第3章―(1)
土曜日とんで日曜日。
買い物予定であった土曜日は時期不相応の激しい雷雨によって延期となり、その振替が今日である。今日は文句なしの快晴で、太陽に「せっかくの休日くらい外に出ろ」とどやされているようだ。休日という字に「休」と付いているのだから、本来は家にいなければならないものだと俺は思うんだがな。
おっとまた悪い癖が。
さて、今日はショッピングモールに三姉妹を引き連れて、火事で焼かれてしまった日用品、洋服その他もろもろを今日一日で全部買ってしまおうという算段だ。勿論金も全て俺の預金からである。……まぁ、俺の金じゃないし無駄に有り余る金を困っている人に使ってもばちは当たらないだろう。
「あらあら、四人でおでかけ〜?」
準備も整って、アパートのボロ階段を四人揃って降りて行くと、下ではいつも通り大家のおばちゃんがさっさとあるのかないのかわからないゴミを掃いていた。四人揃って軽く頭を下げると、おばちゃんはふわっと膨らむシャボン玉のような笑顔でこちらに手を振ってくる。
「一葉たちの日用品も揃えなきゃと思ってさ。これからデパートでショッピングって感じ」
「そっか〜楽しんできてね〜」
妙ちきりんな四人を端から順に見て、溶けるチーズのように頬を緩めるおばちゃん。それもその筈、一葉は言わずもがな突出した容姿も涙するような学校の赤いジャージ上下。二葉と三葉は金曜日に買い出しにデパートに行った時に急遽購入したショートパンツに俺のTシャツ。俺は一人だけ着飾るのも変なので、黒のパーカーとジーパンで地味に仕上げた。どうみてもこれはデパートにショッピングというよりは、徒歩二分のコンビニにちょっくら買い出し行ってくる〜の装備である。
「おばさん、昨日はお昼にきんぴらごぼう頂いたみたいで……、ありがとうございました!」
一葉が深々と頭を下げるのを見て、いいのいいのと宥めるおばちゃん。おばちゃんに会うとなぜか毎度頭を下げている一葉がいることが最近のパターンだ。
「オオヤオオヤ! 今日は何くれる!?」
「バカタレ! 図々しすぎだっての!」
相変わらず馴れ馴れしい二葉に戒めのげんこつを落とす一葉。
「いてー! もーヒトハ殴りすぎ! バカになったらどうすんの!?」
「アンタは元からバカでしょ!」
「……ふふ、ホントにフタバは食いしん坊……」
「ミツバになったらどうすんの!?」
「それどういう意味だ!? っていうか言い直すな!」
相変わらずがやがやと揉める三姉妹をどうどうと止める俺。
「お、おいおまえら落ち着けって……。悪いおばちゃんそんなわけでちょっくら行ってくるわ」
「ふふ、気をつけてね〜」
そう言っておばちゃんから眼を話し、下りの坂道へと歩を進めようとすると、
「なんだか家族みたいだな〜」
後ろでおばちゃんが何か言ったように聞こえたが、俺が振り向いた時にはおばちゃんはもう掃除の続きを始めていた。
◇◇◇
「どうかな?」
俺の前でモデル顔負けのポーズをとり、俺を魅了してくるのは勿論一葉だ。あらかじめ試着の前に十五着以上の候補を手に取り、長い時間品定めした後、結局見るだけでは決めきれずに現在八着目に突入中。ふわっとしたイメージの鮮やかな薄い緑掛かったワンピースに白いカーディガンを羽織り、頭に茶色のキャスケットを乗せる程度に被っている。イメージするなら間違えてデパートに舞い降りてしまった森の妖精だ。
「お、おお……めっちゃ似合ってるよ」
「もーハルキさっきからそればっかり!」
それは仕方がない。一葉のその突出した容姿に似合わない服など存在しないのだ。おまけにスタイルも良く、出るところはしっかり出ているので先程からモデルが目の前でポーズをとってくれているようにしか見えない。
「他にどう言えってんだよ」
「そ、それは……可愛いとか……さ……」
「え、なんだって?」
声が小さくて後半が聞こえない。
「な、なんでもない! ハルキはボキャブラリーなさすぎなの!」
「そんなこと言ったってホントに全部似合ってるんだからしょうがないだろ」
これじゃあ決められないじゃん……などとブツブツと言いながらまたカーテンを閉める。試着室のカーテンの向こうでは既に九着目に手を掛けているころだろう。あらかじめ一人三着までと言ってあることが、一葉を悩ませている原因だ。というか制限しなかったら全部買う気だったんじゃないだろうな……。恐ろしいことこの上ない。
「……ハルキ……」
一葉の右隣りの試着室から三葉が恥ずかしそうにカーテンを開く。おさげにしている方の肩が露出していて、そこから中に着込むタンクトップが見える。下は白いフリルの付いた黒いミニスカートを履いて、同じく黒のニーソックスで合わせている。大人になりたくて背伸びをしているような、なんとも三葉らしいチョイスだ。
「……」
三葉は俺の眼をじっと見て、何かを求めるような視線を送ってくる。
「可愛いな、ミツバ」
「ほ、ホント……!?」
俺の言葉に向日葵が咲くように表情を明るくする。しかし恥ずかしくなったのか、さっさとカーテンを閉めてしまった。むう、もっと見たかったのに…。
「ねー、ハルキ助けて! ひっかかったひっかかった!」
カーテンの向こうで何やら騒ぐ声。
勿論この声の主は二葉であるが引っ掛かったって?
「おーい大丈夫か?」
「ベルトが! カーテンに〜!」
「開けるぞ?」
そう言って、カーテンを開くとベルトに付く飾りの鉄製の星の先端にカーテンが引っ掛かっていて、二葉はお尻を突き出すようななんとも間抜けな格好をしていた。また起用な引っ掛け方をしたもんだ。
「ふえ〜取れた〜……」
俺がすぐにとってやると、ようやく無理な体勢から解放された二葉は一息ついた。二葉の格好は、モスグリーンのキャップを斜めに被り、白いカジュアルなデザインのTシャツに七分丈の足のラインが見えるすらっとしたジーンズを履いている。先程の二人とはまた別な路線で、ボーイッシュかつ可愛いらしいコーディネイトだ。
「うん、やっぱりフタバも似合ってるな」
「ホントか!? へへー」
少し照れるように見せる二葉。どうやら俺の審査の甲斐あって三人とも気を良くしたらしく、俺が描写した服をそのまま着ていくことにしたらしい。そのほか全員分で計六着を購入し、一葉が「また来ようね」などと言うので苦笑いだけ返しておいた。大多数参加のミスコン審査員を一人でこなすようなものだからな。
その後日用品などを三姉妹に買わせている間に、俺は事前に採寸を済ませておいた一葉の制服を取りに行った。若干受け取る時の店員の訝しげな表情は気にしないでおく。制服を受け取って、待ち合わせ場所に行くと、一体何を買えばその袋の量になるんだと言いたくなるような膨らみと量を、自分達では持てずに床に置いて、自動販売機の前で休憩していた。
「……おま、ちょ、マジかこれ……?」
「えへへ……ちょっと買い過ぎちゃった」
語尾に星でも付きそうにお茶目に答える一葉。遠慮せずなんでも買えと財布の紐は緩めてはいるが、まさかこれほどまでとは……。いやたぶんいくらなんでも最初だけだろう。そう信じたい。
生活必需品は買い終えて、そろそろデパートを出ようかと出口に向かって歩いていると、明らかに三葉の視線はある一方へと釘付けになった。その視線の先は、この辺りではかなり上手いと評判のアイスクリーム屋『21ICE CREAM』がある。
寝言でも呟いていたが、そんなに好きなのか。三葉のそれは店頭に覗く色とりどりのアイスクリームを溶かしてしまうほどの熱い視線を向けている。
「――ミツバ?」
「へ!? …………あ……」
先行く俺達の後ろでアイスクリームとの距離が広がるのを口惜しそうに小さい歩幅でついて来る。
「……アイス食うか?」
「いいの!? ……あ、いや、フタバが食べたいなら……」
可愛いやつめ。
「おーいヒトハフタバ、アイス食ってかねーか?」
「あ、いいね。ここのアイスクリーム美味しいんだよね〜」
「おー! アイスアイス! あたしチョコー!」
「じゃあ私は抹茶かな〜」
二人の賛成を聞いてから三葉に眼を移すと、店頭の冷凍庫を鼻がつくほどの距離で品定めしていた。
「……ミツバは何食う?」
「え、えっとえっと! バニラとチョコミントとストロベリー!」
まさかのトリプルですか。まぁ、三葉の面白い様子も見れたし、これはこれでいいか。
注文を済ませ、店員のお姉さんがアイスクリームをコーンに乗せる様子をいつもとは違う爛漫な笑顔で眺めている三葉。トリプル完成品を受けとって、眼には無数の星が流れている。
「ミツバ上手いか?」
「うんおいひー! …………じゃなくて、おいしー……です……」
少し控えめに気持ちを抑え、三葉はコクリと頷いた。頬を朱色に塗って、それでも幸せそうな表情を隠しきれない三葉に、ついつい俺も頬を緩ませずにはいられない。アイスクリームでこんなに喜んでもらえるならいつでも買ってあげたい。そんな親バカチックな事を考えながら、俺達はデパートを後にした。
四人で歩いていると、美人三姉妹への視線がすごい。先程まではお粗末な服装でカモフラージュされていたが、オシャレにコーディネイトした途端に覚醒した。まぁ一葉達が注目されるのはいいが、俺の居場所がどんどん狭まってきて息苦しい。なんというか場違い感が半端ない。先程までは勝っていたパーカー&ジーパンも、一葉たちが変身した今となっては下剋上である。それに加えて溢れんばかりの笑顔でアイスクリームを美味しそうに食べているのだ。何かのプロモーションビデオの撮影か何かと勘違いされても不思議ではない。
「ねえハルキ? あれってドラマの撮影じゃない?」
「え!? ヒトハお前ホントに芸能界デビューしたの!?」
「は? 何言ってるの、あれよあれ」
「あれ?」
一葉が指し示す先では、大勢の人だかりと大きなテレビカメラやら大型マイクやらが、デパートの駐車場で撮影を行っている。危ない危ない、心の中で思っていることが言葉に出てしまった。それにしても人が多い。野次馬かと思ったが、どうやらエキストラのようだ。計30人ほどが、監督とおぼしきサングラスを掛けたおじさんに指示を受けている。
「ちょっと見に行ってみない?」
「いいけど……、フタバもミツバもいいか?」
「見たい見たい! ドラマ!」
「……ちょっと興味あるかも……」
全員可決で、少々の野次馬根性で撮影の輪へと近付いていく。これ以上は近寄れないという旨の所まで近付いて、中の様子を覗いてみる。
『はい、カットー! オッケーでーす!』
その場にいる全員に響き渡るほどの声量が響き渡ると、周りはお疲れ〜などと撤収の準備に取り掛かり始めたようだ。
「なんだ〜終わっちゃったのか〜」
一葉が残念そうに口を尖らせてから、最後の一口のコーンを口に入れる。
「ま、しょうがないから帰るか」
「そだね」
では我が家へ……そう思った時だった。ふと振り向くと、ばったりという言葉がこれほど当て嵌まる瞬間はないだろう。クラスメートの花咲嘉穂がそれはもう目撃してしまったと言わんばかりの眼をこちらに向けていた。
「碧原さんに……草野くん?」
花咲は俺達を呼ぶ声とは裏腹に、視線は少し下、要するに二葉と三葉へと向いている。何か嫌な予感がするな。無駄に俺達の髪色が同じなために、その二葉と三葉を訝る視線はまるで……、
「あ、あなたたち……結婚していたの……!?」
「って、飛躍しすぎだろ!?」
せいぜい兄妹ぐらいかと思ったけど、想像を遥かに越えた勘違いしちゃったよこの人!
「こんにちはー! ほらミツバ! 知り合いらしき人に会ったらアイサツ!」
こういう面はとてもしっかりしている二葉が先に頭を下げて、三葉にも挨拶を促す。
「……こ、こんにちは…………」
少し控えめに挨拶をして、すぐに俺の後ろへと隠れてしまう。今だけは俺の後ろに隠れてほしくない。
「あ、……こ、こんにちは……って! そ、そうじゃなくて! 高校生で既に二人の子持ちだなんて、あなたたち絶対おかしいわ!」
「人聞きの悪い事を大声で言うんじゃない!?」
この前知ったクールな面はどこかに置き忘れてきたように、ひどく慌てふためいている。なんとなく感じてはいたが、かなり天然だろこの人。
「違うのよ、花咲さん! 二葉と三葉は私の妹なの!」
「い、妹……? く、草野くん! 三姉妹全員を手ごめに……?」
「アンタは俺をどういう目で見てるんだ!?」
これじゃあ埒があかない。妄想が常人の遥か上へ行ってしまっているこのお方に、俺はあれやこれやと碧原三姉妹との関係性について、事細かに同居生活がばれない程度に説明してあげた。
「……ふーん、なるほどね、それで碧原さんを助けてから家族ぐるみのお付き合いをするようになったというわけね」
「この間もそう言ったろ……」
なんだか最近言い訳ばかりが上手くなっている気がするな……。しかしばれて一葉たちの住み処がなくなるのは困る。ここは譲れない。
花咲はまだいまいち納得していないような顔で腕を組ながらジーっと俺達をすがめ見ている。
「……まぁ、いいわ。ごめんねおじゃましちゃって。私そろそろ次の撮影先に行かなきゃならないから」
「撮影先?」
「そ、私エキストラだけど、今放送してる深夜ドラマに出演してるのよ」
「マジで!? 台詞とかあるのか?」
「一般市民だからなしよ」
これは驚いた。なんでも、将来は女優として仕事をするのが夢であり、現在学校の合間を縫ってエキストラとして勉強中であるらしいのだ。
「ジョユーさんなのか! サインくれ! サイン!」
もう既に敬語を捨てている二葉は、先程のアイスクリームのコーンに巻き付けられていた紙を差し出しながらサインをねだる。
二葉それはちょっと酷いぞ。
隣では三葉がボーっとしながら花咲の表情を見つめている。たぶん、化粧と衣装で大人な雰囲気をこれでもかと醸し出している花咲に見とれているのだろう。
「すごいな〜花咲さん。もう将来に向けて動き出してるんだ……」
「そんな事……ないわよ……」
一葉の素直な感嘆の声に、微かに頬を染める花咲。
一葉の言う通り、本当にすごいと思う。俺なんか将来の事なんて、今の今まで考えてこともなかった。ただ普通に大学へ行って、ただ普通に会社に入って、その途中でほんの少しの幸せを得られればそれでいい。そのくらいしか考えていなかったから、花咲の行動力と現実に目を向けるひたむきさは、すごく尊敬できる。
「ごめんなさい、もうそろそろ行かなきゃ」
「うんまた学校で、花咲さん」
「ふふ……あなたたち、あんまり堂々と行動してるとそのうちばれるわよ」
そう捨て台詞を残して、花咲は他のエキストラが乗り込んでいると思われるバスに向かって走り出した。
も、もしかしてばれてる……?
少し悪戯に笑みを零して行った彼女の表情は、そうとしか思えないものだった。
まぁばれてるにも程度はあるが……。
ちょうどそのバスに乗り込み際、花咲はこちらに振り向いて、
「カホでいいからー!」
と一葉に向けて大きく手を振っていた。
「よかったじゃん」
「へへへ〜!」
隣で驚き眼を見開く一葉に肘でちょいっとこずいてやると、大層嬉しそうに白い整った歯を見せた。
◇◇◇
休み明けて月曜日。どうにも休日の後の学校っていうのは体を重くさせるようで、睡魔との闘いを終えた休み時間ともなれば机に突っ伏せざるを得ない。一応授業は真面目に聞いているため、貴重な十分間を無駄に過ごすわけにはいかないのだ。だが至福のスリーピングタイムを妨害してきたのは、眠気の一つも見当たらないミネラルウォーターのような笑顔でやってきた佐久間だった。
佐久間は俺の前の不在の席に腰掛ける。
「なぁハルキ」
「……」
「起きてるだろ?」
「寝てるよ」
バレバレな嘘をついて、観念して顔をあげる。
「碧原……最近笑顔増えたよな」
「ん、ヒトハ? あ、ああそうだな、花咲とも友達になったみたいだしなあ」
最近て。同じクラスになってまだ二日しか経ってないぞ。
「ホント、筑紫じゃないけど何したんだ?」
佐久間はいつものにこやかは自分の席に置いてきたように、真剣な顔で問い詰めてくる。
一葉が笑ってる事や友達作っている事がそんなに珍しいのか? それとも俺が女の子と友達になったことが珍しいのか? ってやかましいわ!
「別に何も……。まぁ俺も仲良くなったのは確かだけどよ」
「だからどうして仲良くなれたんだ?」
机に手をついてずいっと顔を近付けてくる佐久間。
妙に食いつくな……?
「…………お前……ヒトハと仲良くなりたいの?」
俺が核心を突いてやると、近付けていた顔がみるみるうちに赤く染め上がっていく。
「いやー! そういうわけじゃあなくてな! ただほら、同じクラスだし、やっぱり仲良くなっておかないとだな! 今後学校活動において――」
その後もなんか言っていたが割愛。要するに佐久間は一葉と友達になりたいらしい。思えば佐久間もモテるはモテるんだが、友達と言えるほどの女の子っていないよな。だいたいが佐久間のファンって感じで対等じゃないからな。
「いいんじゃね? ヒトハも友達増やしたいって言ってたし、あいつ喜ぶぞ」
「そ、そうか?」
「今話かけてくれば? そこで三人で話してるじゃん」
俺が指す先では一葉と葵と花咲が楽しそうに談笑している。
「いや、無理だ俺には」
どの口が言う。いつもにこやかに女の子に手振ってあげるように行けばいいだろう。
「自慢じゃないが俺は自分から女の子に話しかけたことはないぞ!」
自慢じゃねえか! 自分から話しかけなくても向こうから寄ってくるってか! 殿様かお前は! くるしゅーないってか!
すんっと胸を張っている佐久間を睨んでから、俺はもう一度机に突っ伏す。
「だからハルキに頼んでるんだ! あの輪に一緒に行ってくれるだけでいいから!」
今までに経験のないすごい力で肩を揺すってくる。
ちょ、痛い痛い!
「わーっかったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ!」
くっそー俺の貴重な休み時間が……。
俺はもうやけくそになって、佐久間を伴って談笑の輪に向かって行く。
「おーいヒトハ〜」
「あ、ハルキ寝てたんじゃないの?」
話し笑顔そのままにこちらへ振り向く一葉。
……このままじゃ三年寝太郎なんてあだ名を付けられかねんな。
「いや〜佐久間がさぁ……」
「みんなアドレス交換しないか! せっかく同じクラスになったことだし!」
俺が説明する前に、声高々に自分の携帯を掲げる佐久間。
全然普通に話しかけてるじゃんか。まぁちょっと声が裏返っている気がするが。まぁ最初にアドレス交換を出したのはいい作戦だな。
「お〜お〜! サンセーサンセー! アド交換は友達の証だ〜!」
葵が嬉しそうに自分の携帯をいじり始める。花咲も満更じゃなさそうに何も言わずとも携帯をブレザーのポケットから取り出す。
まぁこの流れの手前、俺も携帯を取り出さない訳にはいかないだろう。メールとか面倒だからあんまり好きじゃないんだけどな。
「ナニナニ? なんの話してーんの?」
筑紫も集まりを嗅ぎ付けて、もうそろそろ暑苦しいマフラーを揺らしながらやってきた。
「みんなでアド交換しようって話しだよ!」
葵が元気よく答えて、「あたしは準備オーケーだよ〜!」とテンションマックスである。筑紫も「俺も俺も〜!」と相変わらずのチャラさを醸し出している。と、その横で一人俯いている奴がいる。誰であろう一葉だ。
「ヒ、ヒトハどした?」
俺が尋ねると、一葉は涙目を俺に向けながら、
「……持ってない」
「へ?」
「私携帯持ってないよ〜!」
泣きついてきた。
「あれ? ヒトハ緑のケータイどうしたんだい?」
葵が不思議そうに一葉の表情を伺う。前は持っていて今現在ない……ってことは、
「携帯火事で「おっとおおおお! そうだそうだ! ヒトハは家に忘れてきたってさっき俺に言ってたじゃんか〜!!」
火事の事をあっさり言おうとするんじゃない!? また色々とややこしくなるから!
俺は半ば強引に一葉の首に腕を回して口を塞ぎながら抱き寄せる。
(携帯あとで買い行くぞ)
そして一葉の耳元で囁いてやると、顔をトマトのように真っ赤に染めながらうんうんと頷く。
やべ、ちょっと焦ってきつく絞めすぎたか。俺が謝って解放してやると、息を荒げながらそれでも何かを言いたげに呼吸を整えようとしている。
「と、というわけで、アドレス交換は明日! いい!?」
ここぞとばかりにお嬢に戻って、ビシッと人差し指を俺達に向けて拙い足取りで教室から去って行った。
ていうかどこに行くんだ、もう授業始まるぞ。なんというかだんだんわかってきたが、慌てるとお嬢に戻るんだな。
「な、なあハルキ……」
「ん?」
佐久間が両手に携帯を持ちながら目を向ける。
「俺……なんか悪い事したかな?」
ある意味な。でも俺は答えないでいてやった。




