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少女ミレは今日も戦場で拾い物をします  作者: 稲村某(@inamurabow)
1章

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⑤初収穫



 マデュラの背中を追いながらミレは周囲を警戒し、まだ戦闘の残り火が燻ぶる市街地を進む。


 「……まだ撤退して時間は経ってないからな、前だけじゃなく背後にも気を配れよ」

 「……了解しました」


 敵味方陣営の小競り合いが続く街の中心地は、至る所に銃痕が残り足元には空薬莢が散らばっている。時には建物の壁面に血が飛び散り、そこから銃弾を受けた負傷者を引き摺りながら運んだ跡が地面に残されていた。


 「……喜べ、ミレ。どうやらこの地域は味方が制圧した直後らしいぞ」


 マデュラが周辺の状況から判断して彼女に告げたものの、無許可で戦闘継続地域に侵入している二人は只の火事場泥棒である。敵味方どちらから銃撃されても文句すら言えず、そして万が一死んでも自己責任でしかない。


 「さて、ビルの中はどうだかな……」


 市街地で遠距離戦闘は無いだろうと踏んだマデュラが選んだのは、近距離制圧に適したサブマシンガンである。典型的な短い銃身と折り畳み式の肩当て(ストック)を備え、取り回し易さに秀でているが距離が離れれば集弾率も落ち、遠くから撃てる狙撃銃には対抗出来ない。だからこそ、相手に気付かれず気配を殺して移動し、有効射程内に捉えて撃つのが常道である。


 「誰も居ないみたいですね」

 「まあ、西側政府も全て破壊し尽くすつもりはないだろうし、誰だって孤立無援のまま籠城する気もないさ」


 マデュラと同じサブマシンガンを抱えながらミレは頷き、彼に付いて歩きながら電源が落ちて停止したままのエスカレーターを下から見上げる。


 「……ビルも電源が落ちたままだとエレベーターも動いてないですよね」

 「地下の非常用電源でも見つければ動くかもしれないが、気付かれないよう黙って足を動かした方が生き残れるさ」


 チャリ、とブーツの底で砕け散ったガラス片を踏み割りながら、二人はエスカレーターを登り二階に向かう。そのビルは二階まで商用施設化されていたらしく、誰も居ないフロアには裸のまま白い表面を露出させたマネキンが無造作に転がり、キャッシュレジも開いたままで中は空っぽである。


 「高く売れそうな物なんて有るんでしょうか……」

 「……ここより先は家電量販店が有るからな、コンピュータ関連の電子部品やバッテリー辺りが狙い目だな」


 目敏くマデュラはそう判断し、アパレル関連の店が軒を連ねる界隈を素早く駆け抜けていく。ミレも彼の後を追いながらフロアを進み、やがて二人は大きなディスプレイが陳列された店舗の前に辿り着く。だが、液晶画面には無数の弾痕が走り、店内は手榴弾が破裂した痕跡が至る所に黒く残っていた。


 「……誰でも考える事は同じだな」

 「それじゃ……これは同業者って訳ですか」

 「ああ、たぶん先にやって来た連中に後乗り勢が絡んだな。入り口付近より、店の外と店内に薬莢がやたら転がってる」


 どうやら既にスカベンジャー達が物資を巡って奪い合いをした後らしく、死体こそ残されていなかったが点々と床に血痕が落ちている。撃たれた者が死んだかどうか判らないが、少なくとも負傷者が出て片方は撤退したのだろう。


 「……倉庫の方は綺麗なままですね」

 「そりゃそうだろ……お宝が有る場所で撃ち合ったら全てが無駄になる」


 複数の足跡が交差する店先から中に入ると、相手を追い払った勝者側が店内を物色したらしくキャビネットは開けられ、積まれた筈の段ボール箱はあらかた開封されて壁際に捨てられている。だが、店内全てを略奪し切った訳ではないらしく、


 「……おい、ミレ。これが何だか判るか?」


 そう言ってマデュラが彼女に向かって小さな箱を投げて寄越す。受け止めたミレはそれを暫く眺めていたが、


 「……結構最近のグラフィックボード……ですかね? あまり詳しくないから判りませんが」


 そう言って値札を眺め、ぎょっとしながら小さく叫ぶ。


 「……こ、これ……正規販売価格……凄いですよ!?」

 「ああ、掘り出し物だな。まあジャンク扱いになるだろうが、それでも高値が付くな」

 「す、凄いっ……!!」


 思わぬ戦利品にミレは飛び上がるが、無事に戻れなければ金銭には換えられない。そう思いながら残された物を漁る二人は端子付きケーブルや小型バッテリーといった単価の高い物を掻き集め、背負ってきたバックパックへと詰め込んでいく。


 「まあ、一先ず出よう。ここに来るまで尾行されてはいないだろうが、入る所を見られていたら不味い」

 「……そうですね。浮かれて出ていって、略奪されたら元も子もないですし」


 二人は口々にそう言いながら重くなったバックパックを背負い、見張られている事を配慮し裏口から脱出しようと決めて歩き出した。


 「……お、重いです……」


 だが、身体の小さいミレにのしかかるバックパックの重みが彼女を容赦無く苦しめる。しかし、同様にマデュラも荷物を背負っているのでミレを助ける事は出来ない。


 「……もし、銃撃戦になったらバックパックは捨てろ。そんな体じゃまともに動けやしないぞ」

 「は、はい……そうします……」


 現場に慣れていない緊張感もあり、ミレは息切れしながら何とか裏の搬入口まで辿り着く。だが、今は急いで戻らなければ日が落ちて周辺は闇に包まれてしまう。そうなると暗視系装備を持っていない二人は、万全な準備を整えた相手が来たら不利を承知で対抗しなければならない。


 「ミレ、取り敢えず何か飲んで息を整えろ」

 「はい……えっと、確かここに……」


 マデュラにそう言われて彼女は腰に着けたポーチを開け、中から小さめの缶入りドリンクを取り出す。中身はエナジードリンクに似せた味の良くある清涼飲料だが、冷えていないそれでも喉の渇きにあえいでいたミレにとっては……


 「……ううぅ、美味しい……っ!!」


 重荷と汗で消耗した水分が喉を経て隅々に染み渡り、彼女は思わずそう呟いてしまう。


 「ははっ、それだけ元気ならもう少し頑張れるな」

 「えっ? そ、そうですね……」


 そんなミレにマデュラはそう言って微笑み、彼女も恥ずかしさに赤くなりながら缶の残りを慌てて飲み干した。



 まだ日が落ちぬ市街地に、二人の影が長々と伸びる。遠い何処かから銃の発砲音がビルの谷間を抜け、続いて砲弾か何かが炸裂する爆音が腹に響くが流れ弾一つ飛んでこないようだ。


 「まだ安全圏には遠いからな、油断するなよ」

 「……了解です」


 しかし、戦利品を担ぐ二人は無事にステーションに辿り着くまで安心出来ない。マデュラとミレはスリングで身体に固定していたサブマシンガンを抱え直し、いつでも発砲出来るよう構えながら進む。


 「……マデュラさん、聞いても良いですか」

 「ああ、何だ?」

 「この手榴弾は、何なんですか」


 ミレは出発前に手渡されて防弾ベストの隙間に入れるよう言われていたそれを指差し、何故そんな所に隠すのか尋ねてみる。


 「自決用の、即爆手榴弾(インパクトグレネード)だ」

 「じ、自決用っ!?」


 マデュラから予想外の説明をされたミレは思わず呻くが、


 「……いいか、ミレ……俺達は互い以外に味方は居ない。そんな状況でもし俺が殺されて自分も動けなくなったら……躊躇わずリングを抜け。生き残れないと覚悟したら、その時は諦めろ」


 そう言うマデュラの表情は、サルベージを続けても不幸なままだと告げた時と全く同じだった。


 「無論、そうならないよう最期の瞬間まで諦めず足掻くべきだ。だが俺も君も不死身の英雄じゃない。だから……」

 「……お気持ちは判ります。でも、私は最後の最後まで諦めません」


 今度はミレの言葉にマデュラが驚き、彼女に何か言おうとするが、


 「……いや、そうだな。インパクトグレネードは遅延爆発じゃないから、扱いには十分注意しろよ」


 それだけ言い、それ以上は何も言わなかった。



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