⑨仮編成
「……素人目で見ても、古い金貨だってのは判るがよ。何でこんな代物が落ちてたんだ」
エマが持ち出して来た金貨を手の平に載せながらガラルトが言うと、彼女は困り顔で呟く。
「……その、とにかく逃げなきゃと思って走り出したら転んでしまって……その時、偶然掴んだみたいで……」
「ま、こいつが本物かは知らんが、あんたと一緒に居た連中は全員居なくなっちまったんだな」
ガラルトの質問に頷きながらエマは黙り込むが、四人の視線が昇降機に注がれているのに気付き、
「……あの、まさか皆さん……降りてみるつもりなんですか」
「悪いが、そのまさかだ。俺達ゃ最初からそのつもりで装備を整えてきてる」
「し、正気ですか?」
「ああ、正気だし本気だ。いきなり空いた大穴に、気の触れた兵隊共……おまけに勿体ぶって小出しされる、狡っ辛いお宝だぞ、安物のペーパーブック並みの展開なんざ滅多に拝めねぇだろ」
「……あなた達、一体何者なんですか!?」
ガラルトの冗談じみた発言にエマは唖然とするが、不意に投げかけられた疑問に彼は小さく笑いながら答える。
「何者か、だと? ……あんたみてぇに平凡な生き方してりゃ縁の無ぇ、只の泥棒だよ」
下に降りていくガラルト達からやや離れて、エマが暗い表情で四人を追い掛ける。当初は一人でも帰還するつもりだったが、次に現れる連中が自分達よりも友好的な可能性は低いと言われて渋々ついて行く事にしたのだ。
「せめて自衛用に、ハンドガン位渡してもよかったのに」
「ミレ、パニックになって背中から撃たれても良いのか」
「……そうですね」
野営用の装備を降ろして身軽になった四人は、銃を抱えながら慎重に地下を進んで行く。ヘッドライトを点けながら足元を照らしつつ進むと、地下の構造が剥き出しの岩盤から採掘道具で掘り抜いた人工的な坑道に変わっていく。
「……枝道も何も無ぇな。おい、エマさんよ」
「な、何でしょう」
先頭をモデロに任せて二番目を歩くガラルトが不意に声を掛けると、エマは暗がりの中で何事かと思いながら立ち止まる。
「差し支えなきゃ教えてくれ、あんたと一緒に降りてった連中は何人居た」
「……た、確か……十二人だったと思いますが」
「ふん、三小隊か……一度に纏って来られたら骨が折れるな」
溜め息混じりにガラルトはそう言った後、少し休憩だと告げながらタバコに火を点ける。それを聞いてミレも腰元のポーチに手を入れるとエマに向かって、
「これ、食べます? 歩き通しだったから疲れましたよね」
チョコレートをコーティングしたナッツバーを、一本差し出した。
「ありがとう……って、あなた女の子だったの?」
「……うぇ、そりゃそうですよね……だって、銃抱えてこんな所に来るのってガラルトさんみたいに厳ついヒトばっかだもん」
「おい、誰が厳ついって?」
「ガラルトさんですけど」
「……へいへい、そうだな」
差し出されたチョコバーを受け取り、ミレとガラルトの会話を聞きながらエマは少しだけ包装紙を切って、一口齧る。ありふれた組み合わせの甘いばかりの菓子だが、ミレの言う通り歩き詰めで来たせいか沁み沁みと美味しく感じる。
「ふふ、チョコバー美味しいね」
「あはっ! そうでしょ〜? まー、本当に美味しいのはグラハムCCってとこのプレミアムセレクトってのが有ってね〜」
エマが礼を言いながら頷くと、ミレは楽しげに笑いながら話し始める。仕事中に同性と会話する機会が滅多に無いだけに、休んでいる余裕も後押ししてつい話が弾んでしまう。
「……ミレ、そろそろ店仕舞いしとけ。どうやらパーティ係が到着したみてぇだ」
だが、タバコを踏み消しながらガラルトがそう告げた瞬間。空気が変わったのを察知したミレはナッツバーの最後の一欠片を口の中に放り込み、ヘルメットのバイザーを降ろす。
「……うん、そうみたいだね。エマさん、急いで下がった方がいいよ」
「……えっ、何が……っ?」
ミレに言われて彼女は事態が飲み込めないまま立ち止まると、ライトの光が届かない暗闇の向こうから何かが近付く気配がする。
「……お前ら、判ってるだろうが遠慮は要らねぇ。報告書には書いてなかったが、戻った隊員以外は戦死扱いになっているそうだ」
闇を睨みながらガラルトがそう言い終わるや否や、ライトの明かりに照らされて最初に見えたのは左右にゆらゆらと揺れる銃口、そして次に現れたのは正気を失って視線の定まらぬ虚ろな偵察隊員の顔だった。
「……済まねぇが、銃を下げずに出てきたあんたが悪い」
ガラルトはそう言いながらミレの前まで出ると、素早く膝立ちになりながら安定した構えでアサルトライフルを一発、また一発と放つ。すると暗闇に閉ざされた坑道に耳をつんざく轟音が響き、防弾チョッキを着ていた偵察隊員の身体がコマのように回転しながらふっ飛んで行く。
「おらぁっ!! 就寝時間だぜっ!!」
続けてモデロも一回り小さいプルバップライフルで狙いを付け、短い銃身とは似つかぬ長大な発射炎を放出させながら闇に立つ人影に銃弾を叩き込む。そして相手から応射の無いまま一方的な射撃が続いて少し経つと、
「……よし、撃ち方止めだ」
ガラルトがそう宣言し、アサルトライフルを掲げながら一歩踏み出したのだが、
「おいっ、こいつぁ一体何なんだ?」
思わずそう呟いた瞬間。腕を失い腹を撃たれて倒れていた筈の隊員達がムクリと身体を起こし、何事も無かったかのように再び立ち上がったのだ。




