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第77話 走行距離、二百五十キロ

 日の出とともに裕は王都の西門を出ると、北へとひた走る。

 畑を越え、森を越え、山を越えて百五十キロほど行くと、ゲフェリ領都だ。その距離を、裕は一日で走り切った。


「閉めないで! 入ります! 入れてええええ!」


 門番の兵士たちが今まさに門扉を閉めようとしているところに、裕は重力遮断を解除もせずに全速力で突っ込んでいく。


「五秒以内に身分証を出せ! 出せないなら摘まみ出すぞ!」

「ボッシュハ領、アライの商人の、ヨシノです!」


 早くしろと急かす兵士に、裕は慌てて首から下げた組合員証を提示する。


「よし、いいぞ。さっさと入れ。最近物騒になってきているからな。ギリギリは勘弁してくれ。」

「魔物ってのはどの辺にいるんです? ゲフェリ領にまで入ってきたとは聞いたのですが。」


 乱れた息を整えながら、とりあえず兵士たちから情報収集を試みる。


「昼に聞いた話だと、モコリの町の向こう側と言っていたな。ボウズ、商人が手ぶらでどこから来たんだ?」

「王都から大急ぎで来ました。北の方に向かう予定だったんですけど、今は危険だとか言われたけど状況が全然わからなくて……」


 数日待っていれば解決する問題なのか、諦めて別の場所に向かうのが良いのかも分からないのだ。とにかく情報が全然なくて困っているのだと裕は兵士たちに訴える。


「そんなことを言われてもなあ……」

「竜って噂もあるくらいだ。すぐに解決はしないんじゃないかと思うぞ。」

「噂? 誰が言ってるんですか? 見た人はいるんですか?」

「さあな。騎士団ならともかく、細かいことは俺たちじゃあなあ……」


 下っ端の兵士にまではそこまで詳細な情報は下りてきていないようだ。


「まあ、もう今日は門は開かない。宿ででも行って聞いてみてくれ。北から着いた商人もいるかもしれないだろ?」

「そうですね。ありがとうございます。」


 裕は宿と商業組合の場所を聞くと、丁寧に礼を述べて門を後にする。

 日は沈み、夜空の星は輝きを強めてきている。早くしなければ、宿の夕食にもありつけない可能性がある。


 教えられた通りを走り抜けて、宿屋の扉を開けると、女将に嫌な顔をされた。やはり、ギリギリだったようだ。


「今からお客さん? 何人?」

「私一人です。一人用の部屋ってありますか?」

「無いよ。そんなもの。」

「じゃあ、二人部屋でお願いします。」

「お金はあるんだろうね? 銀貨二枚半だよ。」


 言われて、裕は財布から銀貨と銅貨を取り出す。


「はい、銀貨二枚に銅貨九十八枚。ご確認ください。」

「アンタ、どこの金持ちの子だい。普通、子どもがポンと出す額じゃないだろうに……」


 女将は呆れたように言いながら、カウンターの奥から部屋の鍵を持ってきて裕に渡す。二人用の部屋はどこに行っても三階だ。二階が大部屋で三階以上が小部屋になっているのが宿屋の基本構造らしい。


「夕食の時間はもうすぐ終わりだから、済まないんだけど早く食べちゃっておくれ。」

「わかりました。湯浴みはできますか?」

「水ならあるけど、お湯は無いよ。」


 裕は今日は荷物を持っていない。厳密には革袋を背負ってるし、山刀や水筒も腰から下げている。

 だが、食事をするのにそれを一々外すこともない。手と顔だけ洗って、食堂へと向かう。


 出てきた食事はサンドイッチにスープだった。

 というだけだと軽食のように聞こえるが、かなりボリュームはある。

 ベーコンや焼き野菜をこれでもかと挟んだパンは、裕の口のサイズではとても食べづらいサイズだ。スープはスープで、根菜やキノコがどっさりと入っている。


 裕は別に大喰いではない。残すのも悪いと、日本人らしい勿体ない根性で完食するが、どう考えても食べ過ぎである。食後に軽く休憩を取ってから湯浴みを済ませ、三階の部屋へと向かった。



 翌朝は宿の食堂で朝食を摂りながら情報を集め、商業組合とハンター組合に立ち寄ってから、さらに北へと向かう。

 さすがに畑を踏み荒らすようなことはしないが、森の中を曲がりくねって進む街道は完全無視だ。目ぼしいポイントを設定して一気に突っ切っていく。


 休憩も取らずに全速力に近いスピードで走り続けていれば、重力遮断といえども体力は相応に消耗する。次の町に着いた時は、汗だくになり肩で息をしていた。


「北からの魔物はどこにいるか分かりますか?」


 商業組合に入るなり、裕は声を張り上げる。


「昨日はモコリの町が危ないって聞いたけど……」

「モコリってどのくらいの距離ですか? 王都より北の地理には疎くて……」

「いや、アンタ、どこから来たんだい? そういえば見ない顔だね。」

「ボッシュハ領のアライです。王都で魔物だかの噂を聞いたんですが、何がどうなっているのかさっぱり分からなくて困っているんです。」


 裕は行く先々でそう言うことにしているようだ。


「さあね。私らも良く分かってないよ。状況はどんどん変わっていくし、噂は色々飛び交っているからね。」

「領主様の騎士団が魔物退治に出るとかでないとか。」

「国王陛下にまで支援要請を出しているとか。」

「あ、それは本当です。王都の兵士に聞きました。ただ、その兵士の方も何が何だか分からない様子でして、私たち、王都にきていた商人もどうして良いのやらサッパリなんです。」


 裕は自分たちに伝わってきている情報について説明する。


「領主様の騎士団がいつ動くとか分かりますか?」

「そんなのが私たちに分かるワケないじゃないか。ハンター組合に行った方がまだもう少しマシな情報が来ているんじゃないか?」


 組合が政治組織の一端を担うとはいえ、末端の文官職でしかない。軍事情報が適時入ってくるはずがないのだ。

 裕は礼を言って商業組合を後にする。が、ハンター組合に向かうのではなく、そのまま町を出て北へと向かって行った。


 似たり寄ったりの情報しか得られないならば、時間の無駄、という判断だ。先の町に行った方が、より確度の高い情報が得られるだろう。



 だが、辿り着いた先の町でも、話の内容にほとんど違いがなかった。


「電話くらいないんですか!」


 そんなことを愚痴っても、どうにもなりはしない。焦る気持ちを抑え、裕は懸命に北へ、北へと駆けていく。



「北からの魔物の情報はありますか?」


 何度目になるのだろうか。日暮れ時に飛び込んだ町の宿で裕は同じ質問を繰り返す。

 そして、今までと違う答えが帰ってきた。


「モコリの町が壊滅したらしい。君はどこから来たんだ? この町は危険だ。早く逃げた方が良い。」

「モコリの町はどちらの方角ですか?」

「この町から北東に徒歩で一日だ。街道沿いに来るなら、次はこの町だ。今晩中には来ないだろうが、明日は分からない。」


 町民の中には、今から逃げるという者たちもいるらしい。あわただしく馬車が走っていく音も聞こえてくる。


「とりあえず、二人部屋開いてますか? 四の五の言っても仕方が無いですからね。とりあえず一泊したいです。」

「おい聞いているか? 逃げた方が良い!」

「ここまで走ってきて疲れてるんです。私はご飯食べて寝ます。」


 泊り客なのだろうか、情けない声を出すが、裕は今逃げるつもりは全くないい。

 少なくとも偵察を、可能なら魔物の撃退をするつもりで来ているのだ。


 魔物がどんな攻撃をしてくるのかどころか、姿を見ることもなく帰るわけにはいかない。


 最低限で重力遮断魔法が通用するかの確認はしたいのだ。

次回、『廃墟の竜』


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