108.試練の谷
「うーん、ここは?」
流砂に飲まれ気を失いかけたものの、治癒能力によって即座に意識を取り戻したアーサーだったが、あたりを見回すと鉱山のような薄暗い洞窟が広がっているのに気づく。
とりあえず起き上がろうと手に力を入れると不思議な感触に襲われた。
「なんだこの柔らかい感触は……」
「ご無事で何よりです……ただ、そこから手を放していただけると嬉しいです」
「うおおおお?」
「ほう……とっさにラッキースケベにあうとは……なかなかやりますね。ですが、妻以外の胸にさわるのはいけない」
足元から聞こえてくるミランダの声に思わず飛び上がるアーサー。どうやら、彼女はとっさに下敷きになってくれたらしい。
ランスロットがしょーもないことをいっているのは無視しよう。
「俺は怪我をしてもすぐ治るんだ。別にかばわなくてもよかったんだぞ」
「ですが、こちらの事情で巻き込んだのです。そんなわけにはいきません」
申し訳なさそうに笑う彼女の足などには擦り傷や切り傷が目立つ。特に足がひどく致命傷ではないだろうが、歩くのは多少きついだろう。
そう考えたアーサーはその傷口に手をかざす。
「アーサー様!? あなたの治癒の力は貴重なものであり、高価だと聞いています。今の我々には支払うようなお金は……」
「金なんてとるはずはないだろうが。お前は俺を守ろうとして怪我したんだぞ。治療するのが当たり前だろうが」
「ですが……砂漠の民である私に使ったとなれば、他の貴族に何をいわれるかわかりませんよ」
ミランダの言葉に顔をあげると、ランスロットがじっとこちらを見つめていたのに気づき冷や汗が流れる。
確かにやばい……気軽に治療するなとモルガンに言われているのだ。それをこいつがモルガンに言いつけたらあとでむっちゃぐちぐち言われそうである。
「ランスロットよ、ノブレスオブリージュという言葉を知っているだろう。俺の言いたいことはわかるな? ましてや、助けてもらったのにそれを放置するのは皇族として品位が疑われるからこれは当然なことなんだ」
もちろん、アーサーは自分で言っていてよくわかっていない。そもそもノブレスオブリージュという言葉はモルガンの口癖だし、とりあえず皇子として借りを返しただけで特別なことじゃないんだよ。くらいの意味である。
それに対してランスロットは……
「……ふふ、もちろんですよ。わかっていますとも」
何をわかったかわからないが、なぜか嬉しそうに笑う。やっぱりこいつはモルガンにいいつけて好感度アップとか考えているんじゃないだろうな?
「ところで、何やら魔物もいるようですが、ここはどこなのでしょうか? 砂漠の民の里……ではないようですが……」
「おそらく試練の谷かと思われます……流砂に流されてやってきてしまったようですね」
「なるほど……どんな場所にでも咲くという万能の木の実がなるという試練の谷がここなのですね……」
なにやら感慨深くうなづいているランスロットにミランダが警戒心を持って瞳で訊ねる。
「なぜ、あなたがここに万能の木の実がなると知っているのですか?」
「ああ……そうか、あなたは知らないのですね。私はライラの友人だったんですよ」
「な……ライラ姉ちゃんの……」
「??」
何やら込み入った状況のようだがアーサーは全然わからずキョトンとしながら、奥の方を覗く。不思議と熱気を感じるのはなぜだろうか。
まあ、よくわからないけど、このまま万能の木の実をもっていけばすべて解決するんじゃないのか?
「だったら、俺たちでその万能の木の実とやらを取ってくればいいだろ。天才的な治癒能力を持つ俺に、ブリテンの騎士、族長の娘がいるんだ。この程度造作もないだろう」
「アーサー様……私たちのために……」
「ふふ、素晴らしい、ぜひともつきあわせてください、このランスロット。あなたの剣となりましょう」
かんきわまった表情で、さっさと先へと進むアーサーについていく二人。だが、これは別にアーサーが使命感に目覚めたわけではない。
ランスロットと一緒に狭い所にいるのがこわいだけのようだ。そう……彼はチキンハートであり、前世の恨みも忘れられないのである。
だが、その姿は他のものかしらしたら英雄のようにうつった。
★★
ミランダは流砂におちてまずはアーサーが無事だったことに安堵する。彼は皇子であるなにかあったらもはや砂漠の民とブリテンの人間の和解は不可能になるだろうからだ。
「アーサー様!? あなたの治癒の力は貴重なものであり、高価だと聞いています。今の我々には支払うようなお金は……」
「金なんてとるはずはないだろうが。お前は俺を守ろうとして怪我したんだぞ。治療するのが当たり前だろうが」
それはあり得ないことだった。治癒魔法というのはブリテンの中でも選ばれた人間にしか施されないのだと……神聖な力であり、もしも頼むのならば一生をかけてもかえしきれないような大金を支払わされるということで、砂漠の民たちはブリテンの人間やグラストンベリーの人間を嫌っていたのくらいなのである。
「ですが……砂漠の民である私に使ったとなれば、他の貴族に何をいわれるかわかりませんよ」
そう、もう一つの問題は人種の問題だ。砂漠の民とブリテンの人間は敵対しているのである。それなのに治癒をすれば他の貴族に付け入られる隙になるだろう……そう思ったのだが……
「ランスロットよ、ノブレスオブリージュという言葉を知っているだろう。俺の言いたいことはわかるな? ましてや、助けてもらったのにそれを放置するのは皇族として品位が疑われるからこれは当然のことなんだ」
アーサーの言葉にミランダははっとする。ノブレス・オブリージュ……それは高貴なるものの義務という意味である。
孤児院に寄付をしたりボランティアをしたりなどがそれにあたるのだが……確かにこういう緊急事態……洞窟の中でケガをした人間を治すのは必要であると……だから、恥じる事ではないとランスロットにいったのだ。
そして、ランスロットのどこか嬉しそうな表情から、アーサーを好ましくおもっていることがわかる。
荷台の中で少し過ごしたくらいだったが、アーサーとランスロットの仲はあまり良いようには思わなかったが、彼はこの緊急事態に遠回しにお前も治癒するぞと宣言することにより動きやすくしたのである。そして、それが彼は頼もしく思ったのだ。
「なるほど……どんな場所にでも咲くという万能の木の実がなるという試練の谷がここなのですね……」
この場所が試練の谷であると伝えるとなにやら感慨深くうなづいているランスロットにミランダは冷や汗を流す。
だって、万能の木の実の場所は一般的には知られていないのだ。それこそ、砂漠の民の族長の一族以外は……
「なぜ、あなたがここに万能の木の実がなると知っているのですか?」
「ああ……そうか、あなたは知らないのですね。私はライラの友人だったんですよ」
「な……ライラ姉ちゃんの……」
その名前はミランダにとって、胸が痛くなる名前だ。砂漠の民とブリテンの共存を望んだのに、戦争の火種になってしまったのだから。だけど、そんな関係だとわかっているのに自分にライラの友人だと告げるランスロットは信頼できると思えた。
そうして、二人が少し仲良くなったタイミングをねらったようにアーサーが関係ないとばかりに声をあげる。
「だったら、俺たちでその万能の木の実とやらを取ってくればいいだろ。天才的な治癒能力を持つ俺に、ブリテンの騎士、族長の娘がいるんだ。この程度造作もないだろう」
彼は試練を受けるといったのだ。砂漠の民の風習を知っている彼ならば、試練の谷の試練はそう簡単にクリアできものではないとしているはずだ。…そう、先祖様と守り神様の子孫だけが唯一奥までたどり着き、『万能の木の実』を採取できたのだから……
だが、躊躇なくすすむその姿はまるで救世主のようだと。
今月の29日にこの作品の二巻が発売されますので、よろしくお願いします。
表紙はアーサーとガウェイン、マリアンヌとなります。




