ep3 目覚め、そして異世界
——柔らかな感触。
肌を撫でる、ひんやりとした心地よい風。
まぶたの裏を、明るい光がじわじわと染め上げる。
「……ん……?」
意識がぼんやりと浮上する。
ゆっくりと瞼を開くと、そこには——
どこまでも広がる青空があった。
穏やかな風に乗って、草の香りが鼻をくすぐる。寝転がっていた地面は柔らかく、ふわりとした草の感触が背中に心地よい。
「……え?」
混乱したまま上半身を起こし、周囲を見渡す。そこには、自分が知るはずのない光景が広がっていた。
遠くにそびえ立つ、壮大な城。周囲には城下町が広がり、街のあちこちで塔のような建造物がそびえ立っている。
見たこともないデザインの石畳の道が伸び、行き交う人々の姿が小さく見えた。
「……これ……」
さらに視線を上げると——
上空を悠然と飛ぶ、巨大な影。
「——ドラゴンだ」
思わず息を呑む。
空に舞うのは、黒く大きな翼を広げたドラゴン。陽の光を浴びて、鱗が鈍く輝いている。
それだけではない。
視線を遠くへ向けると、地平線には信じられないほど多彩な景色が広がっていた。燃え盛る火山、砂が舞う砂漠、荒れ狂う海。
こんな光景、見たことがない。少なくとも、日本には存在しないはずの風景——
その事実が、頭の中でゆっくりと確信に変わっていく。
これは——夢じゃない。
俺は今、本当に"異世界"にいる。
「……嘘、だろ……」
ごくり、と喉が鳴る。
信じられないほど現実味がない。
俺はずっと、不幸だった。生まれた時から、何をやってもうまくいかない。事故、トラブル、理不尽な災難。
運命そのものが俺を嘲笑っているかのように、何をやっても最悪の方向に転がっていった。
だからこそ、俺は憧れていた。
——どんな無能でも、異世界に行けば最強の力を授かり、全てが上手くいく。
——不遇な人生を送ってきた奴が、異世界でチート能力を得て逆転する。
そんな"都合のいい"物語に。
寝る前に読むWeb小説。現実では絶対にありえない展開に、羨望を抱いていた。
『もしも俺が異世界に転生したら……』
何度も想像した。何度も夢見た。
そして——それが今、現実になっている。
待ち望んでいた異世界転生。心臓がドクンと跳ねる。指先が震え、全身が熱くなる。身体が、歓喜に打ち震えていた。
そして次の瞬間——
「うおおおおおおおおお!!!!!」
堪えきれず、叫んだ。
全身全霊で、歓喜の声を上げた。
だが——
「いぇえええええええい!!!」
それに呼応するかのように、すぐ隣からもう一つの声が響いた。
盛大な歓声。
驚いて反射的に振り向く。
そこに立っていたのは——
謎のギャルだった。
「……え?」
レインの脳が、フリーズした。
「やっば!! これ異世界じゃん!? テンションぶち上がるんだけど!!!」
目の前のギャルが、両腕を高く突き上げながら跳びはねた。金髪がふわりと揺れ、太陽の光を反射してキラキラと輝く。
褐色の肌には、露出の多い服装が妙に映えていた。
「……だ、誰だお前」
レインは硬直しながら、一歩後ずさった。
異世界転生した歓喜の余韻は、突如として吹き飛んだ。
目の前のギャルは、まるで遊園地にでも来たかのようにテンションが高い。いや、それどころか、"異世界"そのものに歓喜している。まるで自分も転生してきたかのように……。
だが——
なんでこんな奴がここにいる?
ギャルはキョトンとした顔をして、レインの反応を見た。
「え、あたし? サヤ子だけど」
サヤ子。
その名前に、一瞬記憶が揺らいだ。
「……サヤ、子?」
「うん! サ・ヤ・コ♪」
彼女は無邪気な笑みを浮かべ、両手でピースサインを作る。
……いや、待て。
俺の記憶にある"サヤ子"って、こういう奴だったか?
レインはゴクリと唾を飲み込みながら、思考を巡らせる。
「……えーっと、誰だ?」
「はぁ?! 」
サヤ子が露骨に肩を落とした。
「だから~、ウチの動画見たっしょ? あれ、アタシ」
「ん? 動画って……あの呪われた動画のことか?」
「そうそう! あれを見たから、アンタはウチに呪い殺されたの! あの幽霊、アタシ!」
「えええええええええええええええ」
レインは思わず絶叫した。
「なに呪い殺してくれてんだッ!!」
レインは叫んだ。異世界転生の喜びも一瞬で吹き飛ぶ。
目の前にいるのは、あの"サヤ子"を名乗るギャル。
……っていうか、そもそもなんでここに居るんだよ。
「見るなと言われているウチの動画を見た方が悪い!!」
サヤ子は胸を張って堂々と宣言した。まるで「信号無視して事故ったのは自己責任!」と言わんばかりの理不尽さである。
「はぁ?! ちょ……いや、でもお前……幽霊っていうか、生きてるし!!」
レインはサヤ子を指さし、動揺しながら後ずさった。
脈もある。呼吸もしている。肌の質感も普通に人間そのものだ。
何より、幽霊っぽい不気味な雰囲気はゼロ!!
目の前にいるのは、ギャル。それも、派手なギャルだ。
健康的な褐色肌、腰まで届く金髪。
そして——
ありえないほどの爆乳。
サヤ子の胸は、今にも服から飛び出しそうな勢いで強調されており、谷間がバッチリ見えていた。
しかも服装は露出度が高く、腹筋のラインが見えるほど短いトップスと、脚がむき出しのショートパンツ。
「み、見た目も全然幽霊じゃねぇ!! ジャパニーズホラーで定番の黒髪ロングに白装束じゃなくて、なんでそんな……」
レインは言葉に詰まり、視線を逸らした。目のやり場に困る。
サヤ子はそんな様子を見て、クスクスと笑う。
「……あれ? まさか照れてんの?」
「ち、違う!!」
「ふ〜ん? まぁ、ウチが魅力的すぎるのはしゃーないかぁ♪」
サヤ子は胸を張り、自慢げに腕を組む……そのせいでさらに爆乳が強調される。
レインは慌てて話題を変えた。
「と、とにかく! なんでギャルになってんだよ!? どう考えても"サヤ子"と違うだろ!!」
「あー、それね!」
サヤ子は軽く手を打った。
「ほら、呪いの動画に出てるウチの姿あるじゃん?」
サヤ子はにっこり笑いながら指を立てる。
「あれ、幽霊としての姿!」
「は?」
レインは間抜けな声を出した。
「つまり、幽霊になった時の"仕事用の姿"ってこと! "サヤ子"ってのも幽霊になった時につけられたあだ名よ」
そう言って、サヤ子はふわりと金髪をかき上げる。
「ウチの本名は——夜霧 サヤ! サヤって呼んでいいかんね?」
「……よぎり、さや?」
レインは思わず復唱する。
「そう!」
サヤは胸を張る。
レインはゴホンと咳払いをして、無理やり話を続けた。
「……でも、お前……そんなギャルだったのかよ……」
サヤはニヤリと笑う。
「今のアタシの見た目は、生前の姿!!」
「えっ……?」
レインは、サヤを改めて見た。
……幽霊どころか、異世界にいそうな"褐色エルフ美女"みたいな見た目だぞ。
「……え? え?」
「そういうこと!」
サヤはウインクしながら、堂々と胸を張った。
「幽霊になった時、幽霊の先輩に『幽霊っぽくしなさい』って言われて、仕方なく黒髪ロングのカツラつけてたの」
「はぁぁぁ!?!?」
レインは頭を抱えた。
「幽霊の世界にも、そういう上下関係とかあんの!?!?」
「でもさ! 異世界転生したら、生前の姿に戻ってたし! これマジで神展開じゃね!?!?」
サヤは拳を握りしめ、目をキラキラと輝かせながら飛び跳ねるように喜んでいる。その姿はまるで、夢の国に初めて来たテンションMAXの観光客。
だが、レインはそんなテンションにはついていけなかった。むしろ、まだ頭が追いついていない。
「……てかなんでお前まで異世界来てんの?!」
レインは思わず素っ頓狂な声を上げる。
「さぁ? アンタを呪い殺して、次のお宅に向かおうとしたら、なんか巻き込まれたというか」
「宅配みたいに言うな。てか巻き込まれた? 俺の異世界転生に?」
レインは呆れながら、額を押さえた。
幽霊の呪いで殺された。
そこまではわかる。でも、幽霊まで一緒に転生ってどういうことだよ!? いや、そもそも幽霊って転生できんのか!?
混乱するレインをよそに、サヤはまだ興奮が冷めない様子で両手を広げた。
「うん、多分ね! 知らんけど。でも異世界ってマジであるんだ!? 夢ありすぎじゃね!???」
サヤはくるりと回って、その場でスキップをする。
風に揺れる金髪。陽光を受けて輝く褐色の肌。その動きに合わせて、たわわな胸が跳ねる。
レインは思わず目をそらしながら、心の中でツッコむ。
……お前、本当に幽霊だったんか??
そんなレインの疑問など気にもせず、サヤはさらにハイテンションで語り続ける。
「てか、これさ~、もしかして最強スキルとかもらえてるやつじゃん!!」
サヤは腕を組み、堂々と頷く。
「異世界転生イコール"チートスキル"!」
その言葉に、レインは思わずサヤを見つめた。
「お前……異世界転生とか知ってんの?」
まるで当然のように語るその様子に、ついツッコんでしまう。
「ギャルなめんなー。てか今の時代、異世界モノ知らんとかヤバくね?」
「いや、お前幽霊だったろ? そんな娯楽に触れる機会あったのかよ?」
「それがさー、幽霊ってヒマじゃん? ってか暇なの! だから色んな人が見てるスマホとか、テレビとか、盗み見してたんだよね~」
レインは一瞬ギョッとしたが、すぐに納得した。
確かに、幽霊なら人間の生活を覗き見ることくらいできるかもしれない。
「……それで異世界転生モノにも詳しくなったと」
「そゆこと! ほら、異世界モノってさ、現世がクソでも転生したら最強になれて、ハーレム作れて、人生イージーモードになるじゃん!」
「言い方……まぁ、間違っちゃいないけど、なんか思ってたより詳しいな……」
「いやマジ、異世界転生ってめっちゃ夢あるし、ウチもちょっと憧れてたんだよね~」
サヤは遠くの城を眺めながら、嬉しそうに笑った。
「だからウチはチートスキルで無双して、この異世界で第2の人生を楽しく生きるッ!」
「お前……フィクションって知ってるか? そんな小説みたいにうまくいくわけないだろっての……」
レインは軽くため息をついた。
幽霊だったはずの女が、ここまで異世界転生に馴染んでいるのが、何より恐ろしい。
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