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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年と過去
36/58

最強の彼女が地雷の僕と共依存2

「どうしてあんな事をしたの?」


 光苔がぼんやりとした光を放つ、相変わらずほの暗い迷宮。

 その中で、カムイが小さく呟いた。

 独り言にも聞こえるような音量。

 しかし、大人になった彼女が意味もなく言葉を漏らすことはないと、ヒラクは知っていた。


「どうしてって?」


 しかし、その言葉の意味が分かるかといえば、それはまた別だ。

 ヒラクが尋ね返すと、カムイは兜を取りながら振り向いた。

 光苔の密集具合の影響か、その顔は左半分が陰で覆われており、妙な迫力を生んでいた。

 それは迷宮が彼女の不機嫌さを訴えているようで、ヒラクは危機感を募らせる。

 

 どちらともなく足が止まり、カムイが口を開く。


「何で、あの女を助けたの?」


 陰で覆われているはずの方の目が、ギラリと光った。


「あの女って……」


 言われても、ヒラクには即座に思い当たることがない。

 しばらくヒラクの言葉の続きを待っていたカムイだったが、彼が答えられずにいると、情念の籠もった瞳のまま言葉を足した。


「孤児院の、メチルのぬいぐるみを」


「んん!?」


 そんな彼女の雰囲気にそぐわぬ言葉が出、ヒラクは思わずおかしな声を出してしまう。


「彼女の、ぬいぐるみを直してあげた……」


「それ助けたって言わないでしょ!?」


 そうして続く言葉がやはり意味の通らない物だったので、彼はつい叫び声をあげてしまった。


 そもそもメチルは、引き取られてきたばかりの4歳児である。

 それをあの女呼ばわりするには、少々気が早いのではないだろうか。


「……ヒラクはあの日、迷宮探索で疲れ果てていたはずなのに、疲労回復よりそれを優先した」


 自分でも流石に言い過ぎだと気づいたのか。カムイの勢いが一段下がる。

 だが、言っていること自体は間違っていない。

 

「いや、それは……やっぱり心細そうだったし」


 今度はヒラクの方がバツの悪い気持ちになりながら、そう答える。

 ヒラクが優先すべきは迷宮探索……においてカムイをサポートすることであり、その資金が孤児院の経営を助けてもいるのだ。

 徹夜などで本業に支障が出ては元も子もない。 


「ヒラクはいつもそうやって、自分のことより他人を優先する」


 だが、カムイが心配しているのは、あくまでヒラクのことのようだった。

 彼女は眉を顰めると、悲しそうな声音でそう言った。


「そ、そこまでお人好しじゃないよ。メチルは、これから孤児院で家族になるような子だったし」


 カムイのそんな様子を見ると、ヒラクは無条件で落ち着かない気分になる。

 彼女にこれ以上その表情をさせないため、慌ててヒラクは弁明した。


 そもそもさすがのヒラクでも、赤の他人から頼み事をされてほいほい受けるような考えなしではない。

 あれはあくまで、彼女が特別可哀想に見えたからやったのだ。

 と、ヒラクは思っている。


 だが、カムイの方はそう思っていないようだ。

 むしろ言質を取ったとでも言うように彼女は沈痛な面もちをやめ、目を鋭く光らせると、影に紛れたまま低い声で言った。


「三年前。援助者の賓客に招かれた時も」


「あれは……」


 彼女の指摘に、ヒラクは呻く。


 ぬいぐるみとは違い、そちらは言われただけでも思い出すことができる記憶だ。


 迷宮に潜る際、援助者(スポンサー)がいるというのは探索者にとってありがたいことだ。

 しかし、付随して煩わしさもついて回る。


 それは例えば、援助者の行うパーティーなどへ半強制的に参加させられることなどだ。

 齢にして12歳。孤児院の少年でも独り立ちには早い年齢だったが、ヒラクは既に一つの職を得ていた。

 戦闘のみに特化したギフトを持つカムイのサポート。

 つまりマネージャーもしくは付き人という役回りである。


 正体不明、突如現れた凄腕の探索者ということで、カムイとの接触を望む人間は増え続けていた。

 人間嫌いなカムイの代わりに彼らと応対し、捌くのがヒラクの仕事の一つであった。

 誰が来るともしれない宴会など、カムイが嫌がりそうな最たるイベントだ。

 しかし援助者の再三の要求に根負けしたヒラクは、むずがるカムイを何とか説得し、彼女をそこへ引っ張り出すことに成功した。

 その時の回想である――。


 カムイはその頃から真っ黒い鎧を身につけ、真昼間から屋外でのパーティーだというのに兜すら脱がなかった。

 彼女の身長は既に今と変わらないほどまで伸びており、周囲からは風格のある探索者にしか見えなかっただろう。


 そして彼女が会場の隅に立っているだけで、群がってくる人間は後を絶たない。

 彼女とは逆に成長が遅れ気味のせいでカムイの御稚児さんに見られているヒラクは、双方に角が立たないよう対応に苦心させられていた。


 それからしばらくし、寄ってくる人間が一段落したところでヒラクは気づいた。

 カムイが兜の奥から、不機嫌そうなオーラをぷんぷんに振りまいていることに。


 それは人間嫌いの為という理由もある。

 しかし彼女にとっての大きな不満は、ヒラクの存在が周囲に軽く見られていること。

 そして、それを引き起こしているのが自分だという矛盾からだった。


「何か飲み物をもらってくるよ」


 一度引っ込んで休息をもらわねばなるまい。

 その時ヒラクは、ストレスが溜まったカムイの抱き枕にならざるをえないだろう。


 考えながら、ヒラクが給仕から飲み物を受け取ったときだった。


「さぁ皆様余興の時間でございます」


 道化師を気取った主催者が、大きな声を出す。

 そして使用人達が、大きな檻を会場内に持ち込んだ。


 歓声とどよめきが同時にあがる。

 それもそのはず、檻の中に居たのは一匹の魔物だったからだ。

 まず目を引くのはその巨大さである。

 優に成人の5倍はある。

 丸太のような足は、人間を踏みつぶすのに十分な太さを備えており、頭の部分にあるほぼ人間大の魔核からは、長い管が伸びていた。


 象型。シスターはそう呼んでいたが、由来はヒラクにはわからない。

 

「この魔物はあそこにいらっしゃる超新星迷宮探索者、カムイ=メズハロード様が捕獲してくれたものです!」


 続いて、スポンサーはヒラクと反対方向、カムイの方を指し示す。


 みょうちくりんな称号をつけられた彼女は一瞬身じろぎしたが、結局は壁の華……もといオブジェへと戻った。


 ――あの巨大な魔物。象型は、確かにカムイが彼に依頼され、捕獲した魔物であった。

 もちろんヒラクもそれに付き添ったのでよく覚えている。


「この檻は特別製でして、何層にも重ねたエンチャントをかけられた格子はどんな魔物をも封じ込めます!」


 スポンサーは手を広げ、おそらく次期の主力商品であろう檻について解説を始めた。

 なるほど。この為に自分達は、彼の「とにかくでっかい魔物を生きたまま連れてきて」という漠然とした要求に応えたのか。


 あの時の苦労を思い出すと、ヒラクは頭が痛くなってくる。

 いやしかし、どんな魔物の攻撃も通さない防壁ともなれば、ある程度有用なのではないだろうか。


「これがあればご家庭で簡単に魔物の観賞、飼育ができます! どうです素敵でしょう!」


 自らの頭痛を抑えるべく考えをめぐらせていたヒラクだったが、スポンサーの続く言葉でその幻想は打ち砕かれた。

 周囲の人間も同じようで、巨大なパーティー会場全体に白けた空気が流れる。


「えー……で、では、今からこの魔物の核を使って大抽選会を行いたいと思います!」


 さすがにそれは察せられたのか。スポンサーは慌てた様子で急遽そんな事を言い出した。

 周囲の使用人が驚いた顔をしているので、これは彼のアドリブだろう。


「まずはこいつの魔核をですね……あ、カムイ=メズハロードさーん!?」


 スポンサーがカムイを呼びつけようとするが、それを察した彼女は奥へと引っ込もうとする。

 その時である。魔物が先端の管を持ち上げながら立ち上がったのは。


 バコン。


 思いの他軽い音がして、天井を覆っていた蓋が簡単に持ち上がる。

 あまりの呆気無さに、ただ被せてあっただけなのではないかと思えるほどだ。


 構造に欠陥があったのか。それとも施工代を渋ったのか。


 そんな考察をする暇もない。

 自らが自由になったと気づいた魔物は、鈍重な見た目からは想像できないほど軽やかに跳んだ。

 空中へ飛び出す巨体。

 さらに魔物は魔核の両脇に付いた膜を広げ、空気を叩く。

 それにより、巨体がもう一段階高く浮き上がり、柵を飛び越えた。


「なぁ!?」


 物理法則を完全に無視したその動きに、ヒラクまでもが呆気に取られる。

 その間に、魔物がドシィンという地響きを立てて大地へと降り立った。


「キャアアアア!」


「うわあああ!」


 同時に、見物客達が体勢を崩しながら這うように逃げ出す。

 魔物が体を向けた先の人垣が、真っ二つに割れていく。


 そして魔物がゆっくりと歩みだした。


「あ」


 象型が歩むその先を見て、ヒラクは声を上げた。

 そこには、ヒラクと同年代らしき少女が胸を抑えて縮こまっていたのだ。


 恐怖で動けないのか。いや、彼女は胸を抑えたまま青い顔をしている。

 病気の発作か何かか? 判断するより早く、ヒラクは駆け出していた。


 象型よりヒラクのほうが少女への距離は近い。しかし逃げ惑う人ごみに逆らうため、速度は落ちる。

 妨害魔法であるオイルを唱えようかとも考えたが、成功したとしてあの巨体が倒れればまた別の被害が出る。

 カムイは――ダメだ。人ごみに紛れて確認できない。


「娘を! 娘を助けて!」


 スポンサーが何やら叫び声を上げている。しかし今のヒラクの耳には入らなかった。

 人垣をようやく抜けたヒラクは、動けずにいる少女と、それに引き寄せられるように歩く象型を確認した。

 彼我の距離は、もう既に数歩も無い。


「ごめんね!」

 

 そう判断したヒラクは、座り込んだ少女の膝裏に差し込む。

 そうして自分とほぼ同じ体格の彼女を持ち上げた。


「な、何よ……アンタ!」


 ギリッ。こんな状況にも関わらず、少女が鋭い目でヒラクを睨む。


 やたらと、無駄に、非常識に気丈な娘だ。

 ヒラクが感心するのと、頭上に影が射したのは同時だった。


 見れば先ほどまでゆっくりと歩いていたはずの魔物が、前足を振り上げヒラク達を踏み潰そうとしている。


 カムイの後ろにいた自分の顔を覚えていたのだろうか。

 そんな考えが起きると共に、ヒラクの体が沈みこむ。

 なけなしの肉体強化と投擲のギフトを使って、彼が少女を安全圏へ放り投げようとしたときである。


 ――ドゴォンという爆発音が背後から響き、同時に黒い塊が頭上を通り過ぎた。

 背後からの突風に呷られながらヒラクが見たのは、象型の魔核へと蹴りを決める、黒鎧の人物であった。


「カムイ!」


 思わず出たヒラクの叫びに、鎧に包まれたカムイの視線が一瞬向いた気配がした。

 だが、それを確認するより早く、彼女は背後へと倒れそうな魔物の体を蹴って更に飛び上がる。


解放(リジェクション)


 小さな。しかし凛とした声がヒラクの耳に届く。

 太陽を背にしたカムイが両手を伸ばしながら唱えると手甲が真ん中から割れ、その中から緑色の光があふれ出す。

 そしてその中から、黒く太く分厚い鉄板……いや、大剣が勢いよく飛び出した。


 彼女の手甲には永続化(パーマネント)された魔核が仕込まれている。

 その中に収納されているのは幾重にもエンチャントを施された彼女の愛剣――無銘、もしくはカムイの大剣だ。


 射出された大剣の末尾を掴んだカムイは、そのまま再び落下。

 そして一閃。


 ざくん。という音がしたのは、大剣が地面に深々と刺さった後だった。

 一撃で太い首を切断された象型は、巨体が背後に倒れる前に塵となって消えた。


「怪我は?」


 自らの身ほどもある魔核を片手でキャッチして、カムイがヒラクに問いかける。


「大丈夫。彼女は無事だよ」


 腕の中の、目を見開いたままの少女の様子を確認してから、ヒラクは彼女に答えた。

 途端、鎧に包まれたカムイの圧力が増す。


 そんな事を聞いている訳ではない。

 分かっていて何故そんな意地悪を言うのか。

 カムイは間違いなくそう言っている。自惚れではなく、長年の付き合いからヒラクはそれを察することができた。


 彼女が真っ先に心配したのはヒラクの方だ。それをまず察することができないのが、ヒラクのヒラクたる由縁なのだが。


 ――気づけば、周囲の人間がじっとカムイを見ていた。

 魔物が倒されたというのに、誰も広がった輪を狭めようとしない。

 その瞳に宿るのは、恐れである。


「えぇー……今のもデモンストレーションでして」

 

 空気を読んだ主催者が、空気の読めないフォローをする。

 この時の失敗で、彼は周囲の信用を失い、スポンサーも降板したはずだった。

 そして――。



 ◇◆◇◆◇



 実際に二人が見つめあっていたのは数秒だった。

 それでも、同じ記憶を共有していた。

 それを、お互いの目を見て悟る。


「あの時もそう。ヒラクは女の子を庇って……」


「結局カムイが割って入ってくれたし、二人とも怪我はなかったじゃないか」

 

 そういう問題ではない。カムイの目は、またも雄弁に語っていた。


「ヒラクは、誰の為にも自分の身を削って……時には命も投げ出してしまう」


 その瞳を伏せ、カムイはつぶやく。


「それは……」


 違う。反射的に否定しかけたヒラクだったが、そんな事を言っても説得力がないのは明白だった。

 それにヒラク自身、そういった向こう見ずな部分があることを、否定しきれずにいる。


 ヒラクが何も言えずにいると、カムイは視線を逸らしたまま言葉を続ける。


「ヒラクが私といてくれるのは、私が危険なことをしているから。迷宮に潜らなくなったら、きっと離れていってしまう」


「そんなことない!」


 ヒラクの大声が、迷宮内に反響した。

 先ほどは即座に否定することができなかった彼だが、その言葉は否定せずにいられなかった。


 カムイが目を見開く。


「……そんなことないよ。僕は、別にカムイを放っておけないって気持ちだけで一緒にいるわけじゃない」


 ヒラクは覚えていた。

 魔物を退治したその直後、今更恐怖がこみ上げてきたのか、腕の中の少女が涙を流し始めたことを。

 そんな彼女の前で、カムイが剣と手甲を落としたことを。


「カムイは女の子の頭を撫でて、もう大丈夫だって慰めてあげてた」


 目の前で化け物を退治したカムイの手を、少女も最初は恐れていた。

 しかし彼女の優しい撫で方で意思が伝わったのか。最後はリラックスした様子で身を任せていたように思える。


 そして、少女が「私は貴方みたいになります!」と宣言した時には、彼女は間違いなく、兜の中で微笑んでいた。


「僕は君が本当は優しい人なのを知っている。だからこそ、一緒にいるんだ」


 思い出し、ヒラクの顔にも自然と笑みが浮かんだ。

 当時は自分と似た体格の少女を長時間抱え、腕がブルブルと震えていたのだが、それももはや良い思い出だ。


「私は、ヒラクのそんなお人好し過ぎるところが心配だって、そう言ってるの」


 カムイはそれに、眉根を寄せた表情で答える。

 だが、そんな彼女の顔には、今までにない照れがあった。


 それを見て、ヒラクは考える。

 あぁ、こんな彼女の可愛らしさを、もっと沢山の人が知ってくれたらなぁ。


 それが地下数十階。「今」から一年少し前の話であった。



 ◇◆◇◆◇



 一通り話して、ヒラクは息を吐いた。

 牧場の納屋の中。蝋燭が炎を揺らす。


 先ほど回想した事のすべてをリスィに話したわけではない。


 それでも、自分にとってカムイという女性が如何に大切で、かけがえのない者……だったかは彼女に伝えたはずだ。

 その上で――ヒラクは同じ炎に照らされたリスィの顔をじっと見る。

 

 視線を受けたリスィは、夢の中にいるような覚束ない気分のまま、彼の顔を見つめ返した。

 

「ここからは、リスィには辛い話になると思う」


 蝋燭を映したヒラクの瞳が、揺れる。


 おそらく、それを話す彼のほうが辛い思いをするはずだ。

 リスィには、察しがついていた。


 それはおそらく、ヒラクとリスィの最初の出会いの話。

 そして、ヒラクとカムイの最期の別れの話になるはずだった。

 この世界にも象という生物は存在する。

 ただし地上に魔物が溢れていた時代に大きな体のせいで狙われたため、その生息地域は南方のごく一部である。

 現代においては魔力伝導率の高さから、象牙を目当てに人間に狙われることもある。

 が、象を神と崇め守る、秘境民族エレディフェンダーのおかげで絶滅には至っていない。

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え?この少女……
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