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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
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濡れ場・触手・バイオレンス

 ドロップ賞金ランキング開催から、二週間と一日後。

 ヒラク達は、再び七階にやってきていた。

 正確には、七階の底。

 湖底に生えた大量の光苔のおかげでぼんやりと光を放つ水面を眺めながら、ヒラクとモズは焚き火を囲んでいた。


「最っ悪。またアンタと水に落ちるなんて」


 毛布を羽織ったモズが、愚痴愚痴とこぼす。


「いや、なんていうか……こういう時って怒るべきなのかな僕は」


 ポーションの入った薬缶を沸かしながら、ヒラクは小さく呟いた。


「しょうがないでしょ! あの剣が手になじまなかったんだから!」


 聞こえていたらしい。モズが立ち上がって抗議する。

 纏った毛布は薄手で丈も足りず、その下から柔らかそうな足が覗いたが、それなりに見慣れたものなのでヒラクに動揺はない。

 彼女の制服は、途中で拾った槍を使って干されていた。


「でもスイングは豪快にできてたよ」


 一方濡れた制服の裾を捲ったのみのヒラクは、そう言ってモズをフォローしようとする。


「嫌味か!」


 が、逆効果だったらしい。

 間に焚き火が無ければヒラクに噛みつかんばかりの勢いで、モズは叫んだ。


 ――久々に七階へとたどり着けたモズだったが、その表情は不満げだった。

 守護獣との戦いの際に水没させてしまった大剣の代わりを購買部から買った彼女だが、一週間経ってもその感触が馴染まなかったのだ。


 六階で最後に両断した魔物の感触が気に入らなかったらしく、彼女は七階に着くなり大剣を横薙ぎに振るった。

 そして、水気で滑りやすくなっている床に足を滑らせ……落下した。

 ヒラクも慌てて飛び降りつつ、彼女を浮遊(フロウ)でキャッチ。

 二人は一足先に七階の底へとたどり着いたのであった。


 今はとりあえずフランチェスカ達を待っているところだが、今回は彼女らに「大丈夫」と手を振る暇もあったのでゆっくり降りてくることだろう。

 いずれにせよ8階を探索するには中途半端な時間だ。


「カムイ様の剣さえあればこんな事……」


 ヒラクが思い出していると、自らの失態をあくまで認めないモズが悔しげに呟く。


 ドロップ賞金ランキングで、ヒラク達はトップを穫ることができなかった。

 優勝はハクアでもマシル達でもなく、ヒラクは名を知らない騎士候補の学生である。


 結果、カムイの大剣は彼へと渡り、モズはレンタル扱いであった間に合わせの大剣を買い取るという顛末となった。


「ハクアの奴に取られるよりはマシだけど、あれさえあれば30階ぐらいまでなら楽勝だったのに」


「いや、それは無理だと思うよ」


 尚も恨み節を続けるモズに、ヒラクは薬缶を焚き火から下ろしながら答える。


「私じゃあの剣を使いこなせないって言うの!?」


 すると今度こそ焚き火を飛び越える勢いでモズが吠えた。


「そ、そうじゃないよ。あの剣ってカムイが駆け出しの頃のだし」 


「そうなの!?」


 が、慌てて弁明するヒラクに衝撃の事実を告げられ、彼女はすぐさま目を剥く羽目になる。


「うん。だから大したエンチャントもかかってないんだ」


 ほっと息を吐きながら、ヒラクはモズにそう説明した。

 ランキング一位の賞品となったあの大剣だが、実はヒラク達にスポンサーもいない頃にどこぞの魔物からぽろっと出ただけの代物である。

 手に入れたからと言って、他と大きな差が付くほどの武器ではない。


 おそらくカムイの名を使って生徒のやる気を煽ろうとした学園長の「いたずら」だろう。

 ヒラクが真っ先に気づいてモズへと伝えるべきだったが、混乱していたせいですっかり忘れてしまっていたのだ。

 そもそも……。


「最後まで使ってた剣は、守護獣との戦いで無くなっちゃったしね」


 あの剣の最期を一番よく知っているのは、自分のはずである。

 じっと炎を見つめながら、ヒラクは呟いた。


「そう……なのね」


 それを見、改めてカムイの死を実感したらしく、モズもまた俯いた。


 彼女が部屋に閉じこもっていたときはきちんと話せなかったが、あれからヒラクは時間を作り、カムイについてモズに詳しく語っていた。

 彼女がどんな人間だったか。自分とカムイの関係。死に際の彼女の戦いぶりについても。


 それに関して、モズは何も言わなかった。

 迷宮での戦いぶりを見るに、表面上は彼女なりに整理をつけたように見える。

 だが先ほど足を滑らせたことと言い、あれからの彼女は注意力が散漫な場面が何度かあった。

 それすらも通常営業と言えなくもないが、やはりまだ引っかかっている事があるのではないか。

 ヒラクには、そう思えてならなかった。


 とはいえ、濡れた格好でしんみりしていては風邪を引きかねない。

 そのうち彼女から打ち明けてくれることを信じて、ヒラクは話題を変えることにした。


「まぁ、落ちたところまでは良い……良いけど」


 本当は良くないけれど。起きてしまったことを言っても仕方がないのでそこは置いておくことにして彼女に尋ねる。


「何で急に暴れたの?」


 これはモズを責める、というより単純に気になった話題だ。


 浮遊の呪文を使い、中空でモズを受け止めたヒラク。

 最初はバツの悪い表情で丸くなっていたモズだが、水面近くになって急に暴れ始めたのだ。

 おかげで彼らはこの通り、二人揃ってずぶ濡れである。

 ただしヒラクの荷物だけは、彼が直前で岸に投げたので無事に済んだ。


「アンタが変なところ触るからよ!」


 彼の疑問に対し、先程まではしゅんとしていたモズの顔がすぐさま赤くなる。


 この反応だけ見れば、自由が利かないのを良いことにヒラクが彼女の体を思うまま貪ったと勘違いされても仕方がない。

 だが、本当のところは違う。


 ――ヒラクに抱き抱えられたモズも、最初は大人しくしていた。

 この状況の原因は自分にあると分かっていたからだ。


 お互い話すこともなく、螺旋状の階段と光放つ湖を眺めながらゆっくりと降下していく。

 

 そんな中、モズがぼんやりカムイに抱き抱えられたときのことを思い出していた。

 いや、実はあれは、この男だったらしい。

 

 何度も繰り返し再生し、悦に入っていたあの腕の感触。

 あれがこれと一緒だと気づいた途端、モズの体温が一気に上昇した。

 彼女は我慢できずに身悶えし、困惑した様子のヒラクの表情にすら怒りがこみ上げ暴れ回り。

 その結果、ヒラクとモズは仲良く着水する羽目になったのだった。


「変なところって……」


 一方そんな彼女の事情など知らないヒラクは、変なところってどこだろうと首を傾げる。

 抱えたときの手の配置には問題が無かった気がするし、よしんば触ってしまったとしても、それは彼女が暴れ出してからのはずだ。

 あの時は、ええと……。


「思い出そうとすんなヘンタイ!」


 宙を見るヒラクを、赤面したモズが止める。


「いや、特に目立った場所触った記憶が無くて……」


「アタシが平坦だって言いたいわけねアンタは……!」


 回想を中断されたヒラクが思わず口にすると、めらり、と焚き火を反射させたモズの目が彼を睨んだ。


「いや、そうじゃなくて……ええと」


 いつもより強い視線にたじたじとなりながら、ヒラクは言葉を探す。

 そんなことはないグラマラスだと慰めても、きっと嫌味にしかならないだろう。


「……そういえば、新しいギフトは何を取ったの?」


 考えた末、ヒラクは別の話題を口にすることにした。


 ハクア関連のゴタゴタですっかり忘れてしまっていたが、守護獣を倒したあの時、モズから間違いなくファンファーレが鳴ったはずである。

 あれから一週間程度。

 まさか未だに迷っているなどということはあるまい。 


肉体強化(タフネス)よ。前から言ってるでしょ」


 すると、今更? という態度を隠しもせず、モズはあっさりとそう答えた。

 あまりに今更すぎて、彼女も先程までの怒りが霧散したようだ。


 確かに以前から、彼女は肉体強化(タフネス)を取ると公言してきた。

 色々な出来事はあったが、それを変えるつもりはないようだ。


「アタシは、アタシの道を変えるつもりはない。文句ある?」


 ヒラクに見つめられ、モズは口を尖らせながらそう答えた。

 相変わらずの仏頂面だが、その瞳には若干の不安が覗いている。


「いや、良いと思うよ」


 そんな彼女をあやすように、ヒラクは微笑んだ。


「……なんか上から目線なのがムカつく」


 孫の成長を見守るかのようなヒラクに、モズは不満げなオーラを向ける。


「そんなこと無いよ。僕は、君を尊敬してる」


 彼女に対し、ヒラクは薬缶からお茶を注ぎながら答えた。

 

「あ、あによ急に」


 唐突な彼の言葉に、モズはぎょっとたじろぐ。


「自分で必要なギフトを選んで、胸を張って進んでいく。そういう生き方、僕はしたことがないから」


 そんな彼女に、自嘲紛れの笑顔でヒラクは呟いた。


 ヒラクも、カムイに内緒でいくつものギフトを選んできた。

 だがそれは、カムイに怒られず、しかし彼女を支援できるという消極的な理由で取ったギフト達だ。

 有能になってしまえば、自分から離れていってしまう。

 そんな思いこみをしていたカムイに反発してでも他のギフトを取る勇気が、ヒラクにはなかった。


「自分で自分のギフトを決められないのなんて、アンタぐらいよ」


 省みてまた落ち込みかけるヒラクを、モズは呆れた表情で見る。


 モズはただカムイの真似をしているわけではなく、色んな事を不安に思い、迷いながら、自分の道を進んでいるのだ。

 ちょっと猪突猛進の気はあるが。おそらくモズは、カムイとも違った道を歩んで行くだろう。


 自分も落ち込んでいる場合ではない。

 でないとまた、モズにどやされてしまう。


「うん、僕もがんばって進んでみるよ」


 冗談混じりに考え直し、ヒラクは彼女に答えた。


「……大体、毎日神殿の夢なんて見てたら気が滅入るわ」


 ヒラクから顔を逸らし、モズが呟く。

 淡く光る水面が、彼女の顔を照らした。


 ギフト取得の権利を得て眠りに入ると、その人間の夢の中に各々の「神殿」が現れ、その中で人はギフトを獲得する。

 しかしその日に決めきれなかった場合、次の日も、また次の日も神殿の夢を見る羽目になるのだ。

 神殿の形状によっては精神を病む人間もいるだろう。


「ははは、そう、だね」


 モズの言葉に、ヒラクは力なく答える。


 ……そう言えば以前も、ヒラクはこの場所で似たような態度を見せたことがあった。

 ふと、モズの脳裏に守護獣を倒した後のヒラクとの会話が思い出される。


「……アンタもしかして」


 そこから思いつくことがあり、モズはヒラクを追求しようとした。


「ま、まぁ、とりあえずお茶でも飲んで」


 だが、ヒラクは露骨に動揺すると、誤魔化す魂胆が見え見えのお茶をモズへ差し出してくる。

 そんなもので騙されるものか。

 モズはヒラクの側へと回り込むと、お茶をもぎ取り一気に飲み干す。


「ん、ぐ、ぐ……こんなんじゃ誤魔化されなうげっ」


 そのまま尋問へと移行しかけた彼女だが、途端にうめき声をあげ舌を出した。


「あー、えっと、大丈夫?」


 ヒラクとしては適温、適度な濃さが、モズにとっては熱し苦しであったようだ。

 普段はそれを分かっているのだが、つい慌てて自分用の調整を彼女に渡してしまった。

 うずくまり悶絶するモズに、ヒラクは恐る恐る尋ねた。


「だ、だひじょうふょ」


 涙目になった表情と震える肩。全身で大丈夫ではないことを示しながら、モズが答える。


「これ水。ゆっくり飲んで」


 そんな彼女の手にヒラクはコップを握らせ、それを飲むよう促した。

 都合手が触れ合い、その感触にモズは顔を上げる。


「モズ……?」


 目を開き顔を見つめるモズに、ヒラクは戸惑った表情を見せる。

 握りかけた手からコップが落ち、カランと音を立てる。


 モズの手へと、ヒラクの手から何か暖かいものが流れ込んでくる錯覚が起きる。

 それはモズを優しく包み込み、同時に彼女の奥深くまで入り込もうとしてくる。


 その感触を確かめるようにヒラクの手を握ったモズは――。


「うおおおお!」


「へっ?」


 次の瞬間、己が肉体強化(タフネス)を総動員して、ヒラクを湖へとぶん投げていた。

 綺麗な弧を描き、ヒラクが宙を舞う。


「フ、フロっ」


 浮遊(フロウ)を唱えようとするが、間に合わず水柱を上げ着水。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 荒い息を吐いたモズは、己の手をじっと見つめた。

 わざわざあの男の手を握ったり、その瞬間耐えきれないほど体が熱くなったり。

 自分はいったい、どうしたというのだろう……。


「ちょ、モズ! なんか足に絡みついて……タコ!? お、大き……! 助け……」


 考える彼女には、ヒラクの悲鳴も聞こえない。

 その後、何とか自力で脱出したヒラクは、翌日見事に風邪をひいたのであった。

 保温シート

 今回モズが羽織っていた物。

 非常に薄く折り畳みもしやすいが、体に巻けば熱を逃さずしっかり閉じこめる。

 迷宮の深層で寝る際にも重宝するが、そんな使い方をする探索者は極一部である。


 タコ!?

 イエスタコ。

 七階には魔物がいない。しかし誰かが持ち込んだのか、湖にはタコ等の生き物が生息しており、魔力の影響か異常な大きさに成長している。

 彼らは水面に物が投げ込まれると一斉に横穴から這い出、それに群がり食い尽くしてしまうのだ。

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