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俺はステ振りを間違えた  作者: ごぼふ
出会い編
2/38

少年と悪魔

 次の日の昼休み。校舎外付けの非常階段に座り込みながら、俺はもしゃもしゃとパンを租借していた。


 教室で食べるのが恥ずかしいぼっち野郎な訳ではない。今日は原田が部長会議などという妙に偉そうなものに出席しているため、ちょっと遅れてくることになっているのだ。


 眼下の中庭では女子どもがバレーボールなどを始めており、そんな早く昼食終えて大丈夫か。もしくはダイエットの為に徒党を組んで昼食を抜きつつ運動しているのか。そんなことをしていたら倒れるぞとまるで母親のような心配をしてしまう。

 そんな彼女たちの弾む胸をぼんやりと眺めながら、俺がもしゃもしゃやっているときだった。


 俺が背にしている非常階段のドアから、男がにゅっとすり抜けてきて手すりに掴まったのだ。


 ……事実を表すとこういう意味不明な表現になるのだが、ちょっと分解してもう一度描写し直そう。

 俺が食べていたのはハチミツマドレーヌパン。校内でも人気のパンである。それを三口目だか四口目だかで頬張っていると、俺の顔の横にいきなり足が突き出された。


 なんだ原田めもう会議とやらは終わったのか。どうせお前のことだからあの寒そうな短パン姿で行って、ドレスコードに引っかかり追い出されてきたんだろうと俺が罵倒の準備をして振り向くと、扉は閉まっている。

 それはそうだ。なぜなら俺が寄っかかっているのが扉なのだから。


 ではこの足はなんなのだと見てみると、そいつは本来の役目を果たせないドアノブが可哀想になる案配で、ドアから唐突に生えている。

 いや、生えているばかりではない。その足は竹の如くにょきにょきと伸びていき、やがて地面に到達したと思えば、ドアノブの辺りからは足の付け根。つまりは股間がこんにちはした。

 男の股間を凝視するなどという屈辱は、今までの人生、そしてこれからの人生でも無いことだと俺は祈りたい。


 そんな風に未来への祈りを捧げている俺にも構わず、やがて上半身が現れ、今度はドアノブの上辺りから腕が現れ、それが肩で繋がって最後に顔が現れた。

 いや、そうは問屋がおろさない。男の体は背中の先にまだ続きがあり、それは真っ黒い翼であった。蝙蝠の羽をこれでもかと原色の黒で塗りつや消しのトップコートを吹いたようなその羽は、男が手すりに掴まったあたりでようやく全容を表し、俺の頭上でばさりと一羽ばたきした。


 そのまま飛び立ってくれればこれは俺の幻覚だったのだ。無駄にくどい描写をして申し訳ないと誰かしかに謝ることができるのだが、男は手すりに寄りかかって階段の下のバリーボールを眺めているのでそれもできない。


 男は大層な美男子であった。つや消しのマッドワックスを塗りたくってもこうはなるまいというまるでつやのない髪と、どれだけ天日干しされた魚でもこうはなるまいという腐り乾いた瞳を差し引いても、俺――いや、原田では太刀打ちできないほどの整った顔をしている。

 びしりとしたタキシードを着ているが、背中は羽を出すためか大きく開かれており、更にその素肌の上にサスペンダーが通っているのもあって変態めいた様相を呈していた。


 そうだ。変態だ。一つのキーワードが頭に浮かんだとき、俺は雷に体を打たれ、我に返った。

 扉をすり抜けてきたことはまぁ置いておこう。長々と描写したがあれは幻覚かもしれない。それはともかく、男はどう見ても学校関係者ではない。しかも裸サスペンダーである。

 これは学校側に是非とも通報しなければならない逸材である。

 思いながら、俺は扉に後ろ頭を押し付けた。だが、やはり通り抜けることはできない。

 仕方なく立ち上がり、後ろ手に扉を開けようとしたその時である。


「植草みどり。バスト八十二。ウェスト五十六。ヒップ八十一」


 男が、何やら呟きだした。

 よく見ればいつの間にか男の手には携帯端末が握られており、指でそれを操作して情報を読み上げているのだと知れた。


「井坂夏江。バスト八十一ウェスト六十二ヒップ八十」


 しかも彼が読み上げているのは、女性のスリーサイズである。更に俺には、男が先に挙げている名前に聞き覚えがあった。

 そう、眼下で排球に興じている、あの女子達の名前である。


「江古田ひな。バスト七十二。ウェスト五十二。ヒップ七十三」


 男は、女生徒のスリーサイズをこの情報端末に記録しているのだ。

 記録媒体の使用法としてはこの上なく正しいが、変質者としか言えない所業である。

 俺は男に悟られないようにゆっくりとドアノブをひねる。


「芹沢真子。バスト八十。ウェスト五十九。ヒップ八十二」


「ちょっと待て。芹沢さんは八十二だろ」


 だが、続く男の言葉に、つい我慢しきれず俺は抗議した。

 愛する人を過小評価されては、俺も黙ってはいられない。

 男が読み上げたのは、俺が二度目の玉砕を経験し三度目のリベンジを考えている女子、芹沢真子さんのプロフィールであった。

 怒りに燃える俺。すると男が、初めて俺と視線を合わせた。

 いたいけな少女ならころりと騙されてしまいそうな、淀んだ目である。

 女子はこういうちょっとドブの臭いがする、ドブ川系男子にめっぽう弱いのである。

 騙されまいと俺が気を張っていると、男はふっと笑った後、ちょいちょいと俺を手招きした。

 胡散臭くはあったが、女子のバスト検定で引き下がったと言われれば我門ヒラクの名折れである。その招きに応じて俺が男の横に並ぶと、彼は階下の排球少女達ハイキューブを指さし言った。


「よくご覧なさい。単体ではなく全体を見て気づくのです」


 気づく? 上から目線の物言いにカチンとは来たが、俺は言われたとおり女子達の胸を、極限まで集中力を研ぎ澄ませつつ見つめた。

 すると、気づいた。ほとんど同じ身長、バストサイズの芹沢さんと植草みどりの乳の揺れ方の、微妙な差異に。

 あれは、二人の形状の違いだろうか。そうであったらまた研究のテーマが増えそうだが、今回の場合、そうではなさそうだと言うことを察する。


「パットか!」


 叫びながら男を見ると、彼はうむと重々しく頷いた。

 芹沢真子の乳揺れは他の少女より鈍い。それは胸の形やブラの安心感のせいではなく、彼女がパットを入れていたからだったのだ。

 思い起こせば芹沢さんは、他の女子より肩にさりげなく手をやり、肩を揉むフリをしてブラひもを直す仕草が多かった。

 それは、こういうことだったのか。


「アンタ、何者だ」


 彼女に惚れ、観察していた俺ですら気づかなかった事実を、いち早く発見し、しかも記録していた男。

 変質者であることは確実である。しかし名のある変質者であろうと俺が尋ねると、彼はまるで貴族のように、優美に頭を下げながら言った。


「ワタクシの力ではありません。この機械の力にございます」


 衣装も相まって、どこかの執事のような口調であった。

 そして、そうして男が自分の頭より高く掲げたのは、先ほどまで眺めていた携帯端末である。

 黒いボディで男の手より一回り大きい。液晶画面はやはりタッチ式のようで、男の指紋がペタペタとついている。

 回りくどい表現をしなくとも一発で例えることが出来る物品があるのだが、版権上の問題で断念せざるを得ない。

 そうしてその画面には、件の女子の顔写真と名前、スリーサイズ、身長体重までがずらりと並んでいた。

 しかもスクロールバーはかなりの小ささになっており、その情報の膨大さを予感させる。


「それに女子のプロフィールが記録してあるんだな! いくらだ!?」


 男の卑劣な行為に、俺は怒りの声を上げた。

 現在の我が懐事情は非常に厳しいものの、その情報が全校生徒に及ぶものなら五千……いや、六千円までなら出す覚悟が俺にはある。


「これで見ることが出来るのは、何も女性の外観の情報だけではありません」


 しかし男は、そんな俺の交渉に応じることはなく、再び階下を見て端末を操作しだした。


「江古田ひなはああ見えて料理が達者ですね。料理レベル十。大体の家庭料理ならレシピを見れば作ることが出来るでしょう」


 そうして、再び呟きだす。


「植草みどりはバスケット部なだけあって運動が得意です。しかし真に向いているのはレスリングですね。訓練を受けたわけではないのにレベルが十五もある」


 それはおそらく、それぞれの女子の特技であった。しかも、おそらくその人間がやったことがないことまで記録されている。


「芹沢真子は……おやおやこれは随分なおきゃんですね」


「おきゃん?」


 ゆとり世代には聞き覚えのない単語を出され、俺は聞き返した。


「これをご覧なさい」


 すると男が手元の端末の角度を変え、俺に見せた。

 左側には芹沢さんの顔写真。これだけでも欲しいが問題はそこではない。

 先ほど彼女のプロフィールが記載されていた右側が、棒グラフに変わっていたのだ。

 その中でも他に比べ突出している場所。その根本にはこう書いてあった。

 S気質――と。


「S嬢の資質が二十レベルもある。男が痛みでのたうち回っているのを見るだけで、イケナイ気分になってしまうレベルですよ!」


「そんなバカな! 芹沢さんはそんなアブノーマルな性癖ではない! 即刻訂正しろ!」


 男が妙に興奮した口調でまくし立てる。その熱に当てられたように、俺もまた興奮して言い返した。自分が言った内容に、更に興奮した。


「我が地獄のえんま帳タッチ版に間違いはありません」


 しかし男はまるで俺の興奮具合に萎えたようにスッとテンションを落とすと、端末をスタート画面に戻し、それをおかしな名称で呼んだ。

 そして、確かにそこには、「地獄のえんま帳デジタルタッチ」と書いてある。


「お前は、何者なのだ」


 恐れを抱きながら、俺はそいつに尋ねた。


「申し遅れました。ワタクシ悪魔のボレトと申します」


 すると相手は、うやうやしく礼をしながらそう答える。


 平素であれば笑い飛ばしてから職員室に突き出すような発言である。

 しかし、男は扉をすり抜け、背中から羽を生やし、何より芹沢さんのバストサイズを当ててみせた。

 これを、悪魔の所業と言わずなんと言おうか。


「これは悪魔が人間の価値を計り、その魂を売却する際の目安とするものです」


 言いながら、男は携帯端末をひらひらと振る。


「では、俺のデータもあるのか?」


「はい、ございますよ」


 言いながら、男は俺の前に端末を掲げてから、それを操作し始めた。

 どうやら顔で認証が出来るらしい。


「我門ヒラク様でございますね。身長168糎。体重60瓩。女性遍歴……おやおや」

「その辺は良い。全力で放っておいてくれ。それよりも俺の才能、例のレベルとやらはどうなっている」


 男が冷笑を浮かべたのでそれを慌てて制し、俺は彼に肝心なところを尋ねた。

 俺に自らも知らない素晴らしき才能があれば、芹沢さんに胸を張って三度目の告白することが出来る。いや、それだけではなくその才能を活かして世の中すべての女性のバストを手中に収めることも可能やも知れぬのだ。

 一人一揉みでも腱鞘炎が心配になる。パワーボールを買わねばと俺が妄想していると、男が画面の操作を終えた。

 そうして俺が固唾を飲み、空想のバストを揉む中、口を開いた。


「ヒラク様の技能はスケベレベル30。以上です」


「そんなはずあるか!?」


 告げられた結果は、とても納得出来るものではなかった。

 そんな、そんな俺の取り柄が……。


「スケベーしか才能がないだなんて!」


 叫んだ途端、目の前に白球が飛んできた。

 狙いは俺を逸れ、横にいる自称悪魔に直撃……するかと思われたのになんとバレーボールは男をすり抜け、ドコンと音をさせてバウンド。

 振り向ききれなかった俺の横顔に直撃した。

 凄まじい威力である。世界を狙える。


「誰がアブノーマルでスケベーよ!」


 芹沢さんの猛った声が聞こえる。

 どうやら俺の声は、彼女にばっちり聞こえていたらしい。しかも彼女は、それを自分への罵倒と思ったようだ。


「芹沢真子。芸術部ながらバレーの才能もありますね」


 悪魔の冷静なコメントが聞こえる。それを耳にしながら、俺は意識を闇に落とした。

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