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ep30 証明

挿絵(By みてみん)

 雷光が逆流するように炸裂し、ファウストの右腕から肩口にかけて、激しい火花が散った。


「ぐっ……!」


 思わぬ自滅ダメージに、ファウストが一瞬だけ表情を歪め、地面を後退しながら体勢を立て直す。


 観客席からメフィストの怒声が飛ぶが、本人はそれを無視し、鬼のような形相でレインを睨みつける。


「テメェ……!」


 殺気を放ちながらレインに詰め寄ろうとした、その瞬間──


 シュウンッ!!


 霧のように霞んだ姿でサヤがファウストをすり抜け、レインの前に立ちはだかるようにしゃがみ込んだ。


 レインを背に庇うようにしながら、淡く輝く瞳をまっすぐ相手へと向ける。


「なんのつもりや」

「それ以上動かないで。ウチの能力、知ってるんでしょ? 今目が合ってる状態でウチが《デスゲイザー》使ったら、アンタ死ぬよ」


 その一言に、ファウストが一瞬だけ表情を固め、無意識に足を止める。額に汗がにじむ。


「サヤ、ダメだ……!」


 レインが背後から声をかける。


「お前に人殺しはさせたくない……! 俺ならまだ戦える……!」


 サヤは振り返らず、でもどこか優しい声で返す。


「レインは休んでて。さっきの一撃、まだ痛むんでしょ? ウチがどうにかするから、任せて」

「サヤ……」


 それでもレインの不安を感じたのか、サヤは軽く肩越しに振り返って微笑んだ。


 そんな二人のやりとりに、ファウストが不適な笑みを浮かべる。


「ほな、そこまで言うなら……やってみぃや」

「……はぁ!? ホントに死んじゃうかもしれないってのに、怖くないわけ!?」


 サヤが驚いたように問いかけると、ファウストは喉の奥で笑った。


「あほか。俺はアサシンや。常に殺るか殺られるかの影の世界で生きる俺に、死ぬのが怖いかって? カラスに空飛ぶの怖くないか?言うてんのと同じやでそれ。はよ見せてみぃ、その《デスゲイザー》とやらを」

「……頭おかしいんじゃないのアンタ……」


 レインが口を挟む。


「サヤ、デスゲイザーって威力調整とかできたりしないのか? たとえば半殺しくらいにするとか」

「それもう即死技じゃなくなっちゃうじゃん! ていうか、もし調整できたとしても、生きた人相手に試し撃ちなんてできないって……!」

「……だよな。だったら俺がやるしか──」

「せやからやってええ言うてるやんか。はよ殺してもろて。ま、どうせ俺には効かんやろうけどな」

「……は? 性格わっる! ルールで殺しは禁止って言われてたじゃん! ウチには手出せないの分かってて煽ってんでしょ!」


 サヤが声を荒げる。


「サヤ殿の言う通りルールはルール。模擬戦での殺傷行為は禁止だ。例外は、よほどの理由がある場合だけだ」

「そないカタイこと言わんでもええやん、ソルフォンス。今がその“例外”のときやろ?」


 メフィストがゆるく笑いながらサヤに目を向けた。


「サヤちゃん……おまえさんの全力見せたらええ。ここでその力の恐ろしさを見せつけて、んでそれを制御できるっちゅうことを証明するんや。皆心のどこかでおまえさんらを信用できとらんねん。正直な、ギルマスのばあさんがあんたらを特別枠で迎えた“本当の理由”──俺らには分からん。でもな、だからこそ、自分で信用を勝ち取るしかあらへん。そうすれば、俺らも……他のみんなも、ほんまもんの仲間として認められるっちゅう話や」

「仲間……」

「聞いたで。ルナベールとも一戦交えたらしいな? あの子かて、そうでもせんとおまえさんらを“仲間”として認められへんかったんやろ。それと同じや。せやから今度はワイらに証明してみぃ」


 メフィストがいつもと変わらぬ笑みを浮かべながら、軽く手を振る。


 サヤの表情がこわばり、観客席にはざわめきが広がった。


 戦場の空気が、限界まで張り詰めていく──。


 サヤは歯を食いしばりながら、ファウストを睨みつけていた。


 右目には微かに死の光が宿り、今にも《デスゲイザー》を発動しそうな気配がある。だが、その瞳に宿る決意は揺れていた。


「くっ……やっぱ、使えない……!」


 迷いの一瞬。それを、ファウストが見逃すはずもなかった。


「なら──コイツ潰すで」


 その言葉と同時、ファウストの姿がふっと消える。


「──えっ」


 レインの背後に現れたファウストの膝蹴りが、背中にクリーンヒットする。


「ぐあっ!!」


 レインの身体が前方へと吹き飛ばされ、地面を転がる。


 だが、止まる暇も与えない。


「うぉらぁっ!」


 ファウストが地を蹴って追いつき、倒れたレインに拳を振り下ろす。


 殴る。蹴る。脇腹に膝がめり込む。肘が顔面を掠め、砂煙が舞うたびに、肉と骨が悲鳴を上げた。


「……ッ! が、は……っ!」


 レインの口から、血混じりの息が漏れる。肋骨が軋み、視界が滲む。


 観客席では、異様な静けさのなか、モンベルンがため息混じりに呟いた。


「うわぁ〜……やっぱ弟は手加減ってもんを知らねぇな……これじゃ、心、折れちまうぞ……」

「おい! いくら模擬戦っていっても、やりすぎだろファウスト!! 中止しろ!!」


 レックスが立ち上がって叫ぶ。


「ファウストさん、もうやめて!! それ以上は……レインさんが!!」


 ルナベールも声を張り上げた。


 だが、その言葉に応じたのは、戦況を静かに見守っていたジンだった。


「外野が口出しするんじゃない……」

「ジンさん……」

「ジン! 元はと言えばジンが模擬戦なんて言わなけりゃこんな事には」

「よぉく見ろ童ども」


 ジンは視線を戦場へ向けたまま、ふっと口元を歪める。


「彼らの目に、“諦め”が宿っているように見えるか?」

「……え?」


 レックスが戸惑う。


 その間にも、ファウストの連撃が止まらない。


 レインの身体が、殴られ、蹴られ、転がり、血に濡れながらも、それでも──まだ、目を閉じていなかった。

 サヤは拳を握りしめたまま、くやしそうに唇を噛む。動けない。止められない自分に、歯痒さが募る。


 そんな二人を見つめていたルナベールが、小さく息を呑む。


「まさか……。レインさんも、サヤさんも……この状況でまだ諦めてない……!?」


 なおもレインを叩きのめし続けるファウスト。


 ドガッ! バキィッ! ズドンッ!


 「ぐっ……がはっ……!」


 その拳は重く、蹴りは鋭く、容赦という言葉を知らない。レインは膝をつきながら、血の滲む唇を震わせる。


「──カタストロ……」


 必死に唱えかけたその瞬間、みぞおちに膝蹴りが叩き込まれる。


「ぐっ──!」


 視界がぐにゃりと歪む。意識が飛びそうになる。

 地に叩きつけられたレインの身体が、土煙を巻き上げて転がる。腕が痺れ、視界は滲み、呼吸すらうまくできない。


 サヤは歯を食いしばりながら、その光景を見ていた。


(このままだと……レインが、本当に……死んじゃう! でも──デスゲイザー使えない……かといって、アイツのスピード、ウチの目じゃ追いきれないほどに速かった……追いつける気がしない)


 拳を握りしめるサヤ。胸の奥で焦りだけが高まっていく。


「降参せぇや。みっともない」


 肩を落とすレインの目前に立ちはだかり、無感情な声が続く。


「お前は自分が“特別な人間”だってことを理解しとるんか。お前のその力はな、世界に災いをもたらし得るものや。お前が弱いまま、それを持ち続けたら──いずれ暴走して、ギルドに災厄を呼ぶかもしれへん」


 その声は非難でもなく、責めでもない。ただ静かに、真理を突きつけてくるようだった。


 レインは、地に膝をついたまま、顔を上げることすらできない。


 (──分かってる。俺は……不幸を引き寄せるだけの存在)


「それでも俺は……」


 (──それでも……俺は、ここにいたい。誰かと一緒に……“ちゃんと”生きていたいッ!!)


 ギリ、と歯を食いしばり、レインはよろけながら立ち上がった。

 膝が震える。胸が痛む。けれど、視線は真っ直ぐにファウストを捉えていた。


「……」


 ファウストの目には、初めて“戸惑い”が滲んでいた。


 (……コイツ……こんだけやられてまだ心が折れとらんやと……)


 それは、強者が弱者に抱く感情ではなかった。

 その姿に“何か”を感じ始めた男の、無意識の本能的反応だった。


 そのとき、レインがボロボロになりながらもサヤをちらりと見た。


「──サヤ……!!!」


 その一言で、サヤの中の何かが弾けた。


「……ええい! 考えてたってしゃーない!!」


 サヤが叫び、地面を蹴った。


 ファウストへ、一直線に突進する。


「ふんっ」


 軽く身をかわして、サヤの突進をあっさり躱す。


 だがサヤは止まらない。


 転んでも、すぐに立ち上がり、またファウストへと突っ込んでいく。二度、三度、四度──しつこく何度も。


 さすがのファウストも眉をひそめた。


「チッ……鬱陶しい!」


 雷を纏わせた手刀を構え、サヤを迎え撃とうとしたその瞬間──


「──カタストロフィアァ!!」


 ファウストの意識がレインからサヤへ切り替わった一瞬のスキに叫ぶ。


 手に宿った雷が、まるで裏切るように暴走する。


「──ッ!」


 バチィィィィッ!!


 激しい音とともに、雷が弾け、ファウスト自身を襲った。


「またかい……ぐあっ!」


 暴発した魔力に吹き飛ばされるファウスト。


 立ち上がったレインは、足元をふらつかせながら、なおもファウストを睨んでいた。

 サヤも肩を押さえながら、静かに彼の隣へと歩み寄る。


「サヤ。《死神の足音(グリム・ステップ)》……覚えてるか?」


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