解答とも言えない解答編
「すばり、結論から言おう。犯人は――従者の『ハーツ』だ」
「――その、理由は」
先ほどの余裕ぶった表情から一転、恐ろしいほどに真剣な顔つきで問いかける榮。俺はというと、椅子の背もたれに体をゆっくりと預け、原稿用紙をばさりと捲る。
「まず、俺が何よりも最初に気になったのが、この主要人物の設定だ。『王』、『女王』、そして『四人の従者』。さらに言うと、この従者たちの名前は『ハーツ』『ダイモンズ』『クローブ』『スペイサー』。さらにさらに言うと、この物語の作者が、手品部部員でありカードマジックを専門とする菅榮であるということ。このことからだけでも、かなり大きな手掛かりを掴むことができる」
「その、手掛かりっていうのは」
「――この物語の主要登場人物は、すべて『トランプのカード』に見立てられている」
厳かに宣言するような調子で告げると、榮は「はあ」と肩を落とす。
「つまり、『王』はトランプで言うところの『キング(K)』、『女王』は『クイーン(Q)』。従者の四人は『ジャック(J)』で、『ハーツ』は『ハート』、『ダイモンズ』は『ダイヤ』、『クローブ』は『クラブ』、『スペイサー』は『スペード』のマークをそれぞれ表しているんだ。
じゃあ何故、この短時間の中で、俺が犯人を『ハーツ』だと推理することができたのか――簡単なことだ、それぞれの犯人候補者が所持していた武器は、トランプのカードに描かれている武器と一致するからさ。
まず、『王』が所持していたもの。本来、この作品の『王』に当たる『キング』のカードは四枚あるのだから、考えられる武器は四通りあることになる。だがご丁寧にも、お前は作中で“王は鞘から剣を抜くと”と描写している。つまり、『王』が所持していたのは剣だということになる。
次に、従者について考えていく。トランプのカートで言うところの『J』だな。最初に、『ダイモンズ』こと『ダイヤ』のカードに描かれているのは、確か長い剣だった。そして、『クローブ』こと『クラブ』のカードには、剣ではない、うーん、何か長いものが描かれていたな。刃の部分がなかったから、盾か何かかもしれない。んで、『スペイサー』こと『スペード』には、剣の鞘の部分が描かれている。つまり、長さは不明だが、彼も剣を所持していたという推測ができる」
空咳を一つして、亨は淀みなく先を続ける。
「残るはただ一人。『ハーツ』こと『ハート』のカードだ。もう分かるだろ。従者を意味する『J』の『ハート』のカードに描かれているのは――斧だ。すなわち、女王の遺体に残された傷跡と一致する。
因みに補足しておくと、従者と王のアリバイについても、作中から『ハーツ』だけに不審な点が存在するんだ。まず、『王』のアリバイについてだが、およそ問題はないと思う。女王と別れた午後の間に一人になっている時間はあるものの、傷口の件からも『王』は犯人ではないと考えることができる。書類を届けに来たと言う『クローブ』の証言とも矛盾はない。それに、もし『王』が『女王』の部屋に行ったのなら、『女王』の寝室があるフロアをずっと監視していた『ハーツ』が目撃する可能性があるからな。
次に、『ダイモンズ』のアリバイ。他の従者の証言との間に食い違いもないし、さっきの『王』のアリバイと同様に、『女王』殺害のために寝室に行ったのなら『ハーツ』に目撃される恐れがある。
そして、『クローブ』のアリバイ。これは、若干怪しい点が存在する。寝室に入る『女王』を目撃したという点だな。もしかしたら、ここで女王を殺害するチャンスがあったかもしれない。だがこれも『王』や『ダイモンズ』同様、寝室を訪れるところを『ハーツ』に目撃されかねないから、まあ可能性としては低いということにしよう。
で、次が『スペイサー』のアリバイだ。こいつが一番鉄壁だな。午後の最初は生きている『女王』の近くで警備をしていたというし、その後、四人で寝室のあるフロアを警備するまでは、応接室で来客とともにいたんだからな。
最後に、『ハーツ』だ。言うまでもなく、証言に食い違いがあるのはこいつだ。いいか。『ハーツ』は午後の間、ずっと『女王』の寝室のあったフロアを警備していたと証言している。そして、“応接室のすぐ近くで、女王と会って話をした”とも言っている。ここが、決定的な矛盾さ。何故なら、『ダイモンズ』もまた、応接室の近くで女王と会ったと話している。そして彼は、午後の間は“寝室のあるフロアより下の階”をずっと警備していたんだ。つまり、この二人の証言がどちらも正しいとすると、二人はほぼ同時刻に、異なったフロアの応接室の近くで女王と会話をしたということになってしまう。明らかにおかしいんだ。
よって、『ハーツ』の所持している武器が、遺体の傷跡である斧とおよそ一致することに加えると、このアリバイの証言についてもやはり『ハーツ』に疑惑の目を向けざるを得ない。また『ハーツ』は、午後の間中、寝室のあるフロアにずっと滞在しており、“召使いと挨拶を交わした”という以外、誰とも接点がない。この召使いだって、同じフロアにずっといたとも限らない。よって唯一、一人きりになる時間があったのはこの『ハーツ』に他ならないということだ」
長々としたこの推論に、しかし一言一句漏らすまいといった真剣そのものの表情で耳を傾けていた榮は「じゃあさ」と、最後の悪あがきをするような切な目線を向けてくる。
「『ハーツ』は、一体どうやって『女王』の部屋に入ったんだ? 仮に女王が自分から招き入れたとしても、女王を殺した後、どうやって部屋に鍵をかけて外へと出たんだよ」
「俺個人としては、その部分こそが『トランプのカード』をこの題材に取り入れた最大の味噌なんじゃないかと思っている。
簡単なことだ。『王』も『女王』も、そして四人の『従者』たちも、さらには探偵役の『道化師』やその他召使いまでもを含めた全員が――トランプの、カードだったんだよ。だから、ドアの下の隙間くらいがあれば、ドアを開かずとも部屋への出入りも簡単だったということさ」




