⑪まさかの話
降って湧いたような事等と良く言うが、まさか自分にそうした縁が生まれるとは思っていなかった。ミレの正直な気持ちはそんな感じだったが、彼女の周囲はその冗談のような状況を逃しはしなかった。
「……お前は一生、スカベンジャーとして生きるつもりか」
ニセロはミレの前に何枚も束になった紙を差し出し、そう尋ねる。ミレがそれを受け取り一枚一枚眺めると、前回二人で行った武器見本市で相当なオファーがニセロの元に届いたのが判る。それは【国境無き武器運搬船】を筆頭に、越海の南北同盟や極東の自衛軍広報課まで多種多様な兵器関連組織が名を連ねていた。
「いや、でも……どうして私が?」
「それは私も同意見だ。だが、心当たりはある」
「心当たり……ですか?」
納得がいかないミレに向かってニセロはそう言うと、持っていたペンを指先でもて遊びながらクルクルと回してから、ピタリと止めて突き付ける。
「……目立ち過ぎたんだよ、君は」
「目立つって……ただ銃を撃ったりしただけじゃないですか!!」
「良く考えてみろ、例えば新しい銃を開発したメーカーが、それを売り出そうとしてチョコやジュースのように広告を出せるか」
「いや、それは確かに無理ですが……」
「……だから、直接的にアピールするんじゃない。お前のように一見全く縁遠い奴が動画内で涼しい顔で銃を撃って一言言うんだ、【こんなに撃っても全然疲れない!】って具合にな」
まるで銃器業者が広告代理店に説明するようなニセロの滑らかな口調に、ミレはぐうの音も出せない。
「……私はな、以前は商業広告の小さな会社を経営していた。紛争のお陰で会社は潰れてしまったが……」
(……嫌な予感がする……あー、どうかそれだけはニセロが思い付かないように……)
ミレは先の展開を少しだけ予想して、どうかそれが当たらないようにと祈る。だが、その祈りは全く効果は無かった。
「……今日からお前の事を、全世界に売り込むつもりだ。一介のスカベンジャーではなく、銃を提げたアイドルとしてな」
それから一ヶ月後、ミレは紛争で様変わりした故国を出た。紛争は終わらず、終結を待っても好転しないと踏んだニセロが出国を決めたのだ。
「……あの、それでガラルトさん達も一緒なんですか?」
「ああ、当然だろう。ボディガードは顔見知りの方が使い易いからな」
隣国の空港のロビーを歩きながらミレの問いに平然と答えるニセロだが、二人の後を追う三人、特にガラルトとモデロの表情は険しい。だが、それは危険と隣り合わせの商売で身に付いた剣呑さとは若干違っていた。
「……そりゃあ、何も撃ち合いの方が好きって訳じゃねぇ。だがよ、物事には順序ってもんがあるだろうに」
「……何で、俺までクソガキのお守りしなきゃなんねぇんだよ……」
ガラルトははち切れそうなスーツを気遣いつつ、そしてモデロは自分の立場がガラリと変わった事に不平を漏らす。
「風向きが変わったのに、いつまでも殺し屋気分でいられたら困るぞ。我が社の社員として自覚を持って貰いたいね」
「……お前さんもいつの間にか社長かよ、世も末だな」
「何とでも言って構わんが、我が社はミレをもっと売り込めば幸先は明るいぞ。何せ競争相手が全く居ないからな」
「……やっぱり世も末じゃねぇか」
ガラルトがぼやくものの、ニセロは全く気にする様子も無い。とにかく今は追い風に乗っているミレを少しでも注目の的にしていけば、彼女の言う通りになるかもしれないのだ。
「……それにしても、そんなに私って目立ってたんですかね?」
「バカを言うな……世間的には薄幸のご令嬢が生きる為に戦場を駆け、その卓越した能力で様々な困難を打破してきたって事になっている。映画界からもシナリオ化したいと打診が来ているぞ」
「……嘘ですよね!?」
ミレは自分の立場が全く予想外の状況に変わり、その変化がまだ信じられない。ニセロから様々なオファーが来ている理由が、ミレが紛争報道の端々だけでなく、一部のマスコミがロマネ・コンティ落札の件を面白がって取り扱ったお陰で注目を集めたからだ。そしてその結果、兵器関連会社が彼女に目を付け、新しい広告塔としてミレを起用したいと次々と接触してきた。
「……でも、どうしても信じられないなぁ……だって、つい最近まで戦場で物資を漁ってたんだよ?」
「お前は別に不細工じゃないし、企業から見れば適度に親しみ易い見た目なんだぞ、たぶん」
「たぶん、で銃を構えてにっこり笑うってのも……」
今もまだ実感の湧かないミレだったが、もう全てが動き始めている。彼女が乗る航空機は予約済みになっているし、その航空機が目指す先は【国境無き武器運搬船】を擁する東岸地域の自由貿易国なのだ。
「心配するな、どこから見ても田舎娘には見えない」
「わざわざ言うって事は、前は田舎娘にしか見えなかったって事になりません?」
「自覚しているなら、少しは垢抜けてくれ」
「それは……一番難しいです」
性別の区分は無い戦闘服から一転、看板通りの白を基調とした女性らしい服装に身を包んだミレは、ニセロの注文に苦笑いする。だが、初めての事は誰でも同じだと彼女は知っている。これから未知の世界に挑戦するのだから、沢山失敗もするだろう。でも、それが何だと言うのか。
「……ミレ、稼いだらどうするんだ」
歩きながらニセロが何気無く問うと、彼女は前から決めていたらしく即答した。
「うん! 紛争が終わったらクラウドファンディングを活用して、ステーションを【ミレ・アルカンターレ市場】って名前の公認市場にしたい!! そうすれば武器なんて売らなくても良くなるよ!」




