126.聖剣の試練 ロッド編
ロッドはブリテンの長男として生まれたロッドが周りからの期待に押しつぶされることなく、過度に甘やかされ堕落することもなかったのは、彼の母の教育がよかったからだろう。
悪いことをしたらちゃんと叱り、良いことをしたら褒める。そんな厳しくも優しい母が大好きだった。
ある日、遊んでほしいと甘えたが仕事があるからと断られて拗ねたことがある。その時の母の言葉は彼の中にずっと残っている。
「お母さま、なんで孤児院なんかに行くの? もっと俺を構ってよ」
「ロッド。あなたは皇子だから偉いかもしれない。だけど、その生活は貴族や平民の人たちが一生懸命働いているから、生活できるの。それに感謝して、お礼をするのは当たり前のことじゃないかしら?」
「だけど、わざわざお母さまが行く必要はないでしょ。お金はちゃんとあげているんだ。みんなはそうしているよ。」
「そうね……だけど、直接行かないとみえないものもあるのよ。この国を統べる人間として視野は大きくもっておいた方がいいの」
「じゃあ、俺も行く。俺がやがてこの国の王になるんだ。だから、母さんのいう視野の大きい人間になるようがんばるよ」
ロッドが胸を張ってそういうと母はおどろいて目を開いた後に彼をぎゅっと抱きしめてくれた。
本当は平民たちなんてどうでもよくて、大好きなははと一緒にいたいだけだったのだが、こんなに喜んでくれるならちょっとがんばってみようかなとロッドは思ったのだった。
「なんでこの子たちはこんな格好をしているの?」
「彼らは裕福ではないの。私たちのような生活をできるのは一部の人間なのよ」
母についていき孤児院にいる同世代の子供たちを見てロッドは衝撃を受けていた。彼らが来ているのはつぎはぎだらけでぼろぼろな服だったからだ。言い方はあれだが、王城で使っている雑巾の方が上質である。
だから、ロッドは衝撃を受けていた。このような連中がいるのかと……。
「ほら、王妃様が食事を持ってきてくれましたよ。みんな喧嘩しないでならぶんだよ」
そして、護衛に囲まれた母ののった馬車に乗せられたパンに子供たちが殺到していくのを見てさらに驚く。
「あんなのは使用人が食べるものなのに……なんで嬉しそうなんだ?」
ロッドからすれば、あんなものはご馳走でも何でもない。それなのに、彼はとても嬉しそうに笑いあってパンを食べている。
その光景を見て疑問に思う。なぜ彼らはあんなにうれしそうなのだろうかと……。
「おい、そこのお前、質問がある」
「なによ、偉そうな男ね」
冷たい反応にむっとして、高価な服を指さすロッド。
「俺は偉いんだよ。この格好をみてわからないのか」
「あなたが偉いんじゃなくて先祖様が偉いんでしょ」
何気なく近くにいた同い年の女に声をかえたロッドだったがつっけんどんな態度に驚きを隠せなかった。
なぜならばこれまで同い年の子供に声をかけても皆が皆が彼にきらわれまいと心地よい言葉しか言わなかったからだ。
「まあいい。なんでお前らは楽しそうなんだ? 服もぼろぼろで飯も大したものを食べていないのだろう? なぜあんな風に笑えるんだ?」
そう、ロッドにはわからなかった。貧しいはずなのに彼らは楽しそうなのだ。王城でロッドがよく見る貼り付けたような笑みではなく心からの笑みを浮かべる彼らにロッドは興味をもったのである。
「そんなの気が合う仲間と一緒にいれば楽しいに決まっているでしょう? もしかしてあなた……友達がいないの?」
「なっ⁉ 俺は皇子だぞ。そんなものいらないに決まっているだろ」
「はぁー、可哀そう……だったら私が友達になってあげるわ。皇子様」
そう言って手を差し出す彼女を前にロッドはどうすればいいかわからなくなる。助けを求めるように母を見ると、ロッドを見て、嬉しそうにしているのがわかった。
お母さまが嬉しそうなら……いいか……。
「そこまで言うのならば友達になってやろう。俺の名前はロッドだ。貴様はなんという?」
「私はルドミラよ、よろしくね。じゃあ、さっそく……」
自己紹介を終えたルドミラは意地の悪い笑顔をうかべると、大声で叫ぶ。
「みんなーーー、このお兄ちゃんが遊んでくれるって‼ 鬼ごっこして最後まで逃げたら美味しいものをくれるらしいわよーー‼」
「「わーい‼」」
「はぁ⁉」
先ほどまでパンを食べてワイワイと叫んでいた子供たちがクモの子を散らすようにして逃げ去って行った。
「母様……俺はどうすれば……?」
「せっかくですもの。遊んでいきなさい。ロッドちゃんのかっこいい所を私もみたいわ」
「お任せくださいお母さま。日ごろ騎士たちと訓練している俺の勇姿を見ていてください‼」
そう言ってロッドは意気揚々と子供たちを捕まえるために走り出す。その姿を見て、彼の母は幸せそうにわらう。
それ以来ロッドも母のボランティアについていくようになったのである。
「ねえ、お城にはたくさんのメイドさんがいて平民でもなれるって本当?」
「ん、俺の周りにはいないが雑用メイドには平民もいるな」
「へぇー、じゃあ、私も目指してみようかしら? だって、メイド服って可愛いし、パンもたくさん食べられるんでしょう?」
「はー、おまえのようなやつがメイドになれるものか。知識と教養が必要なんだよ」
母についていき何度も孤児院を訪れているからか、ロッドとルドミラはすっかり軽口を叩きあえるくらい仲が良くなっていた。
最初こそ失礼な女だとおもっていたが、本音を隠さない彼女の言動は貴族たちのおべっかに慣れていたロッドには心地よかったのである。
「大体お前は孤児院を継ぐとか言っていただろう。それはいいのか?」
「あー。それも考えていたんだけど、孤児院に恩返しをしたいっていう子はたくさんいるの。だけど、本心からあんたの世話をしてあげたいっていう人間はあんまりいないんじゃない? あなたのお母さんにも頼まれてるのよ」
「母様め……余計なことを……」
母の余計な気づかいに恥ずかしくなるロッド。だからだろう、目の前の彼女が少し震えているのには気づかなかった。
「それにその……私もあなたと一緒にいて楽しいしね。それとも迷惑だった?」
「いや……そんなことはない。そうだな。十四番目のメイドくらいにはしてやってもいいぞ」
「人が勇気を出したのに……」
「俺のメイドとなれば平民でも教養が求められる。お茶の淹れ方や文字などいろいろと教えてやる。だから、頑張って見せろ」
「……ありがと」
顔を赤らめてそっぽを向いているロッドが自分をメイドにするために手伝ってくれるという意味だと理解したルドミラの顔の顔もまた赤くなる。
そう、ロッドは平民たちと暮らしていくうちに特権階級だからという差別意識はなくなるのを感じていた。
むしろ、もっと平民たちにもチャンスを与えるべきだという考えに染まっていく自分を悪くないなと思ったのだ。そう、自分はこの感覚を知っていた。だけどなぜだろう。気分が悪くなっていく。
「あれ……なんだ、この後に良くないことが起きる気がする……」
「どうしたの、大丈夫? 王妃様を呼んできたほうがいいかしら?」
すっかり顔色がわるくなったロッドをメイド十四番……ではないルドミラが心配した顔で覗き込んでくる。
「母様……そうだ、母様はどこにいる?」
「え、今ちょうど、パンを配っていると思うけど……ちょっと、ロッド⁉」
いきなり駆け出したロッドにルドミラが声をあげるがきにはしていられなかった。なぜだろう、母が職を失い自暴自棄になっている平民にさされる未来が頭から離れないのだ。
「母様‼」
「あら、どうしたの? ロッド、まさかルドミラと喧嘩でもしたのかしら?」
ちょうど馬車の中にあるパンを騎士が取り出しており、母がそれを見守っているところだった。そして、その背後に光沢の消えた瞳の男が立っていた。
「この偽善者が‼ 俺たちが苦しんでいるっていうのに上品な服を着て、みくだしてるんじゃねーー‼」
「やめろーーー‼」
男がナイフを振りかぶるのをみたロッドの体が勝手に動いていた。全力で男にぶつかるも、体重差から逆に吹き飛ばされる。
「ロッド⁉ みんな私の事はいいからロッドを守って‼」
母の命令に騎士たちがどちらを優先すべきか迷っている間にも男は立ち上がり、再度母に襲い掛かって来るのが見えた。
何とかしなければ……そう思ったロッドの手にはいつの間にか剣が握られていた。その剣は不思議な光を放ち不思議なくらい手になじむ。
「やめろ、母様に手を出すな‼」
「このガキ‼」
とっさに剣をふるい男の手に会ったナイフをはじく。これで母は守れた。あとは騎士たちが捕らえるのを待っていれば……。
『本当にそれでいいのかい? 君は大好きな母を殺した相手を自らの手で殺さなくて気が済むのかな?』
耳元で何者かが叫ぶと同時に本来の光景が脳裏をかける。
ああ、そうだ……ルドミラと話していたら誰にでも優しかった母様はこいつに殺されて……だから、俺は平民なんかに甘くしても意味はないと……選ばれた血筋である俺たちが導かないといけないと思ったんだ。
「お前さえいなければ母さんは‼」
「ロッド、ダメよ、あなたの手が汚れてしまう」
周りの景色がぼやけていき、母や騎士、そして、憎き男の顔すらも判別できなくなっていく中なぜかルドミラだけがはっきとしており、ロッドを必死な表情で止める。
「悪いな、俺はこいつを許すことができない」
すっかりと現実のロッドと同じ年の姿になった彼は躊躇なくぼやけている男の首を斬ると血しぶきが舞っていく。
『ああ、憎しみを捨てきれなかったか……彼女の助言を聞いていれば君にも資格があったのに……』
「これが試練か……それでも俺はやつを……母をうばったやつを許すわけにはいかんのだ」
いつ間にか周囲は真っ白い空間になっており、おとこたちはもちろん、ルドミラの姿さえ消えていく。
「ああ、そういえばルドミラは……この時の約束を守ってくれたんだな……」
母が殺され孤児院に行かなかなくなって数年が立ったあと、新しくメイドになりたいと訴えてきた少女がいた。母が懇意にしていた孤児院の人間だからと、部下たちが余計な気をまわして、雇ったのだ。
一目見てルドミラだとわかった。だけど、すっかり変わった自分はもはや彼女とはまっすぐはなしあうこともできずににげていた。それでも彼女は自分を支えようとしてくれというのに……わざと嫌われるように冷たくしなければ何かが変わっただろうか……?
手の中の聖剣が消えると同時にロッドの意識も消えていくのだった。




