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第51話 魔術師協会

 夕方、商談に行くには少し時間が中途半端な時間ができ、裕とエレアーネは魔導師協会へと行ってみる。

 やたらと古臭い、無骨な建物が建ち並ぶ中にそれはある。


 扉をくぐると、中は意外と綺麗で瀟洒な……、なんてことは全然ない。暗くカビ臭く、本当に人がそこで活動しているのかと疑わしい状況だ。


「あの、すみません。どなたかいらっしゃいますか?」

「何の用じゃ?」


 呼びかけてみると、奥から嗄れた声が返ってきた。


「ここは魔術師協会で間違いありませんか? 魔法を教えて貰いたいのですが。」


 用件を告げると、魔力の明かりが天井に放り投げられる。明かりといっても、ロウソクの火のような、弱い明かりだ。その仄かな明かりに照らされて、かなり歳のいった男の顔が闇の中に浮かび上がる。


「何の魔法を教えてほしいのだ?」

「魔法というものが何なのか、というところから教えていただけるとありがたいです。」


 裕が正直に言うと、老人は不機嫌そうに表情を歪める。


「そういったことは親にでも聞け。」

「ほう。ここでは、そこらの親以上のことは知らない、ということですか?」


 裕の挑発に、老人はさらに顔を歪めて裕を睨みつける。

 だが、裕はそんなことで怯んだりはしない。

 しばらく無言で睨んでいた老人は、裕に近づき、右手を差し出す。


「金は払ってもらうぞ。無料(タダ)で教えてやることなど何もない。魔法を教えてほしいなら登録も必要だ。どこの誰とも知れん奴に、魔法を教えることなどできぬ。お主ら、ハンターか? 登録は済んでいるのか?」

「私は好野、商人です。こちらのエレアーネはハンターとして登録しています。で、お幾らくらい掛かるんですか?」


 話が進むことに安心し、裕は商業組合の組合員証を示しながら言う。エレアーネもそれに倣ってハンター組合員証を取り出す。


「二人とも初めてだな? 一人銀貨十四枚だ。払えるか?」


 有料なのは想定済みだ。カネを渡し、二人は奥へと案内されていくと、怪しげな物体を手渡された。形状はロールのトイレットペーパー。ただし、硬くずっしりとした重量感がある。


「これに息を吹き込むだけで、その人の魔法適性が分かる。」


 なんだか良く分からないが、裕はとりあえず言われたとおりに中央の穴に息を吹き込んでみる。しかし、何も起きない、と思ったら、はめ込まれている魔石の一つが毒々しい赤紫色に光っている。


「なんと。邪属性とは……」


 何とも厨二的な属性名がでてきた。


「残念ながら、邪属性の魔法は教えることができぬ。」

「な、何故です?」

「誰も使えぬからじゃ。」


 邪属性を持つ者はとても珍しく、いま使える者はいないのだと言う。百年以上も前に術者がいたという記録はあるらしいのだが。


「見せていただかなくても、どんな魔法なのかは分かるのではありませんか?」

「死人を操ることができると言われておる。が、魔法陣も詠唱の内容も残っておらんのじゃ。」

「死人を……? 骸骨兵とかもそうなんでしょうか?」

「ああ、そうじゃ。」


 裕は顎に手を当て、横目で中空を睨みながら思案する。

 骸骨兵を操る存在には心当たりがある。


 とっくの昔に倒したものだが、それがどこから来たのかは分かっていない。それの研究所でも残っているならば、何か分かるかも知れない。


 だが、それは後回しだ。裕は謎の筒をエレアーネに渡し、それに息を吹き込むと今度は何やら色々と光った。


「水に土、そして聖属性だ。お主、治癒の使い手となれるぞ?」


 老人は感心したように言うが、エレアーネはすでに第二級の治癒魔法が使える。ただし、それはここで言わないことにしているため、苦笑いで頷くだけだ。


「早速教えて貰うことはできますか?」

「まあ、待て、焦るでない。治癒魔法というのは難易度が高い。ものには順序というものがあるのだ。まずは水属性を覚えてだな」

「エレアーネは初歩の水魔法は教わってますので、既に使えます。」


 老人の話が長くなりそうだと、裕は割り込んでいく。老人はムッとしながらも話を進め、エレアーネは小さな水の玉を生み出し、差し出された器に注ぐ。


「ほう、この程度は問題ないか。ならば、聖魔法を覚えると良い。」


 聖属性には、不安や恐怖を鎮めたり、痛みを低減させる魔法があるという。その中で一番初歩的な魔法陣と詠唱を教わる。

 試しに使ってみると、上手く発動したようだ。


「おお、心が軽くなったぞい。これほど効いたのは久しぶりだ。お主、才能があるぞ!」


 老人は大喜びして、いくつかの魔法をエレアーネに教えてくれる。エレアーネはそのことごとくを成功させてみせるが、裕が同じように試してみても何も起きない。


「お主には無理じゃよ。まあ、何が何でも絶対にできないというわけではないが、適性が無い魔法を使えるようになるには相当な訓練が必要じゃ。それでも、適性がある者と同じようにはいかん。」


 老人は言ってはいけないことを言ってしまった。裕はそういわれるとムキになるのだ。「絶対に使えるようになってやる!」と息を巻く。

 だが、老人は「今日はこれまで」と二人を追い払う。


「な、何故ですか! お金だって払ったじゃないですか!」

「そんなことを言われても、もう日没の時間だ。明日にでもまた来ればいいだろう。ほれ、魔術師協会の会員証だ。」


 渡されたものは直径三センチほどの円板型の木彫品だ。穴が付いており、裕とエレアーネはそこに紐を通して組合員証とともに首から下げる。


 外に出てみると、たしかに日が暮れかけている。太陽は既に見える高さにはない。


「教わった魔法は全部覚えていますか? 忘れてしまわないよう、練習しておいてください。」

「分かった。」


 初歩的とはいえ、色々と使える魔法が増えてエレアーネは嬉しそうだ。裕の方が一つも使えるようになった魔法が無いというのがそれに拍車をかけている。上機嫌に頷く彼女の足取りはとても軽い。



 王都の滞在は三日間の予定だった。

 だが、四日目、朝起きてみると空は厚い雲に覆われ、今にも雨が降り出しそうだ。


「どうする?」

「雨は嫌だな。馬がヘバるのも早い。」


 街道は舗装などされていない。雨でぬかるんでしまえば、馬車の進みも悪くなる。夜までに次の町へと着かなければ、野宿ということになる。それはできれば避けたいことだった。


「今日は諦めよう。明日には晴れるだろう。」


 この時期の雨はそう長くは続かない。長くても半日から一日で降りやむのが通例だ。予期せぬ滞在延期に、裕は魔術師協会へ行くことにした。商談に随行する必要のないエレアーネは毎日朝から晩まで魔法を教わっているのだが、裕は忙しくて全然行く暇などなかったのだ。



「これってどうやって使うのですか?」


 挨拶もそこそこに、裕は先日買った石を取り出す。今日は先日の老人の他に、中年の女性もいる。


「魔石? 使い方と言われても、魔法道具に組み込むんだけど?」

「その魔法道具の作り方を知りたいのです。」

「金貨百九十六枚するけど、払えるの?」

「百九十六枚? 金貨で?」


 その金額に裕は目を剥き、オウム返しに聞くが、返答は変わらない。


「無理です。そんなお金ありませんよ……」

「魔法道具を作るための道具を揃えるだけでもそれくらいは掛かる。どうしても魔法道具を作りたいなら稼いでからにしてくれ。」


 にべもなく断られて一瞬落ち込むが、裕は即座に気を取り直して別の話題に入る。


「そういえば、魔術と魔法って何がどう違うのですか? 魔族が使っていたという原初魔法とは一体なんなのでしょうか?」


 裕の質問に、老人は難しい顔で説明を始めた。

次回、『魔族の魔法』


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