後日談:フライア視点4
いつもお読みいただきありがとうございます!
まさかこんなことになるなんて……誰が想像しただろうか。
今、目の前では酒盛りしている王太子殿下とお父様がいる。
いや、酒盛りとは言わないか……。
エリアス殿下が高いお酒の瓶を見せ「俺の酒が飲めないのか」なんて言いながら、お父様のグラスに注いでいる。すでに酔っ払いか、この王太子。
笑顔は相変わらずキラキラしている。エリーが王太子は眩しいって言ってたけど、この人の笑顔は黒いと思うのよ。
お父様は苦虫をかみつぶしたような顔だ。だってその高いお酒、お父様のお酒コレクションの中のやつだもんね。恐らく一番高いやつ。
でも王太子殿下にそんなことは聞けないし、私に聞く勇気もないってとこだろうか、あの表情は。
私がエリーとのお茶会にお土産として持って行ったお父様のコレクションのお酒は、今や王太子殿下のものである。
「うん。やはりこの酒は格別だ。美味いな。なぁウェセクス侯爵」
ここは王宮で、真昼間なんだけどいいのかしら。飲酒して。
「はい……」
「最近家に帰っていないんだろう? 侯爵の部下たちも心配していたぞ。ちょうど君の娘も来たことだし今日は早退して家に帰りたまえ」
「はい……」
お父様は「はい」しか言えなくなったのかしら。さすがに王太子の権力の前ではね……。
「それから後継者は嫡男からフライア嬢に代わるんだろう。まだ変更届が出ていないぞ。侯爵ともあろうものが一体どうしたんだ」
「それは……」
あら「はい」以外も喋れたのね。お父様。
「そんなに残業続きになるほど君の部署に仕事は振っていないはずなのだが。そうだ、あとどのくらい残ってるんだ? 私でも翻訳できるものならやっておこう。家族の時間は尊いものだ。それを奪っているならつい仕事を振りすぎた私の責任だ」
「…………」
お父様、だんまりはダメでしょう。お父様のお仕事って他国の書物や書類の翻訳が多いのよね。
「翻訳はほとんど終わっているじゃないか。じゃあ酒も飲んでしまったことだし帰るんだ」
飲ませたのは王太子殿下ですけどね……。
「しかし……チェックが……」
「すでにチェック済の印がしてあるぞ。侯爵、やはり君は疲れているんだな。早く帰って休め。あと後継者の変更届は早めに出してくれ。フライア嬢も女侯爵としていろいろ準備もあるだろうし、お披露目して人脈を作るのは早い方がいいからな」
「…………」
お父様、往生際が悪い。そんなに家に帰りたくないんかい。
「どうした? それとも隠し子でもいてそいつを後継者にしたいから届をまだ出していないなんて言わないよな?」
「そんな……滅相もございません」
「だよなぁ。良かった良かった。今のは冗談だ。期限は取り決めていないものの後継者の変更は重要案件だ。決まったなら速やかに届けは出してもらわないとな。早く出しておかないと無駄な争いを生みかねないぞ」
冗談の割には笑顔が怖い。ちなみに、お母様に内緒で愛人はいたけどね。
王太子に笑顔で威圧されたお父様はすごすご私と一緒に帰ることとなった。
さすが王太子殿下である。
「お父様、そんなに家に帰りたくなかったんですか?」
隣で小さくなっているお父様に問う。
「いや……怖いんだ。あいつが。愛人を囲っていた私が悪いのは分かっているが……あいつ、家を壊しに来たんだぞ。風が強くなかったら家を燃やす用意までしてきていた」
あぁ、なるほど。お母様は愛人宅まで押しかけて家を燃やそうとしたのか。風が強くて飛び火するから、取り壊しで妥協したわけね。
「自業自得でしょう」
「いや……そうなんだが……」
「それと後継者の変更届を出さないのは別問題ですから」
「そうだな……悪かった……」
お父様は単純にお母様が怖すぎて家に帰れなかったらしい。お母様は今うちにはいないけど。
多分、このこと知らないんだろうな。いや、知ってていつお母様が帰ってくるかが怖くて帰宅できないのか。
「そういえば、どうして愛人を囲ったのですか? 愛人は大して美人ではありませんでしたが」
我ながら酷い言い草だ。自然と口調も強くなる。愛人や浮気と聞いて私の頭をすぐによぎるのはルルの記憶なのだ。
「寄り添ってくれたから……だな」
「お金にですか?」
「……娘なのに本当に容赦がないな」
「お父様が逃げ続けて帰ってこないからです。自業自得ですわ」
元婚約者もルルが寄り添ってくれたからコロッといったのだろうか。
落ち込んで小さくなっているお父様を見ても答えは分からない。
「お父様、今日の晩餐では王太子殿下と飲んでいたあのお酒を飲みましょう。まだ開けていないのです」
あれ、もう一本あったのよね。
「やっぱり……フライア……コレクションの場所を……」
「お父様のプライドは高くつきましたわね」
うっすら笑ってお父様を見る。そこにはどこからどう見ても頼りない男がいた。
「後継者の手続きもありますし、勉強もありますし、忙しくなりますわ。お父様も愛人に逃げられたくらいで落ち込んでいないでしっかりしてください。王宮にいる間にしっかり落ち込んだのでしょう?」
「本当に容赦がないな……」
「さ、これからですわよ」
私は自分の心の靄を払うように、お父様の背中をバシッと叩いた。




