にじる覚悟
一時間後。
肩に鞄を下げたヒラクは、鑑定所の前でモズ達と再合流した。
「おぉ、無事だったかヒラノよ」
「いやもうヒラクだから」
からかいにも本気とも取れるフランチェスカの挨拶に苦笑で答え、周囲を見回す。
「今んところ神器を登録しにきた奴はいないわ。……ハクアの奴もね」
彼の視線に気づいたモズが、遠くを見ながら呟いた。
「そっか。校舎の入り口は?」
同じく腫れ物を扱うような気分でヒラクは応え、別のことを尋ねる。
「……クリナハが見張ってる」
すると、それに対してはアルフィナが答えた。
誘拐犯がいるとして、その人間がドロップ賞金ランキングに拘らないのであれば、近場の町で取引をしてしまう可能性もある。
そこで出入り口の見張りを頼んでおいたのだが、それはクリナハが請け負ってくれたらしい。
「彼女が……よくそっちに回ってくれたね」
アルフィナに襲いかかったクリナハの直情的な性格を考えると、より「当たりの可能性が高い」こちら側に来たがりそうなのだが……。
「……ヒラクと会ったらどうなるか分からないって言ってた」
少々意外に思ったヒラクに対し、アルフィナはじとりとした視線でそう答える。
自分は彼女にそこまで嫌われているのか。
まぁ縛り上げて精神操作までかけたのでは仕方がない。
「……責任取って」
「どう取って良いのか分からないよ」
一度ぐらいは縛り上げられた状態で、クリナハの前に差し出されるべきなのだろうか。
ヒラクがため息を吐いていると、脇の方で落ち着かない様子だったミラウが声を上げた。
「あの、それでそのハクアって人は……」
「えーと、まだ関係あるか分からない。迷子になっただけかもしれないしね」
優しい彼女に妙な疑心を持ってほしくない。
そう考え、ヒラクはリスィの時とは違う答えを返す。
リスィが不安そうな顔で見てくるが、それはおそらく男子寮に帰ったときに取ってきた「例の物」の影響もあるだろう。
これに関しても説明をしておくか。
ヒラクが口を開きかけた時、鑑定所の一角で声が上がった。
「オラどけっ! 俺達の獲物はお前らみたいなチャチなもんじゃねぇんだよ!」
ヒラク達がそちらを見ると、周囲の探索者達よりも一回り大きな体が二つ。
列を押しのけ強引に受付へ向かっている。
「あれは……」
フランチェスカが声を上げる。
それは、彼女にとって見覚えのある坊主頭と短髪の筋肉男だった。
二人は以前、探索の報酬を過剰に受け取ろうとしたことで、フランチェスカから注意を受けており、坊主頭の方はそれを更にハクアに貢いでいた人間だ。
彼はそのつるりとした頭の上に、白い布で包まれた鳥籠のような物を乗せて周囲から守っている。
怪しい、という他ない。
「あいつら!」
それを見た途端、小さく叫んだモズが凄まじい勢いで突進した。
「あ、モズさん!」
「アンタ達! 待ちなさいよ!」
リスィが声を発するも彼女は止まらない。
そうして人垣の中、一際大きいモズの声が響いた。
「お前が待てと言うのに……」
「……先走り暴走娘」
フランチェスカとアルフィナが呆れて呟く。
ともかくヒラク達は彼女の後を追い、周囲の人々に謝りながら人垣に入る。
するとフランチェスカの姿を見た巨漢達は、揃って嫌そうな顔をした。
「ふ、風紀委員が何の用だよ……」
禿頭の方が、どもりながら尋ねる。
どうやらヒラク達を、まとめて風紀委員だと勘違いしたらしい。
彼らと直接面識があるのはフランチェスカのみな上、このモズの凄まじい剣幕だ。無理もない。
「ごめん。その覆いの中を見せてもらって良いかな?」
その勘違いにつけ込む形で、ヒラクは彼に頼んだ。
「だ、大事な事なんです。勘違いだったらすごく謝ります!」
遅れて人垣を飛び超えていたリスィが、先にペコペコと頭を下げながら懇願する。
その姿を見た途端、男達の顔色が変わった。
「な、何でそんなこと……」
禿頭があからさまに動揺しながら、鳥籠を体の後ろに隠そうとする。
これが本当に風紀委員の調査であれば、現状はクロと言い切って良い。
「あくまで確認のためだ。用が済めば解放する」
「大人しくして」
彼が籠を隠すその背中へ、フランチェスカとアルフィナが回り込む。
「なんだアレ」
「女を引き連れた男子がマシル達に迫ってるぞ」
鑑定を終えた周囲の人間が騒動に気づき、ざわざわと彼らを取り囲む。
「別クラスの奴らか?」
「イジメ?」
「痴情のもつれか?」
ヒラクは別に彼女たちを率いているわけではないし、ましてやイジメや痴情のもつれなど発生していない。
大体この顔ぶれでどんな痴情のもつれが発生するというのか。
しかし彼らは勝手な噂をかわすだけで、ヒラク達を追い出そうとはしない。
先ほどの割り込み行為から察するに、男達にはあまり味方がいないようだった。
「チッ」
図らずも周囲の視線に対する根比べの様相となったが、先に音を上げたのはマシルと呼ばれた禿頭のほうだ。
「分かったよ! 見せりゃいいんだろ俺様のお宝をよぉ!」
彼は声を荒げると、乱暴に覆いを取る。
「あ、バカっ!」
短髪のほうがそれを止めるが既に遅い。
白い幕が取り払われると、覆い中にいたのは羽の生えた小さな妖精だった。
ミラウの神器であるネブリカに間違いない。
彼女は体を丸め、目を閉ざしている。
「ネブネブ!」
その姿を見たミラウが、籠に飛びつく。
「うおっと!」
坊主頭は籠を掲げることでそれをかわし、勢い余ったミラウはべちゃりと地面にこけた。
「な、何なんだよ!?」
そこまではするつもりが無かったらしく、彼は困惑しながら非難の目を向けてくる周囲に弁明の視線を送りつつ声を上げる。
「その神器はそこにいるミラウ=ラウリカの物だ」
彼女を助け起こしながら、フランチェスカが男へ告げた。
「は?」
間抜けな声を上げ籠の中を見る坊主頭と、更に大きくなる周囲のざわめき。
ヒラクも籠に目をやると、ネブリカの体は小さく上下しているので、眠っているだけのようだ。
「マシル=ガンデ。並びにギジリ=アゼルト。釈明を聞こうか」
フランチェスカが彼らに毅然と問う。
例の騒動で調べたらしく、彼女は男達の名を把握していた。
「えーと、これは、だな」
狼狽する禿頭ことマシル。
しかし一方で、彼の相方である髭の男――ギジリは妙に落ち着いた表情をしていた。
「知らねぇよ。俺達はこいつを偶然拾っただけだ」
フランチェスカのほうへ進み出した彼は、ニヤリと笑って答える。
それを受け、フランチェスカが半歩下がる。
人間が怖いという彼女のトラウマは、まだ改善途中なのだ。
「何処で?」
それを察したヒラクは、男達に悟られる前に彼らへと質問した。
「おいおい。そりゃもちろん、迷宮の中でに決まってんだろ」
ヒラクの追求に、ギジリは振り向き小馬鹿にした表情で応じる。
もし彼が誘拐の実行犯だとして、まさか女子トイレで拾ったとは言うまい。
そもそもヒラクの目的は、フランチェスカへの視線をこちらに向けることだ。
その答えは予想できていた。
「んなハズないでしょ」
ギロリと、ヒラクに向ける時とは違った冷たさを持つ瞳で、モズはギジリを睨む。
確かにギジリ達が女子トイレ進入を認める訳がないのと同じように、ネブリカが自ら迷宮に赴く理由も無い。
第一彼女の神業を使っても、迷宮内にワープする事は不可能だ。
「そ、そもそもこいつがお前のって証拠があんのかよ!?」
一方で、マシルがどもりながらミラウに詰問する。
「え、あ、それは……」
「ネブネブが目覚めれば分かります!」
言葉が出ない彼女を庇う形で両手を広げながら、リスィが言い返した。
「ダメだ。これは今日中に売っぱらう予定なんでな」
だが、ギジリはその主張をすげなく却下した、
「そんな……!」
ネブリカが売り払われる。
その言葉を聞いて、見開かれたミラウの目に涙が貯まる。
学内で売り払われた物がどこへ行くのかヒラクは知らない。
だが少なくとも、神器が麓の村に卸されるという事はないはずだ。
「そもそも神器なんて道具だ。道具がなんと言おうが関係ねぇな」
そんなネブリカと同じ神器であるリスィに対し、ギジリは愉悦で髭の生えた顔を歪めながら言い放った。
普段は自らを道具扱いだと主張しているリスィだが、ヒラク以外に言われたその言葉は彼女の顔を暗くさせた。
「ね、ネブネブもリスィちゃんも道具なんかじゃないです!」
今度はリスィを庇うよう、ミラウが精一杯叫ぶ。
「そう思うのは勝手だがなぁ」
しかしギジリは取り合わず、ニヤニヤとそう返すのみだ。
――確かに、神器の人権を保証する法律など、この世界には存在しない。
ネブリカが見つかった場合こんな問答になるのは、ヒラクにも予想はできていた。
そして、彼はその時のための準備もしてきていた。
「御託ばっか並べて……!」
しびれを切らしたモズが、男達へ飛びかかろうとする。
その肩を押さえ、ヒラクは一歩前へと進み出た。
「ひ、ヒラクさ……!」
それに気づいたリスィが彼へと手を伸ばしかけ、そして躊躇するように引っ込める。
「それならこれと交換してくれないかな?」
男達に近づいたヒラクは、そう言いながら肩に掛けた鞄を開ける。
そして、その中から黒い円柱のような物を取り出した。
「何だぁ、そりゃ」
監査だと思い込んでいたのに交換などという提案がなされ、困惑しながらもそれを覗き込む男達。
――彼らの前に差し出されたのは、黒光りした無骨な籠手だった。
「ま、まさかそれ……」
それを見た途端、モズが声を上げる。
「鎧の端っこだけかよ。そんなんで神器と見合うと思ってんのか?」
マシルが馬鹿したように鼻を鳴らす。
これだけを見せられたら、そういう感想になっても仕方がない。
だが、このタイミングで普通の籠手を出す人間などいようはずがないだろう。
わざとため息を吐いたヒラクは、彼に告げた。
「ただの籠手じゃないよ。これは、カムイ=メズハロードが愛用していた籠手だ」
一瞬の沈黙。
そのすぐ後、周囲が今までで一番大きなどよめきに包まれる。
その中でヒラクは、「死ぬ直前まで」とつけかけて、その言葉を心の中に留めていた。
カムイが死んだ際、ヒラクは彼女の遺品のほとんどを換金し、生まれ育った孤児院に寄付していた。
だがその中で彼が唯一処分できなかった物が、彼女が最期まで身につけていたこの籠手である。
「カムイ……メズハロードだと!?」
最強の迷宮探索者と呼ばれ、今回の賞品になっているだけはある。
その名は男達も知っているようで、彼らは目を剥き達磨のような顔になる。
周囲の人間のざわめきも収まらずにいるが、一番動揺しているのはヒラクの仲間である少女達であった。
「な、何してんのよ。アンタ……」
中でも、カムイを敬愛するモズの動揺は顕著である。
彼女は病弱少女の面影を感じさせる蒼白な顔で、ヒラクへ問いかける。
「見ての通り、先には永続化された魔核がついてるし、エンチャントも多重にかかってる」
だがヒラクは、彼女を無視する形で男達へ売り文句を開始した。
正直に言えば今の自分の顔を、誰にも見られたくない。
「多重エンチャントなんて何でお前がそんなもんを……」
疑わしいことこの上ない。しかし、添えつけられた魔核は間違いなく本物である。
ヒラクと籠手、二つを交互に見比べながら、禿頭が問う。
「拾ったんだよ。もちろん、迷宮の中で」
彼に対し、ヒラクは必要以上に爽やかに笑いながらそう答える。
男達への皮肉にはなったが、けして嘘ではない。
「君たちが交換に応じてくれないのなら、これを売り払って僕が賞金ランキングでトップを取る……どうかな?」
今の自分はおそらく、女装していた時以上にハクア=リカミリアと近い笑みを浮かべているのだろう。
考えながらも、ヒラクはその表情をやめない。
過去を踏みつけにする覚悟。
まさに今、ヒラクはそれを実践していた。
孤児院
ヒラクが元居た孤児院であるが、カムイが探索で儲けた報酬や、彼女の遺品を換金した資金がほぼ全てここに寄付された為、現在は複数の支社を備えた孤児育成用法人となっている。
そのトップであるシスターは、ヒラク達に感謝しつつその仕事の多さに恨み言も漏らしていた。
しかしカムイの死後、リスィの管理登録や抜け殻状態のヒラクの生活を整えたのは彼女である。
多重エンチャント
類似効果のエンチャントは魔力同士が干渉し、本来の力を発揮できないのが常である。
しかし一部の装備はそれを専用の技師が「調律」することなどにより、干渉を最小限にすることができる。
こうした多重エンチャント装備は価格が自乗となり、ヘタな神器よりも高額となる。




