ける俺。

 

 だが、それを受け取ろうとする桃色法被の男達は、いずれもグラサンを駆けており法被の下には黒スーツを着ている。


 何やら前にも同じようなことがあった気がする。

 俺はすり抜けの魂を使って、黒服の男達からシャベルをスッて、それで……。

 

「我門ヒラク!」


 記憶を辿る俺の名を、何者かが不躾に叫ぶ。

 俺が振り返ると、巨大な肉団子が宙を舞っていた。

 

 太陽を背にした肉団子は俺へと落下してくる。

 すんでで我に返った俺は、それを避けた。


 だがしかし肉団子は床をぼよよんと跳ねると、こちらへ突撃してくる。


 ガキン。ガキン。

 思わず俺が構えた両手のシャベルが同じく肉団子が繰り出してきたシャベルとぶつかり、硬質な音を立てた。


「またしても僕の前に現れるとは……! しかも我が軍団が団結して並ぶ列に割り込むとは……!」


 シャベルを持った肉団子が喋る。いや、シャレを言うつもりはなかった。

 そしてそれはよく見れば人間だった。しかも、一度会ったことがある。

 名前は……。

 

「誰だっけ?」


「三千園サトルだ! 貴様のライバルの!」


 そうそう。そんな名前だ。

 鍔迫り合いをしながら、俺は思いだした。


 この男は少し前に夕へと手を出してきた変態で、ロリコン魂を切り取られ代わりに巨乳格納された色んな意味で哀れな男だ。


「お前のような煩悩風船とそんな関係になった覚えはない!」


 だが俺は、こんな奴とそんな少年漫画的宿命を結んだ記憶はない。

 というかこんなもんと関わっている時間はないのだ。


「ええい! 貴様も我が商店街アイドル田中綺羅雪ちゃんのコンサートが目当てできたのだろう!?」


 だというのに、肉団子は俺から離れようとせず、訳の分からんことをまくし立ててくる。


「しょ、商店街アイドル?」


「この商店街では、三ヶ月前より地域密着型アイドルを作って地域活性化を狙っているようです」


 意味が理解できずに俺が悲鳴を上げると、電子えんま帳をいじくりながら悪魔が解説する。


「そんなもんに頼るから衰退するのだ!」


 悲鳴混じりに、俺は叫んだ。


 村おこしをするにしても他に方法があるだろう。

 これが終わったら、是非商店街に直訴してやりたい気分である。  

 

「限定ピンバッジゲッドの為に部下を並ばせていたのに割り込んでくるとはもう許せん! ここで引導を渡してくれる!」


 だが混乱する俺に構わず、三千園はもっと混乱するような情報を流し込んでくる。

 今時ピンバッジて。


「お前は先輩に惚れたんじゃないのか!?」


「それはこれ! これはこれ!」


 そんな中、俺が何とかそんな抗議をすると、三千園は堂々とそう言い返す。

 確かにその意見には同意できる。

 言い返すことはできない。


「ちなみにこれが写真です」


 よくわからんところから発生した命の危機に喘ぐ俺。

 悪魔はそれを余所にのんびりと電子えんま帳を操作すると、それをこちらへ向けてくる。


「あぁ!?」


 上腕二頭筋の力を振り絞りながらも、女性の写真と聞いて、俺は思わずそちらに目を向けてしまう。


 田中綺羅雪という女性は、確かにアイドル向きの愛らしい顔をしていた。

 きらめく髪。形のよい輪郭。大きな目。

 

 何よりまるで童女のような、あどけない微笑み。

 ステータスの方を見ると……年齢は10歳である。


「ロリじゃねぇか!」


 その姿を確認した俺は、思わずツッコミの声を上げた。

 どういうことだ。こいつは確かに夕へとちょっかいを出そうとした最低のロリコン野郎だった。


「ロリータで何が悪い!?」


「え、だってお前のロリ魂は……」


 だがその芽は悪魔の奴が鎌で刈り取ったはずだ。


 えんま帳の中の魂が勝手に戻ったのか?

 ちらりと悪魔を見ると、奴は電子えんま帳の中からどピンク色の魂を引き出して首を振る。

 そう、あれが三千園のロリ魂だったはずだ。


「また芽生えたのでしょう」


 そうやって混乱する俺を前に、悪魔は事も無げにそう言う。


「はぁ!?」


 思わずひっくり返った声を出す俺。おかげで力が抜け、シャベルがこちらへと押し込まれる。


「先ほどの小学生のように、誰しも芽生えはあります。切り取られた魂も、また新たに再生するのです」


 慌てて押し返す俺。それに構わず、悪魔はペラペラと解説をする。

 俺はギリギリのところで耐えながら、冷や汗を流した。


「一度失われたとは言え、同じ人格を持ち同じ生活をする人間であれば、同じ性癖が再発してもおかしくはないでしょう」


 そんなのはおかしい。

 だって、何故ならば、そうなれば……。


「つまりヒラク様と私の契約はノーリスクなのです。さぁ、今すぐ契約しましょう」


 言って、悪魔が手を差し出す。


「ふざけるな!」


 声とともに、俺は肉団子を思いっきり蹴り飛ばした。

 不意を付いた攻撃に、奴はぼよんぼよんと跳ねる。


 悪魔との契約がノーリスクだなんて、そんな美味しい話があるか。

 いや、あるとしても、そんな美味しい話を何故今まで黙っている必要がある。


「僕は本気だ!」


 何を勘違いしたのか。三千園が叫ぶ。

 つまりこいつはボインボインの先輩を好きになりながら、ちびっこアイドルの追っかけもやっているわけだ。


 正にそれはそれ。これはこれである。

 だが、なんかもう色々、お前に構っている暇はないのだ。


「あっ! バスト73の綺羅雪ちゃんだ!」


 明後日の方向へ向け、俺は指をさした。


「何!?」


 三千園。そして列に並んでいた黒服達が、ざっと一斉に横を向く。


 奴らがよそ見をしている間に、俺は手持ちのシャベルを三千園へと投げつけた。

 男に物を投げつけるのには、俺は一切の躊躇もない。


「あぐっ!」


 スナップを利かせ俺の投げつけたシャベルが、回転し奴の顔面へと炸裂する。

 三千園はもう一度後ろへひっくり返った。

 

 事態に気づいた部下達は、桃色の法被を揺らしながら慌てるが、列を崩すことはできず、主人の元へもこちらへも来ることが出来ないようだ。


 ……もしかしてこいつら、本気でアイドル目当てで並んでるんじゃ。


「さらばっ!」


 しかしそんな事を考察している時間はない。

 黒服達がもごもごしている隙に、俺はその場を脱出したのだった。 



 ◇◆◇◆◇



「はぁ、はぁ、はぁ」


 息も荒く、俺は更に走り続けていた。

 背後には先輩の姿もない。これは完全に撒いたかもしれない。

 普段はしていない腕時計を見てみれば、リミットまではもう少し時間があった。


「おい、さっきの話」


 決して油断してはいけない。

 思いながらも、しかしどうしても気になることがあり、俺は悪魔に話しかけた。


「さっきの話、とは?」


 足を大きく上げながら俺と併走する悪魔が、わざとらしく聞いてくる。


「お前との取引に、リスクが無いっていうのは、本当なのか?」


 それに苛つきながらも、俺は悪魔に尋ねなおした。


「えぇ、その通りです。素晴らしいですね」


 答える悪魔は、何故か他人事のような風情だ。


「じゃぁ何で、お前はこの事を隠してた。隠す理由がないだろう」


 胡散臭い。今までで一番胡散臭いと思いながら、俺は奴を追求した。


「……失礼しました。リスクが無いというのは、人によるのです」


「どういうことだ」


「不要だと思ってこちらと交換した魂が、帰ってきてしまうわけですから。例えばギャンブルをやめたくて賭事の魂を渡した方が、それがまた芽生えてしまえば詐欺だと感じるでしょう」


 人は後ろめたいとき饒舌になると言うが、悪魔の場合も当てはまるのだろうか。

 跳ねるように走りながら上半身はこちらに向け身振り手振りをする悪魔は不気味極まりない。

 

 しかし言っていること自体には、矛盾が無い気もする。

 確かに俺は、人よりエロスへの好奇心が高いことで、自分は損をしていると考えていた。

 だから、最初にそんな話をされていたら多少契約する気が失せていたかもしれない。


 ……今、自然と過去形で考えたが、今の俺はどうなのだろう。

 このスケベ心という因果な物を、俺はどう捉えているのだろう。


「見えてきました」


 走りながら思い悩んでいる俺を、悪魔の声が引き戻す。

 いつの間にか下がっていた顎を前に向けると、そこには踏切があった。


 この踏切に引っかかった者は無事な通勤通学を諦めよのキャッチフレーズでお馴染みの、通称降りっぱなしの断頭台ホリディグランギニョル

 

 一度遮断機が落ちれば15分は足止めを食らうという、学生や会社員にとって悪夢のような場所だ。


 腕時計を見ると、遮断機が下りるまでには後3分ほどかかる予定だった。

 これは時刻表に現場視察、さらに鉄道マニアの魂を使って検証までしたので間違いはない。


 先輩を立ち往生させられるかは微妙だが、成功すれば彼女を撒いて最終作戦を実行するには十分な時間が稼げるはずだ。


 そう考え、踏切へとダッシュする俺。

 だがーー。 


「うごっ!」


 ガコン!

 と、いきなり後頭部に強い衝撃を受け、意識が強制的にオフになりかける。

 目玉が瞼の裏に行きかけたところをすんでで堪えた俺は、しかしバランスを崩すことは防げずそのまま道路へと倒れ込んだ。


 そんな俺の目の前に、カツンと見覚えのあるシャベルが落ちる。

 どうやらこれが頭にぶつかったらしい。


 把握して、俺は背後を振り向いた。


「捕……まえた」


 するとそこには、髪はほどけボサボサに戻り、胴着が着崩れ若干ワイルド&セクシーになった、幽鬼のような先輩が立っていた。

 

 彼女の体のあちこちには葉っぱが付着しており、更に何故かピンクの法被を羽織っている。


 痛々しさ満載の満身創痍だ。しかし俺を見下ろす眼光だけは鋭い。


 普段の先輩は、人の後ろからいきなり物を投げつけることに躊躇がない人間ではない。

 彼女もかなり「キ」ているのだろう。

 

「あ、熱い抱擁なら大歓迎なんですけど……」


 その様子を見て、俺の胸は妙に踊った。

 不本意な形で取得したマゾレベルが疼いているわけではない。


 先輩がようやく俺と同じ土俵に立った。

 そう感じたからである。


「終わり、だ」


 だが、俺の軽口にも応じず、先輩は木刀を大上段に構える。

 あの高貴な先輩を辱めて引きずり下ろしたはいいが、本人に告げられたとおりのピンチである。


 悪魔には、魂を刈り取るソウルキャッチ&リリースを使用しないように言い含めてある。

 何故なら、俺がこの状態の、全部ひっくるめた彼女に勝たないと意味がないからだ。


 しかしもっと意味がないのは、この場であっさりやられてしまうことだ。

 

 どうする。どうする。迷っている間に時間切れになり、無情にも先輩の木刀は振り下ろされる。


 俺の意志とは無関係に瞼が勝手に閉じて次に起こる惨劇をシャットアウトしようとする。 

 

 ガツン! 


 堅いものと堅い物がぶつかる音がする。


 ……しかし俺の頭には、予想していたような痛みは訪れなかった。


 もしや俺は既に気絶した後で、踏切の前で大の字になっているのでは。

 そんな妄想に囚われながらも、俺はおそるおそる目を開ける。


「なっ……」


 するとそこには、俺が予想していたような光景は無かった。

 代わりに木刀が二本。十字に重なって、押し合っている。


 木刀の持ち手へと、俺は視線を滑らせる。

 俺の視界に、先輩の一撃を受け止められるとは思えない華奢な手首、そして、揉みしだくというよりはペロンと冷やかしてやりたくなるような尻が映る。

 

「中、見沢……」


 その尻を見て、俺は呟いていた。

 俺の声に応え、木刀の主が視線をこちらに向ける。

 危機一髪の俺を救い、先輩との間に割り込んだのは、中見沢あげは。

 薄い尻を持ち先輩との濃い因縁を持つ、その人だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ