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「あんなに堂々と婚約者に浮気されてお可哀想に。でも思ったより平気そうね?」
「またあの女はあなたの婚約者と中庭にいらっしゃるわよ。止めに行かれないの?」
こんな風に学園で親切を装いながら話しかけてくる、決して仲がいいとは言えないご令嬢達は目に隠しきれない愉悦が見えた。
人が苦しむ様子を見るのが何よりも愉しいのだろう。
「もうあの殿方達と関係を持たれているかもよ? あの親密さですもの」
「キャンベル様の婚約者ってどなただったかしら? あの背の高い方?」
「まあ…仕方がないわね。婚約者の方よりもあの女の方が可愛いもの。良かったわ、私の婚約者はあの女が見向きもしない家格で」
キャンベルとは彼の家名だ。ザカリー・キャンベル、それが私の婚約者の彼の名前。
陰ではいつ私が彼に愛想を尽かされて別れを告げられるか、ヒソヒソと噂好きのご令嬢達がかしましい。その加減は絶妙で私の耳にきちんと声が届く位だった。
学園が始まると今度はどんなヒソヒソ話や目線に晒されるのか。
想像しただけで胃が痛い。ルルの時で少し慣れたと思っていたが、とんだ思い上がりだったようだ。
「お嬢様、またあの方からです」
メリーが王都で人気のパティスリーの箱を持って部屋に入ってくる。
考え事をしていたのでぼんやりしながら受け取ると、小さな封筒に入ったメッセージが床に滑り落ちた。
そういえば、彼は一度も私を助けてくれなかった。呪いにかかっていたなら当たり前かもしれないが。
ナディア様や他の方々はそれぞれの婚約者に苦言を呈し邪険に扱われていたが、彼は私をまるで最初から居ないかのように扱っていた。
滑り落ちた封筒には私の名前が彼の筆跡で書かれている。
いや、必要最低限の手紙のやり取りしかしてこなかったから彼は使用人に代筆させているかもしれない。私には彼の筆跡は分からない。
こんな風に贈り物は届くけれど、彼はどこまでちゃんと理解しているのだろうか?
私が受けた不必要なほどの憐憫に隠れた嘲笑を。
婚約者も繋ぎ止められない令嬢と陰で嗤われていたのを。
ルルと私のどちらが愛人か分からないとまで言われていたのを。
「お嬢様……」
メリーの心配そうな声で渦巻いていた濁った感情が霧散する。
「これは送り返してちょうだい。それと仕立て屋を呼んで欲しいの」
今年はドレスをほとんど仕立てていないから大丈夫だろう。
なんと言ってもこの間までエスコートしてくれるはずの婚約者がしてくれなかったからだ。女性だけのお茶会に行ってもルルや彼のことが話題に上るので極力出席を避けてきた。
「お嬢様、行かれるんですね?」
「ええ。ねぇ、メリー。私、浮気をしてみようと思うの」
メリーにそう言い切るとなんだか胸のつかえが取れた気がした。




