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花綴り  作者: つま先カラス
第一章 江戸
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第22話 二人の駕籠屋 

 草月と高杉が思いがけない人物と再会したのは、師走に入ったばかりの頃だった。

 その日、二人は日本橋にある大和屋を訪ねていた。初音――今は本名に戻ったお初――の懐妊祝いを届けるためである。

「お祝いの品って、何がいいんでしょう? 私、今まで身近にこういうことなくて……。やっぱり、産着とかですか? あ、でも、無事に生まれるまでは、控えた方がいいのかな」

「守り刀……は、武家の習いか」

 あれこれ考えた挙句、御利益があると評判の安産のお守りと、気分が落ち着くというお香を送ることに決めた。

 そろって出迎えてくれたお初と正太郎は、本当に仲睦まじく、嬉しそうに祝いの礼を述べた。

「二人とも、元気そうで良かったですね」

 こちらまで幸せな気持ちになって通りへ出た草月は、緩んだ頬を傍らの高杉に向けた。

「お店も繁盛してるみたいだし」

 店には若い娘客や使いの小僧らがひっきりなしに出入りしている。

「ここは値が手頃なわりに、なかなかいい品が揃っちょるけえのう」

 高杉自身も、何度か国元の妻あてに反物や帯などを買って送っている。

 今も、店の前に止まった駕籠から、客が店に入っていくところだ。何とはなしにそれを見ていた草月は、駕籠かきの一人がじっとこちらを見ているのに気付いた。

「……旦那?」

「え?」

「やっぱりそうだ、金蔵兄貴、あの時の旦那方だ!」

「うお!? こいつぁ、いいところでお会いしやした」

 金蔵と呼ばれた男と二人、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。

 きれいに月代を剃った頭にねじり鉢巻き。真冬にもかかわらず尻っぱしょりし、真っ黒に日焼けした姿。記憶を探ってみるけれど、知り合いにこんな人物は思い当たらない。

 戸惑って高杉を見やるが、こちらも思い切り不審げな顔。

 最初に声をかけてきた方が、覚えてらっしゃいやせんか、と頭をかいて、

「去年の秋口に、吉原で、ほら……」

「――ああ、あの時の贋作売りか」

「あ……!」

 草月はぽかりと口を開けた。

 高杉の言葉でようやく思い出した。吉原に遊びに行った時、風斎の絵を拾って逃げたあの二人組だ。当時はひげも月代も剃らず、薄汚れた着物を着て、いかにも破落戸といった風体だったが……。

「一体どうしたんですか。すっかり見違えて、分かりませんでしたよ」

「へえ、実はあれから、すっぱり悪事からは足を洗いやして」

 金蔵が照れたように鼻をこすった。

「銀次と二人、何か仕事はねえかって考えて、思いついたのが駕籠かきでさ。俺たち、学はねえけど、体力には自信がありやしたもんで」

「そうだ、良かったら、あっしらの駕籠に乗って行ってもらえやせんか? ねえ兄貴」

「おう、そいつぁいいや。なに、お代を頂こうなんてケチな料簡じゃありやせん。旦那方の言葉で、真っ当に生きようって決心がついたんです。せめてものお礼に、どうか乗ってやっておくんなせえ」

 熱心な言葉に負けて、草月は藩邸まで乗せて行ってもらうことにした。本屋に寄ってから帰ると言う高杉を残し、駕籠は軽快に走り出す。

 気の合う二人だけあって、揺れも少なく快適な走りだ。何より、

「中のこの絵って、金蔵さんたちが描いたんですか?」

 駕籠の内側一面に、細やかで美しい花の絵が描かれているのだ。

「へえ。お客に、ちょっとでも楽しんでもらえたら、と思いやして。ありがてえことに、これがそこそこ評判になって、今では絵描きの駕籠屋として贔屓にしてくれるお客も増えてきてるんでさ」

「分かります。すごく綺麗ですもん。長く乗ってても、これなら飽きないし」

 日本橋の雑多な人混みも上手くすり抜けて駕籠は南へと下り、近道だと言う堀沿いの細い裏路地へと入る。

(思ったよりずいぶん早く着きそうだな。これだと、踊りの稽古までに、もう一度型をおさらいしておく時間があるかも)

 そう思った時だった。

 出し抜けにがくんと駕籠が止まり、草月はやにわに外へと放り出された。咄嗟のことで受け身が取れず、肩をしたたかに打ち付ける。

「――痛つつ……。どうしたんですか!?」

「旦那、逃げてくだせえ!」

 焦ったような金蔵の声。

 慌てて起き上がると、横倒しになった駕籠の向こうで、金蔵と銀次がそれぞれ浪人風の男二人と取っ組み合っているのが見えた。

「金蔵さ……!」

 上げようとした声は、後ろから伸びてきた腕に塞がれる。

「大人くしろ! そうすれば悪いようには……、あがっ!」

 男が悲鳴を上げて後ずさった。

 草月が咄嗟に、肘鉄を食らわせたのだ。急いで距離を取ろうとしたところを、意外に早く立ち直った男に腕を掴まれ地面に引き倒された。

(ぐっ……!)

 衝撃と背中にのしかかる男の重みで息が出来ない。

「旦那! くそっ、旦那を離しやがれ!!」

 吠える金蔵の腕を、別の浪人がぎりぎりと後ろ手に締め上げる。

「おい、あまり手荒にするなよ。腕が使い物にならなくなったら、わしらの報酬もなくなるのだからな」

 銀次を相手にしていた浪人が釘を刺す。銀次は気を失ったのか、地面に倒れたままぴくりとも動かない。

 あっという間に草月と金蔵は両手を縛られ、用意してあったらしい小舟に乗せられた。最後に銀次も乗せようとした時、人の話し声が近づいて来た。

「……ちっ」

 男はいまいましげに舌打ちすると、仲間二人を促し、倒れた銀次を残して急ぎ舟を出した。

(どうしよう、なんなのこの人たち)

 一体どこに連れていくつもりなのか。金蔵に聞いてみたくても、とても聞けるような雰囲気ではない。

 大きな不安と疑問を乗せて、舟は静かに進んでいった。


                         *


 ――草月が踊りの稽古に来ない。

 八ツ刻を少し回った頃、女中が心配そうな顔を有備館に覗かせた。その時、久坂と志道は次なる攘夷計画を練るのに夢中で、

「うっかり忘れているだけだろう。今日は高杉と出かけたから、どこか寄り道でもしているんじゃないのか」

 と大して気に留めなかった。

 だが、しばらくして帰って来た高杉から、とうに草月は帰ったはずだと聞かされると、色をなくして立ち上がった。

「すまない、てっきりお前と一緒だと思って……。まさか、その駕籠屋が吉原での因縁を晴らそうと何かしたのではないだろうな」

「そういうふうには見えんかったんじゃがな」

 だからこそ、草月を預けたのだ。しかし、こうなったからには、その可能性も捨てきれない。ともかく、急いで探さなければ。

 日本橋にほど近い町の番屋で保護されている銀次を三人が見つけたのは、だいぶ日も傾きかけた頃だった。

「草月と金蔵がかどわかされたじゃと!?」

「面目ねえ、旦那!」

 目を覚ました銀次は床に額を擦り付けんばかりに頭を下げた。

「きっちりお送りするつもりが、とんだことになっちまって」

「侘びはええ。今は草月を見つけるのが先じゃ。襲ってきた奴らに心当たりはあるのか?」

「知らねえ顔でした。ただ、最近、あっしらに贋作を作ってくれとしつこく言ってきた奴がいて……」

「怪しいな。どんな奴じゃ?」

「どこかの大店の隠居らしい爺さんです。何でも、骨董仲間に目利きを馬鹿にされた腹いせに、贋作を売り付けて笑ってやりたいとか」

「そいつだな」

 久坂が組んだ手を顎に当てて低くつぶやく。

「大方、お前たちが承知しないのにしびれを切らして、強引な手段に打って出たんだろう。草月はそれに巻き込まれたんだ。でも、参ったな。どこの誰だか分からないんじゃ、探しようがない」

「何か、よすがとなるものはないのか? いくら裕福じゃと言っても、堅気の庶民がそうやすやすと贋作職人なぞ見つけられるものではないぞ」

「そういえば……」

 志道の言葉に、銀次ははっと目を見開いた。

「最初に会った時、あっしらのことを吉原で聞いたと言ってやした。もっぱら吉原に来る金持ち相手に商売してやしたんで、不思議じゃありやせんが」

「それじゃ!」

 いきなり高杉が大声を上げた。

「風斎なら、吉原にも骨董にも詳しい。何か知っちょるかもしれん」


                            *


 草月と金蔵が連れて行かれたのは、郊外にある大きな一軒家だった。周りには田畑が広がるばかりで他に人家は見えず、ただ傍を流れる川の音だけが聞こえる。おそらく裕福な商人の別邸か何かなのだろう。

(これじゃ、逃げても助けは望めないな……。どのみち、この状況じゃ、逃げるのも無理だけど)

 後ろ手に縛り上げられたまま、金蔵と共に床に転がされている。

 そんな二人を見下ろして、渋い顔をしたのは商人らしき初老の男である。隣で大儀そうに壁に背を預けている浪人に向かい、滔々と文句を垂れる。

「どういうことだい、私は贋作職人を連れてこいと言ったんだよ。何で関係ないお客まで連れてくるんだい」

「抵抗されたので致し方なくだ。だが、悪くはないだろう、泉州屋? そいつはその贋作職人の恩人らしいぞ。そいつの腕の一本も斬り落とすと脅してやれば、そ奴も断れまい」

「おい、ふざけんじゃねえぞ! 旦那に何かしたら、ただじゃおかねえ!」

 草月が言うより先に、金蔵が噛みついた。

 ぎらつく目に射すくめられても老人は意に介さず、ほっほっほと老獪な笑みを浮かべ、

「こちらとしても、あまり手荒なことはしたくないんだよ。ちょいとこの掛け軸に古色を施して、本物らしく見せてくれればいい。簡単なものだろう? やってくれるね?」

「……」

 金蔵は、頷くしかなかった。


                             *


 絵が仕上がるまでの人質として、草月はさるぐつわをされ、金蔵とは別に四畳ほどの小さな部屋に押し込められた。とうに陽は落ちて、辺りは薄ぼんやりとしている。

 暖を取れるものが何もないため、凍り付くような冷気が床から伝わり、縛られた体の感覚を奪っていく。金蔵と男たちの会話から、概ねこうなった事情は飲み込めたが、ここでじっとしていても埒が明かない。

(どうにかして逃げ出さなきゃ……)

 部屋の入り口は一つ。

 その戸口には草月が肘鉄をお見舞いしたあの浪人が見張りとしてついており、必死に逃げ道を探す草月を、せせら笑って見ている。

「無駄な努力はよせ。心配せずとも、あの男が仕事をやり終えれば解放してやる」

(そんな言葉、信用できるもんですか!)

 心の中で叫んだと同時、屋敷のどこかで、がたんと物が倒れる音がした。続いて、複数の足音と怒鳴り声。

(この声、高杉さん――? 来てくれたんだ!)

「お出ましか……」

 浪人は、慌てる風でもなく、ゆっくりと立ち上がると、草月に近づいて来た。

「潮時のようだな。泉州屋には悪いが、これ以上は報酬の範囲外だ。……だが、その前に」

 男の手が、草月の着物の襟元に伸びた。

「――!」


                      *


 微かに悲鳴のようなものが聞こえた気がして、銀次は足を止めて耳を澄ませた。

「銀次、どうした?」

「今、草月の旦那の声が――。こっちです!」

 さっと駆け出す銀次の背を高杉も追う。

 風斎の話から、泉州屋の隠居・伝右衛門が怪しいと踏んでたどり着いたのが、ここ、根岸にある伝右衛門の別邸だ。

「草月の旦那! いたら返事してくだせえ!」

 一つだけ、戸が薄く開いた部屋を見つけて飛び込むと、果たして探し人の姿。

「旦那! お怪我はありやせんか!」

 手早く縄とさるぐつわを解いてやると、草月はごほごほとむせながら礼を言った。

「だ、大丈夫。ありがとう……、ございます」

 口の中がからからだ。

 自由になった腕に、じんわり血が巡っていくのが分かる。

 高杉は震える草月に自分の羽織を脱いで差し出した。

「金蔵兄貴は一緒じゃねえんですかい」

「贋作を作らせるために、別の部屋に連れて行かれたんです。早く助けに行かないと……!」

「分かった。銀次、おのしは金蔵を頼む。久坂や聞多がいるけえ大丈夫じゃとは思うが。僕は草月と後から行く」

「分かりやした! 旦那もお気をつけなすって」

 銀次は韋駄天のように駆け去った。

「……久坂さんたちも来てるんですか?」

「ああ、おのしが藩邸に帰ってないと分かって、真っ先に飛び出して行った」

「すみません、ご迷惑おかけして……。そうだ、私たちも早く探さなきゃ」

 ふらつきながら廊下へ出た草月は、あっと叫んで高杉を振り返った。

「私を見張ってた人は? ついさっきまでここにいたんですけど」

「僕が来た時には誰もいなかったが」

(……まずい)

「どうかしたのか?」

「実は、何か金目のものはないかって懐を探られて、携帯端末の入った巾着を持っていかれたんです」

 とうに電池は切れているが、どうしても手放せなくて、お守り代わりに持ち歩いていたのだ。

「前に見たあの鬼火が出るアレか」

「はい。もし質屋にでも持っていかれでもしたら、不審に思われるに決まってます。役所に届けられて、出所を探られでもしたら……!」

「そいつはやっかいじゃな。よし、すぐに追おう」

 戸を蹴破って外へ出ると、川辺を目指して一散に走る。逃げるのならば、徒歩よりも舟を使うと踏んだのだ。生い茂る草木をかき分けて進むうち、突如視界が開けた。

「――いた! あそこ!」

 だが一足遅く、すでに男の乗る舟は岸から一間ほど先まで漕ぎ出してしまっている。

「持っちょけ!」

 高杉は両刀を引き抜き、草月の手に押し付けると、文字通り男へ飛びかかった。盛大な水しぶきを上げて、二人の姿が真っ黒な川の中に消える。

「高杉さん!」

 ひやりとする間があって、高杉が水面から顔を出した。

 手にはしっかりと巾着を持っている。水を吸って重くなった体を引っ張り上げ、急いで借りていた羽織を着せかける。

「大丈夫ですか!? 無茶ですよ、この冬のさなかに川に飛び込むなんて! 早く乾いた着物に着替えないと……」

「問題ない。それより、巾着はどうした。中身は無事か?」

「え? ……あ!」

 いつの間にか尻に敷いていたのを取り上げ、中を確かめる。

「大丈夫、ちゃんとあります。ごめんなさい、このせいで、こんな……」

 だが、高杉は手早く大小を身に着けると、行くぞ、と草月を促した。

「あっちの様子が気になる」

「……はい」

 背後で男が舟に這い上がる気配がしたが、草月は振り返らなかった。


                    *


 二人が屋敷に戻った時にはすでに一騒動終わった後らしく、書画や茶碗が散乱し、滅茶苦茶になった部屋の中央に、黒幕の伝右衛門が男たちの怒りの視線にさらされて、それでもなお憮然とした態度を崩さずにいた。

「頼みの浪人は皆逃げたぞ。どうする、まだやるか?」

 全身から水を滴らせて凄まじい形相になった高杉が老人の鼻先に刀を突きつけると、老人は顔を真っ赤にしてまるで駄々っ子のように喚いた。

「わ、私は悪くない! 私はただ、私を馬鹿にした奴らに恥をかかせてやろうと思っただけだ。そいつらだって、前は贋作を作って売りさばいていた悪党なんだよ! 利用して何がいけないんだい」

「悪いに決まってるでしょう!」

 言い返したのは草月だった。

 うなだれていた金蔵と銀次が、弾かれたように草月を見る。

「確かに、前は悪いことをしてたかもしれない。でも、今は改心して、真面目に頑張ってるんです。それを、無理やり悪事に加担させようだなんて、あなたの方がよっぽど悪党じゃないの!」

 駕籠に乗せてもらっていた道中、色々と話してくれた。

 最初は中々お客がつかずに苦労したこと。

 それでも、揺れない担ぎ方を研究したり、駕籠に絵を描く工夫をしたりして、少しずつ客が増えてきたこと。

「でも、昔のあっしらを知る人の中には、未だに信用してくれない人もいて……。だから、嬉しかったんですよ。旦那が乗ると言ってくれた時は」

 しみじみとしたあの声が忘れられない。

「あなたなんかに、二人を悪く言う資格なんてありません!」

「旦那……」

「……う、うるさいうるさい! これを見ろ、本物の志野茶碗だ。あの壺も、掛け軸も、皆本物だ! 私の目利きに間違いはないんだッ!」

「いいえ、残念ながらそれは贋作でしょう」

 静かな声は、戸口から聞こえた。

「え、風斎さん!?」

 一同が唖然として見つめる中、風斎はゆったりとした足取りで近づいてくると、そっと伝右衛門の前に膝をついた。

「志野なら、もっと形が豊かです。おそらくそれは、近年の作に汚しを入れて古いように見せているだけでしょう」

「そ、そんな……」

 伝右衛門は十歳も老け込んだようにがっくりと肩を落とした。風斎はその手をそっと握り、

「伝右衛門さん、もうよしましょう。どんなに目利きの人間でも、間違うことはある。本物でも偽物でも、自分が良いと思ったものを愛でる。それでいいじゃありませんか」

 柔らかな、諭すような口調だった。

 伝右衛門の顔がくしゃりと歪み、ぽたぽたと涙がこぼれた。風斎はその背をあやすように優しく撫でていた。


                         *


 何度も頭を下げて、金蔵と銀次は帰って行った。

「きっと、江戸一番の駕籠屋になってみせやす!」

 そう、力強い言葉を残して。

 風斎は、ここで伝右衛門さんについていましょうと申し出た。

「分かった。……それにしても、おのしがいきなり現れた時は驚いたぞ」

「ほほほ。高杉様には来るなと言われましたが、やはり心配で。まあ年寄りの冷や水と思ってご容赦ください」

 外へ出て四人になると、草月は改めて頭を下げた。

「あの、助けていただいて本当にありがとうございました。何度も迷惑おかけしてすみません」

「まったくじゃ。お前は何回かどわかされたら気が済むんじゃ」

 志道が毒つくと、高杉も面白がるように、

「つくづく厄介ごとに縁があるようじゃのう」

 草月は深々とため息を付いた。

「……自分でもそう思います。真剣にお祓いを考えますね」

「でも本当に君が無事で良かったよ」

 久坂がぽんぽんと草月の背中を叩き、

「さあ、早く帰って熱い風呂に入ろう。すっかり冷えてしまっただろう」

「私は大丈夫です。それより高杉さんが……」

 すでに濡れた着物は脱いで、久坂や志道の着物を借りて着ている。本人は平気な顔をしているが、きっとかなり寒いはずだ。

「そうだな。僕も少し寒い。風呂の後は熱燗で一杯やろう」

「あ、じゃあ、今日のお礼に御馳走させてください!」

「ほう、そりゃあ楽しみじゃ。妓も呼んで、派手にやろう」

「え、高杉さん、それはちょっと持ち合わせが……」

「酒も飲み放題か。楽しみじゃのう」

「志道さんまで! もう、久坂さん、何とか言ってくださいよー」

「心配しなくても冗談だよ」

「わしは大真面目じゃぞ。なあ、高杉?」

「もちろんじゃ。草月、男たるもの、二言はなしじゃ」

「誰が男ですか!」

 閑静な田舎に賑やかな笑い声が響く。

 じゃれ合う四人を乗せた舟は、静かに下って行った。




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