25.聖女エレイン
聖女視点です。
エレインは『エルサレムの聖女』という立場に嫌気がさしていた。彼女は母に読んでもらった絵本に出てくるブリテンの『聖王』という存在に憧れていた。『聖王』はどんな種族もどんな立場の者も平等に癒し、皆に慕われており、理想の王と呼ばれていたのだ。
だから、自分が彼と同じ治癒能力に目覚めて、聖女として、エルサレムに呼ばれた時は理想を抱いたものだ。エレインも、色々な人を癒し、皆に慕われる存在になろうと……だけど、そこで待っていたのは教会での権力を高めるように利用される象徴のような扱いだった。
確かに貴族だけではなく、平民も癒す。だけど、その人物は彼女でしか癒せない重傷者だったり、重病人だったりだ。しかも、善意ではない。教会には優れた治癒能力をもっている聖女がいると公表し、教会の権威を高めるために利用されていたのだった。
そして、同僚のプリーストたちも彼女の思い描いていた人物とは違った。彼女達の話はやれ、どこの国の貴族を癒したとか、どこぞのお偉いさんに褒められたとかそういう話ばかりだったのだ。
おまけに、エレインが休日にボランティアとして平民たちを治療していることも馬鹿にしてくるのだ。どうやら、『聖王』のように高潔な癒し手はここにはいないらしい。そう思うと、彼女は全てが馬鹿らしくなってきてしまった。
そんな彼女のモチベーションの低下を心配していたのはエレインの幼馴染であり、エルフの森から一緒に教会に入ったヘレネ―だった。
彼女は自分と同じように強力な治癒能力を持つアーサーと話し合えば悩みを共有できるのでは……? と会食を企画してくれたようなのだが、彼女は正直興味がなかった。
他人を見下している貴族は嫌いだったし、彼の噂をきいたときも、貴族しか癒さない世間知らずの皇子とのことだった。なんでそんな男と会食しなきゃいけないのよと文句を言うとヘレネーは最近になって面白い噂を聞いたというのだ。
「どうやらアーサー皇子が、孤児院の子供を治療したらしいわよ。しかも、その子は魔物の毒に全身が侵されていて、片腕を切断されていたのにそれすらも修復したらしいの。まるで聖王様みたいじゃない?」
朗報だとばかりにそういうヘレネーの言葉をエレインは最初信じられなかった。だって、そんな重症となれば、エレインだって、治療に半日はかかるのだ。それなのに、平民の……しかも、孤児院の子供を治療したというのか? 寄付金だってもらえないだろうに……
それが、本当の話だとしたら、エレインがあこがれた『聖王』のようである。押しだまったエレインに何を思ったのか、ヘレネーはこんな提案をしてきた。
「アーサー皇子にとりあえず会ってみましょ。そうすればあなたもきっと興味をもつはずよ」
「まあ、別にいいけど……」
聖王のようと言われるアーサーという人間を見極めたかったエレインは素直にうなずき、会食が行われることになった。
そして、会食の当日、柄にもなく緊張していたエレインは気分転換も兼ねて、いつもの屋台へ行く。素朴な味付けが故郷のエルフの里を思い出して、癖になるのだ。
それに、ここの親父さんにはエルサレムに来たばかりの時に、たまたま怪我を治療してから、よくしてくれるので、定期的に利用させてもらっているのである。しかし、やたらと褒めてくるのでちょっと照れくさいし、今のエレインとしては少し気まずい。
だって……お偉いさんに逆らえず世界をきらっている今の自分はかつて憧れていた『聖女』とは程遠いのだから……。
「兄ちゃん……何がきにくわなかったかわからないけど、ここでは聖女様の言う事を悪く言わない方が良いぞ」
「うん……? 悪くなんか言っていないさ。ただ、俺の方が優れているという事実を言ったまでだ」
そんなことを思っていると、屋台のおじさんと旅人が何やら揉めているのが聞こえた。どうやら、エレインが話題らしい。仲裁をしようと早足で屋台へ向かうと、旅人のメイドらしき少女の言葉が聞こえた。
「アーサー様がすごいのはわかっていますから、落ち着いてください!! あはは、気にしないでくださいね」
アーサー!! 今このメイドは少年のことをアーサーと言ったのだ。驚いたエレインは店主と揉めていた少年を見る。十五歳くらいの無駄に自信に満ちた顔立ちをしている。
「だって、俺だって聖女と同じくらい……いやそれ以上に治療できるぞ」
その言葉にエレインは少しむっとする。自分だってできる範囲で頑張っているのだ。なのに彼は自分よりも優れているという。
メイドと護衛の騎士たちに連れられて行く彼を見ながら故郷から送られてくる調味料を肉串にかけると、圧倒的な辛みが口内を支配して少し冷静になる。
自分の治癒能力はアーサーにも負けていないと自負している。だけど、彼がそれ以上に治療をできるということは……わずかな噂だけで、自分のモチベーションが低下していることを見抜いたというのか?
エレインは一瞬そんな風に考えて……すぐに首をふる。さっきの少年にそこまでの知性は感じなかったし、どうせこの後の会談で正体もわかるのだ。
「店主お代わりをおねがいするわ」
「あいよ!!」
元気のよい返事をする店主から肉串を受け取り、ふたたび調味料をかける。最初は信じられないものでも見るような目で見られていたが、慣れたのかもう普通である。
アーサー……あなたは本当に『聖王』の後継者なのかしらね?
身だしなみを整えて会食であったのはやはり彼だった。軽い自己紹介を終えて、エレインはずっと気になっていた平民を癒した理由を聞く。
その答えに再び衝撃が走る。
「だって、だれだって痛いのは嫌だろう? あんな子供が苦しんでいるのは見ていられないし、それにあのくらいの治癒はそんなに難しいものじゃないからな」
彼は大変なはずの治癒ですら、簡単な事のように言ったのだ。失った手を再生するのだ。生半可な苦労ではなかったはずだ。おそらく、助けられた孤児の子が負担に思わないためであろう。
その姿はまるで初代『聖王』のようで……目の前に理想とした聖人がいることが信じられずにエレインは再び同じような質問をしてしまう。
「なるほど……ですが、その子供は平民なのですよね? 失礼ですが、ブリテンの方々は貴族を優先して治療などをすると聞いたことがあります。そんな状況でわざわざ貴重な力を使ったのには何か理由があるのではないでしょうか?」
そんな彼女にアーサーはどこか呆れたように、まるで言い聞かせるようにかつて自分が抱いていた理想と同じ言葉をかたったのだ。
「深い理由なんてないさ、むろん限度はあるが俺は俺の助けられる範囲は貴族だろうが平民だろうが助けたいと思っているんだよ。一日の回数制限や、様々な事情があるから全部は救えないがな。それが当たり前だろう!!」
まさに本当の聖人と会った気持ちだった。流石はブリテン、『聖王』が治めた街の第二皇子である。彼女が感動していると、使用人のケイもまた、彼の偉業を語る。
その目線にはアーサーへの敬意が秘められており、直感で彼の語る言葉が真実だと分かった。そして、確信する。ああ、彼は『聖王』と同じ志を持つ者なのだと……
そして、彼は我がエルサレムの人間も救うつもりでいてくれるらしい。ダメもとで助力をお願いしようとしたら、食い気味で手伝わせろと言われてしまった。
ひれ伏そうとする自分を必死に否定する。いや、まだ信じていいかわからない。口ではどうでもいえるのだ。かつて夢を見て、聖女となり現実を見たエレインはそう簡単には人を信用できなかった。
だけど……彼が自分よりも優秀な治癒能力を持ち……身の危険も顧みずに平民を治癒したら……本心から彼の偉業を認めてしまうだろう。そんなことを思うのだった。
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