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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
1章

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⑦遠征



 古びた倉庫の片隅で、小さなランタンライトの光に照らされながらミレと母親が向かい合って座っている。テーブルを始め様々な調度品は古びているが一式きちんと揃い、殺風景だった室内も生活感が滲んできている。


 「母さん……じゃ、点けるよ!」


 そう言いながらリモコンスイッチを入れると、天井に吊るした室内灯が柔らかく照らし二人の表情も明るくなる。生活に必要な電気と水道が導かれやっと暮らしが出来る、そんな安堵感がミレと母親を包み込んでいった。


 「ああ、本当にありがたいわ……」


 闘病で暗くなりがちだった母親のそんな言葉と明るい表情に、ミレは新しい仕事と環境が暮らしを好転しているのを実感した。だが、それは時には他者を傷付けそして奪い取る事にも繋がっている。喜ぶ母親の姿を見つめながら、ミレのそんな思いが彼女の胸中をチクリと突き刺した。




 「……遠征ですか?」

 「そうだ、近隣はかなり発掘されているからな。遠出して手付かずの土地に行くんだ」


 戦場に残された物資を漁るスカベンジャーとしてミレはマデュラと行動を共にしてきたが、彼は遠くの街目指して出掛けると言い出した。


 「あの……電車やバスで行くんですか」

 「おいおい、武装したままタクシーを拾うつもりか? そんな事すりゃ強盗呼ばわりされて軍隊に突き出されちまう」


 継続している武力衝突により、国内の交通網はズタズタに引き裂かれまともに機能していない。もし市内から出ようとするなら、徒歩か不定期巡回をしているバス程度である。しかもバスは運良く乗り込めても空爆を避ける為に頻繁に停車し、運が悪ければ空爆の標的になる。だから不定期な運行しか出来ない上、途中で引き返す事も良くあるのだ。だからこそ、マデュラは公共交通機関に頼らないつもりだった。


 「ミレ、俺達はスカベンジャーでここは闇市場だ。判ってるよな?」

 「はい、承知してます」

 「なら答えは一つ。必要な物は何でも金で買え、だよ」


 マデュラのそんな謎解きじみた返答にミレは首を傾げるが、暫く後に彼女は人生初の経験をする事になる。




 「マーデューラーさぁーーんっ!! すごいですぅーーっ!!」


 インカム越しにミレの叫びを聞きながら、しかしマデュラも興奮気味の彼女の気分はちょっとだけ理解は出来る。正直に言えば、彼もこの状況を結構楽しんでいたからである。



 まだ夜明け前の薄暗い中、マデュラがチャーターした二台のバギーと運転手を見たミレは、まるで死神に出会ったような顔でウソでしょっ? と小さく悲鳴を上げた。


 「イカすだろ? ご覧の通り軍用偵察車にヤマキー製のリッター三気筒(排気量1000㏄の三気筒)エンジン! チョロい監視所なら目の前走ったって楽勝だぜ!!」


 頭の右半分を剃り上げてもう片側を長く伸ばした奇抜な髪型の男が自慢気に言い、彼の見た目で完全に気圧されたミレが硬直する。だが、彼女の様子に気付いたもう一人の運転手が後ろから彼の頭を平手で叩く。


 「バカっ! あんたにビビってこの子怖がってるだろ!? 少しは察しろっての!!」

 「うっ!? えぁ……この子ってまさか、あんた女か? ……スカベンジャーで女かぁ、確かに珍しいなぁ〜」

 「そうじゃなくて、あんたの見た目で怖がってるって言ってるだろ!!」


 痛烈な突っ込みより客の片方が女性だった方が余程効いたのか、目を見開きながら自分の顎を擦る。だが相方はまだ良く判ってない男に苛ついて、もう一発パシンと食らわせる。


 「……これに乗せて貰うけど、ミレも男の背中に身を預けるのは嫌じゃないかと思ってな。そんな時にトクナレ姐さんのバギーレンタルを思い出したのさ」

 「バギーですか……よく森でハンティングとかに使われるイメージだし、町中じゃ見た事無いですよね」


 運転手の二人が乗ってきたバギーを眺めながら、ミレは初めてのオフロードバギーを見詰める。


 「世も世だし、今更合法だ何だなんて気にしちゃいないが公道走行は禁止されてたからねぇ。それに町中じゃ走れないタイヤだろ?」


 トクナレはそう言いながらゴツゴツしたブロックタイヤを叩き、土の上のグリップじゃ最高だけどねと付け加える。


 「……土の上ですか?」

 「そうさ! これからあんたらを乗せて林間ツーリングって訳だ!!」


 男はそう言いながら、俺はターポンだと自己紹介しつつミレに向かって手の平を突き出す。


 「……先程は失礼しました、ミレっていいます」

 「ミレね! 俺の後ろじゃないのは残念だけど、気に入ってくれたらいつでも後ろは空いてるからさ!」


 ミレが握り返すとにっこり笑いながら付け加え、もう片方の手でエンジンを始動させて空吹かし(ブリッピング)する。たったそれだけでバギーの跳ね上がった改造マフラーから轟音が木霊し、森の中にも関わらず大気がビリビリと振動する程の音量にミレはやはり硬直した。



 改造バギーの音量にあれだけおののいてミレだったが、走り出せば非日常的な速度と流れ飛ぶ木々の間を抜けるスリリングな体験に、彼女も次第に慣れていった。


 そんな時間が過ぎ去り、ターポンとマデュラは装着しているインカムをリンクさせて世間話をし始める。話す内容は自然と行き先についてとなり、ターポンは聞いていた到着予定の場所について話し出す。


 「……まー、競争相手が居ないっちゃあ居ないけどよ……あそこら辺はやっぱりお勧めしないがね」


 インカム越しにターポンはマデュラにそう言うと、速度の出せる平坦な道でバギーを更に加速させる。二人乗りで重量は有る筈にも関わらず、一瞬タイヤを空転させながら地面を掻き毟りバギーが猛然とダッシュする。


 「ああ、知ってるよ……カルティストの連中が彷徨うろついてるんだろう」

 「知ってて行くってんならいいけどさ……あの、どー見たって二十才前じゃん。そんなのにドンパチ教えるのかよ、あんた」

 「……本人が望んだ事さ、俺は助手が欲しかったし彼女も金が欲しかった。互いの利益が折り合ったから成立した取り引きだよ」


 マデュラがそう言い返すと、ターポンはマジかよ……と呟いてから、


 「……ま、本人同士の事だしお得意様だからな、あんたのやり方にケチは付けねーよ」


 そう付け加えて口を閉じた。




 二人の拠点、ステーションの闇市場からオフロードバギーで四時間程走り、目的の廃棄された居留地近くに辿り着いた。そこでトクナレ達と別れたのだが、


 「……くれぐれも気をつけるんだよ? ただでさえ危なっかしい仕事なんだし、その上いつ銃弾が飛んでくるか判らないから……」


 彼女はミレの肩に手を載せながら、何度もそう繰り返す。


 「じゃあ、本当に二日後迎えに来りゃいいんだな?」

 「ああ、来てくれればそれで良いし、もし俺が居なくても前払いしてあるだろ? ミレ一人でも真っ直ぐ帰らせてくれ」

 「……嫌な事言うなよマデュラ……縁起でもねぇ……」


 ターポンとマデュラはそう言い交わし、ターポンが拳を突き出すとマデュラはそれに自分の拳を重ねてやる。そして、各々別れを告げるとオフロードバギーは再び爆音と共に走り出し、土煙を上げながら去っていった。


 「さて、それじゃ行くぞ」

 「……はい」


 マデュラとミレは一見すると長閑のどかな風景が広がる丘陵地帯を眺めてから、今回の目的地に向けて歩き出した。


 東西に分かれて紛争を繰り返したこの土地に、新たな勢力の【カルト教団】が現れたのは紛争が始まる前だった。初期のカルトは集まってきた様々な不満を抱えた困窮者達の拠り所として細々と成り立っていたが、その方向性が急変したのは紛争が引き金だったのだろう。


 カルトに所属する者が戦地に駆り出されたり戦闘に巻き込まれて亡くなっていくうち、信者達は次第に教祖が唱える来世への期待と羨望を捻じ曲げていき、遂には自分達が他者を殺してでも天国へと導けば互いに救われると狂信の念を強めていく。そして、手っ取り早く来世を幸福にする為には、武装するべきだと結論づけた。


 「……じゃあ、わざわざ昼過ぎに到着した理由は……」

 「ああ、夜になったら忍び込んで強奪するつもりだ」

 「あの……何を強奪するんです?」


 重い装備品を担ぎながら、マデュラにそう尋ねるミレだったが……返ってきた答えはいつも冷徹な彼とは全く違っていた。



 「連中はな、不幸な反カルティストを導く為にしこたま弾薬を溜め込んでる。勿論、軍隊も認めちゃいない量をな……だから、誰かが襲撃して略奪しようと構わんのさ」





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