⑥ステーションの人々
その違和感に気付いたのはミレが先だった。視界の端に滲むような気配を察して咄嗟に廃車の横から後方に身を隠し、
「マデュラさん、何か変です!」
判り易く何かを察知した事を伝えると、マデュラは聞き返さず同じように廃車の陰に身を潜める。だが、二人の周囲に動きは無い。
「……気の所為だったのでしょうか」
「そうだったとしても警戒は……いや、待て」
そのままの姿勢で身を潜めていたミレは、何も変化が無い事に痺れを切らせそうになるが、マデュラは動こうとするミレを制する。そしてそのまま石のように動かないでいると、
「……もう、そんな時間か……」
マデュラは何か見つけてそう呟き、サブマシンガンを抱え込む。それが合図かのように遠く離れた茂みが不意に動き、路地に向かって小走りに人らしき姿が駆ける。その人影が一人、また一人と増え合計四人程が互いに距離を保ちながら路地を横断していった。
「……ミレ、あれは同業者だが……黄昏時に出てくる奴等には注意しろ」
「同業者? あの人達もスカベンジャーなんですか」
「ああ、確かにそうだが……夕方から出歩く連中は闇に紛れて人を殺すのに慣れた奴等だ。見つかったら問答無用で撃ってくるぞ」
そう忠告されてミレは息を殺し、四人組が通り過ぎるのをじっと待つ。その時間がどれだけ経過したか判らなかったが、
「……よし、後続は居ないようだ」
そうマデュラは告げながら彼女の肩を叩き、闇に溶け込む四人組から遠ざかる。そう言われてやっと息を吐くと緊張感が抜けてしまいそうになるが、
「……はい、行きましょう」
とだけ返答し、肩に食い込むバックパックの紐を背負い直した。
「おお、マデュラか。随分遅くまで出てたじゃねぇか」
見張りの扉番がドアの向こう側から顔を出すと、マデュラは片手を挙げながらステーションの中に入る。続けてミレも中に入ると扉番の男は二人の後ろでドアを締めてから再び話し掛ける。
「で、初めての漁りはどうだい、姉ちゃん?」
「は、はい……悪くなかったと思います」
「そうか、そりゃ良かったな! まあ、卸すまでどーだか判らんがな!!」
案外気さくな人柄なのか、そうミレに言うと笑いながらお疲れさんと労ってくれる。そんな彼に向かってマデュラが尋ねる。
「なあ、俺らより後に出てまだ戻らん奴等は居るか?」
「あぁ? いやぁ……あんたらが最後だ。何かあったかい?」
「……戻り際に、夜間装備の連中とすれ違ってね。こちら側かと思ってたが」
「……そりゃきっと東方の連中だな、鉢合わせしなくて助かったな」
「ミレも居たから、撃ち合いにならなくて助かったよ。場所は北東のオフィスビル界隈だった」
「……ふむ、報告を挙げとかにゃならんな……マデュラ、暫く午後の漁りは控えた方が良いぜ」
そう話し合う二人の声でミレは思わず防火シャッターの方を振り向いてしまうが、向こう側に人の気配は感じられない。
「……疲れたろう、ミレ。一先ず荷物を降ろしに行くか」
「は、はい……判りました」
緊張感の抜け切れないミレにマデュラはそう言うと、昼と違い喧騒も疎らな闇市場の方に降りて行く為に進み始める。ミレは重い荷物を背負い直しながら、やっと戻れた安堵感で力が抜けそうな脚に再び力を籠めた。
「……へえぇ、こりゃまた掘り出し物を持って来たね」
「幾ら位になる?」
「まあ、需要はあるからさ……軍事関係に転用出来るPC関連のパーツは値下がりしないから……こんなもんだね」
銃器を隠れ家に置いた二人は、その足で今日の収穫を現金化する為に一軒の露店を訪ねた。そこは今回のパーツ類を買い取りして貰える電子部品専門の業者らしく、店主の女性はマデュラに電卓を見せながら値踏みする。
「……グラフィックボードが二百、モジュラーケーブルが二十……か。まあ、そんなもんか」
「安いって言いたいんだろ? でもねマデュラ、グラボだって正規のルートでも千は超えないんだから」
「そりゃ、盗品か回収品か区別がつかないからだろ」
「判ってんなら納得しとくれよ、それに……なあ、マデュラ……その子は?」
女主人はマデュラの後ろで二人の会話を黙って聞いているミレに気付き、話の矛先を変えた。
「ミレっていって、今日から仕事を手伝って貰っている」
「……へえぇ!? そうかい、あんたも随分と世話焼き屋になったもんだねぇ!」
主人はそう言ってミレに顔を向けると、暫く彼女の姿を眺めてから、
「……と言っても、スカベンジャーなんだろ? あんまり感心しないけど……あんた、死んじゃ元も子もないからね、何かあったらマデュラなんかほっといて逃げんだよ!!」
と、とんでもない事を口走りながらミレの肩を叩く。そう言われてミレも返答に困るが、
「……はい、でも……そうならないよう努力します」
何とか声を絞り出しながらそう言うミレに、主人は一瞬考えてから、
「……ミレって言ったっけ、あんた……うちの子になんなよ?」
まさかそんな言葉が出るとは思っていなかったマデュラの前で、小柄なミレをそう言いながら抱き締めた。
長い一日だった……とミレはマデュラの隠れ家に戻り装備品を降ろしながら心の中で呟いた。政府のサルベージ作業員から違法なスカベンジャーに転向し、人目を憚る仕事に就いたと思ったが、闇市場の店主達は彼女を屑拾い扱いはしなかった。確かに自分達の卸す物資が商売道具になるのだから、そう邪険に扱う事もなかろう。だが、もっと根源的な何かが彼女にここは居心地の良い場所だと告げるのだ。
「ミレ、今日は上がりだ。お前の分だが……済まんな、封筒に入れて渡すべきなんだが」
そう言いながらマデュラが輪ゴムで束ねた金を彼女に差し出すと、受け取ったミレは確かな重みを感じてまざまざとそれに見入ってしまう。
「……すごい、こんな大金……」
「そうか? スカベンジャーなら大抵そんなもんだと思うが……」
母親が定期的に支給されていた生活保護金を代わりに取りに行った時でも、これほどの額面は一度も見た事が無い。いや、それどころかミレの友人知人全ての所持金を掻き集めても同額にならないだろう。
「……母さんに、新しいフリースを買ってあげられます! それに住む所が決まったら色々と物入りですし……あ、そうでしたまだ引っ越しする場所も決まっていませんでしたし……それに……」
つい興奮気味に喋ってしまい、ミレは急に恥ずかしくなる。浮かれてつい騒いでしまったが、母親と自分が身を置く場所もまだ定まっていない。そう思い言葉を詰まらせるが、
「ミレ、君達を宿無しにした俺の責任もある。ここの倉庫は空き部屋もまだあるから、暫くそこに居て構わないぞ?」
そう言って鍵束から一本外すと、彼女に握らせる。
「多少散らかってるし、家具なんて無いが……廃墟の中で震えながら毛布に包まるより遥かに良い」
「そんな……いいんですか?」
「ここら辺は、闇市場から離れていて商品を運び込むのに不便だから借り手が居ないんだ。その代わり水や電気は、闇市場で手配して分けて貰うしか無い」
「電気や水まで扱ってるんですね」
「都会暮らしの必需品さ」
マデュラの好意にミレは深々と頭を下げると、母を迎えに行ってきますと疲れを微塵も感じさせず駆けていった。




