そして現在へ
ヒラクが全てを話し終えたとき、そこには青い顔をしたリスィがいた。
半分は月光のせい。しかしもう半分は、責任を感じているせいだとヒラクには分かっていた。
「じゃぁ、カムイさんが死んだのは、私のせいで……」
震えながら、彼女が口にする。
「ううん、そうじゃないよ」
そんなリスィの言葉を、ヒラクは途中で止めた。
この話を聞けば、彼女がそう思ってしまうのは分かっていた。
分かっていて、それでも話したのだ。
「確かにカムイは、君のために命を賭けた。それは、忘れないで欲しい」
リスィにこれ以上罪悪感を与えたくない。
思いながらも、ヒラクははっきりと口にした。
もちろんあの日のリスィが、それを望んだ訳ではない。
それでも、ヒラクはリスィに知っていてほしかった。
彼女が、優しい少女だったと。
「でも、彼女が死んだのは君のせいじゃない。僕のせいなんだ」
そしてその死因は、はっきりヒラクにあると。
「そんな、ヒラク様はしっかりカムイさんを支えて……」
ヒラクの言葉を聞いたリスィは、懸命に彼を励まそうとする。
彼の回想は断片的なものだったが、それでもカムイに制限された範囲の中でヒラクが精一杯立ち回っていたことはリスィにも伝わっていた。
だが、彼女の言葉に、ヒラクはゆっくりと首を横に振った。
「僕がカムイ任せにしないで、戦闘でも治療でもしっかり集中したスキルを取っていれば、カムイは死なずに済んだ」
そうして、湧き出た後悔について静かに語り出す。
彼が語るたびリスィが握り拳を振るのは、その言葉を否定したくて、しかしそれを堪えているからだろう。
彼女のけなげさに感謝しながら、ヒラクは全てを吐き出してしまうことにした。
「カムイにどう思われたって、自分の意志を主張するべきだったんだ。そうすればカムイはパーティーを組むようになったかも知れないし、探索を諦めたかもしれない」
全ては「かもしれない」だ。
おそらくそうはならなかっただろうという予感も、ヒラクの中にある。
それでも、彼女と自分は出会った時点であの結末にたどり着くしかなかったなどと、ヒラクは考えたくなかった。
だからこそ彼は自分にできることを探しにこの学園へと入り、そして、出来ること、言うべき事は言おうと決意したのだ。
そのはずなのに、カムイの名が出、彼女の死因となった守護獣の話が出たとき、ヒラクは臆してしまっていた。
「もう、そんな後悔はしたくない。だから、リスィには全部知ってもらおうって、思ったんだ」
その気持ちどおりに自らの思いを全てぶつけたヒラクに対し、リスィはしばらく俯き、黙り込んでいた。
「あの、すごく不謹慎な事を言っても良いですか?」
それから、顔を上げた彼女はヒラクに問いかける。
「え、あぁ、うん」
質問とは裏腹に、リスィの目は真剣そのものである。
訳が分からないままヒラクが頷くと、リスィは一呼吸分躊躇って、それから呟いた。
「私、嬉しい……です」
自らの心の声を探るように、彼女は胸に手を当てる。
「嬉しい?」
人が死んだ話を喜ぶというのであれば、額面通りなら確かに不謹慎である。
しかし、そういうことではあるまい。
その言葉の真意を尋ねるヒラクに、リスィは真っ直ぐ彼を見て答えた。
「いつも不安でした。ヒラク様が何か大きな傷を隠していているのは分かってるのに、私は何もできないから」
特定の話題が出たとき、ヒラクの表情が曇ったり、凍り付くことは何度もあった。
しかしそれを指摘しても彼はいつも何でもない振りをし誤魔化していたので、リスィは追求できずにいたのだ。
--自分はこれからもきっと、カムイの死因が自身にあると思い悩むだろう。
でもそれは主人と同じ悩みだ。
知っていれば、これから先ヒラクに何かあったとき、今度こそ力になれるかもしれない。
だから、知れて良かった。
リスィは今、素直にそう思っていた。
「そっか、今までごめん」
自分の傷に心を奪われている間に、リスィの事をこんなにも傷つけていたのか。
それに気づいたヒラクは、小さな相棒へと謝罪した。
「いえ、良いんです。でも、これからは全部、話してください」
目の端を拭って、リスィは強がり笑う。
それから「解決はできないかもしれませんけど」と付け足した。
「ありがとう」
ヒラク自身、カムイについて打ち明けたことで少し心の整理がついた。
礼を言われると、リスィは恥ずかしそうに身をよじる。
「あの、それでこの話、他の皆さんには……」
それから彼女は、おずおずとヒラクに問いかけた。
「そう、だね」
問われ、ヒラクは少し瞑目する。
自分の仲間にならなければ、全てをバラすとハクアに脅されている。
しかし、それは切っ掛けであって、理由ではない。
気が向いたら話してと言っていたアルフィナ、言わずとも気を使ってくれていたフランチェスカ。
そして、カムイに憧れているモズ。
カムイが死んだと知ったら、彼女はショックを受けるだろう。
彼女を守れなかったヒラクを、軽蔑するかもしれない。
それでも、彼女たちに本当のことを伝える義務が、自分にはあるはずだ。
覚悟を決め、ヒラクは呟いた。
「やっぱり話すべきだろうね。もしそれで、散り散りになるとしても」
「み、皆さんはそんな薄情じゃありません!」
だが、そんな彼の言葉を、リスィが即座に否定する。
それから、彼女ははっとして小さくなった。
主人を慰めるはずだったのに、叱りつけてどうするのだ。
目を丸くするヒラクに、ますますしゅんとするリスィ。
……でも、それでも、ヒラクの過去を聞いたからと言って、彼女らが見限ることは無いとリスィは考えるのだ。
アルフィナとフランチェスカはもちろん、モズだって口は悪いが優しい少女だ。
きっと、ヒラクの事を分かってくれる。
「そう……だよね。ごめん」
ヒラクだってそれは分かっているはず。それでもあんなセリフが出たのは、自らに自信が持てないからだ。
ヒラクの過去に何が有ろうと、態度を変えることはない。
それを証明するためには、まず自分が手本を見せなくては。
ヒラクだって、自分を信頼して一番最初に過去を打ち明けてくれたのだ。
握り拳を作って、リスィはそう誓ったのであった。
◇◆◇◆◇
その日の夜。帰りが遅くなったことを寮長に叱られライオに冷やかされたリスィ達はようやく寝床についた。
ヒラク製のクッションを敷いた鳥かごの中で、リスィは思い返す。
血塗れの部屋、動けなくなっている自分を、ヒラクがすくい上げてくれた後の事をである。
考えてみれば、あの頃のヒラクは元気がなかった。
記憶のないリスィの質問には愛想良く答えたが、買い物以外ではほとんど外出せず日がなぼぉっとしている。
この世界の常識を根気よく教えてくれはしたが、迷宮についてははぐらかし、寂しげに笑うだけ。
今のように自分から話すようになったのは、この学園に来る三ヶ月ほど前になってようやくだったはずだ。
いや、十年来の相棒、一生を捧げようとした相手を失ったのだから、ようやくだなどとは言えない。
その状態でともすれば仇とも言えるリスィを、何故ヒラクは自ら育てようとしてくれたのか。
鳥かごの覆いを開けると、そこにはヒラクが小さな寝息を立てながら眠っている。
自分は彼女――カムイ=メズハロードの代わりになることが出来るのだろうか。
ヒラクに聞いたら、きっと「リスィはリスィのままで良いんだよ」と言ってくれることだろう。
でも、それでは自分が嫌なのだ。
もっと、彼の役に立ちたい。
恩を返したい。
そして、カムイのように抱きしめてもらうことは無理でも、今以上にずっとずっと離れられなくなってしまうような愛情を注いでもらいたい。
「やっぱり、不謹慎ですよね」
話を聞いていた間、ずっと故人に嫉妬していたなんて。
呟いた彼女は、鳥かごを抜け出すと主人の枕元へと潜り込んだのであった。
◇◆◇◆◇
カムイと自分の関係について、仲間達に打ち明けようと決意したヒラクであったが、休み時間中に話せるような事ではない。
それに、教室ではハクアの目があった。
彼女はヒラクにこの間の答え――自分のパーティーに入れという脅迫に対する返答を要求してこなかった。
だが、何度か意味ありげに、あるいはヒラクをいたぶるように視線を投げかけてきたのをヒラクは感じていた。
「中々情熱的だな」
「……モテ期」
「いやそういうのじゃないから」
「ほぉぅ、じゃぁどういうのなのかしら?」
周囲の少女達も、ハクアの標的がヒラクに移ったことを気づき始めていた。
急がなければ、あらぬ誤解まで受けかねない。
だが、いざ迷宮に入っても、説明をする暇など無かった。
戦闘が忙しかったわけではない。
逆に、休憩を取る必要もないほど快調すぎたのだ。
いつもの半分ほどの時間で6階への階段を見つけた彼らは、そこから一つ曲がった角に、7階への入り口を見つけてた。
見つけて、しまった。
「嘘、でしょ?」
待ち望んだ展開のはずだというのに、あまりのテンポの良さにモズが呆然とした声を出す。
「とにかく行こう。下は安全なはずだから」
間が良いのか悪いのか。
ため息をついたヒラクは、彼女を促した。
「安全って、どういうことですか?」
7階には神器がある。その話をリスィがしたときには全員が難色を示したはずだ。
それなのに安全とはどういうことだ。
「ええとだな」
「……見た方が早い」
律儀に説明しようとするフランチェスカを遮り、アルフィナがとっとと進んでしまう。
「それもそうだ」
ニヤリと、意味ありげな笑みを浮かべたフランチェスカもそれに続く。
「あ、待ってくださいよぉ!」
ヒラクに促された事が気に入らなかったのかモズは先へとずんずん進んでおり、ヒラクも一度リスィを振り返ってから歩き出す。
慌ててその後を追いかけるリスィ。
階段を降る途中で、彼女はくわんと耳鳴りのような物を感じた。
「大丈夫リスィ?」
速度を緩めて彼女を待っていたヒラクが、首を傾げる。
やっぱり優しいなぁ。そう考えにんまりするリスィは彼の頭に乗ると、自らの違和感について説明した。
するとヒラクは中空を睨み「んー」と唸ってから喋りだした。
「前に説明したっけ? 迷宮は階層ごとに階段で繋がっているように見えて、実は別々の異空間なんだ。だから階層ごとに階段の数も違うし、その位置も一致しない」
その内容には、何となく覚えがある。
リスィが懸命に首を縦に振ると、その気配を察したのかヒラクは説明を続ける。
「リスィが違和感を覚えた場所は、その境目だったって訳だね。普段はそんなもの気にならないんだけど、七階は……」
だが、彼がそれを終える前に、一行は次の階層――七階へとたどり着いていた。
「行くわよ」
狭い洞穴の中、モズの音頭で前に進むと、大量の水が流れる音が聞こえてくる。
通路を抜けると水しぶきが飛んできて、リスィの小さな顔を濡らした。
「わぁ~……」
しかしそれも気にならない。
リスィは目の前の光景に感嘆の声を漏らした。
まず見えるのは、奈落へとまっすぐ落ちる大きな滝である。
それを囲むようにして、石造りの階段が螺旋を描きながら下へと続いている。
底は見えない。あまりに深い谷底に、リスィはくらくらとめまいを感じた。
周囲を見ると、同じような滝と階段のセットが岩壁に沿うようにいくつも存在していた。
その開始点や途中の壁には、リスィ達が今通り抜けてきたような横穴が無数に空いている。
「ここが七階。通称メイルシュトロームだ。滝の周りに階段があるせいで、足場が不安定で油断すると大惨事になる」
ここの知識に関しては自分の方がお姉さんだ。
そう言わんばかりに、フランチェスカが甲冑のついた胸を張る。
「代わりにって訳じゃないけど、魔物がいないし、しかも一本道だから休憩場所にはもってこいだね」
そんな彼女を微笑ましそうに見てから、ヒラクは説明を引き継いだ。
「あの、じゃぁ神器を探すのが面倒な理由は……」
この光景を見れば、何となく察することが出来る。
しかしフランチェスカが説明したそうに見ているのでリスィが尋ねると、彼女はうむと頷いて答えた。
「全てを探索するのなら、あの遠くのある階段へたどり着かなければならないのだが……我々の中で飛べるのは君だけだ。しかも岸壁には無数の穴があり、あれを全て調べるとなれば我々が転生するまでかかるだろう」
「普通に死ぬまでって言いなさいよ」
意気揚々と説明するフランチェスカに、やぶにらみをしたモズからつっこみが入る。
ともかくリスィが改めて周囲を見てみると、隣にある階段でも距離は数メートルほどあり、しかも穴の位置は人一人分ほど上だ。
途中に空いた洞穴も、階段に接していないものの方が多い。
「なるほど」
「はぁぁ……」
彼女が納得の声を上げるのと、モズがため息をつくのは同時だった。
「せっかく神器が手に入るチャンスだったのに、場所がこんなところだったなんて」
「……ご愁傷様」
しゃがみ込んでいじけるモズに、アルフィナが他人事のように手を合わせる。
とにかく、一息つくならば最適の場所だ。
合点が行ったリスィは、ヒラクに視線をやる。
彼女の意志を察し、ヒラクが頷いた。
そう、あの話をするなら今だ。
「あの、皆。大事な話があるんだ」
滝の音が響く迷宮内で、彼はそう切り出した。
7階
何処からか永久に流れ落ちる滝。それに濡らされ常に転倒の危険をはらむ階段で構成された階層。
足腰の悪い老人にはけして通らせてはいけない作りである。
ヒラクの説明通り迷宮はそれぞれが独立した異次元なので、浸水の心配はない。




