エピローグ 円卓
『終焉の(パ)猫』の騒動も終わりブリテンには平和がもどっていた。避難していた貴族や民衆も戻ってきて、ブリテンの日常もいつもの様子になっていた。
いや、大きく変わったことはいくつかある。
「ほら、アーサー皇子。もう、朝の六時よ。早く起きなさいな。今日は大事な日なのよ」
「ううん……まだ、眠いんだけど……予定は今日の夕方だろ……」
「何を言っているの。早寝、早起きは健康の基本でしょう。ランニングをしたら一緒に朝食を頂きましょう」
アーサーをおこしに来たのはもちろん、ケイ……ではなく動きやすい恰好をしたモルガンだ。あの騒動以来素直になった彼女は、積極的に自分の方からアーサーの世話を焼くようになったのだ。
アーサーからしたらいい迷惑である。
「わかったって……着替えるからケイを呼んでくれ。中庭で集合しよう」
なんだかんだ文句をいいつつも付き合うアーサーもまんざらではないのだろう、着替えを持ってきてもらうためにメイドを呼ぶための鈴を鳴らそうとするが、その手を止められた。
「……あげるわ」
「え、なんだって?」
「だから、私が着替えるのを手伝ってあげると言っているの」
「は?」
顔を真っ赤にしながらよくわからないことを言い出したモルガンにアーサーが思わず間の抜けた声をあげる。
この女はなにをいっているのだろうか……? と、そこで彼は一つの答えにたどり着いた。
自分の裸を見て、間食をしていないか確かめるつもりなのでは……? 先日、こっそりケイと共にクッキーを食べたことを思い出し抵抗する。
「何を言っているんだ。それはメイドの仕事だし、別に俺は一人で着替えられるぞ」
「いいじゃないの。その……妻が夫の面倒を見るのは夫婦仲をよくするのに有効なのよ」
モルガンの言葉を無視して、メイドを呼ぼうとしたアーサーだったが、彼女に腕を掴まれた結果、足がもつれてベッドから転げ落ちる。
「大丈夫か?」
「え、ええ。あなたのおかげでけがはしていないわ……頭を打ったみたいだけど大丈夫?」
「俺は痛みも感じないし、怪我もしないのはしっているだろ。それよりも近すぎないか?」
とっさに下になって抱きしめたアーサーだったが、鼻と鼻の先に顔を赤らめたモルガンの美しい顔が見えとっさに逸らす。
「ええ……そうね……」
モルガンはそう答えるが、なぜかアーサーに抱きしめられたまま動かない。その微笑ましい光景をやぶったのは秘湯のノック音だった。
「アーサー様、すごい音がしましたが、大丈夫ですか?」
「あ、ああ。ちょっと物を落としたんだ。着替えも持ってきてくれないか?」
「私は中庭でまっているわね」
扉が開く前にとっさに距離を取る二人。それを見てケイはほほえましいものをみるようににこりと笑うのだった。
「もっとモルガン様と一緒にいなくていいんですか?」
ランニングを終え、モルガンと朝食をとったアーサーはケイを連れて、孤児院に向かっていた。
「勘弁してくれ……あいつといるとずっと書類作業を手伝わされるんだぞ」
「うふふ、モルガン様は勤勉な方ですからね。あの方がいらっしゃればアヴァロンも安泰だとメイドたちも言っていますしアーサー様も婚約者として鼻が高いでしょう」
「まあ、優秀だよな……」
「それに最近はわざわざおこしにいらっしゃいますし、可愛らしい所もあるじゃないですか。お姉ちゃん的にはちょっと寂しいですけど……」
ちょっとすねた感じのケイの言葉にアーサーはげんなりした声をあげる。
「いや、あいつとは時々ならいいけどずっといるのは疲れるんだ。それに俺はこうしてケイといると落ち着くんだよ」
「もう……いつの間にそんな女たらしみたいなことを言うようになっているんですか、お姉ちゃん悲しいですよ」
「え、今の本心なんだけど‼」
不名誉な勘違いをされたと嘆くアーサーだったが、ケイが嬉しそうにほほえんでいることには気づかない。
「お、せっかくだしクッキーを買っていくか……やたらと屋台が立派になってるな」
「そうですね……よほど景気が良いのでしょうか? あれは……」
驚きの声を共に屋台につるされた看板を見ると『新発売アーサークッキー』と書いてあり、お店にはデフォルメされた人の形をされたクッキーが並んでいるのに気づく。しかも、通常の者よりもちょっと高い。
ケイが視線で訴えてきたので知らないと首をかしげると、そのままケイが店主に話しかける。
「すいません、この『アーサークッキー』とはなんでしょうか?」
「ああ、いつも大量に買ってくれるメイドの嬢ちゃんじゃないか。これはね、商人のエリンさんの提案で作ったアーサー様の加護を得られるって言う特別なクッキーなんだよ。今やあの人はこの国の英雄だからね」
店主が得意げに語る。確かに『アーサー孤児院』が近くにあるのだ。アーサーとゆかりがあると説得力もあるだろう。
「すごいですね……アーサー様ってばクッキーにもなっちゃいましたよ……」
「ああ……そういえばエリンのやつが何か聞いてきた気がするな……」
公認だと売り上げのロイヤリティが何パーセントが入るとか色々と言っていたがよくわからなかったので聞き流していたのだ。
「あ、ちゃんとした商品なんですね、じゃあ、孤児院のみんなに持っていきましょう。この『アーサークッキー』を包んでいただけますか? きっとみんな喜んでくれると思いますよ」
「え?」
自分を模した食べ物を目の前でみんなが食べるのは嫌だなって思ったアーサーだったが、嬉しそうなケイの顔を見て飲み込む。
彼女が嬉しそうで、孤児院の子供たちが喜んでくれるならいいかなとそう思ったのだ。
「ほーら、アーサー様がいらっしゃいましだよ。さしいれもありますからね―」
「「「わーい‼」」」
孤児院についてケイがクッキーを配り始めると子供たちが歓喜の声をあげながらやってくる。
アーサーは無視である。あれ、こいつら俺じゃなくてクッキー目当てなんじゃ……とげんなりしていると、子供たちの世話をしていたマリアンヌがやってくる。
「アーサー様、今日は色々と大変でしょうに……」
「まあ、城にいてもやることはないしな」
やっと相手をしてくれる相手が来たと嬉しそうにするアーサーだったが、マリアンヌの背後に二人の子供がいることに気づく。ベディとニールだ。
「おお、二人の活躍は聞いているぞ。ベディは『終焉の(パ)猫』の発生場所を、イースはケイを守ってくれたらしいな」
「はい、それもアーサー様が書庫を僕に開放してくださったからです」
「男が女を守るのは当たり前だろ」
二人が嬉しそうに答えるも、なぜかもじもじとしている。そんな二人にマリアンヌが助け舟を差し出した。
「ほら、アーサー様も困っているじゃありませんの。ちゃんと相談になってくれる方だっていうのはわかっているでしょう?」
「でも……」
「さすがになぁ……」
なぜかもじもじとしている二人にアーサーは疑問に思いながらも促す。
「一体どうしたんだ? お前らまさかおねしょを……」
「そんなわけないだろ。あれだよ……その、将来俺たちが頑張ったら雇ってくれるっていう約束はまだ有効かってききたいんだよ」
「僕たちと出会った時に比べアーサー様は偉く立派になりました。だから、平民を雇うのは難しいのはわ
かります。でも、僕たち感謝の気持ちをこめてあなたの元で働きたいんです」
やたらと真剣な二人の言葉にアーサーはふっと笑う。
「なんだ、そんなことか……」
「そんなことって‼」
アーサーの言葉に文句をいいかけたイースがマリアンヌによって制止される。
「もう……アーサー様の顔を見てくださいまし、そんなのは関係ない……そういうことですわよね。専属メイドであるケイは平民ですのよ」
「ああ、そうだ。俺は有能だと思ったらちゃんと雇ってやるから安心しろっての」
「ありがとうございます。アーサー様もこれから大変になると思いますが、お力になれるよう僕も頑張りますね」
「ああ、俺もドワーフの技術を完全にマスターしてやるぜ」
「そのためには礼儀作法もちゃんとまなばなければいけませんわよ、特にイース……わかってますわね」
「うげぇ……」
情けない声をあげるイースに親近感を覚え苦笑するアーサー。そして、孤児院で子供たちとリラックスしているとケイが声をかけてくる。
「アーサー様、緊張はだいぶほぐれたようですね」
「ああ、そうだな。そろそろ行くか」
「その……私も本当に行っていいんですか?」
恐る恐る訊ねるケイにアーサーは躊躇なく答える。
「当たり前だろう、だって、ケイは俺の専属メイドなんだからな」
「はい……ありがとうございます」
そして、アーサーは満面の笑みを浮かべるケイと共にやってきた迎えの馬車に乗るのだった。
馬車にのってやってきたのは王城から少し離れた立派な石台のある広場である。
「待っていたわ。アーサー皇子。緊張は……ほぐれたようね」
「ああ、もちろんだ」
入り口で待っていた聖剣を持つモルガンが微笑み、護衛であるトリスタン、ガウェイン、ランスロットと共に合流してそのさきへと進む。
「アーサー兄さん、お疲れ様」
「ずいぶん遅かったじゃないか、俺たちを待たせるとはずいぶんと偉くなったものだな。いや、本当に偉くなるんだもんな」
どこか厳かな雰囲気の持つ広間で待っていたのはモードレットとロッド、そして、彼のメイドである。
「ロッド様、負け惜しみはかっこわるいですよ」
「うるさいぞ、ルドミラ。あいつは本来俺が手に入れるはずの聖剣を得て王になるのだ。嫌味くらい言わせろ」
ロッドとルドミラのやり取りを見てアーサーは驚く。きっとあの泉でなにかがあったのあろう……ちゃんと名前で呼ぶようになっているのだから。
「父さんはきていないんだな」
「ええ、これはあくまで聖剣の授与ですからね。いわばあなたたち三皇子の中で誰が聖剣にふさわしいかをお互い認め合うという初代『聖王』の考えた儀式ですから」
アーサーの言葉にモルガンが答える。ロッドとモードレットがそんなことも知らないのかという顔をしているが気にしない。
「では、『アヴァロン』の長として聖剣の授与を始めようと思います。アーサー皇子一歩前へ」
「わかった」
モルガンの澄んだ声と共にアーサーが一歩出ると、彼女は神々しく光る剣を差し出した。
「ロッド皇子とモードレット皇子よ、『聖剣』の持ち主はアーサー皇子がふさわしいと認めるか?」
「モードレット承認」
「……ロッド承認」
モードレットは即答し、ロッドはしばし逡巡したあとに答えると他のみんなも続く。
「トリスタン承認」
「ガウェイン承認」
「ランスロット承認」
「ケ、ケイ承認」
「モードレット承認」
聖剣の持ち主が選ぶ信頼すべき仲間の前で聖剣を授与する。これが『聖王』の考えた『聖剣』の授与式である。そして、承認したものはその相手に一生の忠誠を誓うのである。
つまり、二人の皇子もアーサーを認めたということで実質的に次の王はきまったということになるのだ。
「これでいいのか?」
緊張した様子のアーサーが聖剣を鞘にしまった時だった。一瞬だが、聖王ともう一人……守護精霊を名
乗っていた者の姿見えたような錯覚に襲われる。
「どうしましたか? アーサー皇子」
「いや、なんでもない。それよりだ。みんなにお願いがあるんだ」
改めた様子で皆をみつめるアーサーに視線が集中する。
「俺はまだまだ未熟だ。だから、俺が王になったとしてもみんなは身分に気にせず色々な意見を言ってほしい。その上で俺はブリテンを良くしていきたいと思う」
それはアーサーがやりなおして実感したことだった。政治のことはモルガンの方が詳しいし、戦いはトリスタンたち騎士の方が上だ。
彼は何も知らない。だからこそ知っているものの力を借りようというのだ。それはこの時代では普通ありえないことであり、普通は畏れ多くも……と恐縮したり、何かの罠では……? と警戒されるようなことなのだが……・
「わかっているわ、あなたはそうやって私たちにも考えるようにしろというのでしょう」
今まで試されていたと勘違いしてどや顔で答えるモルガンに他の人間たちも頷く。
「いや、本気なんだけどな……あ、そうだ。偉そうだから玉座じゃなくて円卓にしないか? そうすればみんな公平っぽい感じが出ない?」
「何をいっているのだ、貴様は‼ 王になるのだぞ。王は特別な存在でなければいかんのだ‼」
「はは、アーサー兄さんは本当に面白そうなことを考えるなぁ」
激昂するロッドと本当に楽しそうにわらうモードレット。
王になったアーサーがブリテンに様々な改革を行い振り回されることになることは今の彼らはしるよしもなかった。
これにて終わりとなります。最後まで付き合ってくださった読者の皆様ありがとうございました。
今後は不定期にですが番外編なども書いていくのよろしくお願いいたします。
また、新作を投稿しました。
すれ違いのファンタジーラブコメです。
よろしくお願いいたします。
『最近雇ったデレデレな奴隷がどう見ても俺を追放した義妹なんだがどうすればいい?』
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