第2章―(1)
「ホットドックだぁ!!」
翌日。いつも通り無気力な朝を迎え、毎度お馴染み朝の身支度が始まるわけだが、本日からは一味違う。地球の公転周期のように変わらなかった日常を崩す、いわば閏年のような存在が俺の日常に追加されたからだ。細長いパンの真ん中で谷を作ってあげて、キャベツや玉ねぎを敷いて焼いたウインナーを乗っけただけの時間のない朝の心強いお手軽メニューを四人分の皿に盛り合わせていると、朝もはよから快活な声でメニューの名を叫ぶ娘がやってきた。
「へぇー、食べたことないよ! 早く食べたい!」
様々な方向からまじまじとホットドックを眺めているのは、碧原家次女二葉、小学六年生。寝癖であちこちに跳ねた栗色ショートカットを揺らし、好奇心旺盛の輝く無垢な瞳には一片の曇りも見当たらない。俺の貸したTシャツが大きすぎてほとんどワンピースのように着こなしてる。
というかホットドック食ったことないって、今まで何食ってきたんだ?
「こーらフタバ! いただきますしてからでしょ!」
既に我慢しきれず、二葉がホットドックを小さな口に運ぼうとしているのを目撃したのは、碧原家長女一葉、俺の同級生。一つの枝毛も見当たらないような腰辺りまで流れる栗色の髪の毛。二重によってはっきり主張をするくりっとした眼。綺麗な放物線を描く整った鼻に自然な口角のあがりがさらに美しさを増長させる。決して細面とは言えない輪郭は幼さも垣間見せて、まるで西洋人形を連想させる完璧な美人だ。
しかし今の服装はといえば、俺が貸してあげている飾り気皆無の学校の赤ジャージ上下。学校ではすっかり令嬢・高飛車キャラが成り立ってしまっているが、学校のやつらが見たらどう思うんだろうな。
「朝からヒトハうるさいー! いいじゃんハルキが作ってくれたんだから!」
「だからこその感謝の気持ちを込めてのいただきますでしょ! ごめんねハルキ、せっかく昨日分担表作ったのに……」
そう、昨日作った生活分担表によれば今日の朝飯は一葉+妹達のはずだったのだが、いざ起きてみると台所には誰もおらず、結局俺が急いで仕度するはめになったのだ。
「朝弱いなら先に言えよ……。つーか時間ないからささっと食え」
俺の言葉を受けて口を尖らして目に見えるほど落ち込む一葉に、時計を指しながら促す。
「…………はょ……」
そこに目をごしごし夢うつつな表情で、全員の耳に届くぎりぎりの声量で挨拶をしながら座布団に正座してきたのは、碧原家三女三葉、小学四年生。天真爛漫な二葉とは対照的に大人びた印象。四年生にして既に人生を悟ってしまったような、クールであまり感情を表に出さない奴だ。いつもは栗色の長い髪をポニーテールに束ねて右肩おさげにしているが、今は寝起きで一葉とほぼ同じような髪型になっている。妹達も一葉同様端整な顔立ちをしていて、三人が食卓に並ぶとまるでお人形とのおままごと遊びをしている感覚に陥る。三葉は普段の眠そうな眼をさらに細めて、ホットドック一点を見つめながら固まっている。
「おはようミツバ、よく寝れたか?」
聞いているのか怪しかったが、俺がそう問い掛けると五秒くらいの間の後、ひとつゆっくりと頷いた。
「へへーミツバは寝言でよくソフトクリームおいひーって叫んでるんだよー」
「言ってないし何適当言ってんだ! アホフタバ!」
二葉が茶々を入れるのを皮切りに三葉がチョップを食らわせる。
「イデーー!」
大人びていると言ったが、まだまだ年相応の可愛いらしさも残している。
「っし! みんな揃ったし、食うか!」
『いただきまーす!』
火事によって家を失った碧原三姉妹。
まさか一緒に住むことになるなんて夢にも思わなかったが、一先ず新たな生活がスタートしたようだ。
変わるわけないと思っていたし、変わってほしくないと思っていた日常。それがこうも簡単に変わってしまうなんて、人生ってもんはつくづく行き当たりばったりだ。
ただこういう変わり方なら悪くない。
穏やかな生活、賑やかな食卓。
今までの俺の人生に足りなかったものが舞い込んできたことに、気がつくと俺はそんな変化をとても嬉しいと感じていたのだ。
「あれ、フタバとミツバは学校まだないのか?」
今だ呑気に朝のアニメに熱中している二人を見て、結局朝は洗い物だけすることになった一葉に問う。
「二人は来週からなの。でもよかった、Tシャツだけでなんて学校行かせられないもん」
「そりゃそうだ」
洗い物中の一葉の横顔が悪戯小僧のように笑うのが見える。
なんでこれで人見知りなんだ……。普通に俺とも会話できているし、今のだって自然で可愛い笑顔なんだけどな。
「……? どしたのハルキ、私の顔に何かついてる?」
「おわ! え、いや……」
いつの間にか洗い物が終わっていたようで、ボーッと眺めていたのがばれたらしい。一葉は不思議なものを見るような様子で、きょとんと首を傾げている。
「……ハナ、泡ツイてるぞ」
「え、ウソ!?」
素早く鼻を隠すように手で覆って、どこどこと慌てふためく一葉。
「ウソだよ」
「ええ!? も、もう!」
俺の機転の効いた言い訳は見事に成功したわけだが、一葉からプロレスラーも顔負けのチョップをお見舞いされたのには驚いた。意外と乱暴な奴である。かなり痛いし。ていうかこの三姉妹はチョップが好きだな。
俺が制服に着替える頃、ようやく一つ重要な問題に気がついた。よくよく考えれば一葉の制服がない。というか大体の物は灰と化してしまったわけで、教科書も学校鞄なんかもありゃしない。
「ヒトハどうする? 今日はとりあえず休んどくか?」
いくらなんでもジャージで登校はあんまりだ。昨日すぐ洗濯して乾かしたが、所々煤けて黒ずんでいるし。
しかし一葉は、
「行くよ。授業も遅れちゃうし……折角新しいクラスなんだもん。今度こそは溶け込みたいよ……!」
と大きな使命に燃える表情で下唇を噛む。
「それに……」
二の句を告げる前に俺の方へ顔を向けると、上目遣いで朝日にも勝る笑顔をくれて、
「ハルキもいるし……ね?」
そう言葉を繋いだ。人に必要とされることが言い表せない程嬉しいものだとは思わなかったから、つい俺は恥ずかしくなってそっぽを向く。
「お……おお、まぁなんかあったら言えよ……」
「うん!」
一葉なら大丈夫さ。その明るさなら誤解だって解けるし、友達だってすぐに沢山できるようになる。そのためのお手伝いなら、喜んで引き受けてやるさ。
「あらあら、ハルちゃんヒトハちゃんおはよ〜」
古めかしい錆がかった鉄製ボロ階段を二人で下りて行くと、俺達を一緒に住まわせるという奇天烈妙案を提案した大家のおばちゃんが、いつもの通りアパート前を竹箒で掃いていた。
「おはよおばちゃん」
「おはようございます!」
一葉が深々と挨拶すると、あらあらなどと言いながらおばちゃんもすかさず直角お辞儀。いつもフランクな挨拶しか交わしてなかったもんだから、かなり新鮮である。
「フタバちゃんとミツバちゃんは?」
頭上にクエスチョンマークを出すように首を傾げるおばちゃん。
「小学校は来週からなんだと」
「そうなんだぁ。じゃあお留守番なんだね〜」
泡のように笑顔が弾けて、そのままいつも通りに柔らかないってらっしゃいをプレゼントしてくれるおばちゃん。俺と一葉も釣られて浮かぶ笑顔で手を振り、その場を離れた。
状況が変わろうがやることはさほど変わりゃしない。
そう簡単に日常が百八十度変わるなんてことはないさ。
ただ、問題はここからだ。だいたいこの時間に家を出ると、必ず登校中出会う奴らがいるのだ。一葉には言っていない。一葉の人見知りとやらを治せるかもしれないからだ。それにあいつらなら誤解もすぐに解けるだろうし、少し……というかかなりアホだが気のいい奴らだ。
この作戦は上手くいくはず。
下りの急勾配を木々の隙間から覗く朝日に眼を眩ませながら歩いていく。いつもは一人のこのゾーンも、二人で歩くと何やら新鮮な雰囲気である。これで平坦道だったら、いい散歩コースなんだけどな。
そんな事を考えながら、ただひたすらにお互い無言で歩いていると、道路を焦がす音が聞こえてくる。この音はスケボーだな。そんな音がだんだんと近づいてくる頃、俺が振り向くと予想通り筑紫正志が颯爽と愛機で滑ってくるのが見えてきた。ただ遠目に見ると、何やら顔が強張っていて、いつもならもうスピードを落としていてもいい距離なのだが、筑紫は一向にスピードを落とす気配はない。考えるのもつかの間、挨拶も交わさず猛スピードで俺達をかわして去っていってしまった。
「あ、おい筑紫〜! ……なんだあいつ?」
「友達?」
「ん、ああ、そうなんだけど……」
一葉も不思議そうに、高速で下って行く筑紫の後ろ姿を眺めている。気付かないなんて事はないと思うんだが、一葉と一緒だから他の奴だと勘違いしたのか? といっても栗毛なやつなんて他に知らないんだがな。
しばし豪快なシカトを決め込んでくれた友人の後ろ姿を眺めて、仕方がないので再び歩きだす。もう少し下ると平面道路となり、交差点へと差し掛かる。そこではもう一人腐れ縁のイケメンがいるはずだ。……まぁ、本当はあまり会わせたくないんだが、一葉の人見知りを治してやるためだ。妥協してやることにする。
「あれ、さっきのスケボーの人じゃない?」
まもなく坂道も終わりに差し掛かる折、一葉が前方を示す。見れば筑紫と例のイケメン佐久間恵介が、何やらこそこそとこちらを見ながら話し合いを繰り広げている。
「おーい、筑紫〜佐久間〜」
俺は何の気無しに一葉を伴って声を掛けると、筑紫が俺に任せておけと言わんばかりに佐久間を制して、俺達の元にゆらりと近づいてくる。その表情は深刻そうなようで、驚きも滲み出ているような複雑そうな面持ちだ。
「ハルっちゃん……」
頭を俯かせながら仁王立ちし俺達の前に立つ筑紫は、よく見れば肩を震わせている。そして顔を上げ、眼を見開き光線でも出しそうな眼光で俺達を順に見ると、
「逆タマかコノヤロー!」
と周りも気にせず咆哮した。筑紫のアホ発言で人の多い交差点での視線は俺達の独り占めである。ていうか対面早々何口走ってやがるんだこいつは。
「ハルっちゃん! そりゃ確かに昨日ちょっとお話して顔見知り程度にはなったけど、その次の日に朝帰りしてくるようなナンパな奴に育てた覚えはないぞよ!」
お前に育てられた覚えもないけどな。というか見た目だけならお前のほうがよっぽど軟派っぽいぞ。それよりも、もしかして俺達って傍目そんな風に見えてるの!?
「ば、ばか違うよ、ヒト、じゃなくて碧原はな……」
「そ、そう! そこでばったり草野くんと会ってね! そうそう偶然! だから今日は悪いけど草野くんは私と登校するから!」
「あ、っと、お、おいヒトハ!」
俺が事情を説明する前に、一葉は何やら頬を真っ赤に染め、大変慌てた様子で俺の袖を掴んでその場を去ろうとする。ぐいぐいと引っ張られ、先程の一葉の大声に驚き、面喰らって呆然と立ち尽くす筑紫を後方に眺め、その先でも口を開けイケメンが台なしの表情でほうけている佐久間の横も掠め、引きずられながら俺は助けを請うようにもう一方の手を二人の後ろ姿に差し向ける。だが二人は見ていないのか気づいていないのか、ただ先程俺達がいた場所を見つめているだけのようだった。
二人が見えなくなる頃に、ようやく引っ張る一葉の手は離れた。
「ど、どうしたんだよ急に……?」
「重大な事忘れてたわ」
「重大な事?」
俺がオウム返しに返答すると、一葉はこくりと一つ頷き、何やら再び頬を染めて目線を外す。
「わ、私たちが一緒に住んでるってこと……、内緒にしといたほうがいいんじゃないかな……?」
「え、なんで?」
「だ、だって! 普通に考えて一緒に住んでるとかおかしいじゃん! べ、別に付き合ってるとか……そんなんじゃないんだし……。ていうか噂広まったら先生とかにもバレるかもしれないし!」
確かに一葉の言う事は一理あるな。こんな事が知られたら世間的にあまりいい印象はないよな。俺らまだ高校生だし、何より一葉が生活する場所を失うのは困る。二葉や三葉はまだ小学生なんだ。大変な思いはさせたくない。
「そうだな。とりあえずは内緒にしとこう。俺とヒトハは今日の朝バッタリ会って、家が近い事を知って、気を許す友人となった。いいか?」
俺が提案すると一葉は潜入捜査の作戦を聞かされる部下のように頷いた。
「あと、もう面倒だから言うけど、まずはさっきのあいつらと友人になってもらうぞ」
「ええ? で、できる……かな?」
「大丈夫、奴らは今後クラスの中心になりうる素質を持った二人だ。そんな二人と気軽に話すヒトハの姿を見た他の連中はどう思う?」
「……どう思うの?」
「ああ、もしかして碧原さんって実は愛想が良くって話しやすい人だったのねっ! キラキラ〜……ということになるはずだ」
「そっか、じゃあガンバル!」
単純に納得して、胸元で小さくガッツポーズを作って奮起する一葉。俺の渾身のギャグ混じり女子物真似を華麗にスルーしてくれるとは……。まあ俺だってそんなに社交的ってほどでもないんだが、先程の様子を見ていると極度の人見知りらしかったな。筑紫に言い訳してるときも顔真っ赤だったし。俺と初めて会った時はそうでもなかったんだけどな。まぁそれどころじゃなかったってのもあるけど。
「うげ……!」
「ん?」
そろそろ学校が見えてくる頃、一葉は一瞬蛙の声と聞き間違うほどの声を出して、動かしていた足を止める。一葉が見つめている先に俺も視線を移すと、一葉よりさらに一回り小さいうちの学校の制服を着た女の子二人組がスカートの前で手を組んで佇んでいる。
「「お嬢様、おはようございます!」」
一糸乱れぬ動作で綺麗にお辞儀をして、二人は微笑を浮かべながら俺達の元へ滑るようなステップで近づいてきた。よく見れば二人は同じ顔。要するに双子だ。襟足を短く切り揃えたボブカットで、ほんのり染められる頬は西洋風な一葉とは逆で、ひな人形のようなイメージだ。そんな二人の行動は、まるで二人の間に鏡が隔てられているように、先程から全てが真逆である。
「もう、撤収撤収! 見てわからないの!? 友人と登校中よ!」
だんだんこちらの方が違和感が出てきたお嬢様口調で一葉はシッシと追い払いにかかる。
「「これはお嬢様!? 何故ジャージなどでご登校を?」」
「き、気分よ気分! いろいろあるの! いいから今日は行った行った!」
一葉の素っ気ない態度に二人は大層堪えたのか、目に見えて肩を落としながらその場を去っていく。まるで敗残兵のようだ。折れた刀が錯覚で見えるぞ。
「……あの二人は?」
聞かなくても大体察してはいるが、一葉が頬を膨らませ話したそうにこちらを見ているので聞いてやることにする。
「あの二人から始まったの……。私がお嬢様だかなんだなんていう噂は」
「そりゃまたどうして……」
「この学校に入学した初日に、いきなり大声でお嬢様〜! なんて擦り寄ってきて……。あとはこの通り……」
なるほどね。付き纏われて勝手に周りが勘違いしたってことか。にしても一葉のお嬢様オーラは相当の物だな。誰が見ても美人であるし、高嶺の花的なもんが人が近づくのを邪魔させてるんだろう。
「あの娘達、別に悪い娘ってわけじゃないの……。ただなんか憧れだとか、勝手になんか勘違いしてて……、それでなんか夢壊すのも……と思って、それで……」
「お嬢様に成り切ってたら、いつの間にかクラスでも避けられてた……か」
「は、はっきり言うな!」
膨らませてた頬にさらに空気を溜めて俺の脳天にチョップ二回。地味に痛いからやめてくれ。それにしても人見知りにお人よしも相俟って、誤解も解けずに明け暮れてたわけか。でもなんだろうな。何か引っ掛かってるんだがよなぁ。一葉の誤解がすぐにでも解けてもおかしくなかった一つのピースがある筈なんだが……。ぐるぐると頭の中で巡る記憶を辿りながら思案するが、俺のしょぼい脳みそはなんの答えも出してはくれず、あえなく検索を終了した。
「そういやあ先生には制服のことなんて言うんだ?」
「ん? そうね……火事の事言うと新しい住所とか聞かれるし、まあなんか適当に話つけるよ」
「そっか」
◇◇◇
「ヒットハー!」
学校へと到着し、ガヤガヤと騒がしい昇降口で周りを凌駕する声量でやってきたのは、先日スーパー南田でバッタリと会い、一応? 友達ということになった今年からのクラスメート枝村葵である。
「アオイ〜!」
猛スピードでやってきた彼女は突進するように一葉に抱き着く。エンダ〜とでも聞こえてきそうな程の熱い抱擁だ。枝村は動物を愛でるブリーダーのように、一葉の頭をわさわさ撫で回している。
「も〜ヒトハなんで昨日ガッコこないんだよぉ〜! 初日が一番大事だって言ったろう!」
「だってだって〜……」
「あたしの素晴らしいスピーチも聞き逃すし、チミは今回こそは誤解を解くという気がないのかね?」
「あるよぉ〜……でもハルキが助けてくれるっていうし……」
一葉から俺の名前が発せられると、たった今気づいたかのようにこちらに振り向く枝村。
「お、ハルくんじゃないか! おはよ〜!」
そしてにこりとハイビスカスのような笑顔。
「お、おお、おはよう枝、じゃなくてアオイ」
そういやあ名前で呼べって言われてたな。
「早速ヒトハと仲良くなったんだね?」
「ああ、まぁ色々あってな」
「あ、あれ? 二人はもう顔見知りなの?」
一葉が不思議そうに双方に目線を移らせながら眼をぱちくりさせる。
「顔見知りどころかあたしたちはヒミツを共有しあうトモダチなのさっ!」
「ヒ、ヒミツ?」
「それはヒトハにも教えらんないなぁ〜。ヒトハにも言った事ないヒミツだもんっ!」
ふふんと鼻高々に腰に手を当て反り返る葵。その様子を見た一葉は少しムッとして、
「わ、私だってハルキとヒミツ共有してるよ! ア、アオイには言ってあげないもんね〜!」
と、玩具を独り占めしたい子供のように対抗する。
親友に隠し事されるのがそんなに気に入らないのか。
「なにおー!」
再び一葉の頭を抱きしめて片方の手でポカポカと小突いている葵。しかし二人の共に悪戯な笑みを浮かべているところを見ると、これが二人の在り方なのではないのだろうか。そんな様子を見て先程暗闇に消え去ったピースが再びゆらゆら現れ、かちりと嵌まった。
そうだ、何故こんなにも明るくて人懐っこいムードメーカーな葵がいて、一葉の誤解が解けなかったんだろう。葵と一緒なら避けられるどころか人気者間違いなしだと思うのだが。
「アオイ……、ヒトハがみんなにあらぬ誤解をされてるの知ってたんだろ?」
「え? うん……」
一葉の柔らかそうな髪をぐしゃぐしゃにしていた手を止め、葵は申し訳なさそうにこちらを覗く。
「なんでもっと早く誤解を解いてやろうとしないんだよ? ヒトハがそれで悩んでたの、親友ならわかってたはずだろ!?」
思わず語気が荒くなるのがわかる。登校時間帯のため、昇降口の視線は独り占めだ。
「……」
俺の批判の言葉に葵は俯いてしまう。折角できた新しい友達に朝もはよから注目を集めての怒声。もはや救いようのない俺である。しかし学校でも一人で、火事にも見舞われて、こんなにも不幸の一途を辿る一葉を俺はどうしても放っておけなくなっていた。
こりゃもう葵には話かけてもらえないかもな……。
「だってあたしも友達いなかったもん。ヒトハ以外に」
「そんなの理由になるか! ……って、へ?」
葵の言葉の意味を瞬時に理解できなかった俺は、思わず勢いで文句を垂れてしまった。
葵に友達がいない? 一体何の冗談だ?
しかしどうやら冗談ではないらしく、その表情は俺が思い描いていた葵へのイメージとは掛け離れたもので、明るさの発電源はどこへやら、憂いを帯びた淋しく切ない表情で眼を逸らしていた。
「う、嘘だろ? だって、俺とは普通に話してたし自己紹介だって……あんなに楽しそうにしてたじゃんか……」
「へへー、あんなの狂言さっ! ホントは新学期デヴィゥーしようとしてたのはあたしだー……なんてね、へへ……」
最後は感情を吐き捨てるように言葉を紡いだ葵は、既に落としていた上履きを履いて足早にその場を去った。
「ア、アオイ! な、なんで……?」
「……アオイが避けられ始めたのもたぶん私のせい……。私が避けられ始めた頃も、アオイは変わらず私に接してくれたから……」
「…………俺、あいつにひどい事を……」
事情を知らなかったとはいえ、俺の身勝手な勘違いから葵を傷付けてしまった。まさか葵まで一葉と同じ境遇に遭っているなんて思いも寄らなかったから。責めてしまったことへの後悔と同時に、ふつふつと心の奥底から気付けなかった自分への怒の概念が湧きだしてくる。
「ハルキ、アオイは見た目ほど強くない。強くないよ」
そんなのもうわかってるよ。もう俺のすべき事は決まった。面倒臭がりの俺だが、見て見ぬ振りするほど落ちぶれちゃいないさ。




