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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
49/58

現在の女の前で過去の女のブツを処分するの巻

「これ、鑑定書」


 ざわつく生徒達に順番を譲ってもらい、鑑定を終えたヒラクは男達の前へと帰ってきた。 


「大の男が入るサイズの容量を持つ永続化した魔核に、硬度強化と筋力強化と減熱……」


「なんじゃこりゃ……」


 渡された鑑定書を見、目を丸くする男達。

 籠手には、とんでもない強度のエンチャントが三重に施されていた。

 観賞用愛玩用の需要はあれど、持ち主のいない妖精型神器と比べれば、3倍以上の価値がある品物だ。


 その一方で、モズは終始苦い顔をしていた。


「ごめん、何かズルい気がして、今までの探索にあの籠手は使えなかったんだ」


「アタシがムカついてんのはそんな事じゃない。そんぐらい、アンタにも分かんでしょ」


 謝罪の言葉を口にするヒラクに、モズは目も合わさずモズは答える。


「ごめん……」


 やはり謝ることしか出来ず、ヒラクは男達の方へと向き直った。


「それでどうかな? 君達がいらなければ管理ギルドに登録するって話になってるんだけど」


 脅迫めいたヒラクの問いかけに、男達は顔を見合わせる。


「どうって、なぁ……」


 目の前の少年の提案通りに籠手と神器を交換すれば、カムイ云々は眉唾としても明らかに高価そうなこの籠手が手に入る。

 ただし、ドロップ賞金ランキングに関しては振り出しに戻ってしまう。


「いや、だけどなぁ」


 逆に彼の提案を断れば、この男はほぼ間違いなく自らの私物であるこのお宝を、たった今迷宮で見つけたものとして登録するという。

 そうなれば、マシル達がドロップ賞金ランキングでトップに立つことはほぼ不可能になる。


 だがしかし、問題はそれだけではない。

 実はこの神器、マシル達が迷宮で拾ったものではないのだ。


 ――今から約二時間前、彼らはある少女に呼び出され、そこでこの神器を受け取った。


「この神器ねー。友達が拾ったんだけど、彼女は目立ちたくないからいらないって言うの」


 彼女が言うにはこうだ。だが、そんな理由で神器を手放す人間がいるだろうか。

 髭を生やした方――ギジリは思ったが、相方のマシルの方は完全に彼女の話を信じている。


「へー、ハクアちゃんと一緒で奥ゆかしい友達だな」


「でも私も目立ちたくないし……。だから、誰か良識のある人にこの子をプレゼントしたいなって」


「それが、俺たち?」


「うん」


 ギジリが問うと、彼女は屈託もなく頷く。

 自分で言うのも何だが、マシルもギジリも良識派では決してない。

 組んだ人間に因縁をつけ報酬を多く受け取ったり、他人を脅して情報を奪い取ったりなど日常茶飯事だ。

 そしてそのことを、彼女は知っているはずである。


「分かったよ! ハクアちゃんからのプレゼント大事にするよ!」


 考えるギジリを余所に、マシルが勢いごんでそんな台詞を口にする。

 すると、ハクアの目がすっと細められた。

 この男が言ったことは、おそらく彼女の望むことではない。


「いや、売っちまおうぜ。ドロップ賞金ランキングもあるしな」


 それを察したギジリは、そう言って少女の顔を伺う。


「そうだね。その方が良いと思うよ」


 すると彼女は桜の如く綻んだ笑顔を見せた。

 やはり、これが正解のようだ。


 彼女の思惑がどこにあろうとかまわない。

 自分は彼女の、そんなちょっぴり腹黒いところも気に入っているのだ。


 彼女のそんな顔を知っているのは自分だけ。という優越感が、ギジリを少女に心酔させていた。


 そんな彼女が、神器をマシル達に託した後で呟く。


「賞金ランキングの大剣、私も欲しかったなぁ……ファンなんだよね、カムイ=メズハロード」


 ちらり。物言いたげな視線が二人へ向けられた。


 神器は売っ払って、ランキングの賞品は少女にプレゼントしよう。

 彼らはそう決意したのだった。


「……なぁ」


 そうなると、この男にランキングのトップだけは譲るわけには行かない。

 同じ回想をしていたのだろう。マシルがそんな視線を飛ばしてくる。


「おう」


 心酔している部分は違えどハクアが好きという点で一致しているギジリはその意味を察して頷く。


 神器は渡してしまおう。何、トップを取るなら他の奴らからまた何か奪ってやればいい。

 目と目で通じ合った男たちが、神器をヒラクへ渡そうとしたその時である。


「どうしたの? 皆で集まって」


 涼やかで可憐で蠱惑的な声が、その場に響いた。

 人を引きつけるその声に、誰もがそちらを振り向く。

 するとそこにいたのは、一人の美少女であった。


「ハクア!」


「ハクアちゃん!」


 モズと男達が、ほぼ同時に叫ぶ。


「うふふ、ハクアですよー」


 それにぷらぷらと手を振って応えると、ハクアは巨男達の間にすっと入って笑った。

 周囲には人垣が出来ていたはずだが、全員彼女に道を譲ったようである。

 

「何で、アンタがここにいるのよ……」


 彼女の人気に呆れた顔をしながら、モズが問いかける。

 するとハクアはもじもじと身をよじりながら答えた。


「えー、だって今日はモズちゃんがずっとお休みで、午後からはアルフィナちゃん達までいないんだもん……。心配になっちゃったの」


 その仕草には、人懐っこく寂しがり屋な女の子が溢れている。


「……」


 なぜ私の名を出す。

 アルフィナの目がそうヒラクに訴えた。

 こういった場合ハクアが出すのは、ヒラクの名前だと彼女は考えているようだ。


 自分の方を見られても困るが、おそらく男達の前でヒラクの名を出すことを避けたのだろう。


「ハクアちゃん、なんて優しいんだ!」


 その効果もあってか、禿男の方は感極まり目を潤ませている。


「それでどうしたの?」


 彼をよしよしと宥めてから、ハクアは改めて問いかけた。

 その仕草にもっとしまりのない顔になりながら、マシルは答える。


「こいつが、この籠手を渡すから神器をよこせって言うんだよ」


 それからまるで母親に言いつけるような仕草で、彼はヒラクを指さした。


「その籠手、そんなに凄い物なの?」


「なんでも、カムイ=メズハロードの持ち物だとか……」


 首を傾げるハクアにマシルは膝を曲げ内緒話の体で話すが、声量の関係で丸聞こえである。

 カムイの名が出た瞬間、ハクアの目に獲物を捕捉した蛇のような光が宿るのをヒラクは見た。


「それが鑑定書? ちょっと見ても良いかな」


 怖気るヒラクの顔から腕へと舐めるように視線を動かしたハクアは、彼の持つ籠手の鑑定書に目を付けた。


「あぁ、うん」


 その視線から逃れるように鑑定書を広げるヒラク。

 するとハクアは腰を屈め、じっくりとそれを見た。


「へぇー。管理ギルドには登録してないんだ」


「そう……みたいだね」


 管理ギルドの所持者情報の欄は、空欄となっている。


 ヒラク以外の人間を信用せず、自身の情報を記録されることを厭うたカムイは、管理ギルドに自らの装備を登録していない。

 ヒラクが追跡のギフトを取得したのも、それが原因だった。


 鑑定書に顔を近づけたハクアは、眉根を寄せ目を細める。

 近視か? いぶかしむヒラクの視線に気づいたハクアは、彼に向かって微笑むと顔を放す。


「ハクアちゃん、どうしたほうが……」


 二人の顔が接近したことに不機嫌な顔になりながら、マシルがハクアに尋ねる。 

「どうして私に聞くの?」


 だが、その言葉を遮るように、ハクアがぐるりと首を彼に向け問い返した。


「だってこれは……」


 首を巡らせているためヒラクからは見えないが、その表情は予想外のものだったらしい。

 マシルは自分の胸ほどまでしかない少女に気圧されたような態度で、彼女に答えようとする。 


「ば、バカ!」


 だがそんな彼の口を、髭面のギジリが押さえた。


 彼らのやり取りを見て、ヒラクはやはりと確信する。

 ネブリカを拐かしたのは、やはりハクアだ。


 彼女はおそらく、目立ちたくないからなどと理由をつけて男達にネブリカを渡し、この前のようにドロップランキングの賞品だけを「プレゼント」してもらおうとしているのだろう。


「なるほどぉ。そうなんだ」


 ヒラクが確信に至ったことは、察することが出来ただろう。

 それでもハクアは笑顔を浮かべたまま、とぼけた声を出す。


「その籠手」


 そうして、ゆっくりとヒラクの胸――そこに抱えられた籠手を指さした。


「迷宮の中で手に入れたものなんでしょう? なら、登録しちゃえばいいんじゃないかなぁ」


 彼女が出した答えは、先ほどマシル達が出した結論とは逆のものだった。

 そして、ヒラクが望まないものだ。

 

「いいのハクアちゃん!? こいつにランキングのトップ取られちゃうんだぜ!?」


 マシルがびっくりしてハクアに問いただす。

 彼はハクアがカムイ=メズハロードに興味を示しているのは知っていた。

 今この男が籠手を登録してしまえば、籠手も一位賞品である大剣も手に入らなくなる。


「でもそれってぇ、大変なことになっちゃうかも」


 彼を無視する形で、ゆっくりと、毛布でも毛羽立たせるような口調で語りながら、ハクアはちらちらとヒラク達を見る。


「大変って、何がよ」


 それが挑発だと分かっていながらも、応じずにいられなかったようで、モズは低い声を出す。


「だって、ヒラク君がカムイ=メズハロードの装備を偶然迷宮の中で見つけてそれを登録したなんて……出来すぎだもん」


 相手が乗ってきたのを確認して、ハクアは蛇のような笑みを見せる。

 いや、蛇は嗤ったりしない。周囲にもきっと天使のような笑顔に見えているだろう。

 要するにヒラクと周囲の一部だけが感じる捕食者のような雰囲気をまとわせながら、ハクアはそう言った。


「話が知れ渡ったら、みんなおかしいなって思うんじゃないかな?」


 言葉を次ぎながら、彼女は周囲を見る。


「お、おぉ! そうだな!」


 マシルが話を半分も理解できていないような態度で同意し、周囲の何人かが、それに釣られて頷いた。


「そ、それは……」


 リスィが言葉に詰まる。

 うんうん。と出来の悪い生徒を誉めるようにハクアは首を振る。


「そうなったらヒラクくん……ううん、ヒラクくんとお友達のみんなまで白い目で見られちゃう」


 ニタリと、顎を少し引いたハクアは、ヒラクを上目遣いに見て口の端をつり上げた。


「あの、私が……!」


 自分のせいで、ヒラク達の立場が危うくなりかけている。

 そう考えたのか、ミラウが申し出ようとする。


「この取引は、僕が勝手に持ちかけたものだ。他の皆は関係ない」


 それを遮って、低い声でヒラクは宣言した。

 籠手を持ち出したのはあくまで自分の独断だ。

 周囲を巻き込むわけにはいかない。


「勝手を言われては困る」


 だが、決意を固めた彼へと、そんな声がかかる。

 俯きかけたヒラクが顔を上げると、マシル達の背後を固めていたフランチェスカがこちらへ歩いてくる。


「その報酬は私たちで折半する予定だ。そうだろう?」


 言いながら、フランチェスカはヒラクの横へと並んだ。

 そうして、彼に向かって不器用なウィンクをする。


「ちょ、ちょっとフランチェスカ!」


 彼女の唐突な共犯宣言に、ヒラクは狼狽しながらフランチェスカを止めようとすした。

 特に守るものもないヒラクと違い、騎士候補生であるフランチェスカが不正に関わったとなれば、その未来さえも閉ざされてしまうかもしれないのだ。


「悪逆の叛姫を名乗るのも悪くないさ。それに……乗馬を教えてくれる約束だろう?」


 だが、そんなヒラクに対してフランチェスカはそんなセリフを吐いて優しく微笑む。


「……白眼視程度、慣れてる」


 そして気づけば、アルフィナもまたヒラクの横に陣取っていた。


「慣れてるって……そんなの」


 確かにアルフィナは、幼いときの失敗のせいで部族中で爪弾きにされてきた。

 しかし今、クリナハの誤解も解けようやくそこから抜け出せたのではないか。


「ヒラクには責任を取ってもらわなきゃいけないから……私の人生にも」


「は?」


 彼女を止めようとしたヒラクだが、次に出てきたアルフィナのセリフに思わず動きが止まる。


 責任……人生の責任とは何だ。

 自分は彼女に責任を取らされるようなことをしただろうか。


「ヒラクを見て、おせっかいの末路を見極めるって約束した」


 首を捻るヒラクに対し、彼女はそんな言葉を足す。


 ……そういえば何時か、彼女はそんな事を言っていた気がする。

 だが、それはなんかもう一生連れ添う勢いではなかろうか。


「いや、でもその言い方は誤解を招くと……ごっ」


 少し訂正していただこうと思ったヒラクだったが、そんな彼の胸ぐらが突如何者かに掴まれた。


「アンタ、勘違いしてるんじゃない?」


 ヒラクが視線を目一杯下にやると、モズが彼の胸を掴みあげている。

 その力凄まじく、ヒラクのかかとが浮いてしまうぐらいだ。


 そして彼女は、燃える瞳でヒラクを怒鳴りつけた。


「アンタがアタシ達を選んだんじゃない! アタシがアンタをパーティーに入れてやってるの! 勝手に出て行ったりする権利がアンタにある訳ないでしょ!」


 出て行く。ヒラクは直接その言葉を口にしたわけではない。

 だが、先ほど彼が放った言葉の行き着く先は、間違いなくそれである。


 それを感じ取って、彼女は怒っているのだ。


「使えないと思ったら即追い出すから覚悟しなさい!」


 最後にそう締めくくって、モズはヒラクを解放した。

 バランスが崩れかけ、思わず二歩三歩と後ずさってから、ヒラクは彼女の言葉の意味を考えた。


 使えないと思ったら、ということは、今は一応使える奴だと、自分は思われているのだろうか。

 いや、思ってもらえるようになったのか。


 こんな、彼女の掲げる理想とは正反対の自分を、彼女は認めてくれているらしい。


「だそうですよ、ヒラク様」


 ぼんやりとするヒラクに、リスィが呟いた。


 自分が何か言う必要はない。

 それをちょっぴり寂しく思うが、こんなにも主人を必要としてくれる人がいることは嬉しい。

 そのような訳で少々複雑な表情になりながら、リスィは目でヒラクを促した。


「ありがとう、みんな」


 それに頷き、ヒラクはいつもの気弱な笑みで少女達へ礼を言う。


「気にするな」


「……別に」


「ふんっ」


 彼に対し、少女達は三者三様の反応を返した。

 

「何が起こってるの……?」


 状況を飲み込めない周囲の人間は、一様にポカンとしている。

 嫌われ者の二人組に風紀委員が絡んだと思えば彼らに取引を持ちかけ、かと思えば可憐な少女が男達を庇い、中央の少年が彼女に責められると今度は周囲の美少女達が次々に男を庇い……多分庇いだしたのだ。

 

「な、何かよく分からねぇ……けど」


「あぁ、何か羨ましい……」


「俺もだ……」


 ただ、男子達には共通の感情がムラムラと沸いてきており、それがヒラクの背中へとグサグサ突き刺さった。


「そっか……なら」


 一方、脅しを完全に結束もしくは睦事の材料にされたハクアである。

 彼女はしばらく顔を伏せていたが、やがてぽつりと呟いた。


「交換してあげれば良いんじゃないかな? ヒラクくんはその神器がどうしても欲しいみたいだし」


 顔を上げたその表情は、あからさまに白けている。


「へ?」


「いいの?」


 先ほどと正反対の意見を言うハクアに、男達が揃って困惑の声を上げた。


「マシル君達の良識で判断すればいいと思うよ」


 ハクアはそっけない声で、彼らに告げる。

 意訳としては、つべこべ言わずに私に従え、だ。


「わ、分かった」


 彼女の変貌に戸惑いながらも、ハクアに視線を向けられたマシルは慌てて籠をヒラクに差し出した。


「おら、お前も寄越せ!」


 同時に突き出されたギジルの手に、ヒラクはカムイの籠手をゆっくりと乗せる。

 鳥かごを受け取って、交渉成立。


 カムイの籠手は毛むくじゃらなギジルの手に運ばれ、自然とハクアに渡された。

 ハクアが、複雑な表情のヒラクの視線を受け微笑む。 

 

 冷静に考えれば、彼女には今回の取引に一切の損はないのだ。 

 とはいえ不満顔をミラウの前で晒すわけにはいかない。

 ヒラクは彼女へと鳥籠を差し出す。


「ネ、ネブネブ! ネブネブ!」


「おぉ? おはようでございますであります」


 籠を揺すられると、ネブリカはあっさりと目を覚ました。

 まさか普通に眠っていたところを捕獲されたわけではあるまいが、そう考えたくなるほどの暢気さである。


「い、今ここから出してあげるからね」


「その前に、ちょっとごめんね」


 感動の再会をする二人の間に、ヒラクは割り込んだ。

 そうして、きょとんとする籠中のネブリカの羽に手をかざす。


「何をしてるの?」


 何か不穏なものを感じたのだろう。

 若干固さを帯びたハクアの声が問いかける。


追跡魔法(トレース)を唱えようと思って」


 爽やかな笑みを浮かべたヒラクは、彼女にそう答えた。


「追跡魔法? ネブリカは既に見つかっただろう」


「これを使って、犯人を追跡しようと思うんだ」


 首を傾げるフランチェスカ。今度は彼女に答え、ミラウへと視線を戻す。


「……できるの?」


「普通なら無理だね」


 更に自分の番だとばかりに尋ねるアルフィナにはそう返し、彼女が視界の外でむくれたのを感じ言葉を足した。


「僕の使える追跡魔法は、探す対象が余程強い魔法を使うか、変わった波長の魔力を放出していないと欠片も痕跡が浮かばない」


 そうして説明しながら、ヒラクはちらりとハクアの顔を窺う。

 追跡魔法の特性や弱点など彼女は先刻承知なようで、ハクアはニコニコと笑顔を浮かべている。

 そんなハクアの顔を見ながら、ヒラクは「ただ」と言葉を繋げた。

 

「ネブリカのこの羽。魔力を吸収して鱗粉として排出する機能があるんだ。知ってた?」


「え?」


 首を傾げ問いかけると、ハクアが打って変わって唖然とした顔になる。

 ……やはりハクアはネブリカが神器だということは知っていても、羽の特性には気づいていなかったらしい。


「大気に漂う魔力を吸収できる妖精だけど、ネブリカの機能はその中でも強力だ。でも人間が使う魔力と迷宮の魔力は組成が違うから、人間から放射された魔力は吸い込めど取り込めず、表面に残ってしまう」


「放射される魔力って……」


 ネブリカの周囲を心配そうに漂っていたリスィが、その言葉を聞いて首を傾げる。


「例えば魅力的(チャーミング)とか」


 そんな彼女に、ヒラクは優しく告げた。


「あぁっ!」


 リスィが大きな声を上げハクアを見る。

 視線を向けられたハクアは笑顔を取り戻していたが、薄く開かれた目はヒラクの一挙一動を油断無く観察している。


 ――魅力的(チャーミング)は、本人の意思で指向性を持たせることはできる。

 が、基本的には自動的に魔力を放射し周囲の精神に干渉しようとするギフトである。

 本来はそれだけでも、魔力の痕跡は残らない。

 だがその受け皿に、人間の魔力を取り込めず、しかし魔力をその場に留めておく性質のあるネブリカの羽があれば話は別だ。


 説明しながら呪文を唱えるのが面倒になって、ヒラクは詠唱破棄をしてしまうことにした。

 意識を集中し、一言呟く。


追跡(トレース)


 するとネブリカの羽先に、桃色の光が灯った。

 それはくっきりと、人間の指先のような形を表している。


「こ、これは……!?」


 自らの羽に起こった変化に、ネブリカが狼狽した声を出した。


「成功したみたいだね」


 その結果を見て、ヒラクはふぅと息を吐いた。

 魔力の放射分だけでは不安だったが、「犯人」は彼女の羽に直接触れていたらしい。


「ごめんね。後でちょっとサンプルをもらうよ」


 気味悪がるネブリカをなだめて、ヒラクは改めてハクアの方を向いた。


「後はこれと一致する魔力を持つ人間を探せばいい。波長の判定は……キリシュ先生にでもやってもらおうかな」


 煽るように、彼女へ告げる。


 魔力の一致を調べるには、特別な薬品を証拠品と被験者の毛髪にでもかければ良い。

 薬学を担当しているキリシュならば問題なく所持しているだろうし、魔力の一致を証明する客観的な証人となってくれるはずだった。


「なるほどね。そんじゃまぁ」


 獰猛な笑みを浮かべたモズが、ハクアに近づこうとする。

 おそらく彼女から、毛髪の一本や十本をもぎ取ろうという気だろう。


「あぁ!? んだテメェ!」


 それを、話に置いていかれていたマシルとギジリが迎え撃とうと前に出る。

 

 一触即発の空気。

 だが、ヒラクは合わせて前に出ようとするモズの動きを遮った。


「僕が犯人に望むのは、今後僕の周囲にいる人間に手出ししないこと。それだけだよ」


 何故止めると目で問いかけるモズには視線を合わせず、ヒラクはそう呟いた。

 彼の目は、ピタリとハクアへ向けられている。


「それさえ守れば、いたずらに事を大きくするつもりはない」


 ハクアの目が何か計算を始めたのを見、ヒラクは続いて、そんな宣言をした。


 今ある証拠を使えば、確かにハクアの人気にダメージを与えることができる。

 それでも、彼女の黒さを分かっていてついて行っているギジリのような人間は引きはがせまい。

 下手に痛手を与えれば、また周囲が被害を被るかもしれない。


 ならば、証拠はこちらで控えて彼女を牽制する方が得策。

 それがヒラクの考えだった。


「そんなんで許すの!?」


「許しはしないよ。似たようなことがあれば、今度こそ容赦しない」


 納得がいかない様子でモズが叫ぶ。


 もちろん、警告を無視してハクアが同じ事を繰り返す可能性もある。

 だが、その時こそヒラクは、持てる力のすべてを使ってなりふり構わず彼女に対抗するだろう。

 そんな意志を込め、ヒラクはハクアを睨んだ。


 彼のそんな珍しい姿に、モズも言葉を引っ込める。


 場内に、しばしの沈黙が落ちた。

 状況が分からない周囲の人間達が、それぞれの頭で事態を整理しようとし始めたその時。


「ふぅ……」


 ハクアが、大きく息を吐いた。


「そっか。それじゃぁ……今日は帰るね」


 それで良いんでしょう? そう言いたげに、ハクアはヒラクの顔を見る。


「うん。それじゃぁ」


 それで良い。ヒラクは彼女に頷いた。

 先ほど言ったとおり、彼女が大人しくなるのであればその罪を問う気はない。

 

「それじゃみんな、また明日ね」


 そんなヒラクの気持ちを知ってか知らずか。

 ハクアがそう言ってひらひらと手を振る。


「あ、はい」


 それに応えたのは、神器を盗まれた張本人のミラウだけ。

 他は苦い顔をしていたり無反応であったりしっしと追い払うような仕草をしている。

 かまわずニコニコとした表情を維持したまま、ハクアは去っていった。


「あ、ハクアちゃん!」


「待ってー!」


 巨漢二人がその後に続く。

 周囲の人間はざわめきを残しながらも、ヒラク達に声をかけることも出来ずに散り散りとなっていった。


「はぁ……」


 とにかく、今回は乗り切ることは出来た。

 先ほどのハクア同様大きく息を吐くヒラクの背に、声がかけられた。


「あの、ヒラクくん」


 振り向くと、そこにいるのはネブリカを抱えたミラウである。


「私のせいでごめん! あれ、ヒラク君の大事な物だったんでしょう?」


 彼女は深々と腰を曲げると、涙目の顔だけを上げヒラクを見る。


「い、いいんだよ。踏ん切りがつかなかっただけで、いつか処分するはずだったんだから」


 そんな彼女に、ヒラクは慌ててそう答えた。


 今まであの籠手を残していたのは、あくまでヒラクの感傷である。

 他の処分した品物同様、あれを迷宮内で使うつもりもなかった。


「でも……」


 それでは気が収まらないのか、ミラウは尚も謝罪を口にしようとする。


「大事なのはあの籠手じゃなくて、あの下にあった手の感触だから」


 彼女の言葉を遮って、ヒラクはそう答えた。

 手を取った時のぬくもり。頭を撫でられた時の優しさ。

 大切なのは物自体ではなく、あの時の思い出だ。


 モズだって、きっと思いは同じはず。

 そう思ってヒラクが見ると、モズは一つ頷いて答えた。


「言い方が変態っぽい」


「えぇ!?」


 そんなことはないはず。

 そう思ってヒラクが周囲を見回すと、そこにいた少女達、加えて妖精達までが揃って頷く。


「えーと、感触じゃなくて触感……じゃなくて、手触り? うーん」


「ぷふっ」


 何とか言い直そうとするヒラクの様子に、誰からともなく笑いが漏れる。

 その輪は広がり、気づけば周囲の人間までが楽しそうな笑い声を出していた。


「困ったな、もう」


 その中で、照れくさくなったヒラクは困り顔で頭をかく。


 ともかくその後、ネブリカは管理ギルドに登録され、正式にミラウのものとなった。

 神器盗難事件に関しては落着。

 この件を境に、とんでもない女たらしがこの学園にいるらしいという噂が流れるようになるのだが、それはまた別の話である。


「そっかー。弱み握られちゃったなー。ふふっどうしようかなぁー」


 そしてまた新たな火種が、ここに誕生したのだった。

この世界における捜査

 この世界において、指紋による個人の判別方法は確立していない。

 また、大規模な魔法による犯罪でもない限り、現場から魔力の痕跡を辿る事は難しく、追跡魔法による捜査も成果を上げにくい。

 よって怪しい人間を捕らえた後、読心などのスキルを使って自白させることになるが、その手法を採れる人間が限られており、また相手を誘導することによって虚偽の証拠をでっち上げることもできてしまう。

 捜査は地方から派遣された騎士が行う事もあるが、大抵は町の自警団によって行われる。

 よって、手順が統一化されていないことも問題となっており、ある場所では予言(プロフェット)のギフトを使った占い捜査なども行われている。

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