ピッコマ BEST OF 2023ランクインお礼SS
この作品のコミカライズが『ピッコマ BEST OF 2023』の新作マンガ部門で2位にランクインしましたのでお礼SSになります。コミカライズ担当の司代こえ先生が大変可愛く爆笑ものに仕上げてくださっています!
小説もコミカライズもなろうもいつも読んでいただきありがとうございます!
「ブルックリン! 卵割ったら殻がこんなに入ってるってどーゆーこと!」
「仕方がないわ。なかなか割れないんだもの」
「非力! トーマスのことになるとすぐ手が出るのに非力! そしてクロエ! クッキーの生地食べちゃダメでしょ!」
「非力じゃなくて不器用なの」
「胸を張って言うことじゃないわ」
「え、この生地どんな味がするか気になって」
「生でしょ!」
「フライア、落ち着いて」
「じゃあ、私は味見専門になるね」
「あなたが味見したら全部なくなるわ!」
厨房では上がってはいけない悲鳴が上がっていた。
お菓子作りに興味があると言われ、女子会の日にクロエの家で厨房の片隅を借りたらこれである。
「まさか二人があんなに不器用だなんて」
「お菓子作り初めてなんだから仕方がないよ。フライアが器用すぎるのよ」
「あら、そお?」
食べてしまうクロエと不器用なブルックリンに叫んでいたフライアは、二人を厨房から追い出して残った作業しながら満更でもなさそうな表情だ。
言い出しっぺのクロエを追い出してしまったので、クッキーを焼く作業は料理人に任せて四人でお茶を飲む。
「ナディアがいれば良かったのに」
「ナディアならお菓子作りも卒なくこなしそう」
「あの王太子がさせないわよ」
「火傷したら危ないわ」
ナディアはもうアルウェン王国に行ってしまっているが、いつもの女子会が始まる。クッキーを求めるクロエの鼻はずっと焼き上がりを捉えようと可愛く動いていたが、唐突に彼女の目が光った。
「ねぇねぇ、この前のアシェル殿下との視察はどうだったの?」
「私も気になっていたわ」
「天気が悪くて日帰りの予定を一泊したんでしょ?」
「それは知らなかったわ!」
「急な大雨で帰れないから泊まっただけよ?」
フライアとブルックリンの目も怪しく光ったので、エリーゼは座っていたものの尻を少し後ろに下げた。
「く、クッキーの焼き加減を見てくるわ」
「あら、料理人に任せたんだからいいのよ」
「なんなら私が見てくるわ」
「ダメよ、クロエが見に行ったら全部食べられてなくなるわ」
フライアがクロエの肩、ブルックリンが私の肩にそれぞれ手をかける。
「さ、どうだったの。殿下とは。手ぐらいつないで……それ以上は?」
「何か進展があったわよねぇ?」
「ナディアにも手紙で知らせましょ」
三人に詰め寄られ、エリーゼはこの前の視察の件を話す羽目になった。
視察は日帰りで帰れる距離だった。ハウスブルク伯爵領から視察に行くところが近かったので、どのみちハウスブルク伯爵領で泊まることにはなっていたのだ。
そこはルルの父親であるハドスン元男爵の領地だった。現在は王家が管理しているが、アシェルが臣籍降下した際に治めることになる領地の一つである。
視察で特段の問題はなかった。計画通りに視察は進み、予想外だったのは帰る頃になって急に厚い雲が空を覆って大粒の雨が降り出したことくらいだ。酷い雨だったので、宿をとって一泊することになった。
アシェルの護衛だって、メリーだって、ゼイン様だっているのだ。それにそもそも同室なんてことはないからやましいことは一つもない。
「報告書をまとめておこうか」
「そうですね。忘れないうちに」
「綿花の栽培が盛んだからハウスブルク伯爵領とも何かできたらいい。兄も期待しているし」
「うちのお兄様、いえお母様と相談する必要があります。特産品として新しい商品を開発したいと口癖のように言っているので」
アシェルの部屋で話し合っていると、窓の外からゲコゲコ元気な大合唱が聞こえてきた。
「うちの領地にもカエルは多いので夜は絶対に鳴いていますね」
「雨だからみんな元気だね」
報告書を粗方まとめ終わり、二人で並んで窓の外を眺めても暗いからカエルはどこにいるのか分からない。これならアシェルは捕まえにいくとは言わないだろう。オタマジャクシならいいけれどカエルを連れて帰るのは大変だ。
すぐにカエルやオタマジャクシのことを考えてしまって、随分考え方が変わったものだとしみじみ感じる。
「エリーゼ、また丁寧な話し方になってる」
「……あ」
視察に婚約者という肩書でついてきたから、あまり他の人たちの前で馴れ馴れしくしないように注意していた。そしてそれを継続してしまった。でも、まだ二人きりではない。護衛だっているし、ゼイン様だって同じ空間にいる。
「ま、まだ公務中だから」
「報告書も書いたし、公務はさっき終わったよ」
ゲコゲコゲコゲコゲコ。
窓には大粒の雨が叩きつけており、カエルのゲコゲコ大合唱も響いている。
アシェルの囁くような声が急に近くなって、疑問に思って顔を上げると額にキスされた。アシェルの穏やかな微笑みが視界に入り、事態を理解してから顔に熱が集まる。その時だけはカエルの合唱は聞こえなくなった。
動けないでいると額にアシェルの指が触れる。
今度は前髪をよけて、もう一度キスされた。心臓がバクバク打つので、思わず目の前のアシェルの服を震える手でぎゅっと握る。アシェルの手がエリーゼの腰に回ったところで――。
どさっと重い何かが落ちる音がした。腰掛けて本を読んでいたはずのゼイン様はあらぬ方向を向きながら、落としてしまった本に手を伸ばしている。
「ゼン、大丈夫?」
「つい先ほど寝違えました。すみません」
「冷やす?」
「大丈夫です、すぐに治ります。気合で。すみません。気にせず続けてください」
寝違えるのって大体朝では? それにすぐには治らないよね?
「待って。カエルの合唱から話が入ってこなかったわ。ゼイン様のやらかしよりも大問題はカエルよ」
「え、王都以外は大体カエルいるじゃない?」
「王宮にも学園にだってアシェル殿下が放したのがいっぱいいるじゃない。殿下ってムードがないね」
「いや、恋愛小説のように流れとしてはいいのよ」
「そうね。敬語使ったからお仕置きのキス的な感じよね?」
「いや、そんなことはなくって」
「カエルが邪魔だわ」
「ゼイン様もちょっとねぇ」
「うーん、モヤモヤするからクッキー取って来るね」
「クロエに全部食べられちゃうわ」
「ナディアにはカエルの部分は抜いて報告しましょう!」
今日も女子会は賑やかだった。




