22.聖都エルサレム
馬車から降りて、当たり前のようにケイと手を繋いで市場に足を踏みいれるとブリテンでは見れない光景が広がっていた。そこかしこで露店が開かれており、商人たちの活気であふれている。ブリテンとの大きな違いは、行きかう人々の多種多様さだろう。
着ている服はもちろんの事、ドワーフやエルフなどブリテンでは珍しい異種族の亜人もいるようだ。
「これは確かにすごいな……ケイの言う通り歩いてみて正解だったぞ!! ほら、見てみろ。あそこでは珍しい石をドワーフが売っているし、そこのエルフの奏でる音楽は城でも聞いた事の無いものだ!!」
初めて見る光景にアーサーは興奮気味にあちこちを指差しながら声をあげる。前回の人生では興味を持たずに、そのまま馬車で進んでいったため初めてなのである。
そして、そんな彼を見てケイはというと……
「そうですね!! ほら見てみてください、アーサー様、あそこでは演劇もやっているようですよ!!」
お姉さんぶる事も忘れて、アーサーと同様に初めての光景に興奮していた。それも無理はないだろう。彼女もまたマリアンヌからエルサレムについて学んではいたが、あくまで口で説明されただけだし、平民である彼女はブリテンを出る事すら初めてだったのだ。
そうして、二人仲良く騒いでいる光景に護衛の騎士達も最初はあっけにとられていたが、クスリと笑う。
「なんかアーサー様のイメージが変わったな……」
「ええ、思ったよりも無邪気なところもあるようで……そして何よりもメイドと皇子の恋……悪くない。むしろ良い!!」
そう、平民であるケイを専属メイドにし、孤児院の少年に治癒能力を使用し、教育にも力を入れ始めた事は城にいるものならばみなに知れ渡っている。そのことからアーサーを見る目は徐々に変わってきているのだ。
だから、こんな風に騒ぐ彼を見て、これまでどこか遠い存在だと思っていた護衛騎士二人もアーサーに親近感がわいてきているのだった。
それこそ、思わず雑談を振ってもいいかなと思うくらいに……
「アーサー様、露店でしたら、そこの肉串がおススメですよ。この近くの森でしか狩れない極ウマ鳥という名産品を使っているので、とてもジューシーでお勧めです。隣のレディへのプレゼントにちょうどいいかと」
「おい、トリスタン……」
護衛対象である皇子に気軽に耳打ちをする同僚を制止しようとしたが、間に合わない。そして、アーサーはというと……
「そんなに美味しいのか……せっかくだから食べてみたいな……ありがとう。トリスタン」
「え……私の名前を憶えてらっしゃるのですか……」
感謝をして笑顔を浮かべるアーサーを信じられないという表情でトリスタンは見送る。まさか、王族の彼が護衛の一人にすぎない自分の名前を憶えているなんて思わなかったのだ。そして、その事実は彼の胸を熱くする。
ここにモルガンがいたら、「なるほど……兵士に親近感を感じさせ忠誠心をあげる作戦ですね。流石です」とか言いそうである。もちろんそんなことはないのだが……
アーサーは世間知らずではあるが馬鹿ではない。ケイの時に名前を覚えていなかったことを後悔していたこともあり、自分に近しい人間の名前は覚える様にしているのだ。
そんな風に少しずつ学んできている彼が今何をしているかというと……
「なあ、ケイ、せっかくだからあの肉串を食べよう。すごい美味しいらしいんだよ」
「ダメですよ、アーサー様。これから会食があるんです。それに、アーサー様のようなご身分の方が他国の市場で食べるのはあまり推奨されないのでは……」
「でも、ここでしかとれない鳥らしいんだぞ。すごく美味しいみたいなんだ」
むっちゃわがままを言っていた。元々前の人生でケイに教えてもらっていた屋台での肉串が気になっていた事と、さらにここでしか食べられないと言う事が彼の熱意に拍車をかけていた。それに、ケイが鶏肉の事を話していた時、その目が輝いていたに気づいていたのである。
なんだか、精神年齢が下がっているように見えるがきっと気のせいである。
「う……すごく美味しいんですか…」
アーサーの言葉にケイの目が輝いたのを彼は見逃さなかった。おそらくアーサーにかっこつけるために自分も食べたいのを必死に我慢しているのだ。
彼もまたケイの性格がわかってきているのだ。
「せっかくだし食べようぜ。それに二人でわければいいんじゃないか? 確かケイも好きだったろう?」
「わかりました。そこまで言うなら一緒に食べましょう。その代わり、会食でも残してはダメですからね」
そう……アーサーは世間知らずではあるが、馬鹿ではない。故にこういう風におねだりをすればなんだかんだケイは折れると言う事を最近はわかってきたのだ。あと、結構食べ物には弱いと言う事も……
そうして、ケイを説得した彼は屋台の店主に声をかける。
「肉串を一つ……いや、三つ頼む。せっかくだからな、お前らもたべるだろう」
「うふふ、アーサー様はお優しいですね」
「本当ですか!! ありがたい!!」
「ありがとうございます。トリスタン騒ぎすぎだ!!」
アーサーの言葉にケイたちが嬉しそうに声をあげる。もちろん、ケイに関しては完全なる善意だが、騎士達に関しては違う。
モルガンとかに市場で食事をしたことがばれたら危機管理が足りないって怒られそうだからな……共犯者にしてしまえば言いつけたりはしないだろう。
実に小物じみたことを考えていた。前世の事もありモルガンに叱られるのはちょっと……いや、かなり怖いのである。
「あいよ。できたよ。あんちゃん。部下にも奢るなんて太っ腹だねぇ」
「うふふ、アーサー様はお優しい方なんですよ。どうぞ」
お礼を言いながらケイが一本肉串を受け取ると、当たり前のように彼の口の方へと運ぶ。アーサーも当然とばかりそのまま齧る。甘やかされることにすっかり慣れてきたアーサーである。
「うまいな、これ!! ケイも食べたらどうだ」
口の中で肉汁があふれだしていく旨味にアーサーが感嘆の声を上がる。その様子を見てほほ笑みながらケイも肉串に口をつける。
「はい、ではいただきますね……美味しいです!! 王都のものよりもとってもジューシーで、かじると同時に肉汁があふれ出してきて幸せな気分にさせますね。これはスパイスでしょうか? ピリリとした辛みがさらにお肉の味を引き立てています!! 確かにこれは買って正解ですね。流石です、アーサー様!!」
無茶苦茶語り始めるケイ。
「そうか……喜んでくれて嬉しいよ」
幸せそうに肉串に口をつけるケイを満足そうに見つめる。彼女と一緒に屋台で肉串を食べる。前回の人生でやってみたかったことが叶ってアーサーは充実感に包まれる。
「あ、口元が汚れていますよアーサー様失礼します」
「いや、外ではさすがに恥ずかしいんだが……ハンカチを渡してくれれば自分でやるぞ」
「これもメイド(姉)の仕事ですから」
「そう……なのか……?」
肉串を食べて汚れた口周りを、ケイによってハンカチで拭かれるアーサー。疑問に思ったが即座にケイに否定されて、納得するのだった。
ルビがおかしい気がするが、きのせいだろう。
「それにしても、ここは本当ににぎやかだな。いつもこうなのか?」
美味しい肉を食べ、ケイとやりたかったことを達成して上機嫌のアーサーは珍しく他人に話しかける。そして、店主はたくさん買ってくれたお客さんに愛想よく笑いながら答えた。
「そりゃあやっぱり教会のおひざ元だからねぇ。治安も良いし、何かあっても教会の人々が治療をしたり助けてくれる。だから、俺達は安心して生活できるのさ!!」
「ふむ……なるほどな……」
どこか得意げに教会を褒める店主。その様子にアーサーは教会と同じことをすれば善行ポイントがたまるのでは? などと考えた時だった。
「あとはやっぱり聖女様だね。あの方がいらっしゃって、治癒してくれるってだけで騎士達も安心して戦えるのさ。ブリテンの皇子様も優秀な治癒能力を持っているって聞くけどいい噂は聞かないし、聖女様の方が上だろうね」
「……」
「アーサー様……落ち着いてくださいね」
いきなり押し黙ったアーサーにケイが嫌な予感をしたのか宥め、護衛の騎士達に緊張が走る。確かに彼は変わった……だけど、馬鹿にされれば話は別だと思ったのだろう。
そして、以前の彼だったら間違いなく、怒鳴っていたし、今だって誇りとして思っている治癒能力を聖女の下だと見られたのだ。ぶちぎれてもおかしくはないと思うのももっともである。
だが、皆の予想とはちがいアーサーは笑みを浮かべていた。
「なるほどな……ここの聖女はよっぽど尊敬されているようだなぁ。だが、ここにもっと優れた治癒能力の持ち主がいるとわかったらどうなるだろうな」
先ほどケイが聖女を褒めていたこともあり、アーサーは対抗心を燃やしていた。実に小さい器である。だが、それと同時に聖女の評判を聞いて一つの結論に至ったのだ。
「俺が聖女と同じことをすれば俺はより尊敬されるだろう。ふははは、聖女とやらをわからせてやるか。どっちの治癒能力が優れているかをなぁ!!」
彼にとっては自分の治癒能力は絶対的な誇りであり、負ける可能性など一切考えていないのである。
ゆえに、彼は善行ノートに書かれたように聖女に治癒能力で勝って、ここの国の連中に自分の方が優れていると知ってもらえば、自分も教会や聖女のように皆に頼られるようになると思ったのである。そして、頼ってきた人間を助ければ善行ポイントもどんどんたまるだろう。
そう考えて思わず笑みがこぼれたのだ。もちろん、実際は教会への厚い信頼があるからこそここの人々は彼らを頼っているのだが、アーサーはそこまでわかっていなかったのである。
「兄ちゃん……何が気にくわなかったかわからないけど、ここでは聖女様の事を悪くは言わない方が良いぞ」
「うん……? 悪くなんか言っていないさ。ただ、俺の方が優れているという事実を言ったまでだ」
「アーサー様がすごいのはわかっていますから、落ち着いてください!! あはは、気にしないでくださいね」
「だって、俺だって聖女と同じくらい……いやそれ以上に治療できるぞ」
空気を読まずにどこか得意げに答えるアーサーをケイは宥めながらひき剥がそうとした時だった。大きな声で不敬なことを言っている彼らを一切気にしない様子で、屋台にやってくる人影があった。
「そうなの……あなたの方が聖女よりもすごいのね。それは助かるわ。店主、いつものを一本お願い。今日はめんどくさい会食があるから、気分転換に好きなものを食べておきたいの」
その少女は一瞬アーサーを一瞥すると、すぐに興味なさそうにして目をそらし、店主に注文をする。フードを深くかぶっているため、顔は見えないが、美しい声と、フードから覗くとがった耳からエルフの女性だという事はわかった。
「ん? お前は……」
「あ、これは……お久しぶりです!! はい、すぐに焼きますね!!」
「アーサー様いきますよ!!」
会話が途切れたのをチャンスとばかりに、ケイに引っ張られてアーサーは馬車の方へと戻っていく。あの声どこかできいたことがあるんだよな……と思っていると、店主が肉串に真っ赤な香辛料をどばーっとかけているのを見て変な声がでてしまった。
あれで味がわかるのだろうか?
そして、馬車の中でケイに「アーサー様がすごい事は私たちが分かっていますので、この国の聖女様を下げるような発言はおやめください」と説教をされてしまい、エルフのことは忘れるのだった。
聖女に喧嘩を売るアーサー君はどうなるのか?
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