ep62 炎の意志
――終わらない。
希望を込めた全ての攻撃を受けてもなお、隕石は止まらなかった。
そしてついに――接触した。
ゴォォオオオオオッ!!!
「うわああああああああっ!!」
甲板が大きく揺れる。魔法障壁が、赤く閃光を放ちながら火花を散らした。
巨大隕石の質量が、タイタニクスの魔法障壁を押し潰すように圧し掛かる。そこにはもう、“防ぐ”というより、“耐えている”という表現しかなかった。
「このままじゃ障壁が――!」
ギギギ……ガガガガガァン!
次の瞬間――
バギンッ!!!!
魔法障壁が大きくひび割れ、タイタニクスがガクンと傾いた。
機体が空中で押し込まれるように沈下する。
「きゃあああああっ!」
「落ちるぞおおぉぉ!!」
「もうダメだああああ!!」
重力が船を揺らし、乗客たちが浮き上がるほどの衝撃が襲う。甲板上では転倒者が続出し、悲鳴が次々に響いた。
「っ――サヤ!!」
レインが叫ぶや否や、傾いた甲板を滑っていくサヤの手を、寸前で掴み取った。
そのまま強く引き寄せ、ぐっと胸元に抱き込む。
「わっ……レイン!? あ、ありがとう。助かったー!」
その時、サヤの視界の端に、滑り落ちる白い影が映る。
「ルナちゃんッ!」
即座に腕を伸ばす。レインの胸に抱かれたまま、反対の手で、滑り落ちかけたルナベールの腕をぎりぎりのところで掴んだ。
「っ……あ、ありがとうございます、サヤさん……!」
ルナベールの声が、震えていた。
その手をしっかりと握り返しながら、サヤは小さく笑う。
ドゴンッ!!!
さらに強い衝撃がタイタニクスを襲った。
船体が大きく軋み、全体が急降下を始める。
「――っ、ロゼ! マリリアさん!」
スカイは傾く床の上で二人の元へと駆け寄り、体ごと覆いかぶさるように抱きしめる。
「きゃっ……スカイ……!?」
「大丈夫……僕が絶対に、守るから!」
絶望に満ちた空気が、甲板を包み込む。
タイタニクスは急速に高度を失っていった。
誰もが叫ぶこともできず、ただその場に崩れ落ちる。希望の糸はとうに切れ、もはや抗う術もない。
――このまま、墜ちるしかないのか。
甲板に必死にしがみつく乗客たちの瞳からは、生気が消えていた。
空を見上げる者も、声を張り上げる者もいない。ただ、静かに――終わりを待つしかなかった。
――その時だった。
――ゴウッ!
タイタニクスの翼が、真紅の炎を纏った。
その炎は、揺らぎながらも力強く燃え広がる。翼の付け根から炎が巻き上がり、まるで意志を持ったかのように、逆風を切り裂くように羽ばたいた。
ゴウウウウウウッ!!
エンジンが唸り、尾羽が機械とは思えぬほど優美に広がっていく。
――それはまさに、不死鳥のような姿だった。
押し潰されるはずだった船が、炎を纏って、天へと抗う。
まるで、空を拒絶する“意志”を見せるように。
「う、うそ……!」
「……飛空艇が……隕石を、押し返して……る!?」
目の前の現象に、冒険者たちも、乗客たちも、声を失った。
ロゼが息を呑み、スカイの隣で小さく震えながら尋ねる。
「こ、これは一体……!? 飛空艇が……意志を持った鳥のように……!」
「――この子が、皆を守ろうとしてるんだ」
「え……?」
「“タイタニクス”は、ただの飛空艇なんかじゃない。乗る者の想いに共鳴し、願いを叶える"心"を持っている」
人々が息を呑んだ。
「僕は何度かこの子に乗って旅をして、"音"を聴いていく中で知った。このタイタニクスは……生きている。人を乗せて空を羽ばたくことに喜びを感じる、この子の"命の鼓動"が」
「……タイタニクスが……私たちを守って……」
その言葉に、誰もが静かに頷いた。
「頼む……耐えてくれ……!」
「お願いタイタニクス……私たちを、どうか守って……!」
「奇跡よ、もう一度……!」
甲板のあちこちで、乗客たちが、冒険者たちが、タイタニクスに祈るように手を合わせる。
そしてレイン、サヤ、ルナベールたちも祈り願う。
その瞬間だった。
――ゴオオオォォォォッ!!
まるで人々の祈りに応えるかのように、タイタニクスの全身を赤い炎が包んだ。
甲板を走る熱風。船首の不死鳥の彫像が淡く発光し、やがてその双眸が燃えるように赤く輝き出す。
「な……なんだ……!?」
「不死鳥の目が……光ってる……!?」
誰かが指を差し、見上げる。
そして……
――キィィィィィィィン!!
耳を劈くような、だがどこか荘厳な音が空を貫いた。それは、まるで神話に語られる霊鳥の“鳴き声”のように聞こえた。
炎を纏った翼が、もう一度力強く羽ばたく。
タイタニクスの船体が、ぐんと押し戻され、隕石と拮抗するように空へと抗う。火花を散らしながら、なおも墜落を拒み続けるその姿に、誰もが息を呑んだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
――操舵室
「船長……! これは一体……!? 先ほどから、舵が……ききません。まるで船が、勝手に動いて……!」
操縦桿を握る乗員が振り返る。
年嵩の船長ヴォルドは、視線を静かに前方へ向けたまま、口元に手を添えた。
「……ああ。分かっている。……この船は、ときどき不思議な動きをする。まるで、誰かの意志に従っているような……」
彼の目には、今まさに空を羽ばたこうとする巨大な不死鳥のような船体が映っていた。
「もし、この船に意思があるとして……自ら空を翔けようとしているのであれば」
静かに目を閉じ、胸に手を当てる。
「見届けよう。この船……タイタニクスが進まんとする未来を――」




