最終話・少女ミレはいずれ戦場に舞い戻る
「……嬢ちゃん、元気にしてるんかね」
その日、ステーションの店主達が集まった際
、真っ先に皆の口から出た話題はミレの事だった。だがそれは兵器産業の広告塔として活躍する現在の彼女というよりも、まだ駆け出しのスカベンジャーに成り立てのミレを思い出しながらという感である。
「ミレか? まぁ元気にやってるだろ。何せ売れっ子だからな……」
「でも、いつかまた戻ってくるかもしれんぞ? 恩を忘れん娘だっただろう」
誰ともなくそう言えば全員納得し、あの子ならきっと大成するだろうと互いに顔を見合う。そして彼女がステーションに現れた頃の思い出話に移り、あの時はこんな小さな娘だったのにと勝手に子供扱いされたり。年寄りばかりの店主達には孫のような存在なのだろう。
「……それにしても、今やアイドル並みの人気じゃないか! あのひ弱で頼り無いミレ嬢ちゃんがだよ?」
「へいへい、そうだねぇ……姉さん、スパナ取って」
「……でもさぁ、たまにゃ戻って来てもバチも当たらないってのにさぁ……」
自社整備場で四輪駆動車の下に潜り、排気管を外しながらターポンが手を突き出すと、トクナレはタバコを咥えたままスパナを手渡す。
「……それに、マデュラの命日も近いからね。きっと帰って来ると私は思うよ……」
「そうかもねぇ……でもさ、もう少し色々と大人っぽくなってくれりゃ……」
「お前ねぇ、そんなんだからモテやしないんだよ!!」
「……いてっ!!」
ターポンの余計な言葉にトクナレの蹴りが脇腹に飛び、反射的に身体を起こしてしまった彼はしこたま頭を車の底に打ちつける。だが、元が頑丈だからか互いに対して気にする様子も無い。
「でも姉さんさ、マデュラの命日っていえば例の書類……あれ、どうするの」
「……そうねぇ、ミレが欲しがるならくれてやってもいいけど……」
世間話が転がりついでで気になり、トクナレは事務所に戻り書類入れの中から紙封筒を取り出す。中はマデュラの関連書類が入っている筈だったのだが……
「あれ、ねぇターポン!! 中身からっぽなんだけど!?」
「えぁ? そんな訳ねぇだろって、全く……」
油まみれの手を拭いながらターポンが事務所に戻ると、空の封筒を手にトクナレが無言のまま立っていた。
「姉さん、どうした?」
「……誰が持っていったんだよ、こんなもん……」
「……知らねぇけど、気味が悪いなぁ……」
トクナレとターポンの二人は互いに顔を見合わせながら、空の封筒を間にしたままそう呟いて周囲を見る。だが、誰か隠れている訳も無く室内は静まり返っている。
「もしかしたら……マデュラってまだ生きてるんじゃない?」
「……そんな訳無いに決まってんじゃん、ミレを迎えに行った時に死体袋に入れて帰ったのは俺達だったろ!?」
「そうだけど……墓の中に埋めたのを見た訳じゃないし……」
トクナレの言葉を否定し切れず、ターポンはただ黙るしかなかった。
誰かが見ているような気がしてミレは振り向くが、背後にはモニターを食い入るように見つめるニセロしか居ない。勿論室内に今いる二人しか居ない事は、彼女も理解しているが気になって仕方ない。と、そう思った矢先、携帯端末の呼び出し音が鳴った。それは未登録の見慣れない番号からで、いつもの彼女なら機能を使って自動音声で留守電に録音させてしまう類いだったが、さっきの事が頭から離れずつい出てしまう。
「……もしもし?」
電話に出ると相手は無言のまま、何も伝えてこない。ならやはり切ろうと指先を画面に押し当てた瞬間、通話相手が合成された甲高い声で何かを言って通話は途切れてしまう。
「どうした、ミレ。嫌がらせか何かか」
ニセロが彼女に気付いて声を掛けると、ミレは暫くじっと画面を眺めていたが顔を上げて答えた。
「……ステーションに、いえ……私、マデュラさんの武器庫に行かなきゃ……!!」
出国してから随分時間が経ち、外地で過ごしてきたせいで忘れていたがミレはステーションの独特な雰囲気が好きだった。機械油の匂いや火薬の香り、そして様々な食べ物や香辛料そして……決して衛生的とは言えずおまけに日当たりなど絶対に望めない環境で、人が住むのに必要な快適性から程遠いが、それでもそこに居る人々や奇妙な店の雰囲気がステーションそのものだと言えるだろう。だが、今は故郷に戻り感傷的な気分に浸っている時間は無い。無理を言って一日だけ休みを貰い、日付が変わるまでに帰らなければならないのだ。
(……みんな、ごめん……ホントは挨拶したいんだけど……)
出来るだけ顔を出さないようサングラスとマスクでカバーし、こっそり入るつもりで防火扉の出入り口を抜けようと階段を降りた彼女だったが、肝心な事を忘れていた。
「……あんた誰だ?」
相変わらず無遠慮に銃口を向ける扉番のおじさんが居る事を今さら思い出し、ミレの目論見は全てパーになった。
(……はぁ、みんな相変わらずフレンドリーなのは良かったけど……)
それからみっちり二時間はステーション中をもみくちゃにされながらあちこち引き回され、ミレはへとへとになりながら武器庫に辿り着いた。そこまでの道程は明らかにロスタイムと化したが、それでも親切にしてくれていた店主の面々と久方振りに再会出来た事は嬉しかった。だが、問題はこれからである。
武器庫のあるひっそりとした区画までやって来たミレは、鍵を使ってドアを開けて中に入る。出国して以降、一度も戻って来なかったせいで中は埃っぽかったが、元々それ程散らかしていた訳でないお陰でライト一本あれば歩き回れた。そして、電気が止められた武器庫の中を進み試射場として使っていた場所に辿り着くと、ミレは標的紙の束の奥をごそごそとひっかき回す。すると、その一番下から小さな箱が出てくる。
「……本当に、あった……」
あの電話の相手は、この箱の存在を伝えると通話を切った。だが、ミレは中身も何も知らないままここまで戻って来たのだ。
ミレが箱を開けると、中には小さく切り抜かれた写真と便箋が一枚入っていた。そして、その便箋には母の名前と、驚くべき内容が書かれていた。
『 ミレへ。これを読んでいる時は私はもう居ないでしょう。でも、悲しまないで。私は、本当の母親じゃないの。こんな大切な事を今まで告白出来なくて、本当にごめんなさい。でも、私はあなたを一度も他人の子だと思った事はないわ。だから、どうかあなたは自分の幸せを摑んで長生きして欲しい。 サンドラ 』
そして、小さく切り抜かれた写真には、赤ん坊を抱いた見た事の無い女性と、ミレには見覚えのある母親の面影を帯びた若い女性の三人が写っていた。
「……えっ? 何これ……!?」
慌ててミレが写真を裏返すと、そこには丁度十九年前の日付と【ミレと私と姉】と書かれた文字が書いてあった。
「……姉? ……つまり、この写真で本当のお母さんは……妹の方だったって事……!?」
消去法でそう悟ったミレは、自分の生い立ちに新たな疑問が生じる。どうして、産みの親は自分を姉に託したのか。そして、今はどうしているのだろうか、と。
「……親切なんだか、不親切なんだか判らないけど……お節介焼きの誰かさんは、私にこれを教えてどうさせたいんだろう」
ミレは困惑したまま写真と便箋をポケットに仕舞い、いずれ自分の出生を明確にするべきだろうと思いながら武器庫の鍵を締めた。
ステーションから帰ったミレは、暫くこの事を胸の内に秘めたまま仕事を続けた。だが、この出来事がきっかけになり、またスカベンジャーの世界に舞い戻る事になるのだが……それはまだ先の話である。




