後日談:フライア視点8
いつもお読みいただきありがとうございます!
「いいね」もありがとうございます。嬉しいです。
フライア視点はこれにて終了です。
「嫌がる女性に纏わりつくなどみっともない。いい加減にしてください」
「お前は関係ないだろう。私はフライアとは婚約を結んでいた関係だ」
あー、これ前にエリーと話したわよね。なんで男って図星の時に「お前には関係ない」って言うのかしら。私達の学年にだけ流行ってたのかしら。
そんなことを考えながら目の前の背中を見上げる。先ほどは頼りなく見えたハウゼン伯爵令息の背中はなんだか頼もしく見えた。
そういえば、こんな風に男性に庇ってもらうのって初めてかもしれない。だって、大抵のことは自分で対処・撃退してきたから。背中を見ながら何とも言えない甘酸っぱい感情が胸に渦巻く。
「婚約は解消されたでしょう。文官登用試験に受かりそうにないからと元婚約者に縋りつきに来られたのですか? それに掃除はどうされましたか? 決められた掃除も満足にできないのに文官が務まるのでしょうか。下っ端は書類の整理からですよ」
お見合い大作戦の時とは別人のようにアートことハウゼン伯爵令息は淀みなく喋る。
文官登用試験という言葉で元婚約者が悔しそうな顔をしたので図星だったのだろう。ブレスレット騒動以降、成績は上がらなかったのかしら。
「この件は王太子殿下に報告しておきます。ストーン侯爵家にも抗議がいくでしょう。再教育はうまくいっていないようですからね。さぁ無駄な時間を食ってしまいました。行きましょう」
クリストファーが横から口を出し、何か言い残したことはないかというようにこちらを見る。
「私の新しい婚約者は彼に決まっていますので、今後は間違っても呼び捨てなんかしないでください。お手紙も送らないでくださいね。迷惑以外の何物でもないので」
アートことハウゼン伯爵令息の腕に自分の腕を絡め、フライアは言い放つ。
「「え?」」
「王太子殿下の薦めで成った婚約です。では、そういうことなので。掃除はきちんとしてくださいね」
疑問が口からそのまま出た元婚約者とハウゼン伯爵令息の言葉に、クリストファーは故意にそして見事に言葉をかぶせた。さっさと歩き出す。
フライアも縋りついた腕に力を込めてアートを無理矢理歩かせる。
「よし、さすがにあそこまで言えば追いかけてきませんね」
クリストファーは後ろを確認して頷く。
「助かりましたわ。ありがとうございます」
「では、フライア嬢。婚約書類を最速でご用意しますがよろしいですか?」
「大丈夫よ。どのくらいかかるのかしら?」
「明日にはできます」
「さすが王太子殿下の側近ですわ! その方向でお願いします」
「ちょっと待ってください! さっきの婚約者だとかいうのは嘘ですよね?」
アートは自分を置いてどんどん進むクリストファーとフライアの会話に待ったをかける。
「いえ、本当よ。だってさっきのやり取り、王宮使用人の何人かに見られているわ。すぐ噂になるわよ」
「そうですよ、アート。婚約おめでとう」
白々しく拍手までするクリストファー。
「いやいやいや、おかしいでしょう! たまたま私が側にいた時に元婚約者に絡まれたからって婚約者になるなんて」
「あら、違うわよ。私、男性にあんな風に庇ってもらったことないの。多分、このキツイ見た目と言動から大抵のことは自分で何とかできる強い女と思われてるのね。だからあなた、私を初めて庇った男として私と婚約なさい。私の初めてを奪ったのだから」
フライアの口角は自然と上がる。男性の誰を見ても甘酸っぱい感情など湧かなかった。さっきまでは。もしかするともうこんな感情は湧かないかもしれない。
フライアは直感タイプなのだ。逃すわけがない。
「いや、絶対おかしい。あと表現が紛らわしい!」
「あら、あなたも結構ツッコミが早いわね。頭の回転が速い人は好きよ」
「大丈夫ですよ、アート。うまくいく予感がします」
「何で!? どこが!!」
「とりあえず、フライア嬢。私はお茶会に案内しましたらすぐ王太子殿下に報告して外野に圧力をかけ、書類を持ってきますので」
「エリーにもエリーのお兄様にもお世話になりっぱなしね」
「婚約の書類を整えるなんて朝飯前ですよ。妹と仲良くしてやって下さい」
「なんでそこ良い風にまとめてるんだよ!」
ジタバタ騒いでいるアートを置き去りに翌日には書類にサインするだけの状態になっていた。エリアスなどは大喜びしていたので、書類はその日のうちに揃っていたほどだ。一番驚いていたのはアートとアートの家族であるハウゼン伯爵家である。
この婚約劇は王宮で起きたこともあり、長く語り継がれるようになる。一時期は王宮の廊下でプロポーズするのがブームになったほどだ。独身の侍女長は「通行の邪魔」と怒っていた。
後にフライアはこの出来事を振り返って言う。
「チャンスって逃したらいけないのよね」
苛烈な印象の強い女侯爵フライア・ウェセクスは、夫にだけは甘かったとウェセクス侯爵家では伝えられている。




