【紙コミックス発売記念SS】謁見の間カエルだらけ事件2
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冗談かと思われたカエルだらけ案は普通に採用された。されてしまった。
王太子殿下はもしかして熱で頭がおかしくなったのかしら。
兄のクリストファーも「嘘だ、嘘だと言ってくれ!」と昨夜から嘆き続けている。対照的に、昨日帰るときのアシェルは楽しそうに足取りは軽かった。
「やるしかない」
「もうどうにでもなれ」
「特攻よりましだ」
「墓場まで持っていくしかない」
「うっうっ。まさかこんなことが……お母さん……」
翌朝、つまり謁見当日なのだが。王太子殿下の側近たちの悲壮感たるや、戦争にでも行くのかと思ったくらいだ。
「妹よ。お前の出番は後だ。期待してる。なんたってあのアシェル殿下と婚約を継続できているんだから」
「え、うん?」
兄の様子もおかしい。昨日眠れていないのだろう。
「元婚約者のザカリー・キャンベルを呼んであるから、あいつが気絶してから来た方がいい。会いたくないだろ?」
「気絶?」
「そう。あいつは崇高なる生贄だ」
「え? 崇高なる生贄って?」
「そのままの意味だ。あいつがヘビもトカゲもダメなことはすでに立証されている。カエルが顔面に張り付いたら絶対に気絶する」
「だな。トラウマ案件だもんな」
「俺も気絶しそう」
「アホか、気絶して逃げるなよ」
「気絶したら一生言われるぞ」
お互い肩を叩き合いながら王太子の側近たちは謁見の間に向かっていく。兄も「呼んだら来るように」と念押しして出て行った。
後に残ったのはゼインとアシェルとエリーゼだ。
「大丈夫でしょうか?」
「うまくいかなかったらその時だよ」
「備えあれば嬉しいな、じゃなかった備えあれば憂いなし。いえ、この状況では違いますね」
あ、ゼイン様もおかしくなってる。
三人でしばらく待っていると、走ってくる音がして兄のクリストファーが顔をのぞかせた。
「殿下、出番です。エリーゼも」
「は~い」
すでに死にそうな顔をしているクリストファーの後ろをアシェルは楽しそうについていく。
「これを」
全員に手袋が渡された。見ると、兄はすでに手袋をしている。ゼインはそれを見て虚無の顔になった。
「これは?」
「エリーゼ。いいか。これはパフォーマンスだ」
「ぱふぉーまんす」
「カエルを捕まえる」
「あぁ、なるほど。謁見の間にいるんですね」
「そうだ、謁見の間の」
昨日からみんなおかしい。いや、アシェルは普段通りか。
「つまり、いつもアシェル殿下がやっていることをやると」
「全くもって不本意だが、その通りだ。我々のミッションは謁見の間のカエルをすべて、あ、いやある程度捕まえること」
「童心にかえる。童心にカエル。カエればカエルを捕まえられ……ん? 私は一体何を」
ぶつぶつ言っているゼイン。非常に心配である。
謁見の間に近付くと、中に入ろうとしている男性を必死で止める騎士たち。あの人が本日謁見予定の人だろうか。
「申し訳ございませんっ! 今はまだ!」
「か、カエルが!」
「カエル??」
「おい、担架を持ってきてくれ!」
扉が勢いよく内側から開いて、意識のない三人が担ぎ出された。
「早く閉めろ! カエルが廊下に出る!」
「王太子殿下! どうしたら!」
「陛下! そのカエルに触ってはダメです!」
中から王太子殿下の側近たちの慌てた声が聞こえる。中に王太子殿下と国王陛下がいるように見せかけているようだが、演技にしてはなかなかに切迫した声だ。
廊下に横たえられている三人のうちの一人に元婚約者がいるのが見えた。あ、髪の毛に緑色のつやつやしたカエルがついている。取ろうかと足を踏み出しかけたが、アシェルが先に動いた。
当たり前だが慣れた手つきでカエルを取ると、廊下の窓を開けて外にくっつけている。
横たえられた三人は気絶しているだけのようだ。白目むいちゃってる人もいる。
「こ、これでは……今日は……謁見は無理ですな」
あ、この方は国境近くの領土を持つ子爵様だ。兄がささささっと子爵様に近付く。
「そうですね……良ければ別室で宰相がお話を。王妃殿下もご一緒です。陛下と王太子殿下はまだ中で事態を収拾すべく指示を出しておいでですのでいつになるか」
「シャンデリアにもカエルが!」
「どうやって取るんだよ!」
「アシェル殿下を!」
「だれだ! 昨日窓開けたままだったのは!」
ナイスアシスト、と言えるのだろうか。部屋の中から叫び声が上がる。演技にしてはかなり切迫した声だ。みんなもしかして演技がうまい?
「別室でお願いできるだろうか」
「もちろんです。ご迷惑をおかけして申し訳ございません」
「いや、宰相閣下にもお会いしたいと思っていた。実は学園では同級生でね」
「それはそれは。積もる話もあるでしょう。宰相は珍しく時間があいておりまして」
兄は巧みに謁見の間から子爵を連れて遠ざかっていく。宰相様っていつも忙しそうだから、無理矢理時間をあけたんじゃあ……。
あら、これで目的は達成したわけよね? でも騎士たちは慌ただしくしているし……もしかしてこの作戦って騎士たちには内緒なのかしら。
「よし、じゃあカエルを池に戻そうか」
「池にカエっていただきましょう」
「え? そんなにいるんですか?」
「エリーゼ嬢。カエルは一匹いたらもう何十匹といるんですよ」
「それはネズミの話じゃない?」
昨晩、そんなにアシェルはカエルを部屋に入れたのかしら。せいぜい十匹くらいかと思ってるんだけど。
子爵様と兄が見えなくなると、アシェルは嬉々として部屋に入っていく。
そこには――。
「なんでこんなにいるんですか」
「赤い絨毯に緑のカエルって最高だよね」
「何も最高ではありません」
カエルが本当に大量発生していた。




