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第67話 できる人とできない人

 塩を売り歩く間に本を読む日々が続いて季節が一つ過ぎ、裕はついに新しい魔法を覚えることはなかった。

 エレアーネは第三級の治癒魔法を覚え、火や水の第四級魔法の練習をしているにもかかわらず、裕は一向に魔法陣による魔法を使えるようにはなっていない。


「何でエレアーネばかり……」

「何でヨシノはできないの?」


 当たり前のようにステップアップしていくエレアーネには、できない人の気持ちは分かるまい。

 どんなに頑張っても、裕には第一級の魔法すら使えないのだ。


「魔法ってのは才能だ。できない奴はどんなに頑張ってもできるようにならない。俺もできん。」


 どうにかならないかと『紅蓮』に相談に行くが、アサトクナはあっさり「諦めろ」と言うだけだった。だが、それでは裕は納得がいかない。


「でも! 私も魔法そのものは使えるんですよ!」

「そんなこと言うなら、俺も使えるぞ。」

「っていうか、魔族の魔法って言ってるけど、あれって誰にでも使えるんじゃないか? どこが魔族の魔法だって感じだよ。」


 そう、『紅蓮』は全員が明かりの魔法、つまり、炎熱召喚魔法を使えるようになっている。

 重力遮断魔法は裕にしか使えないが、それは概念の伝達ができないということが原因だ。きちんと教えることができれば、それも誰にでも使えるようになる可能性がある。


「ハラバラスさんが、一番魔族、魔族って騒いでいた気がしますけどねぇ。」

「そんなこともあったな。まあ、済まんかった。」


 嫌味を言う裕を適当に、ハラバラスは取り敢えず素直に頭を下げる。


「そういえば、物の本によると、魔族の魔法、というか原初魔法は魔法陣の魔法よりも扱いが難しいとされてましたけど、どう考えても私の魔法の方が簡単ですよね?」

「まあ、簡単といえば簡単だが……」

「他人が使っているのを見て覚えることはできないぞ。」


 ハラバラスはエレアーネをジロリと睨む。


「嬢ちゃんの方はどうなんだ? 魔法陣は見れば覚えられるんだろう? 他にも何かできるようになったのか?」

「第四級の水魔法は一つできるようになったよ!」

「マジかよ!」


 ハラバラスによると、エレアーネの魔法の覚えの良さは異常だ。魔法陣にも描き方の作法とやらがあるらしく、描き順やら描くときの魔力の使い方やら、色々細々したことを覚えながら一つの魔法を完成させるらしい。


「描き順? 何それ?」

「は? お前どうやって描いてるんだよ?」

「こうやってだよ。」


 エレアーネは正面に突き出した手のひらの前に、ポンと魔法陣を出してみせる。今頑張って練習している、第四級の火柱の魔法だ。


「う、うあああああ!」


 あまりにもセオリーを無視したやり方に、ハラバラスは頭を抱える。


「ちょ、ちょっとまて。第三級はそのやり方で使えてるのか?」

「? そうだよ?」


 エレアーネには、ハラバラスが頭を抱えている理由など分かるはずがない。彼女は最初から文様Aを描いてからBを、最後に周囲の円と謎の文字を書く、というような手順を踏んでいない。魔術でスタンプを押すように、一発で全てを描いている。


「普通、こうやって描くんだよ。」


 見本ということで、ハラバラス魔法陣をゆっくり描いてみせる。文様の全てというわけではないが、主要な線を指でなぞり、その周辺に魔力の枝を伸ばしていく感じだ。


「ほう。もしかして、そうやれば私にも魔法が使えるようになるのでしょうか?」

「いや、ならねえな。一級魔法の一番簡単なやつは、ほとんど一発だからな。」


 裕は目を輝かせるが、一瞬でその期待は砕かれた。


「ハラバラスさんのやり方が一般的なら、エレアーネもそうやれば四級魔法を使えるのではないですか?」

「でも、水魔法は使えてるよ?」


 エレアーネは、ぽん、と水の槍の魔法陣をスタンプしてみせる。


「お前、火属性は持ってるんだったか?」


 ふと、思い出したようにハラバラスが確認する。等級の低い魔法ならば、適性がなくてもある程度は使えるが、等級が上がるにつれて適性がないと習得は難しくなっていくらしい。

 エレアーネの適性は水と土、それに聖属性の三つだ。適性のある水属性と、ない火属性を同じように習得できると思っていることが大間違いだと、ハラバラスは声を大にする。


「つまりだ。第四級の火魔法を使えるようになりたければ、第六級の水魔法は余裕で使えるくらいの実力が必要だってことだ。」

「なるほど。じゃあ、取り敢えずは水魔法を頑張って覚えていけばいいのですね。」


 そんなわけで、水魔法の六級を使いこなせるようになることがエレアーネの当面の目標と決まった。満遍なくやっていこうという方針だったのだが、どうやら、それは間違いらしい。ある程度のレベルに達したら、自分の持つ適性で、それを専門に特化していかないと先に進めない、というのがその道の常識のようだ。


「あと一年もあればハラバラスを超えるんじゃねえか?」

「やめれ! 本当にそうなりそうだから怖いんだよ!」


 アサトクナは冗談半分で言うが、ハラバラスは冗談にならないと声を荒らげる。それほどに、エレアーネの上達が早いのだ。


「でも、第六級までの魔法陣は手に入れましたからね。一年でできるようになるかは分からないですが、エレアーネなら数年あればそれくらいはできるようになると思いますよ。」

「そんなのどこで手に入れたんだよ。結構な金額が必要なはずだぞ。」

「ふふふ、それは秘密です。」


 裕が本を大量に入手したことは『紅蓮』にも言っていない。魔法や薬などの研究を本に著すことは宗教で禁止されているのだ。


 人類文明が長い歴史を持つにもかかわらず、文化発展が中世レベルなのはそのためだ。印刷以前に、書写もされないのだから、知識は共有されることがなく、個人に留まったままになってしまう。

 文明・文化の発展は、口頭伝承では限界があるということだ。


「くそぅ、どうにかして七級の魔法を覚えとかないと、示しがつかねえ……」


 ハラバラスがぼやくが、それでは使えるのは六級までなのだと白状したも同然だ。


「よし、エレアーネ。七級を頑張って手に入れますよ!」

「やめれ! やめてくれ!」


 意気込む裕にハラバラスは泣きを入れる。


「冗談抜きで程々にしといた方が良い。覚えるのは構わんが、おおっぴらにするとまた面倒なことになる。七級以上を使える魔導士はこの町には一人しかいねえんだ。王都にでも行けば上位の連中もいるし、一人や二人ってことはないだろうが……」


 要するに、やっかむような連中がワラワラと出てくるのが目に見えているから、爪は隠しておけということだ。


「時間をかけて、足元を固めておけってことだ。まずは五級ハンターになることだ。まだ六級なんだろう?」


 エレアーネはあまり積極的にハンターとしての活動をしていない。裕と行動していれば生活に困ることがないし、色々と経験できることが多いのだ。


「普通、ハンターって何やっているものなんです?」

「ハンターの仕事は魔物狩り(ハント)だろ。っていうか、今は何やってるんだ?」

「薬草を取ってくるか、ヨシノと一緒に塩を売りに行くかだけど……」

「ほとんど何もしてねえんじゃねえか!」


 どうにもエレアーネのハンターとしての活動は下級のものに偏りすぎているらしい。


「少しは狩りにいけよ。お前らなら少しくらい強い魔物でも勝てるだろう?」

「そうですね。私も少し魔物の素材とやらに興味がありますので、狩りに行くことも考えているんですよ。」


 裕はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。


「何を企んでいるんだよ……」

「今はまだ秘密です。上手くいくかは分からないですしね。それで、魔物って山の中にでも探しに行けば良いんでしょうか?」

「……ハンター組合で目撃情報が入っている奴を優先してくれ。」


 アサトクナは「頼むから常識を身につけてくれ」と疲れたように大きく息を吐きだした。

次回、『魔物狩りへ行こう』


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