【コミック配信スタート記念】彼はいつも池の側にいる
5/3からピッコマ様でコミック配信スタートしました!
アシェルの奇行や仮面舞踏会シーンがコミックに!最初はシリアス、あとはコメディー。
笑える要素満載なのでぜひGW中に読んでみてね!
★「私の婚約者様の毒舌が過ぎる」という作品も書籍化決定してます。
池の中にはさまざまな生物がいる。眺めているだけで楽しい。
ただこれは万人に理解される趣味ではないようだ。分かってはいたものの最近、嫌というほど知った。ゼインは付き添いだと言い張って池の側で本を読んでいる。
池ではイモリが気持ちよさそうに泳いでいる。
あ、さっき捕まえようとしたカエルだ。カエルはアシェルの熱い視線に気づいたのか、シュババババっと池を素早く泳いでどこかへ消えた。あれが全速力なのかな、泳ぐのが早い。
「アシェル!」
先ほどまで静かだった庭に場違いな大きな声が響く。ゼインは本から顔を上げ、立ち上がり礼を執った。
「アシェル!」
アシェルが池を眺めたまま反応しなかったので、再度声が響く。
「何ですか? 母上」
仕方がなくアシェルは声の方向を見た。普段よりも顔を引きつらせた王妃が立っている。
「どうして婚約者候補のご令嬢にまたヘビなんか見せたの。辞退されてしまったわ」
「なんだ、そんなこと」
そんなことで池を覗く時間を奪わないで欲しい。課題をせっかく早く終わらせたのに。
「そんなことじゃないでしょう。婚約者が決まらないじゃないの!」
この前スチュアートの婚約が決まったのだから、そんなに心配しなくていいのに。
あ、あれはさっきとは違う種類のイモリかもしれない。今日は網を持ってこなかったから捕まえられない。スイスイ泳いでいるから手では無理だろう。
「聞いてるの!?」
「スチュアートの婚約は決まったのですからそんなに焦らなくても」
全く危機感などないのほほんとしたアシェルに対し、王妃は眦を上げる。
第一王子である兄と他国の姫との婚約は国王がさっさと決めてしまった。それが面白くなかったせいか、第二王子であるアシェルと第三王子であるスチュアートの婚約は自分が整えるのだという思いが王妃にはあるらしい。
「婚約を辞退されてばかりでは変なウワサが立ってしまうじゃないの! どうして犬猫じゃなくてカエルやヘビなんかが好きなのかしら!」
「母上。『なんか』とは失礼でしょう。母上は肌の色や美醜などで差別してはいけないと言っていたではないですか。猫や犬はふわふわしていて可愛いからいいのですか? カエルやヘビは気持ち悪くて冷たいからだめなのですか? それは差別ではないのですか?」
アシェルは本気で聞いていた。なぜ、犬猫は良くてカエルやヘビは駄目なのか。差別なのか、区別なのか。それともキャベツなのか。
王妃は一瞬言葉に詰まったが、そこはさすが王妃である。すぐに立て直す。
「差別の話をしているのではないわ。いくらアシェルがカエルやヘビを好きだからとご令嬢にわざわざ見せなくてもいいでしょう」
「今回は彼女の方が見たいと言い出したのです。この前みたいに卒倒されては困るので、こちらからは言ってませんよ」
最初の婚約者候補にヘビを見せたら卒倒されて大変だった。その後すぐに彼女の父親が「うちの娘には務まらない」と辞退してきた。
その次の候補者にはヘビがダメならとトカゲにしたが、これもダメだった。悲鳴をあげて逃げられた。その後父親が「娘が病にかかった」と辞退してきた。領地に引っ込んでいたが数カ月後には別の令息と婚約していたっけ。どうでもいいからあまり覚えていない。
そして今回だ。さすがに前回と前々回でアシェルも学習したので、トカゲやヘビなどの話はしなかった。
そうしたら向こうが言い出したのだ。すでにウワサにはなっているらしい。母が目をつけている令嬢達の家は慌てて婚約を整え始めたくらいだから。
向こうから言い出したものの、実物を見たらダメだったようだ。
オランジェットが丁度食事中だったのだ。食事の様子を見て卒倒していた。そして今日、辞退の連絡が来たのだろう。
「母上も毎回気を揉んで大変でしょう。スチュアートの婚約も調ったのですし、私は私でバランスを考えて探しますのでご心配なく」
すでに3人に辞退されている。アシェルにとってはどうでもいいが、王妃はこんなことがさらに続けば発狂するだろう。
王妃はまだ何か言いたそうだったものの、侍女が呼びに来たので庭から出て行った。
「陰にスチュアート殿下がいましたね」
ゼインが本を広げながらポツリとこぼす。
「そうだった?」
「池に意識がいっていたので気付かなかったのでしょう? 王妃にあれほどべったりならスチュアート殿下の将来は立派なマザコンですね」
「母がべったりなんだよ」
「それならもうマザコン確定ですね。姉達がよく言っています」
「ゼンは物知りだな。マザコンってマングースコンプリートだっけ?」
「それだとマザコンには短縮してもならないでしょう……マングースをコンプリートしてどうするんですか……どっちかと言えばハブでしょう。というか私はゼインという極めて短い名前なのに、これ以上短縮する必要はないのでは?」
「だって『ゼン』って呼ぶ方がかっこいいじゃないか」
ゼインは諦めたように肩をすくめる。
「今回の婚約者候補は気が強いという話だったが、オランジェットの食事シーンがダメだったみたいだ。女性は食物連鎖がダメなのかな?」
「……そんなことはないでしょう。女性だって肉や魚を食べているんですから」
「そうだな。野菜だって食べているんだし。う~ん、難しい」
悩むアシェルにゼインは問いかける。
「殿下は好きなものを共有したいタイプなんですか?」
「?? さすがに好きなものをいちいち否定されるほど価値観が合わない相手は嫌だな」
「それはそうですね。きっとどこかにいますよ。殿下の好きなものを否定しないご令嬢が」
アシェルの目の前では、先ほどのカエルが気持ちよさそうに泳いでいた。




