⑩不死者紛い
「……あ、ああぁ……っ!?」
闇を切り裂くライトに照らされたその光景は、戦場報道員として従事していたエマをも絶句させる程だった。喉を撃たれ気道からゴポゴポと血の泡を噴きながら立ち上がった隊員は、ゆっくりと首を振って視線を左右に向けながら彼女の姿を見つけると、口から血を垂らしたままへにゃりと微笑んだように見えた。
「……話と違うじゃねぇか、正気を失っただけじゃなくて不死身にでもなったか?」
忌々しげに呟きながらガラルトが弾倉を交換すると、今度は立ったまま十分に狙いを定めて絞るように引き金を引く。ドンッ、と重厚な射撃音がエマの鼓膜を揺さぶり彼女は悲鳴を上げるが、
「ふんっ、頭狙えばくたばるか……」
ガラルトは自分の読み通り頭部を砕かれた隊員が再び地面に伏せ、そのまま起き上がらない事を確認すると更に撃ち続ける。
「んんぅ、気色悪いぃーっ!!」
ミレはガラルト達と違い単射ではなく三点射に切り替えて狙いを付け、ドットサイトの光点に違う隊員の頭部を重ねる。ポポポッ、という消音された軽い音と共に9ミリ弾が三発頭に当たり頭蓋骨が砕け散った。やはり、四肢や胴体ではなく脳幹さえ破壊すれば倒れるようだ。
「……こいつらは、あんたと面識の有る民間警備会社の連中か」
「はい……たぶんそうです」
「……そうか、悪ぃな」
「いえ、仕方ないですから……」
ガラルトはエマとそう言葉を交わし、何かに祈るような素振りを見せる。だが、それは一瞬だけだった。
「……お前ら、中途半端はいけねぇ。どうせならさっぱりと黄泉送りしてやらねばな」
コッキングレバーを操作して次弾を装填させながら、ガラルトがニヤリと笑う。その表情に先程の情けは一切無く、エマはそれが本当に同じ人間なのかと目を疑った。
最後の生き残りを掃射し終わり、ガラルト達は銃を降ろした。その目の前には頭部を粉々に撃ち砕かれた死体だけが転がり、もう動く者は一切無かった。
「……さて、そろそろ決めようか」
「……何をですか?」
「決まってるだろ。これ以上進むか、それとも引き返すかだ」
ミレが聞き直すとガラルトはそう答え、坑道の足元に転がっている物を爪先で蹴る。それはライトの光を反射してキラリと光る宝飾品だったが、やはりその数は決して多くない。
「俺が思うに、こんな代物が奥にはごちゃごちゃと山のように有るかもしれん。だが、これ以上進んで行くのは明らかにリスキーだな」
「そうですよね、これに目が眩んで行き過ぎて自分達もああなりたくないですし……」
ミレはしゃがみながら落ちていた指輪を一つ拾い、それがどれだけの値打ちが有るか判らないが先行した偵察隊員と同じ運命を辿る程の価値が有るとは思えなかった。
「……よし、お前ら戦闘行動は終わりだ。後は漁れるだけ漁ったら引き揚げるぞ」
「うん、そうする!」
「……うわっ、これ腸くっついてるぜ……」
ミレ達は各々で足元を探り幾つかの戦利品を拾い集めるが、エマは気になった事があるらしくガラルトに尋ねる。
「あの、どうして急いで戻るんですか」
「……決まってるだろ、後から来る連中と鉢合わせしたく無ぇからさ」
「……鉢合わせ?」
「おいおい、さっき言っただろ。他の部隊だか何だか知らん奴等が来るってよ」
ポケットに金の腕輪を押し込みながらガラルトが答えた後、頃合い良しと思いながら叫ぶ。
「お前等、さっさと戻るぞ! 昇降機の所で後入り連中とすれ違えば無駄弾を撃たなくて済むからな!」
……昇降機まで戻ったガラルト達は、読み通り降りてきた所属不明の戦闘部隊をやり過ごし、彼等が乗ってきたそれに乗って逃げおおせた。心配していた後衛部隊とは出会わず、急いでその場から立ち去った。
「……おい、見てみろよ」
モデロが指差す携帯端末のディスプレイには、レベンダリーポスト社配信の最新ニュースが表示されていた。そこには戦場特派員のエマがレポーターの一人として名を連ね、様々な紛争の状況が書かれている。
「流石にあの件は載ってないな」
「そりゃそうでしょ、あんなの大っぴらに出来ないし……」
数々の戦場レポートは書かれ写真も掲載されていたが、【大穴】の事は全く触れられていない。オカルトじみ過ぎて取り上げようも無いのは明白だったが、ミレは何となくがっかりした。
「……大した稼ぎにもならなかったし、何だったんだろうねアレは」
「知らねぇし、判らねぇよ……」
ただ、彼等は知らなかったが後に【大穴】は更に調査され、年代不明の墳墓として発掘された。尚、その底部には未完成の棺と装飾品が残されていたが、行方不明になった隊員達は発見されなかった。
「……ミレ、そう言えばニセロが呼んでたぞ」
「うえぇ、また面倒事かなぁ……」
モデロにそう教えられてミレは辟易しながらニセロのオフィスを訪ねると、やはり彼女に妙な事を切り出されて絶叫する。
「……わ、私を……企業広報員に!?」




