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第58話 森を駆ける商人

 裕たちは古代遺跡があるという、ファルノイス領南側の山岳地帯へと向かうことにした。

 当初の予定では、裕とエレアーネ、それにセルコミアのハンターが同行するかもしれない程度の予定だったのが、ミキナリーノとミドナリフフが一緒に行くことになったのだ。


 当然、裕は必死に遠慮するよう説得を試みたのだが、二人はどうしても、頑として聞き入れなかった。


 魔物が徘徊するエリアの調査だというのに、四人のうち何故か三人が商人という異色のというか、気が狂ったパーティー構成だ。尚、前衛はいない。

 裕もエレアーネもミキナリーノも、魔導士であり近接戦闘には難がある。ミドナリフフにいたっては、ただの足手まといで戦闘の邪魔でしかない。


「まず、馬はどこかに置いてきてください。馬を守る余裕があるかどうかも分かりません。」

「馬がないと逃げられないんじゃないか?」


 裕は同行するにあたっての条件をつけるが、ミドナリフフは素直に従おうとはせず、渋面を作る。


「馬なんて邪魔です。私の魔法は馬より速いですから心配ありません。馬を捨てる覚悟があるなら連れて行ってもいいですけど、私は無理して馬まで守るつもりはありませんよ。」


 裕に強く言われて、ミドナリフフは渋々と言った様子で承服する。そして、裕はさらに条件を付け加える。


「その服は着替えてください。もっと動きやすくて、汚れても構わない服でお願いします。」

「汚れは心配ない。洗えば落ちる。」

「破れたらどうするんですか……」


 さすが洗濯魔法の本家だ。洗い物には自信があるようだ。


「ハンターが着るような、作業のしやすい服でお願いします。」

「そんな服は持っておらん。」

「使用人の服を使えば良いじゃない。」


 さらっとミキナリーノに言われてミドナリフフは目を剥く。そう言うミキナリーノ自身は森での活動をすることがあるので、それ用の服は持っている。


 何にせよ、着替えを持ってきてなどいないし、馬を置いて行かなかければならないので、一度セルコミアに戻ることになる。


 翌朝早くから出発して昼前に家に着くと、馬を置いて急いで着替えを済ませる。


「お父様、私も行きたいです!」

「ダメ。」


 やはりカトナリエスがせがむが、これはエレアーネが即座に却下する。


「これ以上足手まといはいらない。本当はミドナリフフにも来てほしくない。」


 直接そうは言わないが、裕もかなり嫌がっているのはエレアーネにも分かっている。

 一番嫌がる理由は、裕の指示を聞かないことだ。魔物や獣を前にしての指示は疑問を差し挟まず、即座に動くことが求められる。

 自分で考えようとするミドナリフフは動きが遅れるし、カトナリエスにいたっては指示よりも自分の感情を優先する恐れがある。それではダメなのだ。


 メンバーの誰も行ったことが無い危険地帯へ赴くのだ。不安要素は極力減らしたいのは当然だ。


「カトナリエスを連れて行くのは、ある程度調査が進んでからだと思うわ。ハンターだって滅多に近づかないんだもの。行ったって、もしかしたら、すぐに逃げ帰ってくることになるかも知れないわ。」


 不貞腐れるカトナリエスの頭をぽんぽんと撫でながら、ミキナリーノは諭す。口調は柔和だが、その目は真剣そのものだ。


「次は連れて行ってくれますか?」

「次か、その次くらいね。魔物退治が終わったらね。」


 カトナリエスは戦えない。魔法は習っているものの、まだ生活用の範疇で、戦闘に応用はできないだろう。ダメージを与えられなくても、嫌がらせの役に立てることはできるのだが、エレアーネもそんなことは言わない。



 しょんぼりと見送るカトナリエスに手を振り、ミキナリーノを先頭に三人は裕の待つ門の外へと向かう。最初は少人数の方が良い、ということで、他のハンターの同行は無い。


 裕は町の外、門から少し離れた畦道の端に座って三人を待っている。特にすることもないので、魔法の練習を続けていた。

 裕は、未だに第一級の魔法すら使えるようになっていないのだ。


 魔法陣を描き、詠唱しながら魔法陣に魔力を流す。それだけで良いはずなのだが、魔法は発動しない。適性がない属性でも頑張って練習すれば使えるようになるという。

 現に、ミキナリーノも適性をもたない水の魔法が使えている。

 だが、裕は何をどうやっても発動しないのだ。



「おまたせ。」


 上手くいかず不貞腐れて寝ていると、エレアーネたちが戻ってくる。


「準備は良いですか? 忘れ物は無いですか? 行きますよ?」

「お昼ご飯は後?」


 エレアーネは意気込む裕に水を差す。いや、食事の入ったバスケットを差し出す。


「……食べてからにしましょう。」


 食事や排泄は安全な場所でしておくのが鉄則だ。いつ襲われるかも分からない場所で、悠長に食事などしてはいられない。


 パンと果物、そして串焼きで腹を満たすと、裕は立ち上がり、改めて「行きますよ」と声を掛ける。


「うわわっ!」


 重力遮断遮断による浮遊感にミキナリーノは声を上げる。馬車の中でも数パーセントの遮断率で魔法の影響は受けていたのだが、四十パーセントの遮断率を受けるのは初めてである。ミドナリフフも顔を引き攣らせながら、掴まる物がないかと手を宙に彷徨わせている。


「これで走ると楽だし、とても速いのです。」


 裕は腰に繋いだ紐をミキナリーノとミドナリフフに握らせると軽く走りだす。


「ちょ、ちょっとまって! ええああえええ⁉」


 二人は引っ張られてつんのめり、転びそうになるが、体が地面に落ちていく時間が驚くほど長い。体勢を立て直して地面を蹴って裕のあとをついて跳んでいく。


 ミキナリーノとミドナリフフは必死についていくが、畑の間の畦道はまだ序の口だ。この重力遮断走行の真価は森に着いてからだ。


「では、森の上を行きます。重力遮断九十八パーセント!」

「ええええ?」

「うおおおお!」


 体重が消え失せて体が浮かび上がり、二人は思わず声を上げる。浮かび上がる、といえば楽しそうに聞こえるが、感覚としては落下と全く同じだ。だから魔物も獣も重力遮断をかけられるとパニックに陥る。


 まず最初にエレアーネが木の上に跳んで見せ、ミキナリーノがその後に続く。


「待て、待て、待て、待て、待ってくれ!」


 ミドナリフフは完全に怖気づいている。そんな程度でビビるならついてこなければいいのに。


「さあ、跳ぶのか町に戻るのか、早くしてください。」


 裕に急かされて、何とか気を取り直してミドナリフフもジャンプしてみる。

 だが、その方向は全然だめだ。一度重力遮断率を下げて地面に下ろしてやり直しである。


 何度か繰り返して、やっと木の上に飛び乗ると、森の上を南へと向かって行く。


「さあ、急がないと日が暮れてしまいますよ。」


 ミキナリーノは初めてながらなんとか頑張ってついてきているが、ミドナリフフが遅れがちだ。裕とエレアーネで引っ張ったり押したりしながら、どんどんと前へと進んでいく。


 段差も障害物も関係なく進んでいく裕たちは、それでも時速にして六キロほどにはなる。休憩しながらでも五時間ほどで三十キロを進み、裕とエレアーネは夜営の場所を探す。


 この辺りの森は、アライの周囲の魔窟のような深い森ではない。せいぜいが富士の樹海程度の原生林だ。

 地面に下りようと思えば、簡単に降りられる程度の枝密度だ。


 それはつまり、樹上からシカやイノシシなどの獣を発見できるということだ。

 さすがに大物を狩るつもりは無いが、ウサギ程度は狩りたいところだ。夕食は持ってきていないので現地調達が必要だ。


 だが、見つかるのはイノシシにクマ、そしてゴブリン。ウサギなど全然見つからない。

 そりゃそうだ。ウサギは森の辺縁部に棲む。森の奥深くでは滅多に見つかるものではないだろう。


「イノシシがいるよ。」


 エレアーネが指した先には八匹のイノシシの群があった。

 裕はそれを見て山刀を抜くと、そろそろと群れの直上へと進んでいく。そして、重力遮断を調整して群れの真ん中に降り立ったかと思ったら刃を一閃し、再び上へと離脱する。


 突然の襲撃に、イノシシの群は一目散に逃げていく。裕の攻撃を受けた一匹を除いて。

 周囲が静かになると裕たちは降りていって、イノシシに止めを刺す。そして、木の枝に吊り下げて速やかに血抜きを済ませる。


「ちょっと多すぎなんですよねえ……」


 いくら群れの中で小さい個体を狙ったとはいっても、肉は十キロ以上とれる。四人で食べれば五食分くらいにはなるだろう。エレアーネは「お肉! お肉!」と喜ぶが裕は困ったように眉を八の字にする。


 周囲の様子を見るのは樹上のミキナリーノとミドナリフフに任せて、裕とエレアーネはさっさとイノシシを解体してしまう。

 皮を剥いで水魔法で洗い、肉を切り落としてその皮で包む。内臓と頭は捨てて行くしかない。人里から遠く離れた森の中だし、肉食獣がどうとか心配する必要は無い。


 テキパキと作業を進め、ミキナリーノが「何かくる!」と叫んだときには、全ての作業は終わっていた。慌てもせずに肉の塊を裕とエレアーネで分けて背負うと、樹上へと跳び上がる。


「どちらですか?」

「あれ、なんだろう?」


 ミキナリーノの指す方を見ると、オオカミのような影が見え隠れしている。


「行きましょう。肉も手に入りましたし、ここでのんびりしている理由はありません。」

「オオカミは木に登れないから心配いらないよ。」


 不安そうな顔をする根っからの町の商人(ミドナリフフ)に声をかけて、再び樹上にでると南へと向かう。

 森の先の山岳地帯は、もうすぐそこに迫っていた。

次回、『不可思議な遺跡』


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