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「まぁ、タイプが違う男性達ですわね! んー、その中でしたら殿下はないですわ。爬虫類と両生類はムリ! ザカリー様より絶対、ゼイン様ですわ! ほら、エリーゼ様は身長が高くていらっしゃるでしょう? あ、悪い意味ではないの、本当に。羨ましいわ。ザカリー様じゃ横に並んでも見劣りしてしまうもの。ゼイン様なら迫力があってバランスも良いですわ! それにザカリー様より家格も上ですし、口添えやら便宜を図ってくれますわ!」
「ゼイン様は公爵令息でも次男で、将来は領地を少し貰ってお兄様の補佐でしょう? 騎士団に所属したがっているとも聞きますわ。将来を考えるとやはり王族と縁繋がりになる方がよろしいんでなくて? 王族の口添えや便宜の方が強いですわ。それにアシェル殿下は綺麗な顔をされていらっしゃいますし、のめり込む趣味をお持ちの方は浮気に走りにくいですわ。浮気男は論外です! 二度あることは三度あるのですよ!」
あまりのことに絶句する私をよそにクロエ様とフライア様は持論を展開して盛り上がり始める。
「王族と縁ができると言ってもアシェル殿下は第2王子で臣籍降下されます。将来安泰を考えるなら今のまま婚約続行で侯爵夫人がよろしいのではなくて? あの件で周囲も同情してくれますし、ご実家に有利な取引ができるかもしれませんし、エリーゼ様もある程度好き勝手できますわよ? 結婚後に愛人を持ったりできるかもしれませんわ」
「まぁ、ナディア様! あなたの口から婚約続行なんて聞きたくないですわ! あの男との婚約をさっさと解消してしまわれて! そりゃあバイロン公爵家は貴族の中で随一の資産力をお持ちですから! 多少なりとも無理が通りますけど! 今回はあの男が悪いですが」
クロエ様はおっとりした見た目なのに、殿下のことを鼻息荒くあの男呼ばわりである。
「そうですわ。ナディア様もクロエも早々に婚約解消されて羨ましすぎますわ!」
「フライアも早く解消すればよろしいのよ」
「外野が言うのは簡単ですわよ! 娘可愛さにほいほい婚約解消するような家は!」
「おほほ。だって私の婚約は祖父同士の口約束が発端ですもの。取引とか融資とか借金とかそこまで関係ないのですわ」
「まぁまぁ落ち着いて」
「ナディア様! 落ち着いていられませんわ! 私の一生が決まるんですのよ! あんな浮気男と結婚したら結婚後も愛人を作ったり、囲ったり、子供を作るに決まってますわ! 政略結婚だから仕方なくても、最低限でも気遣いや思い遣りは欲しいのです! せめて! せめてそういった愛情は欲しいのです!」
「わかった、わかったから! どうどう」
興奮したフライア様にクロエ様は馬をいなすような仕草をしている。
「もう。エリーゼ様が困っていらっしゃるわ。エリーゼ様のお気持ちが一番大切ではなくて? もちろんフライア様も。興奮しても良い考えは思い浮かばなくてよ」
「そうでしたわ! エリーゼ様のお気持ちを聞かずに盛り上がってしまって! でも選べるうちが華ですわ」
「はっ……すみません……取り乱してしまって……で、結局どなたになさるの?」
クロエ様もフライア様も言い合いながら楽しそうだ。隣に座っていたフライア様に至っては私の両手を掴んでくる。私が選ぶなんて、そんな滅相もない。
「浮気男と婚約続行ですの? 私が潰して差し上げれたら良いのですけれど。キャンベル侯爵家とはあまり仲が良くなくて。あ、あなたもお父様の弱みを握る?」
なぜか父が不正をしている前提で話をすすめるフライア様。
「私はゼイン様に一票!」
なぜかゼイン様一択のクロエ様。いっそクロエ様が婚約したらいいのに。
「あの……クロエ様がゼイン・ブロワ様と婚約されては?」
「ゼイン様って紳士ですけど女性に興味無さそうですわ。剣術バカなところもありますから」
「それならアシェル殿下も異性に興味はないわよ。両生類・爬虫類バカか剣術バカか浮気男ってこと?」
私の提案は小さな声だったからかあっさり無視されてしまった。ナディア様は苦笑して首を横に振った。
「あの……うちはただのしがない伯爵家ですし、父が婚約続行と決めましたので……政略結婚するべきだと分かっています。でも、あんなことがあったのに今まで通りの態度は取れません。彼を見るとどうしてもルルがちらつきますし、許すなんて今のところできません。だから良い方がいたら浮気してみてもいいかなと仮面舞踏会に参加させていただきました……でも殿下やゼイン・ブロワ様なんてとてもとても……」
「いいですわね! 復讐? リベンジ? いいですわぁ。エリーゼ様、その心意気です! 私も先に浮気しようかしら。せめて倍返ししませんと。やっぱり許せませんわよね! 魅了の呪いのせいにしてる感じが若干あるのが余計ムカつきますわ! 素直に土下座したら許し…………いえ、許しませんわ。で、どっちと浮気しますの?」
クロエ様とフライア様の明け透けな会話につられて私もつい話してしまう。
倍返しとはどのくらいだろうか。
あのお二方とは何でもないという話を聞いてくれているのかは怪しいが、フライア様の言葉は私の言い表せない気持ちをしっかり言い当てていた。
彼は謝ったり贈り物をしてくれるようになったが、その態度の奥には呪いにかかったんだから仕方ないだろ、と呪いのせいにしている気持ちが若干見え隠れするのだ。自分は悪くない、そんな気持ちが。
王立研究所ではあのブレスレットの呪いの解明がまだ続いている。以前ナディア様が教えてくれた仮説はまだ否定されていない。あの仮説がその通りなのだとしたら、彼はそれでも呪いのせいだと主張するのだろうか。
「彼はどう償えばいいかと言っていましたが……フライア様のおっしゃる通り、呪いのせいだから仕方ないと思っているのが面と向かって話すと分かります……あ、でも! 浮気といいましたが仮面舞踏会の時は偶然通りかかっただけなんです。周りがカップルばかりでちょっと悲しくなってしまって……池の近くまで行ってしまいました……やっぱり愛を向けられたいですよね……」
緊張で始まったお茶会は、中盤にはただのガールズトークになっていた。
これまで誰にも言えなかった感情を吐き出す場だった。
会話の中でお互いの様付けはいつの間にか取れ、離れて設置されていた椅子は距離が近くなっていた。
クロエ様は年上を中心に新しい婚約者を選定中だ。
フライア様は父親であるウェセクス侯爵の愛人を突き止めることだけ考えていたが、より侯爵家の利益になりそうな婚約者も同時進行で探すと息巻いている。
ナディア様には隣国の王子との婚約話が来ているそうだ。
スチュアート殿下に引き続きまたも王族……と不敬にも顔を青くした私達に対し、ナディア様は、小さい頃に会ったことがあるけど素敵な方よ、と頬を染めていた。何となく上手くいく予感がして皆で微笑みあった。
最後には来週からこの高貴なお三方と一緒にランチを食べることに決まってしまった。
「私達、個室で一緒にランチをとろうと思ってますの。エリーもぜひ一緒に」
ナディア様はエリーという呼び方が気に入ったようだ。彼にも家族にもエリーと呼ばれたことはないので、なんだかくすぐったい。
「え、個室ですか?」
「ええ。だってスチュアート殿下がルルに骨抜きになって生徒会の仕事や公務を放棄したときにフォローしたのは私ですもの。元婚約者のためにタダ働きしたのですから、ご褒美が欲しいと賠償金にちょっと追加でお願いしたの」
ナディア様は人差し指を唇にあてて軽く首をかしげる。ルルがよくやっていた仕草だが、ナディア様がやると……
「ぐはっ。それは同性の前ではなく異性の前でやって下さいませ」
「可愛い! ルルがやるとあざといけど、むしろ眼福! 絵にしたいですわ! 誰か! 画家を呼んで!」
美少女のおねだりは良い意味で目に毒だ。
「さすがに生徒会室を頂くわけにはいきませんが、独立した部屋である応接室を好きに使っていいと許可をもらいました。人目もない静かな部屋ですから、ゆっくりランチをしましょうね」
彼がナディア嬢たちと食べているのか?と聞いてきた時はなんと頓珍漢なことをと思ったが、現実になってしまった。
ナディア様はもう一度、可愛い仕草をして最後にこう締めくくった。
「さ、自分に向き合える機会を貰ったのだからより良い婚約者を見つけましょう。全ては自分自身への未来……いえ、自分自身への愛のために」
全ては自分自身への愛のために。
歌劇にでてきそうな大袈裟なセリフだがストンと心に落ちる。
それは王家のため、民のため、家のためと今まで自分を顧みることなく頑張ってきたナディア様だからこそ口にできる言葉だった。
婚約者の浮気に不満タラタラで、でも逃げてばかりで、やっと浮気を決意して仮面舞踏会に参加した私などが口にできる、いや口にしていい言葉ではない。
帰りの馬車の中、窓からぼんやり流れる景色に目を向ける。
自分自身への愛のために。ナディア様の言葉が蘇った。このままではいられない。
家格以前に人としての違いをこのお茶会で見せつけられた気がした。
学園の成績だけは上位をキープしていたが、それ以外私は大したことをしていない。
社交も積極的にはしておらず、領地のことも何もしていない。家の駒として政略結婚することが一番家のためになると考えていた。
家のために結婚するとしても、浮気をするにしても……彼と向き合わないといけない。
彼との未来を考えたことなどなかった。漫然と結婚するのだと思っていただけだ。
具体的に彼との未来をイメージしようとしてみた。しかし、そのイメージは靄がかかっていて何度頭を振ってもその靄が晴れることはなかった。




