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クローバー(1)  作者: ディライト
第1章
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第1章―(2)

 黒煙と喧騒の狭間に立ち尽くす三つの影。

「碧……原……?」

 消防士たちの制止する声も無視して、俺は立ち尽くす彼女に思わず声を掛けていた。名前を教え合ったわけでもないのに、何故知っているんだと怪しまれるかもしれない。

 しかしそんな事は杞憂に終わる。彼女は俺の声にも気づかずに、ただひたすら切なげに燃え尽きて廃れた柱を見つめながら、

「――――燃えちゃった……。全部……なにもかも…………」

 と、消え入りそうな声でそう呟いた。

 微かな風が彼女の長い髪を揺らす。俺の声にも存在にも気付いているのかは知れなかったが、彼女は一粒の涙も見せていない。

 あの時(・・・)の残像が彼女と重なる。

 そう……あそこに立っていたのは俺だ。

 そして、茫然自失の俺に手を差し延べてくれたのは大家のおばちゃんだった――

 

「大丈夫だよ〜……大丈夫……」

 それはまるで天使のような笑顔で傷心の俺を抱きしめてくれて、アパートに連れて帰って温かいスープをくれた。あの時、俺の心は曇天のような黒い靄が身体の外に放出されていくような感覚を覚えたんだ。

 

 だから俺は、知らず知らずのうちに彼女達の前に立ち、あの日のおばちゃんにあやかるように手を差し延べていた。

「あ、あなた……」

 やはり俺の存在には気付いていなかったようで、長い睫毛から覗く今にもこぼれ落ちそうな瞳がようやく俺の方へと照準を合わせた。彼女の両脇に連れられている妹達も、真っ赤で泣き腫らした瞳でこちらを見つめてくる。

 何と声をかける?

 俺はまだこんな時にとる行動をまだ経験値として獲得していない。

 何故なら俺はなんてことのない子供だからだ。

 抱きしめて安心させる力も、気の利いた言葉で落ち着かせてあげることも、できるなんて思えない。

 というか抱きしめるのは流石に色々な面で無理がある。

 でも、それでも、俺は言うしかないんだ。

「ウ……、ウチにくるか……? 着替えるモンくらいならあるし……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 まだ太陽が赤くなるには早い頃、俺と碧原一葉とその妹二人は、我が根城であるボロアパートへと向かっていた。自転車なら二十分くらいの距離であるが、四人乗りなど以っての外なため、歩いて倍の時間が掛かる。

 道中、彼女達とは一言も口を利かなかった。何故ついて来てくれるのか、俺も自分で言っておいてなんだがさっぱりわからない。そもそも俺は保護者になれる歳でもないし、碧原一葉に至っては同級生である。今更ながら非常識すぎるのはないか、両親だって心配してるだろう、そもそもほぼ初対面だし、などなどきつい坂道を歩きながら色々なことに頭を悩ませていた。

 しかし、彼女達は俯きながらも俺の後ろをカルガモの子のようについて来てくれる。両脇の妹達ももう泣いてはいない。二人とも小学生くらいだと思われるが、この歳での火事被害はトラウマになりかねない。お前なんかに何ができると言われればそれまでであるが、せめて今日の事を忘れさせてあげるぐらいお持て成ししてあげようと思う。

 俺がそうされたように。

 

「ゴメン、えらい狭いとこだけど……」

 部屋に着き、先ずは風呂に入れてやることにする。彼女達の身なりは黒ずんでいて、着ている衣服も所々煤けて擦り切れている。

「とりあえず俺のTシャツとジャージ……妹さん達には結構でかいかもしれないけど、いいか?」

 俺が問うと、碧原はコクリと首を縦に振り、俺から衣服を受け取ると妹達と共に風呂場へ消えていった。

 ようやく一段落ついて、俺は畳に腰を降ろす。そういえばずっと制服のままであったが、そんなことはもうどうでも良かった。

 色々気になることがある。彼女達の着ていた服装だ。筑紫や佐久間の話からしても高貴な家柄の娘であることは間違いないはずなんだが、彼女達は学校のジャージ姿だった。それに燃えてしまったというのもここ同様のボロアパートであり、彼女とは似ても似つかない。

 まさか、ドが付くほどの貧乏だなんてことは…。

 そんな有り得もしない想像をしていると、風呂場のほうから微かな笑い声が漏れてくる。そんな音に聞き耳を立てながら、俺はようやく安堵した。

 

 自分同様の体験で悲しむ姿は誰であろうと見たくない。火事の喪失感というものは、人には説明できないほど苦く切ないものなのだ。

 

 しばらく茶菓子の用意などで動いた後、俺は制服を脱ぎ捨てて部屋着へと変身する。Tシャツにスウェットというなんともラフな格好である。ちなみに着替え中に彼女達が風呂からあがってくるなんてお約束はなかったので安心してくれ。女の子の風呂は長く、茶菓子の用意や着替え程度の時間では帰って来なかった。三人であるから特に長く、もうかれこれ一時間半近く入っている。

 もう夕方だ。窓から差し込む紅い光は、座っている俺をスポットライトのように照らす。部屋に漏れ込むカラスの鳴き声が哀愁を漂わせ、今日の終わりを告げているようだ。

 

「あの……」

 身体を窓の方に向けていた俺の耳に、どこか遠慮を含んだ綺麗なソプラノが鳴り響いた。振り向くと、風呂上がりで微かに湯気を漂わせ、水気を含んだ髪を妖艶に揺らしながら、碧原一葉がこちらへやって来た。妹達も後ろから横断歩道を一列で渡る小学生のようについて出てくる。碧原は俺の少し大きい学校のジャージをだぶつかせ、ズボンの裾を引きずっている。先程までの格好もジャージだったが、彼女の容姿には不相応の衣服だ。それでも、水を滴らせ、近づくごとに鼻をくすぐらせる石鹸の香りに思わず口をあんぐりと開けてしまいそうだ。

 いつも自分が使っているボディーソープのはずなのに、妙に気になるのはなぜだろうな。

二葉ふたば三葉みつばには大きすぎてズボンは無理だったから……」

 二葉、三葉とは妹達のことだろう。碧原は先程渡した二着のズボンをおずおずと返してきた。妹達は俺のプリントTシャツを着ているが、あまりに大きすぎて膝上まで伸びるワンピースのようになってしまっている。

「ああ、ごめん。必要なら買ってくるけど……」

「う、ううん! そこまでは大丈夫だから!」

 慌てた仕種で胸の前でふるふると手をばたつかせる碧原。

「だいじょーぶです! ありがとーございますっ!」

 そんな姉の様子を見て、少しふわふわとした栗色ショートカットの妹が快活に答え、ぺこりと可愛いらしくお辞儀をしてくれる。

「ほらっ! ミツバもおれーいうの!」

 二葉と呼ばれる娘は舌足らずな口調で、頬を膨らませて若干紅潮させながら、碧原の影に隠れるようにして黙っていた、長い栗色ポニーテールを右肩に掛けておさげのようにしているもう一人の妹の背中を押してお礼を促す。

「ぅ……ぁ、ありがと……」

 目元に下がる綺麗に切り揃えられた前髪の影からつぶらな瞳が俺を見つめ、耳を澄まさないと聞こえないほどの声量で多少むくれながらもお礼を述べてくれた。

 無気力な表情に定評のある俺の、世にも珍しい最大級の笑顔を返してあげると、またすぐにぷいっとそっぽを向かれてしまった。

「ごめんね、ミツバは人見知りするから……」

「ぜんぜん。それより今更過ぎるけど、俺は草野春樹っていうんだ」

「朝に掲示板の前で話はしたけど、名前は言ってなかったわね。私は碧原一葉。こっちのショートカットが二葉、小学六年生で、おさげが三葉、四年生。三人姉妹なの」

 碧原が妹達の頭に優しく掌を乗せると、二人はくすぐったそうに眼を細める。髪色も碧原、そして俺と同じように栗色だ。顔も三姉妹そっくりで、なんといっても三人とも端整な顔のつくりである。こんな反則的な三姉妹がいてもいいのだろうか。

「来ていいって言ってくれたけど、よく考えたら非常識だよね……。名前も知らなかった同級生の所に来るなんて……」

「き、気にすんなよ! もとはといえば俺が声掛けたんだし!」

 憂いを帯びた表情を浮かべる碧原に俺は慌てて返答する。

 うう、俺が一番逡巡していたことを……。それにしても、噂で聞いていたイメージとは大分違う気がする。朝感じた人を寄せ付けない空気、御令嬢のような気品溢れる様子は今は消え去っている。

「ま、まぁとりあえず座んなよ。ソファーとかないけど……」

 俺は先程茶菓子を出したと同時に敷いた人数分の座布団を指す。

「う、うんありがと。……ソファーって?」

「え!? あ、いやこっちの話……」

 うう、まさか御令嬢を座布団なんかに座らせるはめになるとは……。

 和室の中心に置いてある木製正方形テーブルを挟んで、三人は俺の向かいへと腰掛ける。冬は火燵にもなる便利な物だ。

 それにしても何か妙に座布団が似合っているのは気のせいだろうか。

「わあおせんべー!」

 二葉ちゃんがテーブルに身を乗り出して汚れのない瞳を輝かせながら、海苔付き煎餅をさっさと一枚取ってがつりと頬張る。

「こぉらフタバ! 図々しいにもほどがあるでしょ!?」

「いーじゃん! せっかくハルキくんがだしてくれたんだもん! 食べなきゃわるいじゃん!」

「だからっていきなりがっつくな!」

 おやつの時間を守れなかった子供を叱り付けるように、碧原は二葉ちゃんの脳天にげんこつを落とす。

「っっっいっっったぁ〜〜〜!! ヒトハのばか!」

 漫画ならこぶが盛り上がっているであろう箇所を押さえながら、涙目で姉を睨む。

「ふふ……。フタバは食いしん坊だから……」

 お上品に口許を手で押さえながら嘲笑する三葉ちゃん。

「う、うるさい! ミツバもばか! ばかばか!」

「あにおー!?」

 クールに見える三葉ちゃんがクールを何処かに置き忘れて立ち上がるのを皮切りに、ぽかぽかと殴り合い、というか小突き合いが始まった。

「まったくもー、あいつらは……」

「はは、ちょっとでも元気になってくれて良かったよ」

 呆れて嘆息する碧原の表情も、元気に言い合いをしている妹達の様子を見て、少し穏やかに戻った気がする。

「……草野くん」

「春樹でいいよ」

「ん、じゃあハルキ……くんは……、なんで私達を……?」

 少し俯きながら上目遣いで碧原。

「……俺もさ、二年前に火事で母親亡くしててさ、それでほっとけなかったっていうのが理由だよ」

「……え、じゃあ今は――」

「一人暮らしだよ。親父は海外にいるし」

「……そっか。でも……学校での私の事、大体知ってるでしょ? 何て言われてるか……とか」

 さらに俯いて表情は見えなくなり、覗くのはぎゅっと下唇を噛み締める口元だけ。心なしか震えているように見える。

「まぁ知らないって言ったら嘘になるかな」

 今日の朝にその噂を聞いた疎い奴なんですが。

「……私もさ、ミツバとおんなじで、すんごい人見知りしちゃって、毎回クラスに馴染めなくてさ……。そのうちなんでかお金持ちだとかお高く止まってるとか有り得もしない噂が立っちゃって……。誤解も解けないまま私もそういう風に振る舞うしかなくて…………」

「……やっぱ御令嬢とかはうそっぱちか」

「……気づいてたの?」

 そりゃあな。

 ボロアパートが燃えるのを学校のジャージ姿で眺めている姿を目撃したら、疑念も働くというものだ。

「……よしわかった。そんな噂なくしてやろうぜ!」

 俺は胸の前でガッツポーズを見せてやる。何故こんな気持ちになるのかは自分自身にもわからない。いつでも面倒ごとに係わり合うことに消極的なのに。

「……え?」

 碧原はその言葉に助けを請うような表情で俺の方へと顔をあげる。

「せっかくクラスメイトになって、ひょんな事から俺とも話すようになっただろ? 俺が頻繁におまえと話してればそんな噂はすぐ無くなるさ」

「そうかな……? う、うん……そ、そだね! じゃあこれから……よ、よろしくおねがいします……」

 ぺこりとお辞儀をする碧原。顔をあげた時、彼女の表情はこれまでのどのシーンよりも輝く、向日葵もそっぽを向くほどの笑顔を向けてくれた。あまりの眩しさと気恥ずかしさから、

「え、あ、こ、こちらこそよろしくおねがいします……」

 何故か俺まで頭を下げてしまって、何やらお見合いのようになってしまった。折角の天使の微笑みから一瞬で眼を逸らしてしまった俺の間抜けさを誰が攻められよう。直射日光を鏡で反射させて目の前で当てられてる気分だ。思わず眼も逸らしてしまう。

 

「まぁそれはそれとて、住むとことかどうするんだ?」

 俺の場合はおばちゃんが連れ帰ってくれて助かったが、普通住むところがなくなっちまったらほとほと困り果てることだろう。親戚に連絡したりなどしなければならないだろうし。

 しかし、もうかれこれ俺の家に来て二時間以上が経過している。それでも、彼女は親や親戚に連絡する様子がなく、俺の問いに答えずにもごもごと口許を濁している。

「フタバもミツバもいるからすぐにでも決めたいんだけど……」

 そういって二人に目を向けると、今だ可愛いらしい罵声を浴びせあっていた。

 人のお家の事情を聞くなんて野暮なことはしない。それぞれ色々な境遇があるだろうし、出会ったばっかの俺が軽々しく聞いていい問題ではないのだ。

 ただ、俺には一つ考えがあった。

「――ここに住むか?」

「そうす…………ってえぇ!?」

 胡乱に肯定しかけて碧原は急に頬を真っ赤に染め、口を開けたり閉じたり、目線を様々な方向に彷徨わせたりと、異常なほどうろたえている。

「な……なんだ、嫌か?」

「嫌も何も!! 私たち……まだ高校生だし……その……出会ったばかりで……ど、同棲……なんて……そんな……!」

「ちょ、アホか! 俺の部屋にじゃねえ!! このアパートでってことだ! ってか同棲て!」

 な、なんて勘違いしてやがる!? 

 そりゃちょっと言葉足らずではあったが、どえらい勘違いをする碧原もかなり抜けているのかも知れない。俺の知人になる奴は本当みんなアホが多い。

 

「え? あ、このアパート?」

「そう、俺も火事で家失った時に、大家のおばちゃんが迎え入れてくれたんだ。頼み込めば必ず受け入れてくれるはずだ」

 そうさ、おばちゃんに相談すれば万事解決。俺のお悩み解決板。

「よーしじゃあ早速相談いってみっか!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「え!? 空きがない!?」

 もう太陽も仕事を終え、地平線の向こうへ帰宅の一途を辿っている頃、俺と碧原三姉妹は食欲をそそられる香りが漂っている一階大家のおばちゃん宅(一般入居者より少々間取りがでかい)へと足を運んでいた。玄関先での立ち話であるが、夕飯のいい香りが鼻をくすぐる。

 この匂いは肉じゃがだな。今日もおすそ分け貰えないかな……ってそうじゃなくて!

「事情はわかったけど、もう入居者で一杯であげられる部屋がもうないんだぁ……」

 おばちゃんは心底残念そうに口を三角形にしている。

「そこをなんとかできないかな? ああ、おばちゃんの部屋にとか……ってそか、雄太もいるもんね……」

 雄太(13)とはおばちゃんの一人息子である。近くの中学に通っているクソガキだ。まぁそのうち会うこともあるだろう。会いたくないけど。

「う〜ん、悪いんだけど、うちも雄太だけで精一杯だから……そうだ!!」

 頭の上で電球を光らせたように、おばちゃんは左の掌に右拳を落としてやる。それから人差し指をピンと一本立てて……、

「何かいい考えが!?」

「ハルちゃん家で一緒に住めばいいんだよ〜」

「ああなるほど! そりゃいい考…………ってはああああああ!?」

 おばちゃんの語尾に音符マークが付くのではなかろうかというほどに、呑気にのほほんととんでもない案を推奨してくる。

「ち、ちょっと、おばさん! それは流石に……!」

 とんでも発言に碧原も動揺を隠せていない。というか先程の自分の勘違いが現実になりそうになっているのだから当たり前か。

「大丈夫だよ〜。ハルちゃんはしっかりしてるし〜、部屋の家賃とかはハルちゃんのところは免除にしてあるし〜、ちょっと狭いけど一応部屋割は二部屋になってるから〜」

 しっかりしてるからってだけで高校生の男女を一つ屋根の下で住む事を認めてくれるほど社会は甘くないよ!

 おばちゃんの大丈夫発言とその笑顔は人を安心させる力を持っているのは確かであるが、今回ばかりは全くもって大丈夫な気がしない。まぁ使っていない部屋が一つあるのも確かだし、家賃とかも働くようになるまでは〜と気を利かせてくれているし、年頃の女の子と同室だからって簡単に発情するようなザル理性な俺ではない(はずだ、信じているぞ俺)。

「ナニナニ!? ハルキくんと一緒に暮らせるの!? やったー!」

 大人の事情をわかっていない二葉ちゃんが、ウサギのように跳びはねながら万歳万歳。

「……うん……私もあそこは心地いい……」

 三葉ちゃんも明後日の方向を向きながらささめく。

「ほらほらぁ〜、妹さん達もこう言ってることだし〜。……ね?」

 シュークリームのように甘いふわふわ笑顔で、同意を求めるように首を傾げるおばちゃん。

 ちょ、おばちゃん今日は天使というか悪魔の囁きに聞こえるんですけど! やばい、完全にペースを握られた! 天使の皮を被った悪魔と、無垢でまんまと悪魔に騙された天使の見習トリオには太刀打ちができん! 

 残りは分別ある天使だが、

「あ……、じゃあ次のトコが決まるまではお言葉に甘えて……。よろしくね、ハルキくん」

 ……悪に堕ちた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「隣の和室部屋が一つ余ってるから、三人はそっちが主の部屋な」

 夕飯タイム。

 毎度一人であった食事も今日は賑やかに四人だ。おすそ分けしてもらったいつもより多い肉じゃがを、貯めに貯めてきたコンビニの割り箸で突き合いながら、今後についての話をする。

「ホントにごめんね、こんな強引に押しかけたみたいになっちゃって……」

 フォークとナイフが似合うはずだった碧原が、割り箸と茶碗を持ち、白米に眼を落としながら呟く。

「おう、それだそれ!」

 俺はここぞとばかりに、ご飯粒の付いた箸で碧原を指す。

「こうなっちまった事はもう気にしてない! だからもうお互い気を遣い合うのはやめよう。これから俺はお前らを家族だと認識する。だから苗字で呼んだりしないし、妹達にちゃん付けなんかもしない」

 何故か立ち上がって演説する俺を下からぽかんと見上げる碧原三姉妹。

「だからお前らも素の自分でいてくれ! 存分にくつろいで貰って構わないし、なんか生活上意見があったら遠慮なく言ってくれ。俺の事はなんて呼んでもいい。……これがこれからウチで暮らす上で今この瞬間作られた不可侵絶対のルールだ。……いいか?」

 同じ家で暮らす上で気を遣うほど疲れるものはないと思う。共同生活するというなら、それぐらいのフランクさがないとやっていけない。

 俺の熱い訴えに、三人は眼を点にしながらしばし固まった後、

「「「―――っぷ……、あはははは!」」」

 一斉に堪えられなくなったように笑い転げた。

「あれ!? お、おい……だ、大丈夫か? な、なんか変なこと言ったか、俺?」

 何か急に恥ずかしくなってきた。ていうか飯中立ち上がってまで言う事じゃなかった? うわ、もしかしてクサい? クサすぎる発言だった?

 そんなことを頭を抱えながら苦悩していると、笑い転げる三人からすぐに一人が回復。身体を起こしてから、

「あはは……わかったよハルキ」

 涙目の眼を擦りながらはにかむ一葉の表情は、一点の曇りも靄もない澄み渡る青空のようだった。

 

 こうして、俺と碧原三姉妹の奇妙な共同生活が始まった。

 

 

 

 第1章―――完

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