騎士の拘り
4度目となるその日の探索は、何時にも増して順調だった。
2階、3階の階段を早々に見つけたヒラク達は、ついに4階へと到達した。
「ここからはもっと気をつけないとね」
階段を見下ろしながら、ヒラクが呟く。
「やっぱり魔物が強いんですか?」
その顔横を漂う妖精リスィは、未知の階層に対して若干緊張した面もちをしながら、彼に尋ねた。
「まぁ、強いっていうか……」
「オラ! くっちゃべってんじゃないわよ! また後ろに戻すわよ」
それに対し説明しようとするヒラク。だが、先に4階へと降りたモズの声が響き、その口をつぐむことになった。
ちなみに今回の探索は、ヒラクも一応中衛に戻ることを許可されている。
「じゃ、行こっか」
「は、はい」
顔を見合わせたヒラクとリスィは、とにかく下に降りることにした。
「いや、でも女の子がオラは……」
「うっさい!」
それでも我慢できずにヒラクが注意すると、やはり罵声が飛んでくる。
ともかく彼らは、ついに4階――初心者殺しの階層へと到着したのであった。
◇◆◇◆◇
階段から少し進んだ場所で、ヒラク達は早速魔物と相対した。
金属鎧を纏った、人間型の魔物である。
背筋を伸ばしているので一見オブジェにも見えるが、頭の辺りには黄金の六面体――魔核が浮いている。
「あ、あれは……?」
「騎士型。魔力感知範囲が広いから気をつけてね」
不気味な佇まいに若干おびえている様子のリスィにそう解説しつつ、ヒラクは先へと飛ばしたライトの角度を調査した。
「だからデュラハン……」
「騎士型だと!?」
その名称を、モズが訂正しようとする。
だがそれを遮るように、興奮したフランチェスカが立ち上がって叫んだ。
「それは騎士として私が対決しなければならないな! 手出しは無用だ!」
そうして彼女は斧槍を背中から外すと、止める間も無く騎士型のいる広間へと駆けていってしまう。
「あんのバカ!」
「元気ですねぇ」
「元気っていうのかなあれは……」
その素早さについていけず、半ば呆然としながらその背中を見送るヒラク達。
「やぁやぁ、我こそは斧槍姫騎士フランチェスカ!」
騎士型に駆け寄りながら、お決まりの名乗りをあげる。それに対し、今までの魔物より広い感知範囲を持つ騎士型がだらり、と肩を落とした。
「……がっかりされた」
「え、や、いや違うから!」
急にボケた事を言い出すアルフィナに狼狽しながら、ヒラクは何とか彼女につっこみを入れた。
クリナハとの話し合いは、彼女にある種のフランクさをもたらしたようだ。
しかしこの方向性で良いのか。首をひねりながらも、ヒラクは視線を広間へと戻した。
するとアルフィナの言う、所謂がっかりとしたポーズを取った騎士型の頭に存在する魔核が、細かいブロックに別れガシガシと変形をしていく。
「勝手に開きましたよ。降参ですかね?」
「それも違うよ」
こちらも間の抜けたリスィの言葉になにやら安心しつつ、ヒラクは見ててごらんと彼女を促した。
すると騎士型が開いた魔核からはぽっかりと穴が空き、そこから緑色の光がより強くあふれ出す。
自らの頭に開いた穴に対し、騎士型は腕を突っ込んだ。
「うぇっ」
そのシュールな光景に、リスィがうめき声を上げる。
ずるり。そんな幻聴をリスィの耳に響かせながら、騎士型が腕を引き抜く。
するとそこには、装飾の為された細剣が握られていた。
ガシャンと音がして、開かれていた魔核が再び閉じる。
「騎士型は自分から魔核を開いて、中身を取り出すんだ」
「……それを武器として使う」
一部始終を一緒に眺めていたヒラクがリスィへと解説し、アルフィナがそれを補足する。
「どうでも良いけどアンタ、口数増えてない?」
彼女らのやり取りを見てみたモズは、胡散臭そうな目でアルフィナと、そしてヒラクを見やった。
「えーと……」
何故彼女はヒラクが関わっていると思っているのか。
ヒラクには不思議で仕方がなかったが、しかしつっこめばやぶ蛇になる予感もする。
「って、フランチェスカさんに任せちゃって、大丈夫なんですか?」
そんなヒラクに対し、リスィは心配そうに尋ねた。
「まぁ一体ならそこまで驚異じゃ……」
話題が逸れそうな予感がし、ヒラクが内心ホッとしつつ彼女に答える。
「でも、なんだか押されてますよ」
しかし彼女はその小さな指で通路の奥を指さし、ヒラクに反論した。
それに従ってヒラク達が通路の奥へと目をやると、騎士型と打ち合っているフランチェスカは、確かに苦戦しているようだった。
「くっ」
鎧に包まれた騎士型の突きが、連続してフランチェスカを襲う。
何とかそれを捌こうとするフランチェスカだが、長大な斧槍ではそれも難しい。
フランチェスカが対応できなくなったことを、彼女の魔力の乱れで察知したのか。騎士型が一際大きく踏み込み、必殺の一撃を放つ。
「甘い!」
だが、フランチェスカはそれを紙一重で避けた。
彼女の脇下を細剣が通過する。
すぐさま反撃へと転じるフランチェスカ。だが、重量を乗せた彼女の一撃を、引き戻された細剣はあっさり弾いてしまった。
「な、なんだと!?」
ギリギリまで引きつけたはずの攻撃を、あのような細い武器で弾かれ、さしものフランチェスカも狼狽したような声を出した。
「あの細剣、エンチャント付きだ……!」
その攻防を見守っていたヒラクは、呟くと腰につけた鞭を解いた。
宝物庫から出す以上、武器の性能にはバラつきがある。その中でも相手に使われると厄介なのがエンチャント付きの武器だ。
エンチャントは魔力に親和性のある魔物に対して、より強くその力を発揮する。
つまり魔物自体がかなり強くなるのだ。
騎士型クラスの魔物では宝物庫からエンチャント付きの武器を引っ張り出してくることは稀だ。
だが、しかし今回はその「当たり」を引かれてしまったようだ。
「能力が安定しない敵……! 効率が乱れるじゃない!」
らしいことを言いながら、モズもまた広間へと駆け出す。
「……こ、こうなったら、我が全魔力を込めた一撃を食らうが良い!」
「アホー!」
まるで最終決戦のような決意を固めているフランチェスカに叫びながら、彼女は飛び上がり、大剣を大上段に振り下ろす。
その一撃さえも、細剣はあっさりと受け止める。
そうして、刃を滑らせるようにしてそのまま受け流した。
「ぐぬっ!」
体勢を崩したモズへと、騎士型が引き戻した細剣で突きを入れようとする。
「モズ!」
が、それより先にヒラクの鞭が騎士型の腕を絡めとった。
そのまま引き倒そうとするヒラクだが、逆に騎士型の突きの動きに引かれ、前のめりに倒れてしまう。
それでも少しは動きを阻害することは出来たようで、騎士型の突きは身を捻ったモズにかわされた。
「ふ、フランチェスカ!」
共に綱引きに参加しようとしたリスィと共に引っ張られながら、ヒラクはフランチェスカへと叫んだ。
「はっ!」
急に乱入してきた二人に呆然としていたフランチェスカだが、ヒラクの呼びかけに斧槍で突きを繰り出す。
しかし迷いが生じたせいか、それも騎士型には避けられてしまった。
「こんのぉ!」
体勢を立て直したモズが、再び大剣で騎士型をから竹割にしようとする。
だが腕の拘束など何のその。騎士型はそれをも細剣で受け止めた。
「オイル!」
引きずられながらヒラクが叫ぶ。
騎士型の腕に巻きつけられていた鞭から黒い泥がぬめりと発生し、細剣が騎士型の手から滑る。
ガッと、大剣を支えきれなくなった騎士型の頭へとモズの一撃が炸裂する。
鎧が縦にひしゃげ、強く打ち付けられた魔核と細剣が反動で空高く舞う。
全高が半分ほどになった鎧は、そのまま後ろへと倒れると黒く染まって崩れ去った。
はぁはぁと、アルフィナ以外の全員が荒い息をつく。
最初に立ち直ったのは、魔物に止めを刺したモズだった。
彼女は振り返り、今だ呆然としているフランチェスカへと叫ぶ。
「何で無傷で来たのに、魔力を無駄遣いするような真似するのよ!?」
彼女が怒っているのは、モズが騎士型に対し大きな魔法を撃とうとした件についてだ。
ヒラクがそう思い当たったのは、立ち上がり、リスィについた埃を払い終えてからのことだった。
「む、無駄遣いではない! あれは奴と私との神聖な一騎打ちだったのだ! 全力を尽くすのが礼儀だろう!」
彼女の剣幕に押されたのか、それとも先程までの劣勢悟っているせいか。加勢自体を咎めることはせず、若干引き気味な態度でフランチェスカは言い返す。
「んな騎士プレイに付き合ってらんないってーの!」
「ぷぷ、プレイとは卑猥な! 私は姫騎士としてのゲッシュを遵守すべくだな……」
「卑猥なのはアンタの脳でしょうが!」
「なんだと!? |ラストラストキャッスル《最果てにて終わりの地》に咲く一輪の白百合と呼ばれた私に対して卑猥とはどういう了見だ!」
結局フランチェスカもヒートアップし、ついには言い争いが始まってしまった。
彼女らの口論はお互いのスタンスの違いから、人格の否定、お互いの桃色度へと容易に脱線していく。
「何だかなぁ……」
ため息を吐きながらヒラクは自らの埃を払うと二人の脇を通り、先ほど盛大に吹き飛ばされた魔核を拾いあげた。
とんでもない衝撃が加わったはずだが、壊れてはいないようだ。やはりアルフィナがやったように弱点を突かなければ、そうそう壊れるものではない。
「お願い」
それを確認した彼は、件のアルフィナへと魔核を手渡した。
受け取った彼女は微かに頷いて、魔核を解体し始める。
その意志疎通ですら、この前まではなかったものだ。
あちら側の醜い争いを忘れさせるような暖かさに、ヒラクは思わず笑みを漏らす。
さて、そうなると問題は例の細剣だ。ヒラクがそちらを探そうとしたとき。
「ぱぱらぱぱっぱっぱー」
聞き覚えのあるファンファーレが、フランチェスカの体から放たれた。
その音を聞き、モズもフランチェスカが同時に動きを止める。
「い、今の音、ギフトを貰ったときの音でしたっけ?」
「うん、大抵は時間差があるんだよね」
突然のファンファーレに驚いたのだろう。リスィがヒラクの耳に掴まりながら尋ねる。
その感触をこそばゆく思いながら、ヒラクは彼女の問いに答えた。
ギフトが取得可能になったことを伝えるこの音は、魔物を倒した直後に鳴ることもあれば、しばらく経ってダンジョンを出てから鳴ることもある。
数日前、アルフィナから出たファンファーレに動揺したモズのように、この音によって不意をつかれる探索者も多くいた。
「か、神からの啓示がくだった!」
硬直から立ち直り、大げさに叫んだのはフランチェスカである。
彼女は天井を仰ぎ、感動した様子で震えた。
「にしては、なんか軽い音ですねぇ」
それを見ながら、リスィが首は捻りながら呟く。
彼女は神を身内のように感じており、その上ギフトの効能に関して疎いので、フランチェスカのような感動は無いようだった。
「おめでとう」
ヒラクも神からの啓示、とまでは思えなかったが、とにかく喜ばしいことではある。
誰も言わないので、彼は拍手をしながら率先してフランチェスカを祝福した。
遅ればせながら、アルフィナも拍手をし、リスィもそれに対抗するように手を懸命に叩いた。
「あ、ありがとう……」
するとフランチェスカは一転してきょとんとした表情を浮かべ、どもりながら礼を言った。
「あ、あれ、なんか変だった?」
まずい事を言ったかとヒラクが動揺していると、フランチェスカは急いで首を横に振りながら弁明する。
「いや、私そんな事を言われたこと無かったから」
その口調は、まるで普通の村娘のようだった。
今度はヒラクが面食らう番である。その表情に気づいたフランチェスカは、コホンと咳をして言い放った。
「……よし、これで騎乗が取れるな!」
「騎乗!? 何に、何に乗る気よ!」
騎乗とは、その名の通り動物を乗りこなし、上手く扱う為のギフトである。
そのギフト名を聞いた途端、モズが裏返った声で叫んだ。
「うむ、私の愛馬哀翼のアルベガスだ! 背には薄く青みがかった翼が生え、額には悪を貫く角が生えている。王の資格無き者には凶暴な暴れ馬となるが、私が乗ればまるで独つの生き物となったかのように意のままに動く前世からの愛馬だ!」
モズの叫び声をどう解釈したのか。フランチェスカは自らの愛馬について長く熱く語る。
「んなもんがアンタの頭の中以外のどこにいるのよ!? ていうかこの狭い迷宮でどうやって乗る気よ!」
ただ、モズが問うたのはもちろんそういったことではない。
校則で特に禁止されているわけではないが、騎乗とはモズの言うとおりダンジョン内では中々に使いづらいスキルであり、そもそもギフトを持つ人間より俊敏な動物など、地上には存在しない。
「姫騎士たる私が馬にも乗れないとなると、格好がつかないではないか」
だがフランチェスカはそれにもめげず、当然のことを語るかのように、胸を反らしてそう言い放った。
その時、ぴきっと何やら小さな音がヒラクの耳に届いたが、周囲を見回しても何が起こったわけでもない。
「んなもんをギフトに頼ってる時点で格好ついてないわよ!」
「た、頼っているわけではない! ギフトの力によって思い出しているだけだ!」
「だからその設定はもういいっての!」
ヒラクがそんな音に囚われている間にも、言い争いは熾烈になって行くばかりである。
どうしようかと彼がまごまごしていると、魔核の解体を終えたアルフィナがすっと前に進み出た。
そうして彼女は、モズの肩をとんとんと叩く。
「何よ」
「言い争う時間が勿体ない」
振り向いた彼女に、アルフィナはスカートからごそごそと懐中時計を取り出して示した。
「あぁ、もう、分かったわよ!」
その説得に理を感じたと言うよりは、毒気を抜かれたのだろう。モズは地団駄のような足音を放ちながら、フランチェスカから離れた。
「アルフィナさん、たくましくなりましたねぇ」
「うん、そう、たくましくなったね」
たくましくなった。今の彼女を形容するなら確かにその言葉が一番似合うかもしれない。
リスィの形容に、なるほどそれが一番合っていてかつ穏便な表現だと、ヒラクは首を縦に振ったのだった。
ヒラクの鞭
ヒラクの鞭には魔力が伝わりやすくなるようエンチャントが施されており、これを通じて各種弱体化魔法を流し込む、接触状態でしか使えない低レベル回復魔法をかける、先端にバインドをかけターザンごっこをする等の事ができるようになっている。
スペルシェイプと併せれば、広範囲かつ座標の指定が難しい魔法であるオイルも、今回のように鞭が結ばれている場所に発動させることが可能。
ただし本来鞭に付与するような耐久度や威力の上昇を犠牲としているため、攻撃用としては期待できず、切断されるとヒラクの財政に深刻な打撃をもたらす。
騎乗
跨った動物と意思疎通をする、または意のままに操るギフト。
本文内記述の通り、ダンジョン内では有用性が薄い。
しかし一般的に需要が無い訳ではなく、行商人、馬術競技の選手などこのスキルを取る人間は列車が普及した今もそれなりにいる。
フランチェスカの言うように馬に乗れない貴族は馬鹿にされがちなので、ギフトでそれを補うものもいる。
ただし角と翼が生えた白馬というのは、歴史上観測されていない。




