【書籍発売記念SS】ピュアじゃない方の王子様も登場
いつもお読みいただきありがとうございます。
ほのぼのシーンにしたかったのに、なぜかこうなってしまいました……。次はほのぼの楽しいシーンになるはず。
目の前ではブリザードが吹き荒れている。
最初はロイヤルジョークなのかなとエリーゼは静観を決め込んでいたのだが、どうもそうではないらしい。
「おや、母上。もう嫁いびりの練習ですか? ドレス決めは済んでいるんですから早くアシェルの所に返してあげればいいものを」
「まぁ失礼ね。義理の娘と交流しているのよ」
「冗談にしてはキツイですよ。誰が愛しい婚約者より年増の母上を取るというんですか。それに基本放置で婚約者探しさえほぼしていなかったのに、スチュアートがやらかしたらアシェルを構いだすなんてどういう了見ですか?」
「そんなことはないわ。アシェルの趣味で婚約者がいなかっただけよ。何人かのご令嬢が辞退したもの」
「よく言う。スチュアートの婚約者は熱心に決めたのに。エリーゼ嬢がナディア嬢と仲が良いからって、拗れたバイロン公爵家との仲を取り持ってもらおうなどとは浅ましいですよ。そうだ、スチュアートもそろそろ隣国に出荷の時期です。スチュアートと最後の別れをした方が良いのではないですか?」
目の前ではエリアスと王妃の凍えるようなやり取りが続いている。エリアスの言葉の端々というか言葉すべてに棘を感じる。
アシェルは第二王子なので婚約披露のために夜会が開催されるのだ。そのお披露目用のドレス決めの時は、仕立て屋と侍女長しかいなかった。王妃は政務で来れないというお話だったが、ドレス決めが終わると「お茶を飲みましょう」と呼ばれ、エリーゼは今、寒気のする席に座っている。いくら婚約者だといっても王妃の提案を拒否できる立場ではない。
そして、お茶を飲み始める前にエリアスが突然やってきた。
「スチュアートは勉強で忙しいでしょう」
「おや、エリーゼ嬢も忙しいですよ。この後はアシェルとお茶会の予定なのですから。それに母上も忙しいはずでしょう。文官たちが急に出て行かれて困っていましたよ。優雅に1時間や2時間もお茶を飲む時間はあるのですか?」
「エリアスだって忙しいはずしょう。お茶会が終わってからやるから仕事は問題はないわ」
「私には優秀な側近達がいるので問題ありませんよ」
「あなたは爵位の低い者達を登用ばかりして……あなたがもっと高位貴族などを登用していればアシェルの婚約者だって早く決まっていたかもしれないのに」
「仕事ができるもの達を登用しています。爵位はあまり関係ありませんね。爵位と頭脳に関係があるなら今回やらかしたスチュアートは王族という最高に近い地位にいながら何なのでしょうか? 阿呆の極みでしょうか? ナディア嬢があれだけで手打ちにしてくれたから首がつながっているのですよ。それにご自身の努力不足を私のせいにしないでください。アシェルは自分でしっかりした美しい婚約者を連れてきたのだから良かったじゃないですか」
王妃の手元からバキッと嫌な音がする。これは持っていた扇が折れた音だろうとエリーゼは予想した。
「あーあ。仕事もきちんとしないのに扇を新調するなんてやめてくださいね。それ、いくらすると思ってます? 税の無駄遣いはやめてください」
このお二人、親子なのに仲が悪すぎる……そして怖い。エリアスは終始笑顔だが、王妃はさすがに笑顔とはいかず無表情だ。
「兄上もいらっしゃったのですか」
ブリザードが吹き荒れるこの場に緊張感のない声が響いた。ブリザードが弱まったような錯覚に陥る。振り返るとアシェルとゼインが部屋の入口に立っていた。
「アシェル。エリーゼ嬢を迎えに来たのかい?」
エリアスの笑顔は変わらないものの、王妃に対するのとは違って声色は優しい。
「思ったより時間がかかっていて何か問題でもあったのかと思って。まさか母上とお茶会とは思いませんでした。あ、兄上。臣籍降下する際の家名なのですがグリーンパイソンが良いです」
「それってヘビの名前だよね?」
「はい。これです。綺麗でしょう?」
アシェルは持っていた本をササっと開く。王妃は目を逸らしている。
「そういうのはちゃんとエリーゼ嬢とも相談しないと駄目だよ。いや、その前に家名は勝手に決めちゃ駄目だからね。父上が決めるから」
「そうですか。分かりました。もうエリーゼは良いですよね? これからお茶会なんです」
「それは引き留めて悪かったね」
なぜかアシェルはエリアスに確認をとると、王妃にはちょっとだけ笑顔を向けてエリーゼに手を差し出す。
「じゃ、エリーゼ嬢。またね」
王妃に呼ばれたはずなのだが、エリアスが退室の許可を出すようにさっさと手を振る。王妃とエリアスに一礼するとアシェルにエスコートされて部屋を出た。
「良かったんですか?」
「謎だよね。なんで母上が出てきてるのか。あの人とはあんまり会話もしたことがないし。ドレス決めが終わってるならもう付き合う必要はないでしょ」
母親について話すアシェルの声は平坦で、親への無関心さが見て取れた。それを見てエリーゼは初めてアシェルに親近感を覚えた。この人も私と一緒なのだと。
生まれてから一緒にいた記憶のない、母と呼べるほどの関係でもなかったエリーゼでも母親と会話できるまでになったのだ。アシェルだってやろうと思うならできるはずだ。アシェルが母親との関係を改善したいのであれば、だが。エリーゼはそれをアシェルに強制するつもりは全くない。
エリーゼはアシェルとの共通項を見つけて勝手に嬉しくなった。
「そういえば、アシェル・グリーンパイソンは強そうな名前ですね」
「冗談だったのに、兄上がけっこう真剣に返してきたからびっくりしたよ」
後ろではゼインが頭を抱えているようだ。これはいつもの光景だ。
エリーゼはアシェルの腕にちょっとだけ力を込めた。アシェルはそれに気づいてエリーゼに微笑みかける。エリーゼも予感を抱きながら微笑み返す。
先ほどのお茶会の場から見えたのは、ブリザードが吹き荒れるほど凍えた家族関係だった。でも、きっとさっきのブリザードも春の陽気に変わる日がくる。それを望むなら。
「先ほどは緊張して話ができませんでしたが、機会があれば王妃様ともお話してみたいです」
「それは兄上のせいかもしれないけど……無理はしなくていいよ。母上は苦手な部類だろう?」
「いえ。母親というものがまだどんなものかきちんと分からないですし。アシェル殿下のお母様なのだから気になります。一言もしゃべらないで苦手というのは失礼ですし」
「まぁ……それは確かだね。王宮にはこれからも来る機会はあるのだし、その時にでも」
「はい、そうしましょう」
そんな会話をする二人をゼインは少し眩しそうに見ていた。




